コラム  国際交流  2020.06.25

米国コロナ最前線と合衆国の本質(3) ~連邦政府 vs 州の権力争いの今と歴史背景:合衆国は「大いなる実験」の視座〜

国際政治・外交 経済政策 米国

<CIGS International Research Fellow 櫛田健児 シリーズ連載>

米国コロナ最前線と合衆国の本質
(1) 残念ながら日本にとって他人事ではない、パンデミックを通して明らかにするアメリカの構造と力学(2020年6月9日公開)
(2) 米国のデモや暴動の裏にある分断 複数の社会ロジック(2020年6月11日公開)
(3) 連邦政府vs州の権力争いの今と歴史背景:合衆国は「大いなる実験」の視座(2020年6月25日公開)
(4) アメリカにおける複数の「国」とも言える文化圏の共存と闘争:合衆国の歴史背景を踏まえて(2020年7月1日公開)
(5) メディアが拍車をかける「全く異なる事実認識」:アメリカのメディア統合による政治経済と大統領支持地域のディープストーリー(2020年7月8日公開)
(6) コロナを取り巻く情報の分断:日本には伝わっていない独立記念日前後のニュースの詳細および事実認識の分断の上に成り立つ政治戦略と企業戦略(2020年7月22日公開)
(7) 「国の存続」と「国内発展」のロジックにみる数々の妥協と黒人の犠牲(2020年7月29日公開)
(8) Black Lives Matterの裏にある黒人社会の驚くべき格差を示す様々な角度からのデータ、証言、そしてフロイド氏殺害の詳細を紹介(2020年8月7日公開)
(9) 投票弾圧の歴史の政治力学(2020年9月3日公開)
(10)AIの劇的な進展と政治利用の恐怖(2020年10月1日公開)
(11)大統領選直前に当たり、日本にはあまり伝わっていない投票権に関する動きとその裏にある合衆国の本質的な力学(2020年11月2日公開)
(12)日本に伝えたい選挙後の分析、近況と本質的な力学(2020年11月20日公開)
(13)深刻化するコロナ、拡散する陰謀説とその裏にあるソーシャルメディアの本質(上)(2021年1月6日公開)
(緊急コラム)米国連邦議会議事堂制圧事件の衝撃と合衆国の本質:これまでのコラムの要素に基づく解説(2021年1月12日公開)
*続編は順次、近日公開の予定

連邦政府 vs 州

4月15日、外出禁止令に対して痺れを切らした群衆がミシガン州の州政府ビルに押し寄せた。彼らは首から機関銃をぶら下げ、アメリカ国旗を振りかざし、「自由への弾圧反対」などのメッセージを記したプラカードを掲げて州知事(民主党)に対する抗議デモを行った。同様のデモは、オハイオ州コロンバスやノースキャロライナ州ラーレーでも行われた1(これらの州では隠し持っていない限り、銃を公共の場で持ち歩くことは基本的に合法とされている。そのようなことは日本から見ると理解しにくいが、別の機会に紹介したい)。

https://www.nbcnews.com/politics/politics-news/lock-her-anti-whitmer-coronavirus-lockdown-protestors-swarm-michigan-capitol-n1184426

https://www.axios.com/michigan-protestors-state-capitol-coronavirus-ebcb34b6-5a48-47fb-b305-360c38baa16a.html

上記のURLのショッキングな画像を見ていただきたい(動画は再生前の画像)。デモの参加者たちは全員白人のようだ。

そして、度肝を抜かれたのが、トランプ大統領のツイッターでの発言である。なんと大文字で"LIBERATE MICHIGAN"「ミシガンを解放しろ!」(全部大文字を使っているので、「!」がなくても叫んでいるのだ)と書いたのである2。 大統領であるにも関わらず、国の一部を構成する州政府に対する武装デモの参加者を擁護したのである。国のトップが、その国に属する州政府に対して、ここまで攻撃するとはどういうことなのだろうか。そもそも「解放」とはどういうことなのだろうか?誰からの「解放」なのだろうか?

共和党政権のトップである大統領が民主党の州知事に対して政治的な対立姿勢を示すことはここ十数年で何度もあったが、州政府自体を否定するような発言は稀であり過激である。

コロナ対応における連邦政府 vs 州

コロナウイルス対応についても、連邦政府と州との対立の構図がショッキングなほど鮮明になった。

アメリカ国内で使用するマスクや病院の防護服、人工呼吸器の大半は中国産である。アメリカ国内のメーカーは少し前から海外に生産をシフトしていたので、国内での調達は困難を極めた。1、2月に中国でウイルスが猛威を振るう中、アメリカ政府は来るべき緊急事態に備えることはせず、3月から4月にかけてウイルスが本格的に広まると、圧倒的に物資が足りない状況に陥った(その間1月から3月中旬にかけて、大統領は6回もゴルフに出かけていた3 )。

3月に入り私の子供の小学校が緊急閉鎖になると(二日ほど前に告知された)、学校から保護者に「スタンフォード病院では前線で戦っている医者や看護師のための医療用マスクが足りないので、もし持っている人がいたら寄付してください」という問い合わせがきた。第二次世界大戦ではドイツと日本を同時に相手取り、本国から西にも東にも何千キロも離れた場所で戦い、圧倒的な国内生産能力と物量、そして科学技術への投資により勝った国が、コットンマスクの不足だけで犠牲者がうなぎ登りの状況に陥るとは夢にも思わなかった。

しかし、そこに信じられない報道が次々に飛び込んできた。

足りない物資は州の間で競売されており、高値で落札できる州が入手している4

ところが、連邦政府は州が購入した物資を差し押さえて持ち去っている5

連邦政府に物資を取られないよう、州がプロのアメフトチームの飛行機を使い、直接中国に取りに行った6

アメリカ版の新しい虚構新聞の記事が出元かと思い、目を疑いながら何度も確認したが本当だった。

災害対策などの際、州知事が動かせるNational Guard(州兵)を、韓国から調達したコロナウイルスの検査物資を守るために動員した州もある。取られるのを危惧した相手は連邦政府であった7

ホワイトハウスのパンデミック対策チームの補佐官としてプロの人たちの上で指揮を取っているのは、トランプ大統領の義理の息子である不動産業出身のクシュナー氏である。彼はファミリービジネスを率いて、リーマンショック直前の2007年に17億ドル(約1850億円)でマンハッタンの一等地のビルを購入したが、テナントの3割が空室のまま不況に突入し14億ドルものローン返済に困っていた。しかし、そのタイミングで義父が大統領になり、その物件を売ることができたことで知られている人物である8

このクシュナー氏は政府の公式記者会見で「緊急医療物資は州のものではなく、我々(連邦政府)のものである」と発言した9。 そもそもなぜ彼がパンデミック対策チームにいるのか。州が使うものでないとすると、誰が使うものなのか?

大統領のコロナウイルス対策を賞賛した州知事には、連邦政府から人工呼吸器などの緊急医療物資が譲渡されていた10。 一方、大統領を褒め称えなかった州知事には、連邦政府のFederal Emergency Management Agencyやホワイトハウスのタスクフォースのトップに任命されたペンス副大統領からも何のレンポンスもなかった。

1カ月後、別の緊急事態が発生した。ミネアポリス市警に殺されたジョージ・フロイド氏の死が国民感情に火を点け、各都市でデモが行われた。日中は平和的だったデモは夜になると暴動と化し、ミネアポリスを始め多くの街が燃えた。6月1日、大都市で次々に起こる暴動に対して、大統領は州知事の弱腰の姿勢を非難した。州は緊急事態時には州兵を動かすことができるが、大統領には州兵を動かす権限は無い。そこで大統領は、なんと連邦政府による米軍の国内派遣の可能性を示唆したのである11

米軍がアメリカ国民を敵と見做し、国内の都市を戦場にするという発想はあまりにも想定外であり、多くの人が強烈なショックを受けた。

この大統領の姿勢に対して、6月3日にマティス前国防長官までもが大統領を非難した。彼はアメリカ国民に対して手記を公開し、米軍は自国民に対して敵意をむくべきではないとして、大統領の発言を強く批判した。同時に彼は非常に興味深い言葉を使った。「このアメリカという実験」という言葉である。Great Experiment(大いなる実験)という表現は、アメリカでは合衆国のコンセプトを表す際にしばしば使われることがあるが、国家が「実験」であるという認識は日本人の感覚からするとピンとこないのではなかろうか。

今回のコラムでは、合衆国の歴史を少し振り返るとともに、連邦政府対州の権力争いの構図について紹介する。

連邦政府 vs 州:アメリカは歴史的な「実験」

アメリカの連邦政府と州のそれぞれの権限と役割分担に関しては、国が成立する以前から議論となっていた。元々イギリスの領土だった13の植民地が1776年に独立宣言を行い、その後独立戦争に向かう。その際「連合規約」(Articles of Confederation)という文書にサインし、力を合わせて独立戦争に挑むことになる。当時それぞれの植民地には異なる自治の仕組みがあり、強い政府への反発自体が独立宣言のイデオロギーに組み込まれていたので、そもそも「連合規約」には中央政府が役割を担う機能に関する規定がなかった。その結果、貿易や紙幣、財政でいくつかの構造的問題が生じたため、独立戦争後に合意された合衆国憲法では連邦政府と州政府の役割が分けられた。

憲法草案のプロセスで行われた議論だけではなく、憲法制定後も「中央政府」対「州」の権限に関する議論は活発に行われた。合衆国を創立した主要メンバーの間でも、中央と州の権力バランスに対するイメージが大きく異なっていたのである。憲法を起草したメンバーである、ジェームス・マディソン(四代目大統領)やアレクサンダー・ハミルトン(初代大統領ジョージ・ワシントンの財務長官)はより強い中央政府の必要性を訴え、トーマス・ジェファーソン(三代目大統領)などは州の権限を維持する必要性を唱え続けた。

1789年に憲法が批准され、ワシントン大統領の下、強い中央政府の支持者たちが実権を握ったが、1791年には早速憲法改正が行われ中央政府の権限に上限がかけられた。人権保障規定として権利章典(Bill of Rights)と呼ばれる10カ条の修正条項(Amendment I~X)が追加された。特に、修正第10条では「憲法によって連邦政府に付与されていない権限や州に対し禁止されていない権限は、各州または国民自身に留保される」と規定された。強い政府の弾圧から逃れられてきた多くの人たちを受け入れた植民地が背景なだけに強い政府に対する猜疑心が深く、憲法批准からわずか2年で憲法が改正され州の権限の範囲が増大されたのである。

その後、何度も州の権限を強める議論が繰り広げられた。

1798年には憲法違反と断定した連邦政府の法律は無効であると各州が主張し始め、1815年にはハートフォード市で行われた会議で「州の権利」という考え方の下、各州の在住者を憲法に違反する連邦法から守るべきだという主張がなされた。1819年には連邦政府が中央銀行を作るにあたって、連邦最高裁判所は、憲法上明記されていなくても、連邦政府は合衆国の運営に「必要で正当」な権限を有するという判決を下した。中央銀行に関しては、合衆国創立のタイミングでも議論となり、期限付きのものが設立されたが期限であった1811年には更新されず、アメリカにはしばらく中央銀行がなかった。州の自治を主張する側は、連邦政府が管理する中央銀行には断固反対していたからである。

1820年代になると、奴隷を使った綿産業が経済システムの主流となった南部の州と産業革命が進んでいた北部の州との間で大きな対立が起き、州対連邦政府の議論に油を注いだ。サウスカロライナ州出身のジョン・カルフーン副大統領は、自国の綿産業に打撃となる輸入関税や規制の軽減が連邦議会で承認されると猛反発し、「連邦政府は州のために動くものであり、憲法は連邦政府が州の下で動くことを定めている」と主張した。連邦政府の副大統領が連邦政府よりも州が強いと主張していたわけである。

こういった議論は1860年に勃発した南北戦争まで続き、特に1850年代はヒートアップし、奴隷制度を「合法」としていた南部の州と、奴隷制度は基本的には「違法」としていた北部の州を併せ持ち合衆国内のバランスを保とうとする連邦政府との間の対立が激化していった。北部の州では奴隷制度は基本的に違法だったので、一度自由の身になると奴隷に戻されることはなかった。その結果、北部の州では、「自由」身分を買ったり、奴隷主に手放されたりして自由の身になった黒人がどんどん増えていったのである。一方、南部の州ではそのようなことはなく、自由の身の黒人は在住禁止であり、極端な例ではミシシッピー州では黒人が10日以上滞在すると奴隷として認定されるというとんでもない法律もあった。

このように、「黒人は人間なのか資産なのか」という今では考えるだけでも恐ろしい人権に関わる法律は、州ごとに決められるべきものなのか連邦政府に決める権限にあるのかという議論が行われたのである。

1842年に連邦最高裁は驚くべき判決を下した。これは、南北の州で真逆であった黒人と奴隷に関する法令の整理を行った過程での判決だった。なぜなら、この歴史的な時点では、州法により北部の州では黒人は自由の身であるが南部の州では奴隷であるという、立場上のねじれが起きていたからである。北部の州ではこの上なく南部の奴隷社会を嫌う文化が根付き、奴隷制廃止を訴える市民運動も活発になってきたのである。南部の州では奴隷である黒人が北部の州に逃亡すると奴隷ではなくなるという状況が起き、南部の州から北部の州に逃亡する奴隷が後を絶たなかった。南部の州では逃亡した奴隷を厳しく取り締まり、北部の州に逃亡した奴隷を連れ戻す「バウンティーハンター(賞金稼ぎ)」のような者も現れたほどで、健全な社会とはほど遠い状況だった。そこで北部の州では逃亡した奴隷に自由を与える法律を作ったのである。北部各州が制定した「個人の自由法」(Personal Liberty Laws)は、南部の州の奴隷が逃亡して北部の州に逃げ込んだ場合、彼らに自由を与えることができ、それと同時に人権問題として、元々北部では自由の身であった黒人と同様に南部から逃亡してきた黒人に対しても人権保護を与えることを規定したのものである。訴訟は具体的にはペンシルバニア州法に対するものであり、その州法では奴隷主が奴隷をペンシルバニア州に連れ込んだ場合、その時点でその奴隷は自由の身になるとされていた。

同じ国にもかかわらず州によって黒人の人権に対する考え方がここまで違い(人間と見るか否か)、奴隷か自由の身なのかを定める法律がバラバラな状況では、一国としてまとめていくにはさすがに限界がある。このような背景があり、連邦最高裁は州と連邦政府の力関係を連邦政府に一気に傾かせたのである。

しかし、その驚くべき判決は、北部各州が制定した「個人の自由法」は50年ほど前(当時の平均寿命から考えると一世代から二世代前)の1793年に連邦政府の議会が可決した「逃亡奴隷法」(Fugitive Slave Act)に反するという旨の判決だったのである。逃亡奴隷ついては州が法を強制できるのではなく、連邦政府が連邦法を実行しなければならないという、権力を州からはく奪し連邦政府に移す内容の判決が下されたことにより、黒人や元奴隷の人権を擁護するために定めた北部の州法は違憲であるとされたのだった。これは、連邦政府対州の権力争いが州に傾き過ぎると、合衆国としてのアメリカが一国として成り立たなくなるという危機を打開するためには重要な判決だったが、黒人の人権をはく奪するものでもあった。

連邦最高裁判所は、連邦政府という政治力学は別にして、独立した中立な立場で法令が憲法に準じているかどうかを判断するのが役割なのだが、この局面で連邦政府の権力維持と引き換えに黒人の人権を否定したのである。

そして、次は連邦政府の番である。南北州間での隔たりや摩擦がさらにエスカレートするのを防ごうと、1850年に連邦政府は新たな「逃亡奴隷法」を連邦法として制定した。これは南部の州を宥めるためのものであり、南部の州から逃亡した奴隷が北部の州で捕まった場合であっても、元の南部の州に引き渡されるというものであった。

連邦政府は逃亡奴隷の扱いは州ではなく連邦政府の権限だと定めたことにより、中央政府の権限を強化したのだが、その代償はあまりにも大きかった。連邦合衆国の分裂を避けるために、黒人の人権を犠牲にしたのである。

独立宣言と憲法の根底にある人権という概念は奴隷と黒人には当てはまらないという決断を、わずか170年前に下したのである。しかも北部の州が積極的に擁護しようとしていた人権を連邦政府も連邦最高裁も却下したのだ。

現在、米国各地で行われているデモで「Black Lives Matter」というスローガンが掲げられているが、なぜ「全ての人は平等であるべき」という主張ではなく、あえて「黒人の命」というフレーズを用いているのか、その感覚を少しでもご理解いただけたのではないかと思う。歴史上、明らかに黒人のLives(「命」とも「人生」とも訳せる)はnot matterということで、犠牲にされてきたのである。

次回以降のコラムでより詳細に説明するが、「All Lives Matter」という、一見インクルーシブなスローガンは、実は「Black Lives Matter」というスローガンを否定する白人至上主義者たちに乗っ取られた形となっており、前者を主張すると後者を否定することになってしまうという事態である。言葉の意味とその裏にある概念とのミスマッチを上手に活用した白人至上主義の戦略でもある。概念として、文字通り「All Lives Matter」は否定できないからである。しかし、合衆国の歴史では、黒人の 「lives」はdon't matterという妥協をあまりにも多く繰り返してきたのだ。

そして、1861年に南部の七つの州が合衆国から離脱して内戦へと発展した。

この時点では、奴隷制を基盤とする南部の州とそうではない州とで合衆国が真っ二つに分かれていた。

Kushida3-1.png https://en.wikipedia.org/wiki/Slave_states_and_free_states#/media/File:US_SlaveFree1789.gif

ちなみに、カリフォルニアが合衆国に参加したのは1850年で、オレゴンが1859年である。どちらも奴隷制度がない州としての合衆国入りであり、北部の勢力図を塗り替える意図があった。1849年のゴールドラッシュ以降、カリフォルニアで取れた大量の金は米国に大きな富をもたらしたため、連邦政府は大急ぎでカリフォルニアをメキシコから買い取り、州にするプロセスを完了させた。それまでは金の採掘量がほとんどなかったアメリカは、1851~1855年の間に全世界の金の45%をも採掘した12

1800年代前半は合衆国が西へと広がって行く時期でもあった。そこで、新たな州が合衆国に参加する際には、奴隷を容認する州と容認しない州を交互に足して行く方針が取られた。そうすることで勢力図が保たれると考えられていたのだ。合衆国が形成されて行く過程で、既に奴隷制度を巡って大きな隔たりがあったのである。奴隷制度を採用するか否かは、各州が自ら決められた。連邦政府には権限がなかったのである。

南北戦争は60万人以上の犠牲者を出したが、これまでアメリカが関与した戦争の中で最も多くの犠牲者が出た。当時アメリカの人口は300万人ほどだったので、人口の2割、実に十人に二人が亡くなるという想像を絶するレベルの犠牲者が出たのだ。

一方、明治維新では、いかに少ない犠牲者で社会と政治の劇的な大転換を成し遂げられたのかが際立つ。

南北戦争の結果、連邦政府つまり北部の州が勝者となった。

この戦争の最中の1862年にリンカーン大統領は奴隷解放宣言を行い、南部の州でも奴隷は自由の身であるとした。北部の州に逃亡した奴隷ももちろんのことである。これには、もちろん人権擁護の側面はあったが、兵力では優っていた南部の州に打撃を与えるものでもあった。奴隷解放宣言は、奴隷兵にとって戦うよりも北部の州に逃亡したり、奴隷主に銃を向けて家族ごと逃亡したりする強力なインセンティブとなった。当然ながら奴隷は、経済と社会の基盤となっていた南部の州の独立を支持するはずがなかった。その結果、南部の州を内部から大幅に弱らせることになったのである。

しかし、その後アメリカを再び合衆国として機能させるために、南部の州には様々な取り決めが許された。それは、自由の身となった南部の元奴隷を有権者として、つまり平等な国民として扱わないという暗黙の了解であった。南部の州は人口では黒人が白人を上回る州が多く、彼らが選挙権を持ち政治的な動きをすると、瞬く間に政治が黒人主導になることを白人の元奴隷主で大富豪のエリートは恐れたのである。その結果、北部の州が南部の州での激しい黒人弾圧を容認するという状況が続いた13

この弾圧は黒人から選挙権、教育、経済的なチャンスを奪い、警察からの嫌がらせや暴力などが単なる「人種差別」という概念を超えて様々な領域で実行され続けた結果、1960年代のMartin Luther King Jr.が率いた大規模な市民運動に発展した。しかし、その後も静かな形で続いている。このような社会的弾圧を受け、有権者としての権利を事実上抑圧されてきた黒人に対する直接的な様々な経済上の不平等(地域によっては、資金があっても家を買えないという実質的・制度的差別など)や間接的な機会損失(黒人が多く住む地域の公立学校の予算を別の口実をつけて大幅に減らすなど)は、南北戦争後も州と地域によってばらつきはあるもののずっと続いている。

特に、警察の行動や色々な数字から分かる弾圧としか言えない黒人コミュニティーへの対応は深刻化しており、これについては今後のコラムで紹介したい。

ここまで深く分断した南北では、もちろん文化も異なる。敗戦した南部では州や地域への忠誠心が強く、南軍や政治的リーダーの銅像などが多くの街で建てられている。北部やカリフォルニアましてシリコンバレーから見ると、これには全く共感できない。

しかも黒人から見ると、南部の「英雄」たちの大義は奴隷制度を基盤にした経済であり、黒人を自由の身にしようとした連邦政府や北部の州に対して黒人は奴隷であり続けるべきだと主張していた人たちであり、どう考えても英雄ではなく味方でもない。そのような「英雄」たちが奉られている文化の中で育つ息苦しさは想像に難くない。同時に南北戦争後は南部から大量の黒人が北部の町に流れ、それぞれの都市や地域の発展を形成した。

ここまで歴史的背景を少し紹介してきたが、いかに当初からアメリカが「国家」としてではなく「実験」として捉えられていたかがお分かりいただけただろう。マティス元国防長官は退役軍人であり、南北戦争を含め多くの犠牲の上に形成された合衆国を守るのが使命なので、今回のデモで多少の略奪が起きようとも米軍を国民に向けて派遣するという考えに真っ向から反対するのがよく分かる。

環境政策における連邦政府 vs 州

連邦政府対州の構図は決して歴史だけではなく、現在の様々な政策にも影響している。

例えば、アメリカの自動車の排出ガス規制はカリフォルニア州が連邦政府よりもかなり厳しい基準を設けているが、同州は米国で最も大きい市場なので、アメリカで車を売るためにはカリフォルニア州の規制を満たさないと意味がない。従って、実質的なアメリカの排出規制はカリフォルニア州が決めていることになる。アメリカは世界でトップの自動車市場なので、結局世界中のメーカーがカリフォルニア州の規制に左右される。今後カリフォルニア州は電気自動車への舵切りを支援する方針であるため、数年後には相当厳しい排出ガス規制が導入される予定であり、自動車産業に大きな影響を与えるだろう。

しかし、トランプ政権は石油産業と関係が密接なこともあり、様々な環境規制の撤廃や軽減に急いだ。そのような中、カリフォルニア州の自動車規制を対しては「州が勝手には決められない」という方針で戦っている。これに対して、カリフォルニア州を含む22の州が連邦政府を相手に訴訟を起こしている。これが2019年秋から冬にかけての裁判所での動きである14

州 vs 州の対立において合衆国としての規制が無い領域:中絶やLGBT政策

文化面でも様々な要素が州単位で決められている。キリスト教や新興キリスト教系の文化が強い南部の州では中絶に反対する動きが根強く、多くの州では違法となっている。従って、困った女性は他の州に移って中絶せざるを得ず、他の州に容易に移動することができない低所得層の人は不意の妊娠により大きな経済的負担を受けるという構図になっており、これが社会問題化している。また、カリフォルニア州の人や多くの知識層から見ると、ほぼ全ての場合(強姦を含む)において中絶を禁止したい理由を理解できず共感することもできない。一方で南部の人たちからすると、中絶禁止のスローガンは「pro life」であり「生命の尊重」である。どのタイミングで胎児が人間になるのかという科学的な論点ではなく、「神から授かったもの」という論調が多い。

また、LGBTについても各州での対応が異なり、ジェンダーフリーのトイレに断固反対し違法にしている州すらある。カリフォルニア州では2016年の法案で、2017年から個室トイレはジェンダーフリーにしなくてはいけないという法律が施行され、その対象は政府、学校、商業施設や公衆トイレとなっている。しかし、2016年にノースカロライナ州では、逆に生まれた時の性別のトイレやロッカールームしか使ってはならないというトランスジェンダーの人を否定するような法律が州議会で可決された。与党の共和党員は全員一致で可決の投票をし、野党の民主党員は全員欠席した。これを受けて、プロバスケットボールのNBAは予定されていたオールスターの試合を他の州での開催に変更し、大学バスケの全米プレイオフの開催地から同州を撤退させた。

このような価値観の違いによる戦いは「Culture Wars」としてメディアに取り上げられており、各州間で大きく異なる文化や対立を表している。前回のコラムでも紹介した価値観の分断を表している。

このような状況にあるものの、連邦政府は国としての連邦法としては対応していない。

アメリカ国内の複数の文化については、次回のコラムでも紹介したい。

現在、アメリカでは国としてコロナ対策をしておらず州任せにしている領域や連邦政府がリードしている領域、そのどちらでもなく誰が何をするのかがはっきりしないまま州対連邦政府の構図となっている領域があり、その混乱を社会の分断と捉えて楔を打って発火させている大統領がいる。今回は、そのような状況を生じさせた歴史的背景と根底にある力学を紹介した。

アメリカ以外にもカナダやドイツは中央政府の権限が州や地域に比べて弱い。国際的に比較すると、日本はかなり中央政府が強いことになる。今回のコロナウイルス対応では、知事と政府との間での食い違いや多少の権力争いが見受けられたが、アメリカの比ではない。

今回アメリカの歴史を少し紹介しただけだが、同じアメリカ人ではあるもののいかに黒人が長い間犠牲にされ続けきたかを説明することができ、黒人コミュニティーの怒りとそれに賛同する人々の同情を少しでも垣間見せることができたのであれば、幸甚の至りである。

この他にも、アメリカに特有な本質的な力学が数多く働いており、次回以降のコラムでそれらも紹介したい。


1 https://www.nbcnews.com/politics/politics-news/lock-her-anti-whitmer-coronavirus-lockdown-protestors-swarm-michigan-capitol-n1184426

2  ミシガン州の女性知事に対し、トランプ大統領は何度も攻撃的な発言を繰り返してきた。その背景として、これまで州知事が連邦政府のパンデミック対応は準備不足であり、州に対するサポートが足りないと批判してきたことがある。

 https://www.politico.com/news/2020/05/01/gretchen-whitmer-trump-michigan-protesters-228484

3 https://www.usatoday.com/story/news/factcheck/2020/04/17/fact-check-trump-had-rallies-golfed-covid-19-outbreak-grew/5126918002/

4 https://www.cnbc.com/2020/04/09/why-states-and-the-federal-government-are-bidding-on-ppe.html

5 https://www.nytimes.com/2020/04/06/us/politics/coronavirus-fema-medical-supplies.html https://www.npr.org/2020/04/15/835308133/governors-say-fema-is-outbidding-redirecting-or-poaching-their-medical-supply-or

6 https://www.cnn.com/2020/04/02/us/coronavirus-patriots-plane-masks-spt-trnd/index.html https://www.wsj.com/articles/a-million-n95-masks-are-coming-from-chinaon-board-the-new-england-patriots-plane-11585821600

7 https://thehill.com/homenews/state-watch/495519-maryland-governor-says-coronavirus-tests-acquired-from-south-korea-under

  https://www.newsweek.com/national-guard-protecting-marylands-coronavirus-tests-undisclosed-location-so-federal-government-1501309

8 https://www.nytimes.com/2018/08/03/nyregion/kushners-building-fifth-avenue-brookfield-lease.html

9 https://abcnews.go.com/Politics/kushner-stockpile-hhs-website-changed-echo-comments-federal/story?id=69936411

10 https://www.politico.com/news/2020/04/13/states-baffled-coronavirus-supplies-trump-179199

11 https://www.washingtonpost.com/politics/trump-governors-george-floyd-protests/2020/06/01/430a6226-a421-11ea-b619-3f9133bbb482_story.html

12 De Wolk, Roland. American Disruptor: The Scandalous Life of Leland Stanford. Univ of California Press, 2019.

13 Levitsky, Steven, and Daniel Ziblatt. How democracies die. Broadway Books, 2018.

14 https://www.latimes.com/california/story/2019-11-15/california-trump-administration-lawsuit-auto-emissions-climate-change