<CIGS International Research Fellow 櫛田健児 シリーズ連載>
米国コロナ最前線と合衆国の本質
(1) 残念ながら日本にとって他人事ではない、パンデミックを通して明らかにするアメリカの構造と力学(2020年6月9日公開)
(2) 米国のデモや暴動の裏にある分断 複数の社会ロジック(2020年6月11日公開)
(3) 連邦政府vs州の権力争いの今と歴史背景:合衆国は「大いなる実験」の視座(2020年6月25日公開)
(4) アメリカにおける複数の「国」とも言える文化圏の共存と闘争:合衆国の歴史背景を踏まえて(2020年7月1日公開)
(5) メディアが拍車をかける「全く異なる事実認識」:アメリカのメディア統合による政治経済と大統領支持地域のディープストーリー(2020年7月8日公開)
6) コロナを取り巻く情報の分断:日本には伝わっていない独立記念日前後のニュースの詳細および事実認識の分断の上に成り立つ政治戦略と企業戦略(2020年7月22日公開)
(7) 「国の存続」と「国内発展」のロジックにみる数々の妥協と黒人の犠牲(2020年7月29日公開)
(8) Black Lives Matterの裏にある黒人社会の驚くべき格差を示す様々な角度からのデータ、証言、そしてフロイド氏殺害の詳細を紹介(2020年8月7日公開)
(9) 投票弾圧の歴史の政治力学(2020年9月3日公開)
(10)AIの劇的な進展と政治利用の恐怖(2020年10月1日公開)
(11)大統領選直前に当たり、日本にはあまり伝わっていない投票権に関する動きとその裏にある合衆国の本質的な力学(2020年11月2日公開)
(12)日本に伝えたい選挙後の分析、近況と本質的な力学(2020年11月20日公開)
(13)深刻化するコロナ、拡散する陰謀説とその裏にあるソーシャルメディアの本質(上)(2021年1月6日公開)
(緊急コラム)米国連邦議会議事堂制圧事件の衝撃と合衆国の本質:これまでのコラムの要素に基づく解説(2021年1月12日公開)
*続編は順次、近日公開の予定
アメリカに混在する文化とコロナ対応
6月29日にアメリカの新型コロナによる死亡者数が12.6万人を突破し、6月25日から毎日4万人以上の感染者が増え続け、感染者数は250万人を突破した。
いち早く経済活動を再開したフロリダ州では、新たな感染者が6月8日の時点で毎日900人台だったのが、6月23日には3000人、6月27日には9000人以上に跳ね上がった。激増である。
未だコロナウイルスが猛威を振るう中、経済活動を再開するに当たって、連邦政府は検査の実施等によるコロナウイルスへの対応策を全く示していない1。 50もの州がそれぞれバラバラな戦略を立てたところで、アメリカ全土そして世界中へ移動する人たちがコロナウイルスを国外に持ち出さないという保証はない。残念ながら世界の人々にとっても全く他人事ではなく、全て受け手側の地域や国の対応任せになってしまっている。
このことは、パンデミック当初から「コロナは大したことはない」と主張しているアメリカ内の地域やその州知事が主にトランプ大統領を支持していることもあるが、大統領や副大統領がコロナ検査用物資を製造している工場や病院を訪問するときですらマスクをしないという態度にもつながる。ちなみに、大統領がマスク無しで視察した綿棒の生産工場は、当日製造された製品は全て破棄するしかないと発表した2。 ペンス副大統領は病院を視察する際にマスク着用義務の説明を受けたが、「相手の顔を見て話したい」という理由でマスクの着用を拒んだ3。 彼は政府のパンデミック対策チームのリーダーであるにも関わらず、である。
マスクを着用するか否かは、単にウイルス拡散を抑制する道具としてだけではなく、「リーダーとしての格式」、「政府に自由を奪われる象徴」、「男はマスクをしない」といった日本から見ると摩訶不思議な価値観にも関わってくる。「マスクをするのは当たり前で、それを上記のような理由で拒む人の気が知れない」という価値観の人もおり、お互いの価値観は全く共有できていない。これは、アメリカ国内に共存する複数の価値観を表している一例である。
カリフォルニア州南部のロサンゼルスより少し南にあるオレンジ市では、マスク着用を義務付けることを主張しているチーフ・ヘルス・オフィサーがSNSなどで集中砲火を受け、何と相次いで殺人予告まで出され、その結果警察の護衛がつくほどまで事態が発展したことにより辞任した。後継者は、マスク着用は強制ではなく「強く推奨する」こととしたが、経済活動の再開によりここ数週間でコロナ感染者が急激する結果となり、一カ月で件数が倍増した4。 6月初めは2000件程度であったが、27日は7000件に跳ね上がり、29日には5000件になったのである。このマスク着用に断固反対する文化は、同じカリフォルニア州でも北にある、私が住んでいるシリコンバレーエリアでは全くピンとこない。屋外の青果市場であるファーマーズマーケットやスーパーではマスク着用が義務付けられ、人々は整然とマスクを着用している。同じカリフォルニア州ですらここまで価値観・文化が異なるのだ。
デモと大統領が拡散した陰謀説:複数の文化圏
6月9日、大統領は数日前のデモで警察により乱暴に押し倒された75歳の老人の動画について、ツイートで陰謀説を流した5。 メディアでは公表されていなかった老人の実名を明かし、「ANTIFA(Anti Fascist )の工作ではないか」と呟いた。また、「押された以上に強く倒れた」と主張した。老人はスマホをかざしていたが、これについても「スキャナに見える」と陰謀説を唱えた。このスキャナは警察の無線を傍受し電波障害を起こして通信を乱す機材であるとの主張である。老人は地面に後頭部を叩きつけられ耳から血を流しているにも関わらず、警察官は素通りし、その後集中治療室に運ばれた6。 老人に対する過剰な暴力を録画した衝撃的な動画に対して、大統領はさらに衝撃的な陰謀説を唱えたのである。一体誰がこのようなことを信じるのだろうか。シリコンバレーでは全く想像もつかない。
ちなみに、ANTIFAとは「Anti Fascist」の略で、大統領は各地で暴動を促している裏の組織として「ANTIFAをテロリスト組織に認定する」とツイートしていた。しかし、この団体は1930年代のドイツに存在した反ファシスト団体の名前を使っているが、現在のアメリカでは団体と呼べるほどものではない。リーダーも組織もなく7、 暴動や略奪、放火などで逮捕された者50人以上に対する法務省による調査でも、その名は一度も現れていない8。
アメリカの複数の小さな街では、SNSで「ANTIFAが数台のバスで街に向かっており、荒らしに来る」という情報が流れ、地元の人たち(ほとんど全員が白人)が武装して街の護衛にあたるという光景が多発した。この情報はデマであり、結局誰も来なかった9。 しかしながら、このような情報に踊らされて、本気で銃で武装し街の防衛に奔走する人たちが存在しているという事実がある。こういった価値観についても、シリコンバレーからではまるで想像することができない。
笑い話で済めば良いが、次のような事態も起こっている。ある小さな街でたまたま外部から有色人種を含む家族が近くのキャンプ場にキャンピングをしようと訪れた。地元の人の一部は、その家族がテロリストであるとの疑いをかけ、何台もの車で尾行した。その家族によると、ライフルやセミオートマシンガンで武装していた人もいたという。そして、キャンプ場では、家族が気付いた時にはすでに木が切り倒されており、車で逃げられないようにバリケードが築かれていた。結局、同じ地元のティーンエージャーがチェーンソーで文字通り道を切り開いてくれたおかげで、家族は無事に脱出できた10。
このような事態が起こるのとほぼ同時に、テスラの新型バッテリーは100万マイル以上の走行に耐えられるほど寿命の良いものができ、今後大きな革命を起こすだろうという報道があった11。 このように、シリコンバレーでは率先して新しい価値を作っている人たちが、どんどん先に突き進んでいる。日本でキーワードになっているDX(デジタルトランスフォーメーション)について、シリコンバレーの先端企業ではあまり聞かれない。なぜなら、すでにもしくは最初からデジタルで活動しており、その必要がないからである。ウォール街では証券アナリストによる「買い」のレコメンデーションが立て続けに出て、テスラの株価やNASDAQは最高記録を更新した。
アメリカには複数のロジックが共存している。
そのようなロジックは国として「混在」しているのだが、それぞれの地域内ではあまり混在していない感覚である。国として「混在」はしていても、地域内ではそれ程混ざってはおらず、「共存」という感覚なのだ。
地域によっては政府に対する考え方、人種に対する考え方、権力に対する考え方などが大きく異なる。支持政党別のいくつかのパラメーターや意識調査については前回のコラムで紹介しており、支持政党が地域ごとに分かれていることも紹介したが、今回はまた違う視点で切り込んでみたい。
アメリカは「大いなる実験」:その歴史背景
先日、マティス前国防長官はトランプ大統領が国内の暴動に対して軍の投入もありうると述べたことに反発し、国民に向けた手記を公開した。そこに記述されていた「アメリカはGreat Experiment(大いなる実験)である」という表現については前回のコラムで紹介した。
「大いなる実験」であり、日本に比べて歴史の浅いアメリカ合衆国は、歴史的背景が全く異なる地域で構成されており、それぞれを別の「国」として捉えても良いのではないかという興味深い考え方もある。
まず思い出して頂きたいのが、アメリカは1800年代に東から西への国土を拡張していったということである。もちろんその結果、最も被害を受けたのは先住民である。ちなみに、先住民の利権を主張する団体はBlack Lives Matterに賛同し、結束の意を示している12。
憲法が起草され11の州が署名した1789年時点の段階が初期のアメリカ合衆国といえる。今はテネシー州の東部地域となっているフランクリンという国が1784年に独立を宣言したが、その後独立を諦めたのが1789年2月であり、その年の11月にノースカロライナ州が憲法に署名し12番目の州となった。
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1803年に、アメリカはフランスから当時の合衆国とほぼ同じ大きさの土地を購入し、領土とした。その土地はまだ州にはなっていなかった。
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アメリカ合衆国が1783年にイギリス相手に勝利した独立戦争の約30年後の1812年に、まだアメリカ大陸で勢力を保っていたイギリス軍と再び戦争となった。現在のミシガン州周辺で激しい戦いが繰り広げられ、その結果1813年に現在のミシガン州がアメリカによって占領され、アメリカのものとなった。実は翌1814年にはイギリス軍によって首都のワシントンが占領され、ジェームス・マディソン大統領とアメリカ軍は隣のメリーランド州への撤退を余儀なくされた歴史がある。イギリス軍は議会議事堂と大統領官邸を含む複数の政府関係の建造物に火を点けた。余談であるが、この時大統領官邸からジョージ・ワシントンの肖像画や貴重品を無事に運び出したマディソン大統領の奴隷は、オバマ大統領によって賞賛され、子孫がホワイトハウスに招待された。
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1819年にはアメリカ大陸の北西部がイギリスと共有の領土とされ、
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1821年には現在のフロリダがスペインから譲渡され、1845年にはフロリダとテキサスがそれぞれ27番目と28番目の州として合衆国入りした。
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1848年、メキシコとの戦争(米墨戦争)を終結させた和平協定により、現在のカリフォルニア州を含む西部の領土がメキシコからアメリカに譲渡された。
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その翌年の1849年、アメリカ人がサンフランシスコの東方の山で金を掘り当てたことがゴールドラッシュの引き金となった。アメリカは急いでカリフォルニアを州と認定し、1850年に31番目の州として迎え入れた。
当時、同じアメリカ内でも、東の州から新しく合衆国入りしたカリフォルニア州への移動には、想像を絶するほどの危険と困難が伴った。
陸路は馬車での移動であり碌に道も整備されておらず、「グレートアメリカンデザート(砂漠)」と呼ばれた大平原を抜け、ロッキー山脈を越え、現在のネバダ州の灼熱の砂漠を通り、更に東西100キロ以上南北640キロほども続くシエラネバダ山脈も越える必要があった。シエラネバダ山脈は北米で最も高い山脈であり、現在でも冬は雪に覆われて通過することができない。
1850年代に陸路を歩んだ人たちの遺稿には、ロッキー山脈を越えた辺りから、次々に発生する飢餓や病気と闘いながら、先住民との抗争にも巻き込まれて、食料と水が尽きた状態で引き返してくる人に遭遇することが多かったと記されている。道端には餓死した馬や途中で命を落とした人の姿も数多く見受けられたと語られている。
陸路は危険で困難だったので、船でカリフォルニアを目指すルートもあったが、それもそれ程良い選択肢ではなかった。6カ月間かけて南アメリカを回るルートで最も安価だったが、現在のチリ沖の海は猛烈に荒れることで有名で、かなりの危険を伴うルートであった。アメリカ大陸中央の細いエリアを陸路で抜けるルート(現在のパナマとコスタリカ)もあったが、こちらも数カ月かかり、沼地を徒歩で抜ける際にマラリヤやその他の疫病、そして先住民から攻撃を受ける危険を伴うものだった13。
また余談だが、スタンフォード大学の創設者、リーランド・スタンフォードはこのような状況下でもゴールドラッシュに参加し兄弟で店を経営して、今の言葉で言うと、深いペインポイントだった大陸横断を鉄道で可能にする大陸横断鉄道の西のエリアを担当して鉄道王となり莫大な富を築いた。スタンフォード大学のキャンパスが広大なのは、そのような歴史的背景があるからである。
ここまで書けばご理解頂けると思うが、アメリカ合衆国は様々な相手との度重なる戦争を経て、半世紀以上かけて複雑なプロセスで作り出され、各地域は合衆国入りしたタイミングも時代背景も異なる。
また、ヨーロッパからの移民は途絶えることのない複数の波となってアメリカにやって来た。それらの多くは、本国の政治や経済状況などによりアメリカに逃げるように来た人たちだったり、アイルランドのように大飢饉によりアメリカに脱出してきた人々だったり、あるいは北欧の苦しい生活から逃れて来た農民だったり、など様々であった。
例えば、1840年代のアイオワ州はドイツ系移民が多く、実質的な公用語はドイツ語であったほどである。ドイツ語が話せないと、アイオワ州都のデモインなどでは文化的に溶け込めず、肩身が狭い思いをすることが、そう遠く無い昔までは普通であった。第一次世界大戦、そして何よりも第二次世界大戦の影響を受けて、これらのドイツ系移民は積極的に「アメリカン」であることを訴え、ドイツ語を封印し子供達にも教えることはなくなった。
ちなみに、私の母の実家はミネソタ州にあり、ドイツ系と北欧系の背景を持つ。曾祖父は主にドイツ語を話したと聞くが、私の祖母(1910年生まれ)の世代になると、公用語は英語でありドイツ語は習っていない。これには、スウェーデン出身の移民と結婚したことで文化的な要素が混じり合ったことも関係している。
個人的な感想だが、ミッドウエストと呼ばれる中西部はニューヨークやボストンとは文化が大きく異なり、日本に近いものが多いと昔から思っていた。北欧系移民が多いミッドウエスト地域は、言葉としては存在しないものの「遠慮」や「奥ゆかしさ」といった感覚が備わっており、自己主張を控える傾向がある。冬は摂氏マイナス30度にも達する極寒の地で我慢強く生きてきた北欧文化の流れを汲んでおり、実はこれが日本の価値観の多くと相性が良いと私は若い頃から感じていた。
面白いことに、私が東京で育つ中でよく見たのは、国際結婚の多くがミッドウエスト地域の人と日本人との組み合わせだったことである。例えば、ニューヨークに住んでいた日本人が自らの経験を踏まえて「アメリカ人は...」と主張しても、私の知っているミネソタ州では当てはまらなかったので、ピンとこないことが多々あり印象深かった。「とにかく自己主張して言った者勝ちですよね、アメリカは」と言われても、全くしっくりこなかったのである。複数の社会文化的な要素がアメリカに混在しているという感覚は、私が小さい頃からの観察してきたものであり、拙著『バイカルチャーと日本人』で述べた「コミュニケーションに含まれる暗黙のルールが一辺倒ではない」という考え方にもつながった14。
この感覚を裏付け、上記のようなアメリカの歴史の結果を鮮やかに紹介する面白い本を紹介したい。
アメリカの「11の国」
2011年に出版された" American nations: A history of the eleven rival regional cultures of North America"(邦訳名「11の国のアメリカ史:分断と相克の400年」)15 という本がアメリカに存在し続ける異なる複数の文化を紹介している。著者は、様々な要素で見るとアメリカ合衆国には11の大きな個別の文化が存在し、それぞれが「国」として考えても良いほど異なっており、長い間に渡って勢力争いをしてきたという主張をしている。各「国」間では、政府に対する考え方、階級社会に馴染むのかどうか、社会的な多様性の受け容れ度合い、生活における宗教の重要性、個人の自由などについて、根本的に異なる文化が存在するとしている。
これに加えて、キューバの移民から影響を受けている南フロリダ(マイアミを含む)はさらに別の「国」であり、もちろん独立した王国であったハワイや、先住民が数多く住むアラスカ、そして未だに領土という立場で州になっていないプエルトリコやアメリカン・サモアなども「国」と言えると著者は語っているが、この本では対象外となっている。
https://www.businessinsider.com/the-11-nations-of-the-united-states-2015-7
この本は学者ではなくジャーナリストが書いたもので、歴史的背景や主張を裏付ける分析が学術的に甘いという批判もある。しかしながら、価値観に大きなコントラストがあるのは、前回コラムの世論調査の説明でも明らかであり、人々の価値観には州の境界線とは異なるエリアに別の境界線が存在するという主張は、内部の政治的な分断を抱えている州が多いことを見ると分かり易い。
著者は、この地域ごとの大きな差は色々な形で現れていると主張している。言語学者による方言マップや宗教に対する世論調査、地元の投票で決まる法律や環境政策を見ると分かり易い。例えば、オハイオ州は2000年と2004年では共和党の州政府だったが、北部の一部だけは強固な民主党支持エリアであった。また、2008年のギャロップによる「生活において宗教は大事か」という調査に対して、イエスと答えた上位10の州は全て南東の州で下位10は全て北東の州であった。2007年の統計で最も教育水準が高かったのはマサチューセッツ州(短大や専門学校、大学以上の学位習得率は16%)で、次位も北東の州が並んだ。下位はアパラチア方面のアーカンソー州やウエストバージニア州であった。また、地球温暖化防止のためのニ酸化炭素排出削減に向けたカーボントレーディングのアグリーメントに参加した州は、北東と西の海岸沿いの州のみであったし、労働組合は違法であるとする制度を実施している州は南部にしかない。そして、テキサス州やニューメキシコ州は強固な共和党のエリアと民主党寄りのエリアに明確に分かれている。
それぞれの地域を見ていこう。
北東に位置する「ヤンキーダム(ヤンキーの国)」は、現在のニューヨークよりも北部のニューイングランド地域からミシガン州やミネソタ州にまで及んでいたが、教育を重視し、地域市民による政治、そして多少個人を犠牲にしても社会を良くすることを重要と考えていた地域である。政府は人民の延長線上にあると考え、政府が人民の生活を良くするという可能性を最も信じている。積極的に政治へ参加し外国人を受け入れて、理想を実現しようという文化が根強い。連邦からの独立を宣言した領土も含まれており、「丘の上の街」という理想を価値観に持った人たちが創立したという背景がある。合衆国創設前から、合衆国は誰がコントロールするのかという勢力争いで常に南部と戦ってきた。
「ニュー・ネーデルランド」はニューヨーク市とニュージャージ州の北部を中心とし、オランダ系移民が住民となった地域である。実際にオランダ系植民地だった時代は非常に短かったが、その後のニューヨークシティー圏の文化の発展に大きく寄与した。当初から貿易の街として物質主義的傾向が強く、いずれの人種もドミナントになることがなかったため、人種や宗教の多様性について寛容であった。そして、このエリアが強くプッシュしたため、自由の探求に対するコミットメントと多様性に対する寛容なパートがアメリカ憲法の修正条項となったBill of Rights(権利章典)に組み込まれた。金融やジャーナリズムの中心地がニューヨークにあるのは、1600年代後半にアムステルダムが西欧において金融と出版の中心地であったことと繋がっている。また、その後の度重なる移民の波はニューヨークを経由してアメリカ本土に入って来たという歴史的背景も手伝っている。
フィラデルフィアから中西部の大部分をカバーしていた「ミッドランド」はクエーカーというキリスト教系の一派であるイギリス人が移り住んだ地域であり、ミドルクラスの社会と比較的モデレート(極端なことを嫌う穏健)な政治主義が特徴である。しかし、政府や社会への関与を嫌い政治に関心を持たない層も多い。アングロサクソン系ではないドイツ系移民も多く、トップダウンで意思決定するような強い政府による社会への介入に対して猜疑心を持っている。これは、この地域の移民の多くが欧州の弾圧から逃れて来たという背景があるためである。このため、アメリカの政治を左にも右にも傾かせる"swing"地域と目され、大統領選や議会の選挙では非常に重要となる(ヒラリー・クリントンは2016年の選挙戦で、この地域の重要性を過小評価した結果、トランプ政権を誕生させてしまったという主張もある)。
「タイドウォーター」は、現在のヴァージニア州が中心であり、イギリスの貴族によって創立され、アメリカ建国に当たっては貴族・階級社会の要素が導入された地域である。次回のコラムで説明する予定のElectoral college(選挙代表団)や、元は直接投票ではなかった上院に直接投票を持ち込んだ制度などは、この地域により導入された。また、この地域は奴隷制度の上に成立しており、南部の奴隷主エリートとも近かった。そのせいで1830~40年代には独自の地域としての権力が弱まり、南部の勢力に飲み込まれたこともある。この地域は権力に対するリスペクトや伝統を重視している。
「大アパラチア」はケンタッキー州、ウエストバージニア州、テネシー州、テキサス州を含み、争いが多い北アイルランド、イギリス北部、スコットランド南部からの移民が作り上げた文化圏である。現在はアメリカの他の地域からは「ヒルビリー」や「レッドネック」と呼ばれ、粗野で高い教育を受けていない田舎者だとみなされてしまっている。強烈に個人の自由を尊重し政府を嫌い、良く言えば戦士のスピリットがある、悪く言えば暴力を容認するような問題解決方法を好む傾向があるといった、他の地域とは異なる性質を持つとされている*。合衆国の他の地域、特にヤンキーダムのような貴族的な振る舞いや政府の介入により社会を良くしようとする「社会実験」を強く嫌っている。
*詳細は、 "Hillbilly Elegy: A Memoir of a Family and Culture in Crisis" (J. D. Vance著)をご参照。
「ディープサウス(深南部)」はアラバマ州、フロリダ州北部、ミシシッピー州、テキサス州、ジョージア州およびサウスカロライナ州から成り立っており、バルバドスから来たイギリス人の奴隷主によって形成された社会である。カリブ海の中米諸島の奴隷社会をモデルに作られた。非常に厳格な階級社会であり、アメリカ合衆国の中で北東の地域にあるヤンキーダムと勢力争いを続けて来た。経済システムは奴隷制度に基づくもので、合衆国創立間もない頃にラテンアメリカへの拡張を狙ったが上手くいかなかった。その後、合衆国からの離脱を求めて南北戦争を起こしたが敗戦した。敗戦後はヤンキーダムの占領に対して必死に抵抗して、「州の独立性」や人種を分離した社会、そして労働と環境の規制撤廃を主張してきた。南北戦争後も一党制の領域として人種を軸とした差別の上に乗った社会政策を実施する傾向が強く、国内でも非民主的な地域である。
「エルノルテ」はテキサス州の一部、アリゾナ州、ニューメキシコ州とカリフォルニア州の多くを占めており、元々スペイン圏だった地域を含んでいるため、ヒスパニックの文化圏にある。アメリカのメキシコに近い地域とメキシコの北部を含んだ文化圏であり、アメリカのそれぞれの州の北部地域やメキシコの南部にあるメキシコシティー圏からも独立しているので、アメリカの他の地域とはかなり異なった独自の文化が形成されたようだ。自立や自給自足の精神、努力の尊重、そして民主運動や革命主義者の流れも入っており、アメリカとメキシコとの国境により分断されている。ピューリサーチセンターによると、アメリカの人口に占めるヒスパニック系の比率は2050年まで29%ほどになると予想されており、そうなると2005年の倍になる。この増加の多くはこのエルノルテ地域で起こると見られており、この一帯ではすでにヒスパニック系住民が過半数を占めている。テキサス州などの政治が強固な共和党寄りから徐々に民主党寄りになってきている要因の1つがこの地域だとされている。
「レフトコースト(「左の海岸」という意味であるが、政治的に左寄りだということで「レフト」という言葉を掛けている)」は、サンフランシスコ以北のカリフォルニア州の沿岸部、オレゴン州、そしてワシントン州の沿岸部を含む(カリフォルニア州南部のロサンゼルスは入ってない)。北東のニューイングランド方面からの都市部を目指して来た人たち、アパラチア方面からの農民、ゴールドラッシュで一攫千金を狙った人たち、そして毛皮商人により発展した地域で、田舎的な部分があり、理想郷を作る意図でヤンキーダムから来た宣教師なども活発に活動した。その結果、ニューイングランド風のインテリの風土や教育を重んじる文化、理想主義、そして良い政府のより良い政策による社会の向上を信じている。個人の探求や発見、そして自己表現を重んじている。この地域は環境保護運動やIT革命の発祥の地であり、マイクロソフトやアマゾンに加えてアップルやグーグルなどのシリコンバレーの企業、LGBTの権利運動、ベトナム戦争時の平和運動、そして1960年代の人権運動、女性運動などを生み出した。大衆文化作品の中では、別の国として合衆国から離脱したという記述が見受けられることも珍しくない。ヤンキーダムと多くの価値観を共有し、隣の地域であるファーウエストの非政府・大企業主義と戦い続けている。
「ファーウエスト(極西部)」はモンタナ州、アイダホ州、ネバダ州、ネブラスカ州、カンザス州、コロラド州、ノースダコダ州、アリゾナ州、ニューメキシコ州北部、そしてワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州内陸部、ワイオミング州、ユタ州をカバーしている。この地域は自然環境が非常に厳しく、農業技術を使って農耕しようと東部から来た人たちを蹴散らすかのように淘汰した。結局、鉄道、鉱山、ダム、巨大水路といったビッグビジネスの投資によって形成された社会である。移住者にとって残念だったのは、国内においては占領地に近い扱いを受けたことであり、多くの土地と富が東部やサンフランシスコに本社を置く大企業によってコントロールされ、地元に還元されず住民もこれらのビッグビジネスに依存せざるを得ない状況が続いている。その結果、政治的に保守的であると同時に、この地域を開拓した東部の文化をも毛嫌いし、連邦政府による地元への介入を拒む。一方で連邦政府からの多大な恩恵にも依存し、大企業の主張にはあまり反対しない。
この他にも「ディープサウス」に位置しながらも非常にリベラルな小さな地域である「ニューフランス」があり、ニューオーリンズのあるルイジアナ州の一部をカバーしている。この地域はカナダのケベックと文化的に近く、コンセンサスを重んじ、政府による経済介入を歓迎している。
カナダ北部に分散している先住民の文化の流れを組む「ファーストネーションズ(先住民族インディアン)」もある。
以上、複数の文化圏が存在し論理的に大きく価値観が対立しているという実感を裏付けるものとしては、非常に興味深い考察である。歴史観や文化に対していささか乱暴な分析だが、アメリカに混存する複数のロジックを理解するのには役立つと思う。
移住先と文化
上記の考察に対して、この本の読者が気になると思われるのは、ここ150年ほどでアメリカ内では人移動があるので、昔に形成された文化が今も維持されているはずはないのではないかという点である。これに対して、著者は、様々なデータを使い、その考え方は逆で「新たに移住してきた人は、一旦出来上がった文化にはかなりの度合いで同化する」ことに加え、「そもそも移住するにしても国内での移住であれば、移住先は自らの価値観に近いところに限定される」ので、実はこれらの複数の文化の特徴がここ半世紀以上で一層強くなっていると主張する。
ここにアメリカの黒人の歴史を重ねると、さらに分かり易くなるのだが、それは次回以降のコラムで紹介したい。
経済状況に選択肢がなく教育水準の人は、同じ境遇の人たちが住む地域に押し込まれるという現象がある。シリコンバレーでワンベッドルームのアパートの価格が4000ドル(45万円ほど)することを考えれば分かり易い。最低賃金で働いている人が住める地域は極めて限られており、そのような地域の公立学校のレベルは低く、優良(かつ高額)な大学へ進学し経済状況を次の代には改善するという道筋は描きにくい。
選択肢がある人は、移住先の文化を考慮して移住を考えている。「うちの会社の本社はどこそこにあるが本社で働かないかと打診されたが、その地域に移るぐらいなら辞めて別の会社に勤める」と考える人は決して珍しくないのである。
このようなことが影響して、シリコンバレーは特異な地域として発展し続けてきた。会社を移り業界をディスラプとしても、地理的には同じところに住みたいという人が非常に多いのである(シリコンバレーの人材と文化については別に機会に紹介したい)。
AIでも文化圏の違いを確認
最後に、いかにこれらアメリカの複数の文化が明解で、様々なところにその特徴が現れているかということを実証研究した例を紹介する。最近のスタンフォード大学の研究によると、Googleストリートビューを用いてパターン認識のAI(機械学習)にかけると、地域住民の教育や所得水準、そして支持政党までもかなり高い精度で予測できることが判った。このような手法は、国税調査に比べるとコストが非常に安価で、しかもデータの更新が早い。
このような研究の中で最もシンプルなものは、家に駐車してある乗用車やトラックの種類で分かってしまうというものだ。セダンなら88%の確率で次の選挙では民主党を支持し、ピックアップトラックなら82%の割合で共和党の立候補者に投票するのだという16。
これを読んで、私は非常に驚くと共に、かなり納得もした。購入した車種には様々な要因が含まれており、他の要因のプロキシー(代理)でもある。このような研究をより詳細に分けて行うと面白い結果が出るだろう。
私が住んでいるスタンフォード大学近郊地域を、「運動や生活に欠かせない買い物の場合以外は基本的に自宅待機」であった期間中に、家族と一緒に散歩して観察したが、9割7分以上の家庭がセダンか家庭用SUVを所有しており、しかもテスラの割合が異常に多かった。ピックアップトラックもあるにはあったが、それは昔からいる住民が業務用に使うものである。この地域のほとんどの人の価値観は、前のコラムで紹介した民主党寄りだということは言うまでもないだろう。
しかし、この研究には面白い引っかけもある。少し先に行ったところに大富豪が住む地域があり、ここには共和党支持者が住んでいる。実はここに、昨年トランプ大統領が資金集めに訪れたのだ。しかも、この地域の富豪たちは豪邸に住んでいるため、Googleストリートビューでは所有している車種が道路から見えない。この研究の限界である。
さて、冗談で終わることになったが、次回のコラムではアメリカのこのような複数の文化圏と混在する社会のロジックが生み出す異なる世界観を裏付けると同時に、それを強化するメディアの役割などを紹介する。それを基盤に、その次にはより鮮明に見えてくる深刻な黒人の状況、そしてアメリカの警察の課題などについて紹介したい。
3 https://www.cnn.com/2020/04/28/politics/mike-pence-mayo-clinic-mask/index.html
4 https://www.cnn.com/2020/06/12/health/california-lifts-mask-requirement-trnd/index.html
5 https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1270333484528214018
6 https://www.youtube.com/watch?v=QFeewU0HhNE
7 https://www.nytimes.com/article/what-antifa-trump.html
8 https://apnews.com/20b9b86dba5c480bad759a3bd34cd875
10 https://www.cnn.com/2020/06/09/us/washington-family-accused-antifa/index.html
11 https://www.bbc.com/news/technology-52966178
12 https://nativenewsonline.net/currents/indian-country-voices-its-solidarity-with-black-lives-matter/
13 De Wolk, Roland. American Disruptor: The Scandalous Life of Leland Stanford. Univ of California Press, 2019.
14 櫛田健児著、『バイカルチャーと日本人―英語力プラスαを探る』 (中公新書ラクレ、2006) 、櫛田健児、奥万喜子著、『バイカルチャーと日本人: 世界が求めるグローバル人材への道 』(Kindle版2015)
15 Woodard, Colin. American nations: A history of the eleven rival regional cultures of North America. Penguin, 2011