<CIGS International Research Fellow 櫛田健児 シリーズ連載>
米国コロナ最前線と合衆国の本質
(1) 残念ながら日本にとって他人事ではない、パンデミックを通して明らかにするアメリカの構造と力学(2020年6月9日公開)
(2) 米国のデモや暴動の裏にある分断 複数の社会ロジック(2020年6月11日公開)
(3) 連邦政府vs州の権力争いの今と歴史背景:合衆国は「大いなる実験」の視座(2020年6月25日公開)
(4) アメリカにおける複数の「国」とも言える文化圏の共存と闘争:合衆国の歴史背景を踏まえて(2020年7月1日公開)
(5) メディアが拍車をかける「全く異なる事実認識」:アメリカのメディア統合による政治経済と大統領支持地域のディープストーリー(2020年7月8日公開)
(6) コロナを取り巻く情報の分断:日本には伝わっていない独立記念日前後のニュースの詳細および事実認識の分断の上に成り立つ政治戦略と企業戦略(2020年7月22日公開)
(7) 「国の存続」と「国内発展」のロジックにみる数々の妥協と黒人の犠牲(2020年7月29日公開)
(8) Black Lives Matterの裏にある黒人社会の驚くべき格差を示す様々な角度からのデータ、証言、そしてフロイド氏殺害の詳細を紹介(2020年8月7日公開)
(9)投票弾圧の歴史の政治力学(2020年9月3日公開)
(10)AIの劇的な進展と政治利用の恐怖(2020年10月1日公開)
(11)大統領選直前に当たり、日本にはあまり伝わっていない投票権に関する動きとその裏にある合衆国の本質的な力学(2020年11月2日公開)
(12)日本に伝えたい選挙後の分析、近況と本質的な力学(2020年11月20日公開)
(13)深刻化するコロナ、拡散する陰謀説とその裏にあるソーシャルメディアの本質(上)(2021年1月6日公開)
(緊急コラム)米国連邦議会議事堂制圧事件の衝撃と合衆国の本質:これまでのコラムの要素に基づく解説(2021年1月12日公開)
*続編は順次、近日公開の予定
大統領選がようやく一段落したが、ここ1カ月でアメリカは、民主主義を根底から揺るがしうる攻撃、選挙結果を巡る驚くほど深い国民間の分断と「異なる真実」、そして劇的に悪化するコロナ感染状況に直面している。
幸いワクチンが出荷開始され、まずは緊急医療現場の前線で働く人たちから接種が始まった。しかし、これまでの経緯と国民への情報の分断を考えると、一般に普及し始めるのが春先だとして、ほとんどの国民がワクチンを接種できるまでのプロセスは遠い道のりとなるだろう。情報世界の様々な分断と「異なる真実」により、大統領選はトランプ氏が勝っていたが不正に勝利を奪われたと根強く考えている人たちが驚くほど多い。それと同じ力学で、ワクチン接種を政府の陰謀として捉え拒む人が数多くいるだろう。
深刻化するコロナ
アメリカではコロナで亡くなった人の数が既に1月上旬で、第二次世界大戦での死者数40万人に迫る35万人強を突破した。12月14日時点で週平均感染者数は20万人となり、1日の死者数は2001年9月11日の同時多発テロの犠牲者数約3000人を突破している。しかも、CDC (Center for Disease Control、米国疾病予防管理センター)長官は「毎日9・11以上の人が亡くなる状態」が2、3カ月続くことに備えなくてはならないと語っている1。 ワクチンが広く普及し始める数カ月後まで続くことになる。
2001年のテロ事件はアメリカ社会では大きな転換点として位置付けられている。独立戦争以降それまでは、戦争や外国からの攻撃によりアメリカ本土で一気に数千人もの人が命を落とすことはなかった。しかし、9月11日の同時多発テロでアメリカの象徴とも言えたニューヨークの世界貿易センタービルが2棟とも飛行機に追突され崩れ落ちた。世界史上高層ビルが崩れ落ちたのはそれが最初で、願わくは最後であって欲しい。
その時の死者数と12月9日までコロナによる死者数を年齢別に分けると、下記のようなグラフになる。
Source: https://i.redd.it/wg287wqtq2561.png
ユーザー:/u/graphjerk!による投稿
データ元:“Demographic Data on the Victims of the September 11, 2001 Terror Attack on the World Trade Center, New York City.” 2002. Population and Development Review, 28: 586-588.
https://doi.org/10.1111/j.1728-4457.2002.00586.x.
U.S. Centers for Disease Control and Prevention National Center for Health Statistics.
“Weekly Updates by Select Demographic and Geographic Characteristics: Provisional Death Counts for Coronavirus Disease 2019 (COVID-19).” 2020.
https://www.cdc.gov/nchs/nvss/vsrr/covid_weekly/index.htm.
上記グラフによると、コロナで亡くなっている人の大多数は65歳以上だということが分かる。しかし、下記のグラフを見ると、25歳から44歳の死者数が、ここ数年に比べて2020年3月以降跳ね上がっている。
Source: https://i.redd.it/823iyi4lpz461.png
ユーザー:u/SpeedyJesse
データ元: https://catalog.data.gov/dataset/weekly-counts-of-deaths-by-jurisdiction-and-age-group-37dcb
これはあくまで全死者数であり、コロナによる直接の死者数は明確ではないが、明らかに異常である。
ちなみに、日本の現状は他国と比べると分かりやすい。日本と韓国はコロナよりもインフルエンザの方が人口に対する死者数が遥かに多い。一方、アメリカだけでなくイギリス、ブラジル、インド、カナダ、ドイツでさえコロナによる死者数の方が圧倒的に多いのである。
Source: https://i.redd.it/60ycwaemrt461.png
ユーザー:/u/quantuminous
データ元:CDC, WHO. COVID-19 data - https://github.com/CSSEGISandData/COVID-19
Influenza data: Influenza data- https://apps.who.int/flumart/Default?ReportNo=12
アメリカでは、マスク規制がある州とない州とでコロナ感染者数の違いがはっきり分かれる。もちろん、これはマスク規制のみが有効だということではなく、マスク規制のない州は屋内ビジネスで三密を防ぐ取り組みや呼びかけを行っていなかったり、一部の州では公共衛生局がコロナは「でっち上げ」だと考えていると広く発表したりといった多くの要因がある。しかし、相関関係だけ見ても、行動とその裏にある価値観に分断があることがよく分かる。
下記の地図はニューヨーク・タイムズがまとめたものである。左図は、ほとんどの商業施設が開いているか(青)、閉まっているか(オレンジ)、あるいはその中間であるか(灰色)を示している。右図は12月11日以降のマスク着用義務を示したものである。
https://www.nytimes.com/interactive/2020/us/states-reopen-map-coronavirus.html
そして、下記はニューヨークタイムズのデータなどを使ってネットユーザーが作成した地図である。12月12日の時点で、おおよそのマスク使用率と直近30日のコロナ件数をヒートマップで表している。マスクの使用が少ないところほど、コロナ感染者数が多いことがとてもよく分かる。
Source: https://i.redd.it/bo4fd4ak5t461.jpg
ユーザー:/u/recentcsgrad12345
データ元:NYT and Dynata, the Census Bureau, corona.lmao.ninja, and covidtracking.com.
バージニア州で新たに当選した共和党下院議員は、マスク無しのトランプ支持者に対して「このパンデミックは偽物だ」と主張した。12月12日のことである2。 ネブラスカ州などの中西部では、パンデミックは中国政府による陰謀であり、店などでマスクを着用していると他の客から「この人は何だ」と疑心や怒りの表情で見られることもある。また、アイダホ州などでは、マスク規制に関して市議会などで大議論の末、規制を設けないことになった3。
価値観だけではなく、明らかに「事実の認識」が大きく異なるのである。
コロナ感染度合いと選挙支持の相関関係
下記の図は、コロナ感染率が高いほとんどの州は今回の選挙でトランプを支持し、バイデンを支持した州では感染率が低いというデータを分かりやすく表している。トランプ大統領がコロナを過小評価してマスク無しの三密会合を容認し、ロックダウンを実施した州知事を攻撃し、国としてのコロナ対策を策定せず、更にマスク姿のバイデン氏をバカにした挙句、自らも感染し周囲も感染させたにもかかわらず、彼をフォローすることでコロナに感染する人が増えると同時に、感染者数が増えても彼を支持し続けるという、一見意外な力学を示している。
/u/gotdasoda
https://i.redd.it/pdga0iro68061.png
Data from CDC and show Covid-19 case rate from Jan. 21 - Nov. 15
もちろんトランプ支持者はこのような事実を目にしていないだけではなく、見ても信じない可能性が高い。
ここで事実の理解と「異なる真実」の形成の話になる。
大統領選後の動向:敗戦後の与党からアメリカの民主主義への攻撃
大統領選の集計結果がすべて出揃い、12月14日の選挙人投票の結果、バイデン氏が次期大統領に決定した。
それまでの1カ月間に加えて同日もトランプ大統領は「自分は圧勝した」「選挙に不正があった」と訴え続け、彼を支持する選挙団体は様々な州や連邦最高裁判所に対して50以上もの訴訟を起こした。それらの訴訟はことごとく退けられたが、大統領と多くの共和党議員はこれを「ディープステート」による陰謀の証拠として扱い、ツイッターなどのSNS(アメリカではソーシャルメディアと呼ばれる)で拡散し続けた。
前回の復習になるが、新しく分かりやすい図が出て来たので、選挙結果をおさらいしようと思う。下記の地図はカウンティ別の投票数を表している。人口が少ない地域が圧倒的にトランプ大統領、人口が多い地域が圧倒的にバイデン氏という分かりやすい構図となっている。
/u/NeuralV!
https://i.redd.it/md9epcf3za061.png
選挙人団、間接投票への不信感
以前のコラムで何度も述べているが、アメリカの大統領選は直接投票ではなく選挙人団による投票が行われ、州ごとに過半数を取るとその州の票を全部取れるというwinner takes allである。ここ二回の大統領選では国民投票数と選挙人団の投票数が不思議な動きをしている。前回2016年の投票でトランプ大統領は国民投票数が300万を下回っていたが、選挙人投票数が304とヒラリー・クリントン氏の227を上回り勝利した。逆にいうと、クリントン氏は国民投票で300万も得票が上回っていても、選挙人投票で77票の差をつけられて負けたのだ。このことにより、共和党やトランプ支持者は正義により当選すべき正当な候補者が当選したという感覚を作り出した。得票数が下回っても勝てるということである。
今回の2020年選挙では、バイデン氏がトランプ大統領に得票数で500万も上回り、選挙人投票数も306対232で勝利した。前回とほとんど変わらない74票の差である。民主党候補が共和党候補に300万票上回ったら選挙人団の77票で負けたが、500万票上回ったら選挙人団の74票差で勝ったのである。
これは一般の国民にとっては分かり難く、直感的にも納得が行かないだろう。共和党やトランプ支持者にしてみれば、大統領が何カ月も前から「不正がありそうだ」と訴え続け、選挙結果は自分たちの勝利ではなく、選挙後も大統領や共和党議員の大勢が不正だったと主張し続けているため、「この結果は不正で不当だ」という考えに陥ってしまいやすく、実際そのようになっている。
一方、民主党支持者には、選挙人団という制度はそもそもおかしいし、もう存在するべきではないと考えている人が多い。300万票も上回っていても大統領選に負けるのでは、民主主義的にどう考えてもおかしいし、300万と500万の差によりここまで極端に結果がひっくり返るというのも直感的におかしいと感じている。
やはりアメリカの選挙人団は不思議な制度で、国民による票数だけではなく「どこに住んでいる人の票」なのかによって大きく左右される。色々なところで「民主主義は・・・」などと議論されるが、アメリカ独特の民主主義制度は明らかに様々な力学を生み出すので、アメリカの大統領選結果から他の国の全く別の民主主義制度もしくは「民主主義」全体を語るには気をつけなくてはならない。
それでは、最も少ない得票数で大統領選に勝とうと思ったら、この選挙人団制度ではどうするべきか?あるネットユーザーがまとめた計算結果が興味深い。
Source: https://i.redd.it/5pnsuugrld461.png
ユーザー:/u/aribr83
Data source: Citizen, Voting-Age Population by Age (Table B29001), U.S. Census Bureau, 2018 ACS 5-Year Estimates Tableau Public
link: https://public.tableau.com/profile/ari.brown#!/vizhome/MinimumCounties/MinimumCounties?publish=yes
全国でなんと1億も得票数で負けていても、11のカウンティで6割程度の票を取ることにより選挙人投票数で勝てるので、大統領選に勝てる計算となるのだ。カリフォルニア州、テキサス州、フロリダ州、ニューヨーク州などの人口が多くて選挙人投票数が多い州でWinner takes allの特性を活用して、各州で人口が最も多いカウンティでギリギリ勝利することで州全体の選挙人投票を得ることができるので、全体では勝ててしまうということである。もちろん現実ではこのような得票配分は得られないはずだが、いかにこの制度が多様な民主主義の中で独特の性質を持っているのかが分かる。民主党は選挙人団制度で不利な展開を強いられてきているので、廃止したいと考えている人が多いのも納得できる。
民主主義と言っても、それぞれの国で独特な制度を持っており、その制度と実行(インプリメンテーション)との間には様々な習慣や暗黙の了解がある。誰の票に重みがあり、どのようにして民意が選挙結果につながっていくのか、その仕組みはどの制度でもそれなりに複雑なので、選挙結果は「民意」と言っても「誰の意」をどのように反映できているのか理解していないと簡単には語れない。今回と前回のアメリカ大統領選は正にそのことを思い出させてくれるきっかけとなった。
アメリカの民主主義への攻撃
選挙の集計が終わっても、トランプ大統領はTwitterなどで執拗に選挙結果が不正だと訴え続け、共和党議員や州知事が共和党の州の司法長官にも同じことを言い続けた。数多くの州でトランプ再選を求める選挙団体が訴訟を起こした。
トランプ大統領の選挙団体は実に56以上もの訴訟を起こしたが、そのほとんどが法廷で取り上げられることなく、証拠不十分で門前払いとなっている。事実関係を聴取し始めた法廷も、弁護士に証拠があるのかと迫ると「あるとは言えない」という返答だったりして却下している5。
連邦最高裁判所に直接訴える裁判もあった。ペンシルバニア州では共和党が州の選挙結果認定の差し止めを連邦最高裁判所に訴えた。トランプ大統領はTwitterと口頭で直接裁判官にプレッシャーをかけた。「国民全員が正しいと分かっていることをする勇気があるかどうか見届けよう」と発言したのである。これに対して、彼が連邦最高裁判所裁判官に任命した三人の裁判官がどのように反応するかが注目されていた6。 大統領はこのタイミングで、フェイスブックの動画で45分近く様々な陰謀説を事実であるように伝えた。結果は連邦最高裁判所がこの訴訟を門前払いするというものだった。12月8日のことである。多くのトランプ支持者は、連邦最高裁判所がきっとトランプ大統領の勝利を決定的にしてくれるだろうと考えていた。
その次の連邦最高裁判所への訴訟はさらに過激なものだった。テキサス州の司法長官が、なんと他の四つの州(ミシガン州、ウイスコンシン州、ペンシルバニア州、ジョージア州で、いずれも2016年にトランプ氏が勝ち取ったが、今年はバイデン氏が僅差で勝利した州)の選挙結果を無効とすべきだと直接連邦最高裁判所に訴えたのである。
州対連邦政府の戦いは以前のコラムでも述べたが、ある州が別の州の選挙結果を無効にすべきだと主張するのは前代未聞と言っていいだろう。
そしてさらに驚いたことに、別の17の州がテキサス州の味方としてこの訴訟に名前を加えたいと申し出たのである。もちろん、いずれも共和党が政権を握る州である。トランプ大統領もこの訴訟に名前を載せると主張したので、彼もこの訴訟をサポートするという意味でのドキュメントも加えられた。アメリカの大統領が、自らが負けた州の選挙結果を無効にするよう連邦最高裁判所に訴えたのである。更に共和党の議員が126人も次々に名前を載せたのである。
どのような憲法学者に聞いても、このような訴訟を連邦最高裁判所が受け入れるはずがない。多くの政治学者が、このような訴訟はアメリカ民主主義に対して非常に危険なものだと危惧した。
フロリダ州オーランド市の新聞は、下院議員選で推薦した議員がこの訴訟に名前を加えたため、謝罪記事を掲載すると共に推薦も取り下げた。「彼がアンチ民主主義に走るとは思わなかった」と書いたが、彼はすでに当選しており、彼を支持した新聞の編集者でさえこの動きは危険だと捉えたのである7。
もちろん、トランプ支持者の多くはこの訴訟が成功し、ドンデン返しでトランプ大統領の再選が決まるだろうとソーシャルメディアなどで盛り上がっていた。Fox Newsは慎重ながらも、選挙には大規模な不正があったらしいというエビデンス無き主張を、特に夜のニュース・オピニオン番組で報道し続けた。
連邦最高裁判所裁判官にはつい先日トランプ大統領が任命した新しい裁判官も含まれていたが、さすがにこの裁判は受け入れないだろうと個人的には思っていた。しかし、今まで想定外の行動と結果を生んできたトランプ大統領の戦略がもし成功したら、アメリカの民主主義は一気に成り立たなくなってしまうのではないかと危惧した。すでに今回のトランプ大統領の行動により、選挙結果が気に入らなければ、それは不正による結果だとあらゆる方面に執拗に繰り返し主張すれば、多くの有権者はついてくることが分かってしまった。トランプ大統領は政権運営では上手くない側面が多々あったため、強固な支持層以外の新しい支持基盤を築くことができなかったが、次にこのようなアンチ民主主義的な政治リーダーが現れたら危険である。ドイツのヒットラーもイタリアのムッソリーニもフィリピンのマルコスも、まずは既存の民主主義制度に基づいて国のトップになり、そこで活躍することで人気を上げて自分を崇拝する層を作り出し、その後に民主主義の要素を壊し続けて最終的に独裁に持ち込んだ経緯がある。日本をみると、軍が権力を握った戦前には、現役軍人が議員や総理になってはいけないという制約が明治憲法に書き込まれていないことが問題であったと学者によって指摘されている。
まだアメリカには、自国で生まれた独裁者と戦い、辛い思いをして多大な犠牲を払って民主主義を取り戻すといった経験がほとんどない。南北戦争で国は分断し、特に南部では民主主義の度合いが低かったが、それでも独裁国家の経験はない。
では、何故ここまでアンチ民主主義的な作戦に共和党や大統領は乗ったのだろうか?あくまで推測レベルだが、いくつかヒントがある。
トランプ大統領の場合、選挙前のニューヨークタイムズによる税務署に提出した書類のスクープで明るみに出て、改めて確認された膨大な個人保証の借金問題がある。400億円以上の借金で、一部の予想では一兆円以上とのことである。もちろん、資産として建物や彼名義のビジネスの価値はあるが、非常に大きな借金である。
11月3日の投票日以降トランプ大統領の負けが決まりそうになってから、「不当な選挙結果に対して戦いを挑まなくてはならない」と選挙団体が行っている資金集めの活動がある。名前は「アメリカを救え(Save America)」というキャッチーなもので、トランプ支持者や共和党メンバーに幾度となくメールが届き、彼らのフェイスブックなどソーシャルメディアにも資金募金の広告が頻出している。その募金サイトの記述をみると、募金の75%は「Save America」の政治活動資金に行くことになっているとある。残りの25%はどのように使っても良いのである。トランプ大統領のビジネスや共和党が自由に使える予算となるのである。12月上旬までに200ミリオンドル(210億円以上)集まっていると報道されている。一方、選挙直前の選挙戦のための情報公開制度のドキュメントによると、普段何十億から何百億円という巨額な寄付を行うメガドナーはトランプ大統領への政治資金としてあまり高額な寄付はしていなかったらしいことが明らかになっている。 つまり、比較的小規模な政治献金と個人資産を集めるために、不正だと主張して戦いを続けていると解釈ができる。
この訴訟に名前を載せた議員たちは、地元の支持基盤の声を計算に入れて行動しているはずである。そのため、支持基盤の多くの人がトランプ氏は本当は勝っていたと確信していれば、それをサポートしない議員は逆に攻撃される危険すらある。Fox Newsが選挙当日にアリゾナ州ではバイデン氏の勝利が確実と発表したことで、トランプ大統領はFox Newsに激怒しツイッターでも演説でも攻撃を開始した。視聴率分析会社の報告によると、Fox Newsの視聴率は3割以上下がったということであり9、 大統領はより極端な陰謀説に走る傾向があるOne America Networkなどを「リアル・ニュース」と賞賛するようになった。選挙後のトランプ支持者の集会では、参加した人たちが「Fox Newsは売国奴だ!」「Fox Newsに選挙を決める権限はない!」といった罵声を浴びせて、怒りの矛先をFox Newsに向ける場面も増えている10。 しかもトランプ大統領は共和党の陰謀によって選挙戦で不当に負けたという声も上がっており、トランプ支持の集会では「共和党を潰せ!」という主張まで叫ばれている11。
議員たちには、この負のエネルギーを敵に回すのではなく、便乗することが政治生命上不可欠であるという計算が働いている可能性が強い。
トランプ大統領は12月に入ってもほぼ毎日Twitterで陰謀説を連発している。この原稿を書いている12月16日、彼は自らの得票数が2016年の大統領戦で勝利した6300万から2020年は7500万に1200万も増えたのは記録的な増加であり、オバマ大統領は票が300万減ったのに二期目の選挙戦に勝ったことを考えると、「選挙戦は明らかに不当に操作されている!」と叫んでいる12。 もちろんバイデン氏は8100万の票を取っているだけではなく、直接投票ではないのでどこの州を取るかが重要なのだが、このようなトランプ大統領の発言を多くの人たちが鵜呑みにしてしまう。
同じタイミングで大統領はFox Newsに対する攻撃も強めている。「Fox Newsは視聴率が下がっており、ラディカルな左翼と民主党の術中にハマって迷走している。もはや死んでいる」と投稿している13。
また、投票を集計する機械に不正があるとして、2~3%の集計機がトランプへの投票をバイデンへの投票に変えたとも主張している。「フロリダ州、オハイオ州、テキサス州では事前予想以上の差で勝利し、スイングステート(選挙に重要だった州)でも同じ状況になるはずだったが、悪いことが起きた」と、人気の陰謀説の一つである集計機の不正についても拡散した。
集計機は実はドイツなど外国のサーバーにアクセスしており、セキュリティーも万全ではなく、集計結果がトランプからバイデンに移ったという陰謀は根強い。しかし、ウイスコンシン州ではトランプ大統領の選挙団体が約3億円かけて手による再集計を行ったが勝敗は変わらなく、むしろバイデン氏の得票数が若干増えたのである。
陰謀説によると、選挙当日の集計以降の郵送による票が極端にバイデン氏に集中しているのはおかしいとのことだが、これは今までの郵便投票を巡る一連の動きを考えると容易に予想できる。パンデミックの真っ只中に、武装したトランプ支持者が大勢投票所に集まり、投票をモニタリングすべきだと大統領が訴えかけていたので、民主党やバイデン氏に投票しようとする人の多くが郵便投票を選ぶのは当たり前である。郵便投票は信用できないと一年以上主張してきた大統領の支持者が、あまり郵便投票を選択しないのもよく分かる。
トランプ大統領はツイッターで「世論調査によると共和党支持者の92%が選挙は不当に操作されたと考えている!」とも主張している14。
大統領や共和党議員、多くの関係者は、「異なる真実」を一生懸命作り上げている。 そして、トランプ支持者は何が本当の情報だか分からなくなっており、自らの価値観に従って大統領の言っていることを信じるのがベストだと言うマインドに陥っている。
チェスの世界チャンピオンだったガリル・カスパロフに言わせれば、現代のプロパガンダは「クリティカル・シンキングを疲れ果てさせて、真実を消し去る」という戦略である15。 彼のこの発言は2016年のもので、この戦略はそれ以降相当加速している。
これが笑い話で済めば良いのだが、早くも非常に心配な事件が起こり始めている。
12月19日、テキサス州で元警察官がエアコン修理業者のラテン系男性が運転していたトラックに体当たりし、彼に銃を向けて「市民逮捕」すると主張した。数分後、元警察官の仲間が数人現れてエアコン修理業者のトラックを奪い去った。この元警察官は、ラテン系男性が75万もの不正票をトラックに積んでいると信じ込んでいたのだ。ラテン系の子供達に郵便票に署名させて不正票を作り出し、選挙結果を左右させる犯罪組織の一員だと説明した。驚いたことに、通りすがりのテキサス州の警察官にそのように主張し、なぜもっと警察の応援が無いのかと訴えたということである。もちろんその元警察官はそのまま逮捕され、エアコン修理業者は全くの無実だということが分かった。しかも、この元警察官は単独もしくは仲間内の陰謀説を信じて暴走した訳ではなく、Liberty Center for God and Country(国と神のための自由センター)というNPOから27万ドル以上もの資金提供を受けていたことが明らかになった。このNPOはクラウドファンディングを通じて資金集めをしており、アメリカを救うためと称してこのような陰謀説を拡散し、実際に危険な行為を促していた。この組織の詳細は不明な点が多く、この組織以外にも似たような組織が存在しないという証拠はない。
陰謀説だけではなく、それを元に資金調達し危険な行為を実行させる力学というのは非常によろしくない。大統領が選挙は不正だったと主張し続ける限り、まだまだこのような力学は続くだろう16。
アメリカの多様性
ここまでの分断の話しでは、アメリカの政治力学は二大政党になっているので、それらの思想や価値観の大きな違いがフォーカスされやすかったが、実はアメリカは想像以上の多様性を持っていることを忘れてはならない。
下記の地図は非常にインパクトがある。アメリカで使われている言語は英語に続いてスペイン語が最も多いが、英語とスペイン語以外に家庭内で最も多く使われている言語を表している。驚きである。
カリフォルニア州とネバダ州はフィリピンの公用語であるタガログ語でであり、サンフランシスコのすぐ南にあるデイリーシティとロスアンゼルスには巨大なフィリピン人コミュニティーが存在している。ワシントン州とユタ州は中国語で、オレゴン州、テキサス州、オクラホマ州およびカンザス州はベトナム語である。アイダホ州、モンタナ州、コロラド州、ワイオミング州、ノースダコタ州はドイツ語。これはドイツ系移民がそのまま多く残っている証拠である。ミネソタ州は何とソマリア語である。これにはアメリカの難民政策としてソマリア人をミネソタ州に送り込んだ背景がある。ウイスコンシン州はモングというベトナム北部やラオス近辺の民族の言葉である。1970年代のベトナム戦争でアメリカ側で戦い、アメリカ撤退後にベトナムを追われてその多くが難民となり、アメリカが受け入れてウイスコンシン州とミネソタ州に送られたという背景がある。さらに驚くのは、ミシガン州、テネシー州、そしてウエストバージニア州がアラブ語なのである。ミシシッピー州とジョージア州は韓国語。そして北東のメイン州やバーモント州などはフランス語。ロードアイランド州やコネチカット州はポルトガル語。そして、アリゾナ州とニューメキシコ州は先住民の言葉であるナバホである。
アメリカは、これほど多様な国なのである。
アメリカがもしイギリスやドイツあるいは日本のような議会制度だったら、地域や文化圏別に多数の中小規模の政党が連立するような形になったであろう。しかし、アメリカは、上院での議席数は各州2つ、選挙の勝敗はwinner takes allにより各州で決まるといった仕組みなので、小さな政党は全く議席が取れない可能性が非常に高く、大きな党を作るようなインセンティブが働き、二大政党が戦う構図となってきた。
逆にいうと、ここまで多様な国をたった二つの政党でカバーしなくてはならないのである。従って、どの地域のどの有権者のどの価値にハマる政策を立案するか、どのような人格の候補者を立てるか、どのような制度を導入するかといった計算が極めて難しいのである。
このような理由もあり、民主党がどうしても獲得したいペンシルバニア州の票を取るために、民主党全体としては環境保護政策やクリーンエネルギーを支持しているにもかかわらず、バイデン氏は大統領との討論で「フラッキング(水圧破砕法)をサポートする」と発言したのである。フラッキングは石油を採掘する手法であるが、大量の水を使って地中を横に掘るため、地盤が緩み地中の石油が様々なところに押し出されて水源などを汚染しているとして、環境保護団体から猛反対されている。しかし、ペンシルバニア州の経済にとっては重要なので、重視しなくてはならなないという構図なのである。
また、アメリカは大きな国で、地形も多様である。農業に向いている平地と気候もあるが、険しい山脈が連なる地域もある。鉄道や資源を開拓するため企業が作った街が多い西部の大きな州は、そもそも人口密度が低い。
様々な「ローカル」で事実関係をどうやって把握するか
しかし、これだけローカルな状況や文化が異なる国で、地元で何が起こっているのかという情報はどのように収集されているのだろうか?明らかに全国ニュースでは不足している。
インターネットの到来でローカルメディアが壊滅的ダメージ
インターネットの到来で広告業界が様変わりし、大手メディアが大打撃を受けたことは良く知られている。ワシントン・ポストやウォール・ストリート・ジャーナルなど名門の老舗が立て続けに財政難になり、大富豪に買収された。ワシントン・ポストはアマゾンの創設者ジェフ・ベゾス氏に、そしてウォール・ストリート・ジャーナルはFox Newsなどのメディアを数多く保有するルーパート・マードック氏に買収された。
老舗の大手メディアは生き延びたが、実は中堅メディアとローカルニュースが壊滅的なダメージを受けたのだ。特にローカルニュースの場合、ローカル広告を主な収入源としていたので、瞬く間に収益が吹き飛び、廃業の嵐に襲われた。その結果、「ニュース砂漠」と呼ばれるローカルニュースが存在しないエリアが数多く現れた。
Source: https://www.usnewsdeserts.com/
https://public.tableau.com/profile/unccislm1164#!/vizhome/NewspapersByCountyUnitedStates/DesertandOne
ここでSNSの話になる。
実は、フェイスブックやツイッター、インスタグラムなどの世界的なサービスは、日本ではSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)と呼ばれることが多いが、アメリカを含む英語圏ではソーシャルメディアと呼ばれている。これらのサービスが今では実質的なメディアとして機能しているという理解が含まれているのである。
アメリカでは相当な数の人が、ソーシャルメディアを主なニュース源としている。 FaceBookを主とするソーシャルメディアは、個別に最適化された情報をそれぞれのユーザーに提供してくれるので、多様なアメリカ社会にはうってつけなのである。
下記のPew Research Centerによる世論調査では、ソーシャルメディアを主な政治情報源としている人は、2019年10月、11月の時点では18%で約5人に一人である。これは今年の大統領選やコロナ禍になる前である。
しかし、同じ世論調査によると、政治に関する情報を主にソーシャルメディアから得ている人は、その他の政治情報源(ニュースのウェブサイトやアプリ、ラジオ、印刷メディア、ケーブルテレビ、ネットワークテレビ)から得ている人よりも知識が少ない。 ソーシャルメディアは、政治情報源としては好ましくないのである。そして、恐ろしいことにソーシャルメディアよりもさらに知識が少ない人が多い唯一のメディアがローカルテレビである。
下図は2019年11月から2020年6月に渡って数回行われた世論調査の結果であり、政治情報に限定していないものである。ソーシャルメディアを主なニュース源としている人は、現在の情勢に関する質問について正しく答えられるレベルがワーストに近い。そして、こちら調査結果でもワーストはローカルテレビというのが恐ろしい。
現在の情勢で恐らく最も重要な事象の一つはパンデミックだが、ソーシャルメディアを主な情報源とする人のコロナウイルスに関する知識はワーストレベルである。そして、ワーストなのはまたしてもローカルテレビである。
アメリカ国立アレルギー・感染症研究所の所長で政府の感染対策タスクフォースのトップであるファウチ博士は、コロナのワクチンについて、フェイクニュースは大きな障壁になり得ると述べている17。 ワクチンの効力を信じない人が「アンチワクチン」のムーブメントを起こし、半世紀ほどアメリカでは見られなかった小児まひなどが再発しているからである。それと同じかより深刻な形でコロナのワクチンに対する偽情報が出回ると、国民の大部分はワクチンを接種せず、感染者や死者はどんどん広まっていくと懸念している。
実際、現在コロナによる死者数が急増している地域ではコロナは実在しないという見方をする人が後を絶たず、介護士の中には患者が死の直前までコロナの存在を否定し続けることに絶望している人もいる。しかも、ちょっと探せばTwitterでもFaceBookでも、「コロナはガセネタだ」という類の投稿を容易に見つけることができる。
続く「下」では、かなり影響力があるソーシャルメディアについて少し深掘りしようと思う。
(続く)
3 http://netnebraska.org/node/1241436
6 https://www.cnn.com/2020/12/08/politics/supreme-court-pennsylvania-trump-biden/index.html
8 https://www.cnbc.com/2020/12/04/trump-gop-fundraising-election-vote-fraud-claims.html
9 https://time.com/5915461/fox-news-ratings-plummet/
12 https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1339225465584840704
13 https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1339198867275980802
14 https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1339071350900723713
15 Calling Bullshit 32