<CIGS International Research Fellow 櫛田健児 シリーズ連載>
米国コロナ最前線と合衆国の本質
(1) 残念ながら日本にとって他人事ではない、パンデミックを通して明らかにするアメリカの構造と力学(2020年6月9日公開)
(2) 米国のデモや暴動の裏にある分断 複数の社会ロジック(2020年6月11日公開)
(3) 連邦政府vs州の権力争いの今と歴史背景:合衆国は「大いなる実験」の視座(2020年6月25日公開)
(4) アメリカにおける複数の「国」とも言える文化圏の共存と闘争:合衆国の歴史背景を踏まえて(2020年7月1日公開)
(5) メディアが拍車をかける「全く異なる事実認識」:アメリカのメディア統合による政治経済と大統領支持地域のディープストーリー(2020年7月8日公開)
(6) コロナを取り巻く情報の分断:日本には伝わっていない独立記念日前後のニュースの詳細および事実認識の分断の上に成り立つ政治戦略と企業戦略(2020年7月22日公開)
(7) 「国の存続」と「国内発展」のロジックにみる数々の妥協と黒人の犠牲(2020年7月29日公開)
(8) Black Lives Matterの裏にある黒人社会の驚くべき格差を示す様々な角度からのデータ、証言、そしてフロイド氏殺害の詳細を紹介(2020年8月7日公開)
(9) 投票弾圧の歴史の政治力学(2020年9月3日公開)
(10)AIの劇的な進展と政治利用の恐怖(2020年10月1日公開)
(11)大統領選直前に当たり、日本にはあまり伝わっていない投票権に関する動きとその裏にある合衆国の本質的な力学(2020年11月2日公開)
(12)日本に伝えたい選挙後の分析、近況と本質的な力学(2020年11月20日公開)
(13)深刻化するコロナ、拡散する陰謀説とその裏にあるソーシャルメディアの本質(上)(2021年1月6日公開)
(緊急コラム)米国連邦議会議事堂制圧事件の衝撃と合衆国の本質:これまでのコラムの要素に基づく解説(2021年1月12日公開)
*続編は順次、近日公開の予定
複数のロジックが混在するアメリカ
アメリカ国内のギャップが一層激しく広がっている。
経済格差などは前から広がっていたが、2008年の経済危機以降、さらにエスカレートした。所得だけではなく、政治的価値観の違いや社会問題に対する見解のギャップも広がっている。
5月末パンデミックによる死者数が10万人を超えて間もないタイミングで、アメリカという国が抱える複数のロジックの混在があまりにも劇的な形で現れた。
複数の都市で、暴動、放火と略奪により、夜は完全にロックダウンされる状況が広まっている。
トランプ大統領は、沈静化を促し、国民一体となって対応を模索しようといった発言はせず、むしろ逆にカオスを煽るような発言を繰り返した。そして、遂には米軍を国内で発動させる可能性についてまで言及した。様々な社会の分断に楔を打ち、両サイドを発火させるような大統領の作戦は幾度となく見てきたが、今回は文字通り街が燃え上がっている。
コロナどころではない緊急事態だが、コロナの感染者と死者は日々4桁台で増えている。大統領はコロナ対策を示すどころか、逆にWHOから脱退した。今月に入ってホワイトハウスの対策チームを解散させると発言してから、専門家との会合はほとんど行われなくなっている。アメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)所長でホワイトハウスの感染症対策チームのメンバーであるアンソニー・ファウチ博士とも5月18日以降は会っていない1。 ファウチ博士は早すぎる経済の再開に強烈な危機感を抱き、議会にアピールしていた2。
この緊急事態と全く同じタイミングで、アメリカは劇的な人類の科学技術の進歩を成し遂げた。イーロンマスク率いるSpaceXの民間ロケットがNASAと手を組み、宇宙飛行士を国際宇宙ステーションに無事送り届けたのである。大気圏に再突入して地球に戻るまでは完全には安心できないが、この民間企業は、2008年に3度の失敗が続き、4度目のラストチャンスに全てをかけていた。再利用可能で従来に比べて飛躍的にコストを下げるという無謀なチャレンジを、既存のプレーヤーの多くが無理だとの前評判に反し、アメリカのイノベーションの中枢であるシリコンバレーのエコシステムでみごと大成功を収めた。強烈なビジョンを持った海外生まれのリーダーが、世界選抜のメンバーと一緒に成し遂げたのである。大人になってからアメリカ国籍を得たイーロンマスクが、シリコンバレーのエコシステムの下、一代で大成功を収めた上で米政府と組み人類の発展と進化に大きく貢献した。
まずは、いくつかの構造と、地図や世論調査から見えてくる大きく異なる価値観を紹介したい。次のコラムでは構造的な本質に踏み込むが、まずはベースとなる知識を共有しようと思う。
地図で見るアメリカの地域差
まずはトランプ大統領の支持基盤について見る。2016年の選挙では、クリントン氏がトランプ氏よりも国民の投票を2.1%多く獲得していた。しかし、アメリカの大統領選は直接投票ではなく、「選挙人団」という州ごとに人数が定められた人の票数で決まる。この「選挙人団」の制度は、あえて地方の州の一票の格差を日本の比ではないほどに強めるものとなっている。この仕組みと背景は別途ご説明したいが、民主主義といっても様々なバリエーションがあり、「一人一票という概念が果たして公平なのか」という議論が重要である。要するに、人口が多い都市部寄りの政府になるのか、人口は少ないけれども面積が大きい地方の住民の利権と価値観を尊重するのかという議論である。
これを踏まえてアメリカの選挙結果を見ると、非常に分かりやすい。2016年の大統領選でトランプ大統領が勝利した選挙区を見ると下図の通りである。
赤が共和党のトランプが勝利したエリアであり、圧勝に見える。
次に、人口を見ていこう。
アメリカの人口の半分は色が濃いエリアに住んでいる。つまり、アメリカの面積のほとんどは人口密度が非常に低いのである。
そして、一票の格差は都市部と地方では実質的に数百倍なので、地方の住人の票は多大な影響力を持つ。
この二つの事実をかけ合わせると、下記のようになる。
https://twitter.com/boknowsdata/status/1179120808570101760
全てのカウンティー(群)が点で表示され、点の大きさが投票数を表している。青がクリントンで赤がトランプである。都市部ではクリントン氏が圧勝しているが、それ以外のカウンティ-では、トランプの方が票数は少ないものの抑えた点の数は多い。
これらの事実を踏まえると、非常に重要なポイントを理解しやすくなる。
青(民主党、主に都市)と赤(共和党、主に地方)では、世界観、価値観、教育水準、経済状況、そして健康状態までもがかなり違うのである。体験している「国」がまるで異なり、見えている世界が全然違うのだ。日本ではなかなか想像しにくい格差のレベルと価値観の違いである。
いくつか見ていこう。
大きく異なる価値観
まずは様々な要素の結果とも言えるデータである。1994年と2017年とを比較すると、共和党と民主党の政治的な価値観は、重なっている部分がかなり減っている。同じ政策について両者が合意するのが難しくなっているのも無理はない。
低所得層に対する政府の役割について、2017年には「低所得層が苦労するのは社会福祉が足りないからだ」という意見に賛同する民主党支持者は76%、共和党支持者が25%である。共和党支持の州や共和党政権では社会福祉が大幅にカットされる理由が分かる。ただし、共和党の支持者が圧倒的に多い地方の州は所得も低い。後でご紹介するが、不思議な力学で、所得が低い人の多くは政府の援助を拒む政策を提唱している人を支持していることになる。社会福祉の拡大を支持することで自分の首を絞めていることを全く理解していないのが、都市部に住む高所得の民主党支持者なのである。
また、現在のデモや暴動の根本にある人種差別問題について、「黒人が白人と同じ権利を得るために国は改善を続けるべきだ」という考えに賛同する民主党支持者は81%、共和党支持者は36%である。つまり、共和党支持者の圧倒的多数が「現状維持」に賛成しており、民主党支持者の圧倒的多数が改善を促しているのだ。ここでも価値観が大きく異なる。
環境問題についても大きく意見が分かれている。民主党支持者の92%が「地球の平均温度が上昇しているエビデンスがある」と考えているのに対し、共和党支持者は52%、実に半分ぐらいしか賛同していない。これは、「人間が起こした」という主張ではなく、ただ単に「エビデンスが存在する」ということ自体を共和党支持者の約半数が否定していることを示している。世界中の優秀な科学者が実証している事実を信じてない人は一体どのような価値観と世界観を持っているのだろうか。そのような人には全く共感できないという民主党支持者と、「左翼でっち上げで嘘だ。エビデンスなんて無い」という約半数の共和党支持者考え方には大きな隔たりがあることはいうまでもない。
これは環境政策に直に現れる。「環境保護規制の強化はその経済コストに見合う」と考えている民主党支持者が77%に対して、共和党支持者は36%である。
トランプ政権下、環境規制が次々に撤廃された。ハーバード大学とコロンビア大学のそれぞれの法律大学院の研究者のまとめによると、100もの環境規制の撤廃が行われたか行われている最中である。自動車や発電所からの二酸化炭素を含む有害物質、水に流される工業廃棄物、鉱山による公害、大規模農家の動物などによる汚染、作物への農薬や水質の確保など、数多くの規制が撤廃のプロセスを辿っている。各州では、訴訟などを通して、撤廃の実行をスローダウンさせようと戦いが繰り広げられている。そして、地理的に保護されている森林や国立公園なども鉱山や油田として活用できるように、保護規制が撤廃中である。このような動きは価値観の相違を見ると分かりやすい3。
移民に対しても価値観が異なる。民主党支持者の84%が「移民はその努力と才能で国を強くしている」という発言に賛同しているが、共和党支持者は42%にとどまっている。トランプ大統領が執拗に不法移民の問題を取り上げ、アメリカの様々な社会問題はメキシコから来る人たちのせいだと述べ、メキシコとの国境に膨大な資金を使って巨大な壁を作ろうという作戦を本気で繰り返し支持者にアピールする理由が分かる。民主党支持者としては、そんな考えには賛同しないし、トランプの支持者は本当に壁を作っても意味がないことぐらい分からないのかという考えになってしまう。全く共感できないのである。
そして、LGBTについても、「同性愛が社会に受け入れられるべきだ」と支持しているのは、民主党支持者は83%なのに対して、共和党支持者は半数強の54%しかいない。
健康状態、所得、教育の格差と雇用のギャップ
価値観の違いだけではなく、健康状態をみると、アメリカ国内では地域により驚くほどギャップがある。下図では、赤が濃いほど肥満率が高く、最も濃い赤が31.9%-43.9%、その次の赤が30.2%-31.8%となっている。南部のアラバマ、ミシシッピー、ルイジアナ州が特に深刻で、東海岸の南部に沿った地域も真っ赤である。西では内陸の方に赤がある。三つのオレンジ色は26.3%-30.1%を示しており、国の中央の地域が目立つ。ネバダ州やワシントン州の南部と内陸である。これら肥満率の高いのは、ほとんど共和党が勝利した州である。
https://maxmasnick.com/2011/11/15/obesity_by_county/
そして、所得である。
https://www.visualcapitalist.com/interactive-median-income-u-s-counties/
上図の国勢調査局による統計データでは、全てのカウンティー(群)の所得の中央値を表している。濃い青が高所得の地域で、赤が濃い地域ほど所得が低い。所得格差と健康状態、および政党支持がかなり重なっていることがわかる。
生活コストも所得に比例して、高い地域と安い地域とに別れている。
シリコンバレー、サンフランシスコ、ニューヨークやボストンなどではワンベッドルームのアパートの賃貸料が月40万円以上するが、このような状況は他の地域では全く考えられない。他の地域では豪邸が買える値段を払っても、シリコンバレーでは小さなアパートすら買えないので、高い給料への要求が強くなる。高給を取れる職に就ける人とそう出ない人では体験できる世界が全く異なる。例えば、スタンフォード大学近郊の住宅地には2億円以下の一戸建ては基本的にない。しかもそれらは豪邸ではなく、別の州では10分の1以下で購入できるような、水回りが怪しく内装も古いものである。外から見てもボロボロの家が3億円ぐらいで売れたりするのである。このような世界は他の地域から見たら、クレイジーそのものである。
そして、このような所得が高い職で稼いだ人たちが、ITの発展によりテレコミュートなどで遠方から仕事ができるようになり、安くて大きな物件を求めて他の地域に移り住み始めると、地価が上がり元々そこにいた人たちは住めなくなってしまうのである。ただし、地価が安くても教育水準などの問題もあるので、その地域の価値観が合わないと、住もうとは思わない人もかなり多い。所得が高いところで働いている人たちはその地域の物価も押し上げる一方で、そうではない地域との世界観のギャップも広がっていく。
極め付けは、教育と所得の格差である。2008年のリーマンショックから始まった不況以降、アメリカ経済は回復したが雇用格差は劇的に広がった。四年制の大卒以上の人の雇用はグングン伸び、二年制か専門職の学位を持っている人の雇用も2013年からプラスに転じた。しかし、高卒以下の人にとっては、条件は回復するどころか雇用がどんどん無くなっていった。
アメリカの大学は学費が非常に高額である。奨学金を受けることも可能だが、低所得層にとってはかなりハードルが高い。学費を払うための教育費ローンは消費者金融並みに利子が高く、ぼったくりだという議論が長く続いている。教育省のトップが積極的に公立の教育の予算をなくしたり、規制緩和という掛け声の下に小学校給食に必要な最低限の栄養に関する規制(例えば、果物が必要など)すら撤廃したりしている現状を理解するには、上記の通り共和党支持者の考え方を見れば分かりやすい4。 同時に、低教育層への経済ダメージは深刻である。
ちなみに、トランプ政権の教育省の現トップであるベッツ ィ・デヴォス氏は教育者としての経験がない大富豪で、彼女の一家は共和党への献金を積極的に行い、様々な方面で公立教育の資金を私立学校へ移転させる制度を推進してきた。デヴォス氏の家族の推定資産は、2019年のフォーブスによると20億ドルほどである5。 これは日本円では約2200億円である。富豪であること自体は特に問題ではないが、このような制度の変更がデヴォス氏個人の利害に関係があることが問題である。多くの人は、デヴォス氏の教育に対する考え方と政府予算の配分に対する姿勢が、アメリカ経済の合理性と社会の分断を深くしていることを懸念している。日本では保育園の無償化が進んでいるが、アメリカでは教育省が公的資金による保育園のサポートを積極的に減らしている。デヴォス氏が就任したときの政府の調査資料から明らかになったのは、彼女は営利目的で運営されている保育園運営企業のKindercareへ投資をしていることである。この企業は私の娘が通う保育園も運営しているが、3、4歳児の保育料が20万円/月もかかり、私の住む地域ではこれが平均的な値段となっている。経済的に子供を通わせることができない家庭が多く、その結果片方の親はフルタイムで働くことができず所得も下がる。中流以下の家庭には大変な負担である。
また、デヴォス氏一家は教育ローン産業と営利目的のfor-profit大学とも非常に距離が近く、教育ローンの利子を規制で下げようとしたオバマ政権の政策から180度方向転換した6。
パンデミックの最中の5月29日、法廷で詐欺と認定された営利目的の大学から被害を受けた学生は学生ローンの一部を支払わなくて良いという法案を、大統領のサポートを得て帳消しにした。これに対して、議会は反発している7。 日本でも、旧来の霞が関の仕組みや役人による制度に対して批判の声は出ているが、アメリカの現況からただ単に民間人に権限を与えれば良いというものではないという教訓が得られる。民間出身者や大富豪のリーダーが悪いというわけではないが、利害関係があるのは宜しくない。富豪の中にも社会のことを思う人もいるだろうが、現在の教育省のトップは、高校以下の教育しか受けていない人の雇用状況がいかに厳しく苦しい生活をしているか分かっておらず、教育の現場がどうなっているのか理解して改善しようという意図がほとんど見受けられない。これも、上記の民主党、共和党の価値観が違いを見ると明らかである。
2008年以降アメリカ経済では、教育水準によって「取り残された」人たちと「成長に乗った」人たちとのギャップが大きく開いた。
次回のコラムに続く。
2 https://www.bbc.com/news/world-us-canada-52629681
3 https://www.nytimes.com/interactive/2020/climate/trump-environment-rollbacks.html