<CIGS International Research Fellow 櫛田健児 シリーズ連載>
米国コロナ最前線と合衆国の本質
(1) 残念ながら日本にとって他人事ではない、パンデミックを通して明らかにするアメリカの構造と力学(2020年6月9日公開)
(2) 米国のデモや暴動の裏にある分断 複数の社会ロジック(2020年6月11日公開)
(3) 連邦政府vs州の権力争いの今と歴史背景:合衆国は「大いなる実験」の視座(2020年6月25日公開)
(4) アメリカにおける複数の「国」とも言える文化圏の共存と闘争:合衆国の歴史背景を踏まえて(2020年7月1日公開)
(5) メディアが拍車をかける「全く異なる事実認識」:アメリカのメディア統合による政治経済と大統領支持地域のディープストーリー(2020年7月8日公開)
(6) コロナを取り巻く情報の分断:日本には伝わっていない独立記念日前後のニュースの詳細および事実認識の分断の上に成り立つ政治戦略と企業戦略(2020年7月22日公開)
(7) 「国の存続」と「国内発展」のロジックにみる数々の妥協と黒人の犠牲(2020年7月29日公開)
(8) Black Lives Matterの裏にある黒人社会の驚くべき格差を示す様々な角度からのデータ、証言、そしてフロイド氏殺害の詳細を紹介(2020年8月7日公開)
(9) 投票弾圧の歴史の政治力学(2020年9月3日公開)
(10)AIの劇的な進展と政治利用の恐怖(2020年10月1日公開)
(11)大統領選直前に当たり、日本にはあまり伝わっていない投票権に関する動きとその裏にある合衆国の本質的な力学(2020年11月2日公開)
(12)日本に伝えたい選挙後の分析、近況と本質的な力学(2020年11月20日公開)
(13)深刻化するコロナ、拡散する陰謀説とその裏にあるソーシャルメディアの本質(上)(2021年1月6日公開)
(緊急コラム)米国連邦議会議事堂制圧事件の衝撃と合衆国の本質:これまでのコラムの要素に基づく解説(2021年1月12日公開)
*続編は順次、近日公開の予定
「Black Lives Matter」運動の発端は、警察による度重なる黒人への執拗な暴行や殺害に対する抗議である。
いくつか事例を挙げるだけでも、ショッキングな内容である。
デモで浮かび上がっている怒りには、黒人だけではなく、彼らの境遇にシンパシーを抱き社会を改善しなければならないと思っている多くの人たちも含まれている。
今年5月に白人警官が黒人のジョージ・フロイド氏を取り押さえ膝で首に全体重をかけ、フロイド氏が「息できない」と訴えかけてもなお続け、失神した後もさらに3分近くそのまま9分近く体重をかけ続けた事件が映像で流されたが、それはあまりにもショッキングな内容であった1。 身長2メートル以上のフロイド氏が、いよいよ生命の危機に瀕し必死に「息ができない!」と訴えかけてから、最後に「お母さん!」とも叫んだ。この動画は瞬く間にネットで広がり、全米から怒りと悲しみの声が上がり、そして社会の分断の深さを再認識した数多くの人が格差の是正と警察による暴力に反発してデモ行進を行った。デモは50州全てで実施され、数え切れないほど多くの人が家の前に「Black Lives Matter」のポスターを立てたり、窓から横断幕を掲げた
パンデミックの真っ最中であったため、デモの参加者は若者が中心だったが、成人や子連れの家族、一部では老人の姿も見受けられた。そして、全ての人種が参加していた。フロイド氏の最後の悲痛な叫びに応えるように、デモに参加した黒人以外の多くの女性は、Tシャツやポスターに「ジョージ・フロイド氏が『お母さん!』と叫んだ時、全ての母親が呼び出された“All mothers were summoned when George Floyd called out for his momma”」というフレーズを記し、彼の叫びによって自分もデモに参加することを決めたという意味で掲げた。
フロイド氏は偽20ドル札を使おうとした容疑で警察に拘束された。彼が拘束された店は旧来のパパママショップを大きくした感じの店で、家族経営しており、タバコ、果物や簡単な食材、携帯電話用プリペイドカードなどを販売していた。フロイド氏は携帯電話用プリペイドカードを購入する常連客だったらしい。オーナーの一人はパキスタン系アメリカ人で幼少の頃から店を手伝い、ティーンエイジャーになると店頭に立つようになり、世代交代により店を継いだ。低所得層地域ではお馴染みのパターンである。
フロイド氏は亡くなった日、店でタバコを買った。実は、彼の前に来た客が偽20ドル札を使おうとしたところ、ベテランの店番が偽札発見用の特殊マーカーで偽札と判定して買い物を断っていた。次に来店したフロイド氏は、アメリカに来て一年足らずのティーンエイジャーのアルバイト店員に20ドル札を渡し、たばこを購入した。そのアルバイト店員は、取引成立後、受け取った20ドル札を機械に通した際、偽札の疑いがあるという表示が出た。アルバイト店員は店を出たフロイド氏にたばこの返却を求めたが、フロイド氏は断った。そこで、その店員は店の規則に従って警察を呼んだのである2。
フロイド氏はその場から逃げることなく、店の外に停めてあった車の車内に座っていたところ、警察が来て外に出るように言われた。彼は丸腰で武器を持っておらず、一部始終を捉えた防犯カメラの映像を見る限り、暴力的になることなく白人警官に乱暴に押し倒され、そのまま殺害された。
フロイド氏が使った紙幣が偽札だったという警察からの発表は無い。そして、彼の首に体重をかけていた警官には20年間の警察としてのキャリアで過去17件もの苦情が寄せられていた。
先日、複数の大手メディアが、警官が身に着けていたボディーカメラの動画を公開するよう裁判官に求め(フロイド氏を直接殺害した警官とは別の警官も裁判の対象となっている)、メディアにのみ公開された。そこで新たな事実が明らかになった。フロイド氏を殺害した警官は彼を拘束した警官たちの援護として後から現場に到着したが、最初に拘束した警官たちにも大きな問題があった3。 彼らはフロイド氏が座る車に近づくやいなや、懐中電灯で窓を叩き、放送禁止用語を含む言葉で「手を見せろ!ハンドルを握れ!」と叫び、謝りながら慌てふためくフロイド氏に対してすぐに拳銃を抜いた。フロイド氏は「I’m sorry, I’m so sorry」と最初から何度も謝っている。
フロイド氏はすぐさま「撃たないでくれ!」と訴え、以前にも同じように警官に撃たれたことがあると言った。母親が亡くなったばかりだとも言い、ひたすら謝っている。「オフィサー、すいません!膝をつきます、何でもします」と叫び、「何も間違ったことをしてない」と訴えている。2分も経たないうちに車から降ろされて、手錠を掛けられた4。 この時点で警官はフロイド氏に何の容疑なのかを全く説明していない。
アメリカでは、警官が黒人ドライバーに「免許証を見せろ!」と叫びながら歩み寄り、ドライバーが財布を出そうとしたところ、身の危険を感じ発砲して撃ち殺すという事件が数多く起きており、動画に撮られてニュースとなったものも少なくない。これらはフェイクニュースではなく、実際に裁判になったものもある。しかし、大抵警官は無実になる。多くの場合、結局ドライバーは拳銃を所持していないことが判明し、遺族は涙ながらに「買い物に行っただけで息子が射殺されるのはおかしい」と訴える。
黒人のティーンエイジャーの親は、子供が大きくなると身の安全だけではなく生命の危険をも心配して、色々なことを教え込まなくてはならない。警官にいくら理不尽な言いがかりをつけられても、どんなに乱暴な言葉や行動をとられても、頭にきて反抗すると撃ち殺される危険性がある。人によっては、常にできるだけきちんとした格好をして丁寧な言葉遣いを心がけるよう、青年たちに教え込む。警察に遭遇した場合、一瞬の間違いで生命の危険が訪れるからだ。
フロイド氏はもちろんこのような状況を理解しており、ボディーカメラの動画を見ると、恐怖に怯えて慌てているのが分かる。警官たちは彼をパトカーまで連れて行き、後部座席に入るよう命じる。この時フロイド氏は「コロナから回復したばかりだし、閉所恐怖症で狭い空間には恐怖を覚えるので前席に座って話をしてもいいか」と訴えたが、警官は二人掛かりでフロイド氏をパトカーに押し込み、もう一人が同時に反対側から引っ張り込もうとした。フロイド氏は完全にパニックになっている。そこでフロイド氏は抵抗して叫び「息ができない」と何度も訴え、車内の入る代わりに地面にうつ伏せになると提案した。この時点でも、まだ容疑を知らされていなかった。
数年前、マサチューセッツ州の美術大学の黒人の教授が通勤中に警官に呼び止められ、首にIDバッジを下げていたにも拘わらず、近くの白人女性が強盗を通報し、服装が似ているという理由で拘束された。警官は、通報した女性に判断してもらうために、彼にパトカーに乗って署まで来て欲しいと告げた。後にこの教授の体験談ブログは広く取り上げられたが、彼はこの時「このままパトカーに乗ったら間違いなく死ぬ。見知らぬ白人女性に自分が犯罪者かどうか判断を委ねるべきか」と考えた。そこで、彼は冷静に交渉し、その女性にこちらに来て判断してもらうようお願いした。その結果、覆面パトカーで刑事が来て、少し職務質問されただけで自由の身となった。この教授は、警察に囲まれて職務質問されていると、それだけで周囲からは犯罪者の目で見られ、通りすがりの人も避けて行くの分かる、と述べている。こういう背景もあるので、容疑を知らさずにパトカーに無理やり押し込まれることに抵抗する気持ちもわかる5。
この時点でフロイド氏は完全に取り乱しており、すでに手錠を掛けられていたので、抵抗というより警官にお願いしていた。そこで、警官も一旦は「よしわかった」と言わんばかりにフロイド氏を車の後部座席から引きずり出し地面に寝かせた。
この一件で後日殺人罪に問われた警官が、この時ちょうど応援に駆けつけた。彼は到着してすぐにフロイド氏の首に膝を押し付けて取り押さえた。フロイド氏は合計50回以上「Please!」と訴えかけている。完全にパニックになっており、何度も「お母さん」と呼び、幾度となく「息ができない。死ぬ!」と叫んだ。「このまま死ぬ!」とも言っている。
警官はそのまま彼の首に全体重をかけ続ける。フロイド氏は「殺される。殺される。息ができない」と言ってから「Please, please, please」と言い残し、意識を無くしそのまま亡くなった。偽20ドル札を使った疑いで殺されてしまったのである。
この警官たちは即座に解雇され、現在殺人容疑で裁判を受けている。彼らがたまたま悪い警官だったという論調もあるが、日本の感覚では、タバコを買いに行ったら偶然悪い警官に遭遇して殺されてしまったということはあり得ない。
ちなみに、この「たまたま悪い警官だった」という論調を批判したコメディアンが興味深い例を持ち出した。警官も航空機のパイロットも人の命を預かっている身であるが、パイロットが「たまたま悪いパイロットだった」ので大勢の人を死なせたという論調であったのならば、それはおかしいだろうという主張である。では、なぜ銃を持って社会に出ている警官になると通用するのか6。 そもそもパイロットに必要な訓練と警官に対して行われる講習や訓練との間には非常に大きなギャップがある。これについては別のコラムで述べるが、毎年警察の手によって亡くなる人は驚くべき数で、本コラムでも後ほど紹介する。
フロイド氏のような目に遭った人は後を絶たない。警官に取り押さえられてチョークホールドされ「息ができない」と何度も訴えて窒息死した人。丸腰なのに警察から逃げたら背中から撃ち殺された人。祖母の庭で片手に携帯電話を持ち通話していたら、警察に撃ち殺された人。深夜に「家の扉が空いている」という隣人からの通報を受けて、警察だと名乗らずに裏庭から突然「手を上げろ!」と叫んでからいきなり窓越に撃ち込んで殺された黒人女性7。 このような恐ろしいパターンは数多くあり、フロイド氏が亡くなってからは、既存メディアやソーシャルメディアでそのような話が幾度も紹介されている8。
これらの事件は、凶悪犯が逃亡中に警官と銃撃戦になり亡くなるという類のものではなく、多くの場合、何の罪なのかわかりにくかったり、通報の内容が曖昧だったりで、白人の警官が身の危険を感じていきなり発砲するというパターンである。警官は殺人罪に問われることもあるが、無実になることもある。別の機会に紹介するが、警察は限定的免責(qualified immunity)という制度により一般市民に比べて罪が問われにくい。もちろん、警官は大変危険を伴う職業なのだが、白人警官による黒人市民の殺害事件が度々発生し、それらは極めて犯罪の根拠が薄いことを考えると、多くのアメリカ人は構造的に深い問題があると捉えている。
フロイド氏の事件は数多くあるこのような事件の中でも特に酷く、パンデミックの最中だったこともあり、社会と警察のあり方を改革しようという思いで、黒人だけではなく多くの人がデモに賛同して参加することとなった。
黒人が経験するアメリカ
ここで、アメリカにおける現在の黒人の経済状況と社会的境遇についてデータで紹介したい。黒人だけでなく黒人以外の多くの人も参加するデモの直接の引き金となったのは、執拗にも見える警官による黒人への暴行と発砲行為などがエスカレーションしたことだが、その根底にある構造的な格差も問題視されている。それは一体どれほど深刻なのか。白人と黒人の格差はここ数十年で劇的に広がっている。
資産と収入、資金の格差
1950年代から2010年代後半までの家庭の資産を比べると、白人と黒人の格差の広がりが鮮明となる。
白人と黒人の収入レベルが異なるのは驚くべきことではないが、それでも数字をみると衝撃的である。2018年の収入の中央値は白人が7万ドルなのに対して、黒人は4万ドルである。そして、貧困率は黒人ではなんと2割にも達している。
これだけでも深刻だが、25歳から40歳の世帯だけをみると目を疑う。白人世帯の家庭資産の中央値が4万ドルなのに対して、黒人世帯は3500ドルしかない。この数字には高額の教育ローンも含まれているので、それを含めないと白人は5万ドルなのに対して、黒人は1万ドルである。実質5倍以上の差がある。若い世代や子育て世代がいかに切羽詰まっており、将来の希望も削がれているのか垣間見える。
次は教育である。本来なら、教育を受ければ所得水準を上げられるはずだが、教育水準でも黒人と白人の格差は非常に大きく、学士やそれ以上の学位(大学院、医学、法学など)では圧倒的な差となっている。
教育格差、機会の格差とアメリカンドリーム
前の世代に比べて教育水準が上がっているかどうかを示したデータである。アメリカンドリームの重要な要素の一つは、前の世代よりも高い水準の教育を受けることで、世代が進むにつれて生活が豊かになるというものである。自分が頑張れば子供がより良い教育を受けられて、所得層が上に行くという夢である。下記の図は、親は高卒だが子供は大卒の割合を示している。人種別にみると、アジア人は確実に次世代の教育水準が上がっており、半数近くが達成している。白人はアジア人の半分程度である。しかし、黒人は15%しかない。ちなみに、先住民が最も苦労しており、アメリカ合衆国の犠牲となった文明の悲惨な歴史がまだ続いていることもわかる。ちなみに、先月スタンフォード大学のオンライン卒業式が開催されたが、現在オレゴン州東部に住む先住民部族で初めてスタンフォード大学を卒業した学生の慶びのツィートに対して、1万3000ものコメントがついた。そのほとんどが「おめでとう」といった投稿で、このような学生をサポートしようという民意が現れている9。
アメリカの大学では入学試験は一回の受験ではなく、高校で受けた授業と成績、学校の先生からの推薦状、本人の自己アピール論文、そして統一試験の結果などが考慮されて合否が決まる。したがって、良い高校に行くことで、Advanced Placement (AP)あるいはInternational Baccalaureate (IB)といったカリキュラムのハイレベルな授業を受けて、統一試験を受験する方が有利となる。ただし、地元の公立高校にそのようなカリキュラムが存在しない場合には、その点は考慮される。とはいうものの、やはりハイレベルな授業を受けていた方が合格する確率は上がる。これを人種別にみると、「教育機会の格差」がよくわかる。
手持ちキャッシュ、雇用率と世代別の収入レベル向上のアメリカンドリームにおける格差
手持ちキャッシュ(株式や債券などの保有も含む)の差も尋常ではない。パンデミックにより経済がシャットダウンする前ですらこの状態である。パンデミックで最もダメージを受け危機的な状況に陥るのは、手持ちのキャッシュがなくなってしまう家庭である。ここでも黒人と白人との差は驚くべきものがある。
次は就職率である。一般的に統計としては「失業率」が算出されるが、計算方法を理解しておく必要がある。「失業率」は就職を試みている人を数えているだけで、就職を諦めた人はカウントされていない。もちろん働いていない人全員が失業者というわけではないが、所得があるのは就職している人だけだとすると、「失業者」でなくても就職を諦めている人や、就職しても賃金が安いので子育てに専念している人などは所得がない。そこで、就職率から黒人をみると、2020年4月にパンデミックが猛威を振っている中、就職していない人が半数近くに上っているのだ。解説しなくてもショッキングな数字である。
黒人女性が働いても、白人男性の66%しか稼ぎを得られない。 余談だが、日本人からみると、アジア人女性は白人男性の97%に当たる年間所得を得ているのに対して、白人女性は80%相当という数字も驚きである。
下記のグラフは、主要都市における収入が下位25%に当たる家庭で生まれた子供が、親の収入を上回る率である。ここでも白人と黒人との差が明確である。黒人は圧倒的にアメリカンドリームを達成できていないのである。
この要因は収入格差や教育格差よりもかなり深いものであり、負のスパイラルがいくつも存在している。
住宅所有に関するアメリカンドリームの格差、居住エリア分断で負のスパイラルが深刻化
下記のグラフは住宅ローンの申請が断られる確率である。黒人が圧倒的に高い。低所得地域から「脱出」することによって、より高い水準の教育を得ることができ、経済的にも向上が望めるが、住宅が買えないと難しい。同時に、アメリカの住宅は購入後に資産価値が上がる地域が多いので、住宅が買えないとなると、資産を上げるこの力学に乗れない。
実は、黒人が住める地域は歴史的に地方自治体の制度によって限定されてきたのだ。法的な制度が廃止されてからも、「家を売却する人の承諾がないと購入できない」という非公式な商習慣があり、家を購入したい人は、家族写真やプロフィールなど簡単な自己アピール資料を提出しなければならないことが多い。白人が多い地域では、「初めて家を買います。長年働いて貯めたお金でようやくマイホームを購入できるようになりました」という黒人家庭に比べて、「以前は別の地域に住んでいましたが、仕事の関係で引っ越してきました」という白人家庭の方が、売り手側からすると、今後の近所付き合いも含めて、リスクが低いと考えるかもしれない。1968年のFair Housing Actによって黒人が住む地域を法的に差別することはできなくなったが、このような力学で実質的に限定されてしまうことが多い。
その結果、都市によってインテグレーションの度合いが大きく異なる。
カリフォルニアの地方自治体向けシンクタンクが連邦政府の統計から計算した、2013年から2017年までのインテグレーション度合いに関する地図をみると、中西部や東部の主要都市は最もインテグレーションが進んでいないことが分かる。主要都市の詳細をみてみると、人種別に居住地域が綺麗に分れていることがわかる。
下記は、2018年にワシントンポストが1990年、2000年、2010年および2016年の連邦政府統計データを元に作成した地図である。
ワシントンDCは、青で表示された黒人居住エリアがはっきり現れている。赤表示の白人、黄色表示のヒスパニックも結構分かれている。
ヒューストンも、白人、黒人およびヒスパニックの居住エリアの違いが鮮明に現れている。
その中でも最もはっきり分かれている都市がシカゴである。
サンフランシスコを見てみると、緑で表示されたアジア人が非常に多いことがよくわかる。ちなみに、右上の濃い緑の長方形のエリアはチャイナタウンであり、分かりやすい。ベイブリッジを挟んで対岸のオークランド市とサンフランシスコ市の南東部に青表示の黒人が比較的集中しているエリアがあるが、それでもかなり入り混じっている。
しかし、UCバークレーの研究者の研究によると、サンフランシスコのベイエリアでは、残念ながら人種別に居住エリアが別れる傾向が1970年に比べると進んでいるとのことである10。
2012年のピュー・リーサチセンターの連邦政府統計を使った調査によると、米国の人口トップ30都市のうち27都市では、ここ30年間で居住エリアの人種による集中度合いが上がったとのことである。つまり、インテグレーションに逆行しているのだ。
アメリカに住む黒人の多くは、数十年前に比べるとほとんど黒人しか住んでいない地域に住んでいるということである。これにはもちろん収入格差も理由となっており、住める地域の選択肢が減っていることも関係しているだろう。負のスパイラルから抜け出し難くなっているのである。
警察と犯罪、銃殺率、摘発率、職務質問率と仮釈放における格差
次は、警察との関係が理解できる囚人に関する数字である。
実刑判決を受けた囚人の人種別の割合である。白人は全人口の6割だが囚人数の割合は3割である。黒人は全人口の1割だが、囚人の割合は3割である。かなりの割合で黒人が囚人となっているのだ。
若者に関する数字をみると、18歳から19歳の黒人は同年代の白人に比べると12倍以上の確率で囚人となっている。
一度逮捕されて囚人となり前科がつくと、その後の就職の可能性や所得にも大きく影響する。大学生の年齢で刑務所に入ってしまうと、負のスパイラルに陥りやすい。
しかし、非常に興味深いデータがある。単純に黒人の多くは他の人種より高い確率で罪を犯しているから囚人となっているのか?そう単純な話ではないと思われる根拠がいくつも挙がっている。
まずはマリファナ(大麻)に関してだが、2018年のデータをみると、使用率は黒人も白人もほとんど変わらない。しかし、大麻保持による逮捕率では圧倒的な差が出ている。これはどういうことなのか?「黒人の若者を見かけたら、まず呼び止めて所持品や車内を検査する」という警察の暗黙の習慣があり、検挙率を上げることで「犯罪者を多数摘発して社会を守っています」という功績を作り上げていたとしたら、どうだろうか?
スタンフォードの研究者による興味深い研究成果がある。科学者にとって著名なネイチャーに掲載された論文によると、警察がドライバーを呼び止めてチェック(日本では職務質問に当たる)を行う対象は、車内が見える日没ギリギリと車内が見えなくなる程度に暗くなったタイミングとで比べると、人種構成が大きく異なっているのだ。
日没を過ぎて車内が見えなくなると、黒人ドライバーが呼び止められる確率が統計的に有意なレベルで下がるのである。逆に、警察は黒人ドライバーを肉眼で確認できる明るさであれば、意識的か否かは不明だが、他人種のドライバーと比べて黒人が呼び止められる確率が高いのである。
囚人の釈放に関しても、「仮釈放」という釈放後も定期的に行政官に状況を報告しないと再逮捕される制度があるが、黒人は圧倒的に高い確率で仮釈放に指定されている。コロンビア大学の研究者が3月に発表した論文によると、黒人は白人の4倍の確率で仮釈放となり、特にニューヨーク州では6倍である。そして、仮釈放後に何らかの条件、行政プロセス、テクニカルな理由で再び刑務所に入れられてしまう確率について、黒人は白人の12倍にも上る。
黒人はすぐに逮捕され、釈放されても仮釈放であり、またすぐに逮捕されてしまうという、まさに負のスパイラルに陥っているのである。
警官によって射殺される人種は黒人が最も高く、白人の3倍近くに上る。これが単純に犯罪者として射殺された数あるいは武器を所持した犯罪者と警官との銃撃戦の結果多いなら納得する人もいるだろうが、そうではなさそうな事件が数多く発生しているので、多くの人が警察に猜疑心を抱いている。
黒人にしてみると、警官に呼び止められる確率が高いだけではなく、「免許証を見せなさい」と言われてポケットや助手席に手を伸ばしただけで、警官が身の危険を感じ撃ち殺される可能性があるので、日々細心の注意を払わなくてはならず、このような社会を理不尽だと感じている。
一連のBlack Lives Matter運動を通して、デモだけではなく、多くの黒人が「体験する社会」に関するストーリーが多数のメディアに紹介された。
黒人が体験するアメリカ、数多くの証言がBLMによって注目される
黒人警官が自身の動画ブログで「私は非番だったが、業務用の拳銃を保持していた。すると、道順が不自然だという理由で後ろを走行していた警官に呼び止められた。その警官は腰の銃に手を当てながら、高圧的な態度で『車内にナイフ、銃、爆弾はあるか?』と迫ってきた。そこで『自分は警官で身分証明書を持っている。腰には所持品の拳銃を挿している』と答えたところ、その警官は自分の銃に手を掛けたまま『それでは、銃を見せろ』と言ってきた。しかし、それは絶対ダメだ。ポケットに手を入れたら、そこで終わりだ。絶対そんなことをしてはいけないと思った。そこで、私は警官に『ボディーカメラをオンにしてもらえませんか』と尋ねた。警官はボディーカメラをオンにしなくてはいけないのにオフだった。いいかい、みんな。もし警官に呼び止められたら、絶対にボディーカメラがオンになっていることを確認しなさい。警官がポケットから身分証明証を出してもいいと言ったが、そうしてはダメだ。『あなたが取り出してもいいですよ』と言い返した。絶対に手をポケットに入れてはいけない。ボディーカメラをオンにした状態で警官に取り出してもらうべきだ。私はダッシュボードに装着してあった携帯電話を取ろうと手を伸ばしたところ、警官は『それはいらない』と言い返してきた。いやいや、ほんのちょっとでも間違ってたら、これは本当にヤバかった。」11 これは、メリーランド州のマイケル・ローレンスという警官のコメントである12。 彼のアドバイスは「警官に呼び止められて何かまずいと思ったら、自分の電話で911(日本の110に相当)をダイヤルして、別の警官を呼ぶことだ。あなたにはその警官の上官と話す権利がある」ということである。
メリーランド州で警察に職務質問され、それは生死の賭けるやり取りだったと語る非番警官のマイケル・ローレンス氏
https://youtu.be/OlZoUGiTJxA
彼は、最後に「きちんと運転しなさい。警官に理由を与えてはダメだ。自分は死んで帰るつもりはない」と少し感情的に録画を終わらせている。この動画は様々なところに出回り話題となった。たとえ彼の話に多少誇張があったとしても、警官と黒人ドライバーのやり取りがエスカートして悲劇につながった事件は報道されているだけでも多数あり、そのような体験をした人も多い黒人コミュニティーでは、とても響く話である。
警官である黒人男性すら恐れるようなやり取りが日常的に頻繁に発生していることを考えると、一般市民の黒人にとってはこのような体験がいかに恐ろしいもので、社会を本気で治したいと思っている人たちの気持ちがよく良くわかる。黒人とってはこのような不利な社会でいくら頑張っても、教育や就職の展望もなく、日常生活においては警官による理不尽な行為を常に我慢しなくてはならない。血気盛んな若い黒人男性が、堪忍袋の尾が切れて、夜になってデモが暴動になるまで参加してしまう気持ちもわからないではない。
社会是正の動きも様々なところで始まっている
ここまで紹介した情報の多くはアメリカのメディアに流れたが、それを受けて発生したBlack Lives Matter運動によって、改めて米国社会の本質に気付かされた大学、企業、組織のトップの多くが米国社会の本質について真剣に理解を深めることになった。そして、社会を良くするためには、個人や組織単位がそれぞれ努力してゆかなければならないというメッセージを発している。
例えば、全米の公立大学でもトップランクのカリフォルニア州立大学、University of CaliforniaはUCバークレーやUCLAなど10の大学に加えて病院や国立研究所で成り立っており、生徒数が合計約28万人、教員やスタッフが23万人近くいる巨大組織であるが、University of California全体(UC Systemと呼ばれる)のプレジデントに初めて黒人を迎えることを決定した。ちなみに、もうすぐ任期満了となる現在のUC Systemのプレジデントは初の女性であり、次期の黒人登用はそれに続く初の人事である。新たにプレジデントとなるマイケル・ドレイク氏は医者で研究者でもあり、前職はオハイオ州立大学の総長だった13。 つまり、探せば有能な黒人の人材はいるが、あえてこのタイミングで迎え入れることに意味があるということである。
スタンフォード大学は新たな理事4人のうちの一人に教育専門家の黒人女性を迎え、黒人の学生数が極端に少ないことを問題視し始めた。(ちなみに、4人の理事にはイラン生まれの30代の女性アントプレナーも含まれている。)人種問題と社会問題に関する研究を行うスタンフォード大学のMartin Luther King Jr. Research and Education Centerの建物が、壮麗なキャンパスを誇るスタンフォード大学にあって、数少ない仮設の古びた建物であることも問題視した。一部の人からは度々問題提起されていたが、これを受けて6月上旬に署名運動が起こり、大学はこのセンターへのリソースの配分を増やし人事も強化すると発表した。
これ以外にも、ツィッター等の企業では在任中の社外取締役が辞任して、自分の代わりに黒人を採用する動きを取った。
これだけではまだ本質的な改善には繋がらないが、多くのアメリカ人の意識が間違いなく変わってきている。
州レベルでは警察に関わる複数の法律が改正された。また、全米27都市の市長は、貧富のギャップが人種間で大きく出ている住宅事情を改善し、構造的な人種差別の緩和を目指すための支援(例えば、担保融資の機会が白人にしか与えられないといった制度の改善など)を連邦政府に要請する共同宣言をワシントンポストに投稿した14。
もちろん、前回までのコラムで紹介した価値観の分断は、未だ国民に根深く残っているのも事実である。
1 事件当初は8分46秒と報道され、この数字がデモで取り上げられてフォーカスポイントとなったが、その後、警察官のボディーカメラからの映像によると、これより少し長かったり、短かったりするという分析もあり、正確にはまだわからないので、「9分近く」という表現を用いている。
2 https://www.nytimes.com/2020/06/15/us/cup-foods-minneapolis-george-floyd.html
3 全文は地元、ミネアポリスのスター・トリビューンが載せている。
https://www.startribune.com/read-the-transcript-of-thomas-lane-s-body-camera-footage/571678791/
5 https://www.stevelocke.com/blog/i-fit-the-description
6 Police: Last Week Tonight with John Oliver (HBO). 6/7/2020.
https://youtu.be/Wf4cea5oObY
7 https://www.nytimes.com/2019/10/15/us/aaron-dean-atatiana-jefferson.html
8 近年の警察に殺された黒人のプロフィールは下記のリンクを参照
https://interactive.aljazeera.com/aje/2020/know-their-names/index.html
9 https://twitter.com/alyssafarrow_/status/1272318602931081216
大学内のオンライン名簿と過去の投稿も確認し、これは事実だと思われる。
10 https://www.sfchronicle.com/bayarea/article/The-Bay-Area-of-1970-was-less-racially-segregated-13902101.php
https://belonging.berkeley.edu/racial-segregation-san-francisco-bay-area-part-3
11 https://www.youtube.com/watch?v=OlZoUGiTJxA&feature=emb_logo
12 https://www.dailydot.com/irl/black-cop-pulled-over-white-cop-advice/
13 https://www.universityofcalifornia.edu/news/uc-announces-next-president