<CIGS International Research Fellow 櫛田健児 シリーズ連載>
米国コロナ最前線と合衆国の本質
(1) 残念ながら日本にとって他人事ではない、パンデミックを通して明らかにするアメリカの構造と力学(2020年6月9日公開)
(2) 米国のデモや暴動の裏にある分断 複数の社会ロジック(2020年6月11日公開)
(3) 連邦政府vs州の権力争いの今と歴史背景:合衆国は「大いなる実験」の視座(2020年6月25日公開)
(4) アメリカにおける複数の「国」とも言える文化圏の共存と闘争:合衆国の歴史背景を踏まえて(2020年7月1日公開)
(5) メディアが拍車をかける「全く異なる事実認識」:アメリカのメディア統合による政治経済と大統領支持地域のディープストーリー(2020年7月8日公開)
(6) コロナを取り巻く情報の分断:日本には伝わっていない独立記念日前後のニュースの詳細および事実認識の分断の上に成り立つ政治戦略と企業戦略(2020年7月22日公開)
(7) 「国の存続」と「国内発展」のロジックにみる数々の妥協と黒人の犠牲(2020年7月29日公開)
(8) Black Lives Matterの裏にある黒人社会の驚くべき格差を示す様々な角度からのデータ、証言、そしてフロイド氏殺害の詳細を紹介(2020年8月7日公開)
(9) 投票弾圧の歴史の政治力学(2020年9月3日公開)
(10)AIの劇的な進展と政治利用の恐怖(2020年10月1日公開)
(11)大統領選直前に当たり、日本にはあまり伝わっていない投票権に関する動きとその裏にある合衆国の本質的な力学(2020年11月2日公開)
(12)日本に伝えたい選挙後の分析、近況と本質的な力学(2020年11月20日公開)
(13)深刻化するコロナ、拡散する陰謀説とその裏にあるソーシャルメディアの本質(上)(2021年1月6日公開)
(緊急コラム)米国連邦議会議事堂制圧事件の衝撃と合衆国の本質:これまでのコラムの要素に基づく解説(2021年1月12日公開)
*続編は順次、近日公開の予定
単に「早すぎた経済活動再開」ではなく、「そもそもコロナをデマと決めた価値観」による感染者急増
6月23日、トランプ大統領はアリゾナ州フェニックスで再選のため大規模な集会を開いた。大きな新興系キリスト教会に3000人ほどが集まったが、会場はすし詰めの状態でほとんどは大学生であり、ほぼ誰もマスクをしていなかった。写真を見ると、ほとんどの参加者は白人である1。
この演説で、トランプ大統領はコロナウイルスを馬鹿にした。「チャイニーズ・ウイルス」、「ウーハン(武漢)ウイルス」、「クン・フルー(フルーはインフルエンザことで、Kung fuに掛けた言葉遊びである)といったニックネームを連発し大声援を受けた。米国内では、このような言い回しが、中国系だけでなくアジア系の子供へのいじめの種になっているという嘆きの声がアジア系の人たちから上がっている。
大統領の演説は続き、「このパンデミックはすぐにワクチンができて終息する。我々は率先して検査を実施している」と断言した。
同時に、「左翼」と称したリベラル寄りの価値観を持つ人に対する攻撃として、価値観の分断を煽った。「彼らは我々の歴史や価値観が嫌いで、アメリカ人として大事にしているものを全て嫌っている。左翼の連中は我々の歴史遺産を壊し、新たに彼らだけがコントロールできる強圧的なレジームに置き換えようとしている!」と発言した。
これは、南北戦争で敗者となった南軍リーダーの銅像やモニュメントが、ここ数週間相次いでデモに参加した人たちによって打ち倒されたことに対する批判である。
黒人の社会的平等を訴えたり、Black lives Matterをスローガンにして社会を良くしようとしている人たちにしてみれば、南部のリーダーは奴隷社会を維持するために戦った人たちであり、もちろんそのような歴史を賞賛するのはおかしいと考えている。黒人の立場から見たらどうなるか、分かりやすい例が挙げられている。「ドイツのナチス政権には立派なリーダーが大勢いたので、彼らを奉って何が悪い」という主張と似ているというもので、もちろん本当に抹殺の対象となったユダヤ人からしてみれば、絶対に許せない。それだけではなく、世界の歴史的観点から、人類が持つべき価値観として、一部の人種を冷酷に抹殺することは許されるものではない。これと同じように、人間を奴隷として扱い、全ての権利を剥奪し、資産として何の自由も与えないというのも、現在の人類の価値観には全く合わない。この奴隷容認の価値観の上に成り立った社会で、奴隷制度を争点として、奴隷制度の維持のために戦ったリーダーの銅像などが南部のいたるところで称えられているのはおかしいという考え方である。国家的な観点からも、合衆国から離脱を試みて争い、全国に甚大な数の犠牲者を出し、結局は敗北して合衆国に再統合された負け組のリーダーを称えるのもどうかという見方もあり、妥当と思える。
このような価値観の分断である。
大統領演説のこの日、アリゾナ州では3500人以上のコロナ感染者数を記録した。前週の同じ曜日の倍であり死者数も40人以上に上った2。
この時点でのアメリカのコロナ感染状況は、公開データを使用しているネットユーザーのビジュアルが非常に分かりやすく表している。
出典:https://i.redd.it/dfmk1ycs42951.png
user: bgregory98
データ引用元:https://github.com/nytimes/covid-19-data
ラフにエリア分けしたアメリカ地図ではあるが、エリアごとに数字で分けると非常に分かりやすい。ニューヨークが完全にホットスポットとなった3月中旬から4月上旬は全体の数字を押し上げたが、この地域のピークはかなり抑え込まれた。しかし、その後は南部と西部の数字が思い切り上がっている。これらの地域の州はいち早く経済活動を再開すると同時に文化的にマスクを嫌い、コロナウイルスを軽視していた人を多く含んでいる。以前のコラムで紹介した地図と照らし合わせると、トランプ大統領の支持基盤と重なっていることが分かる。
次に、州ごとのピークを表した図を紹介する(もちろん人口比率ではない。アメリカ合衆国には人口が少ない州が多いということは、以前のコラムで紹介済みである)。6月20日までのデータを使ったグラフなので同日がピークとなっているが、加速度的にまだ伸びつつある州が多いことが窺える。
https://i.redd.it/8wzir3fcsg651.png
user: bgregory98
その後のピークをヒートマップにした最新のデータを取り込むと、さらに恐ろしい。7月4日の時点では、ピークを更新中の州が半数もあるのだ。
https://i.redd.it/bwaybyef42951.png
user: bgregory98
ワシントン州立大学でパンデミックおよび「パンデミックと同様な力学で拡散する偽りの情報」を専門としている数理生物学者によると、現在のアメリカでのコロナ感染は一つのアウトブレイクと考えるよりも、「複数のローカルなアウトブレイク」と考えるべきであるとのことである3。
トランプ大統領による完全に3密な演説は、国がこのような状況となっている最中に行われた。
しかも、アリゾナ州フェニックス市はこの数日前にマスク着用を義務化し、二度以上違反した場合には罰金を課すという方針を取っていたため、市長はトランプ大統領と選挙集会の参加者にマスクの着用を要請した4。 しかし、無視され罰金も徴収されなかった。
数年前にこのようなシナリオでフィクション作品を書いたとしたら、信憑性が無さ過ぎるとして、どのメディアからも却下されていただろう。
私が住んでいるシリコンバレーの社会文化から見ると、もちろん正気の沙汰とは思えない。このような世界観を持った人たちが、頭の中にインプットしている情報がどうなっているのかという疑問が湧き上がる。
ちなみに、前週にはトランプ大統領はウォールストリートジャーナル(WSJ)のインタビューで、「マスクをしている人は大統領への反対を示していると理解している」と発言した5。
また、大統領は「指や鼻や口を触ったりする人がいるので、マスクは逆に問題である」とも発言している。この大統領の発言は要約であり、そもそも直訳不能で英語として文法も間違えているので、注意を要する。なお、WSJは記事とは別に議事録全文をウェブに掲載している。ノンフィルターの発言の方が遥かに恐ろしい内容となっている。記事には、ほぼ全ての大統領発言に対する反証とそのエビデンスが記載さられている6。
コロナ感染者がうなぎ上りになっている現状に対して、大統領は「検査数が多過ぎるから感染者が多いのだ。検査をスローダウンさせろ」とも発言している。ホワイトハウスのスタッフはこの発言を「冗談であった」と弁解したが、大統領は「私は冗談を言わない」と否定した。
この直後に、連邦政府が運営する複数のコロナ検査施設が、感染者急増中のテキサス州を含む複数の州で閉鎖された7。
6月25日、米国CDC(疾病管理予防センター)のトップは記者会見で、本当の感染者数は現在発表されている数の10倍程度は存在するだろうと発表した8。
ここまで感染者が多くなると、幸いなことに日本ではまだあまり伝わっていない、コロナウイルス回復後の深刻な健康被害の話題が表立ってくる。それまで健康だった30、40歳代の人がコロナに罹り入院すると、治癒後に心臓発作を起こしたり、高血圧に悩んだり、1カ月以上経っても動くことがほとんどできないような体調不良になっているといった話題がアメリカのローカルメディアで流れている。しかし、これまでのコラムで見てきた通り、価値観と文化の違いは大きく、このような記事が出る地域はウイルスが急増しているところではない。この記事はサンフランシスコの地方紙に掲載されたものである9。
フェニックス市での集会の前週に、アメリカ内で動いている複数のロジックに関して、別の重要な出来事があった。連邦最高裁判所が重要な二つの判決を下したのだ。
一つは、州レベルでは認定されていたLGBTに対する差別が1964年制定の公民権法に違反するとして、LGBTであることを理由に解雇したり、差別したりすることを実質的に違法と判決したものである。この判決は、トランプ支持の基盤である、主に南部の州を直撃した。
もう一つは、同週に2012年にオバマ大統領によって制定されたDACA (Deferred Action for Childhood Arrivals)を廃止するトランプ政権の試みを否決したものである。この制度は、子供の頃米国に来た不法移民を強制送還することなく、滞在時期を伸ばし、労働ビザを得られるようにするものである(不法移民が市民権を得られる制度とは別のものである)。トランプ大統領は就任早々このDACAを廃止するために動いたが、この試みが連邦最高裁判所で否決されたのである。トランプを支持しているアーカンソー州のトム・コットン上院議員は、これに対してメディアで怒りを表明した10。
アメリカでは、連邦最高裁判所、ホワイトハウス(防衛省、国務省、財務省などはこちらの管轄)、議会の三つに権力が分かれている。連邦最高裁判所の裁判官は終身雇用のため、大統領の任期を過ぎても留任することができる。大統領が任命した裁判官は左寄りであっても右寄りであっても政権から独立していているが、政権がより長く影響力を行使できるように任命権を巡って争いが起こる。今回は、トランプ政権に対して連邦最高裁判所が容赦なく対抗したのである。
アメリカでは複数のロジックが並行して動いている側面が多い。根底にあるのはもちろん民主主義だが、そもそも民主主義にはかなり多くのバリエーションがある。複数あるバリエーションの中で、人は情報を得て投票して民主主義に参加する訳だが、少し考えてみると、いくつも疑問が沸き起こる。
民主主義における「平等」とは、情報源とは
そもそも民主主義における「平等」とは何なのだろうか。普通に生活を送っている人の多くは、あまり考えないことかもしれない。
例えば、一票の格差がなく、国民一人が一票投票でき、多数決で物事が決まるのが究極の民主主義なのだろうか。
もちろん、そうとは限らない。「多数による少数の弾圧」という可能性が出てきてしまい、マイノリティーの人たちが不利になってしまう。
あらゆることに対して直接投票が理想なのか?そうすると人は短期的な利益をもたらすことにしか賛同しなくなり、今すぐ投資することで、近い将来あるいは中・長期的に大きなメリットをもたらすような政策を現段階では実行できなくなるかもしれない。
国民は代表者を選び、その代表者が、たとえ短期的には国民に苦労をかけることになっても、中・長期的には投票をしてくれた人のためになる政策を策定するという選択肢もある。
三極委員会という会議でイギリスの代議士が語っていたことが、私の頭に残っている。それは、いわゆるポピュリズムに対する反論であった。「我々は有権者の意図を反映して、彼らの意思を直接代弁して政策を作るのではない。彼らが自分たちでも分かっていないような利益をもたらすために、彼らの意思ではなく、彼らの利を考えて動くのが我々の使命であり、そのために選ばれているのだ」という発言である。
この発言には、なかなか難しいところがある。エリート思考で「大衆に何がわかる。我々エリートに任せなさい!」と言って、国民を見下しているようで、首を傾げるところもある。一方、その真逆のポピュリズムでは、「今すぐに市民が求めている減税を実施すべき。それが投票に繋がっている民意なのだから、何も文句はないだろう」と主張して、教育やインフラ、その他将来への投資を削減して、慢性的な財政難と経済難を招く政策を実行する。さらには、貧困の原因は政府支出の増大と規制にあり、解決策はさらなる減税であると訴える議員が当選し続ける地域があったとしたら、これもまた問題である。しかも、実際にそのようなことが起こっているのである。
アメリカのある州だけでなく、世界中でこのような負のスパイラルが見受けられる。アメリカでは、50州の中でも教育水準が低い方で、環境汚染も深刻であり、経済レベルも所得も低いルイジアナ州は、まさに積極的に減税を重ねた結果、失業手当や社会保障プログラムを崩壊寸前まで追いやってしまった。さらに、その解決策として「政府を排除して自由市場主義を復活させアメリカをグレートにしよう」とアピールする政治リーダーが次々に当選してしまう。このようなスパイラルに入った地域をみると恐怖しか沸き起こらない。
このようなことが本当に「民意」なのか?このようなスパイラルが起きている地域の有権者の声は、どのようにして政治リーダーの政策に反映されるのか? この点は非常に複雑である。
これまで見てきたように、アメリカは様々な面で大きく価値観や文化が異なる。このように、多様性がある「国民」の声を合衆国としてどのようにしてまとめ上げているのか?どのような選挙制度であればまとめられるのか?アメリカの選挙制度の構造については、後のコラムで紹介する。
今回紹介したいのは、極端なメディアの分断による「真実そのもの」の捉え方の違いと、そのディープストーリーについてである。
そもそも「民意」へのインプットとなる情報の発信源:既存メディア編
選挙で表明される「民意」には、そもそも被選挙人個人が持つ情報のインプットの上に有権者自身の価値観や利益、地域の利益、他人や国や世界に対する考えなどが乗せられて、選挙活動や政治的な行動として現れる。
アメリカのメディアについては、既存のテレビや新聞といったメディアとFacebookやツイッターなどのSNSやネット上のメディアとに分けて見る必要がある。
まずは、既存のメディアの分断についてお話したい。概観すると、共和党支持者や右寄りの人はFox Newsを、その他の人は複数のメディア、強いて言えば「Fox News 以外」を情報源としている。
Fox Newsは支持層へ強烈なアピールのメッセージを発信して固定視聴者を多く獲得し、広告収入を得るという戦術を取っている。同じ価値観を持つ人たちが共感するような視点を提供することでその価値観を強めるという作戦は、同じ価値観を持たない人からはこの上なく嫌われている。
下記の世論調査の結果を見て頂きたい。
https://www.pewresearch.org/fact-tank/2020/04/08/five-facts-about-fox-news/
共和党支持者および共和党寄りの層は圧倒的にFox Newsを信頼しているが、民主党および民主党寄りの支持者層の信頼する情報源の上位トップ5にはFox Newsは入っていない。また、政治ニュースの大半をFox Newsから得ている共和党支持者層は二位のメディアの倍程度いる。この世論調査は2019年の10、11月に行われたものである。
Fox Newsはトランプ大統領を支持し、前政権のオバマ大統領を猛烈に批判し続けていた。Fox Newsとそれ以外のメディアのニュースから得る情報とでは見える世界がまるで異なり、同じ国とは思えない報道が次々と発信されている。Fox Newsの報道番組は評論家が強烈な価値観を語りながら進めて行くものである。これだけであれば、自由な主張と議論こそが健全な民主主義の表れでもあるので、問題がないように思えるかもしれない。
しかし、次の世論調査の結果を見て欲しい。パンデミックがアメリカで猛威を振るっていた3月後半に行われた世論調査であるが、 Fox Newsを主な情報源とする人のうち実に6割以上がトランプ大統領のコロナウイルス対応は素晴らしかったという意見なのである。アメリカの成人全体では23%だったので、これはかなり突出している。
この差は半端ではない。この調査は前のコラムで紹介した連邦政府対州の医療サプライに関する戦いの最中に実施されたものであり、Fox Newsでは毎日大統領が自身の対応を自慢する記者会見を流しつつ、Covid-19は中国による陰謀だけではなく、アメリカを崩壊させようとするリベラルによる陰謀でもあり、その少し前にはコロナは大したものではなく本質はインフルエンザと変わらないという主張を繰り返していた時期である。
シカゴ大学の経済学者の研究によると、Foxのプライムタイムの番組の視聴者、特に二月下旬までコロナウイルスは大したものではないと主張していたショーン・ハニティーの番組の視聴者は、実際にコロナウイルスの感染率が高かったとされている11。 この研究では、同じFoxのプライムタイムの異なるコメンテーターの番組の視聴者と比較しており、そのコメンテーターは二月上旬からコロナに対して警鐘を鳴らしていた。もしFoxとそれ以外のニュースとを比べたら、上記のような世界観の違いを考慮すると、さらに大きな差が出ていたのではないかと思う。
ちなみに、ハニティー氏がどのようなコメントをしていたかというと、2月27日の番組では「本日まで幸いにアメリカでのコロナウイルスによる死者数はゼロである。比較してみよう。2017年にはこの国のインフルエンザによる死者数は6万1000人であった。インフルエンザである。そして毎日100人が交通事故で亡くなっている」と12。 この日はWHOがパンデミックの危険性があるという警告を出しており、日本ではすでに学校が閉鎖されていた13。 世界中で次々に感染者が広がっていた真っ最中である。アフガニスタン、アルジェリア、バーレーン、オーストラリア、カナダ、香港、イラク、イタリア、オマーン、シンガポール、韓国、スペイン、台湾、クロアチア、フランス、ブラジル、スイス、フィンランド、ギリシャ、グルジア、マケドニア、ノルウエー、パキスタン、ロシア、エストニア、イスラエル、マレーシア、サンマリノ、オランダ、イギリスなどが、ハニティー氏の番組の三日前から当日までの間に感染者数を発表していた。このようなタイミングで、アメリカは大丈夫なので心配無用と強く主張する番組は客観的に見てもおかしい14。 しかし、視聴者の価値観にはかっちりと当てはまり、視聴率が取れるのだ。
Fox Newsは国内の「Culture Wars(文化戦争)」に関する報道を好み、前回のコラムで紹介したアメリカの複数の文化圏のうち、特に南部に強い基盤を持ち、政府の様々な介入に反対し、ニューヨークやサンフランシスコの文化を嫌う傾向がある。
コロナウイルスはトランプ大統領に対する政治的な攻撃だという主張を繰り返し、そのことで透明性と道徳性を柱にしているNPOに訴えられている。また、ジャーナリズム学部の大学教授74人がFox Newsの報道は「Public Health Crisis(健全な社会に対する危機)」を招いているという声明を連名で行った15。
次の世論調査の結果では、それぞれのニュースの視聴者層の違いが良くわかる。
まずはFox Newsの欄を見て頂きたい。18~29歳は9%と一桁であり、若い視聴者が少なく65歳以上が多い。ちなみに、若者層ではCNNとNew York Timesが比較的高い。また、教育水準が高くなるほどFoxの視聴者は減っている。これは、教育水準が上がると視聴者が劇的に増えるNew York TimesやNPR (National Public Radio)、CNNとは逆である。人種別に見ると、白人が87%で黒人が3%と、他のメディアに比べて最もギャップが大きい。New York TimesとNPRもギャップが大きいが、前回のコラムで見たように、教育水準の影響がありそうである。
そして、視聴者が支持する政党としては、Foxは共和党が圧倒的である。MSNBCはその逆であるが、これはアンチFoxとして生まれた経緯が関係している。しかし、上図で分かる通り、Foxが共和党支持者から抜きん出て信用されているのとは違い、民主党や民主党寄りの支持者にとってそのような位置付けにはなっていない。
大雑把にいうと、Fox Newsのコアの支持層は、教育水準があまり高くない中高年白人の共和党支持層である。
ただし、この層は多くの地域で人口構成のマジョリティーとはなっていない。以前は多くの地域で過半数であったが、アメリカ合衆国の多くの地域で人口構成が変わって行く過程でマイノリティーになりつつある層である。
現在権力があっても、近い将来に数ではマイノリティーになってしまう人口構成である層は、どのようにして権力を保つべきか。答えの一つは「投票権の弾圧」である。これについては、Black Lives Matterの流れと直接繋がってくるので、後のコラムで紹介したい。
情報通信の「自由化」が引き起こした「競争度合いの低下」と Fox Newsの出現
そもそもFox Newsはいつどこから現れたのだろうか?1996年にメディア・コングロマリットの所有者であるルーパート・マードック氏が設立したもので、それまでは規制により不可能だった戦略を規制解除直後に実施したのである。
アメリカは1996年に大幅な電気通信法の改定を行った。それは1934年に制定された通信法の大幅なアップデートという位置付けだったが、実は「競争の自由化」、「競争度合いの強化」、「規制緩和」の関係を間違えた法改正となってしまったのである。これは様々な分野におけるコンセプトのミスマッチにより生じたものである。
「競争の自由化」というコンセプトで実行される規制改革のほとんどは「競争のレベルを上げる」という「競争促進」を狙ったものが多い。しかし、これを狙って「規制緩和」だけしてしまうと、実は複数の企業による独占、すなわちオリゴポリー(寡占)を促してしまうのである。というのも、競争を阻害する様々な規制を撤廃することはもちろん有効なのだが、企業戦略として勝つパターンは、競争の度合いを減らすためにM&Aなどで強大化を図り、できるだけ競争相手を減らすことである。「競争促進」するためには、独占や寡占を起こさないようにさせる規制の強化も必要なのである。
つまり、「競争促進」=「不要な規制の緩和」+「競争の度合いを維持する規制の強化」なのである。これは、ほぼどんな分野にも当てはまる16。
しかし、政治的には「競争の自由化」=「規制緩和」という構図の方が納得されやすく、規制を緩和しさえすれば、競争は自由になるだろうという思想が通ることが多い。しかしながら、これは競争の度合いを下げることで膨大な収益を確保できるビッグビジネスにのみ好都合なだけである。したがって、ロビー活動を猛烈に行い規制緩和だけ達成できれば、そのようなビジネスはかなりペイするのだ。
アメリカの通信法改正ではまさにこの力学が働き、大幅なメディア統合が起こったのである。それまではローカル単位に限定されていたケーブルテレビ局の放映権数や、一つの放送局が所有できるローカルテレビ局やラジオ局数の制限が外された。また、ラジオ、テレビ、通信など複数の領域に一つの企業での参入が可能となった。ケーブルテレビの通信量は跳ね上がり、メディア大企業の収益は増大した17。
その結果、Fox Newsの「これまでの既存メディアにはなかった相当右寄りの価値観に特化したニュースとオピニオン番組を全国単位で提供する」という戦略が可能となった。それまでは全国展開ができなかっただけでなく、ラジオなど他のメディアとバンドリング(組み合わせ)する形でのビジネスもできなかったが、通信法改正により自由にできるようになったのである。
Fox Newsが誕生してから10年後、有名な経済学専門誌の研究では、擬似的な実験でアメリカ全土を侵食していく過程におけるFoxの影響を調べたらところ、Foxが導入された地域では共和党寄りの人の投票率が上がったことが分かった18。 2000年の大統領選で紙一重で勝利した共和党のブッシュ大統領や、winner takes allとなっている州単位での選挙人の構造を考えると、紙一重で勝利する州を数多く獲得することが全国的な勝利につながるアメリカの選挙制度が共和党にとって非常に有利に働いた。絶大な影響力はなかったものの、まさにFox Newsの戦略が有効だったのである。
メディアに価値観を与えてもらうのではなく、すでに自身が持っている価値観を強化してくれるメディアを選んで、情報のインプット源として使うというのが多くの人の一般的な考えである。
次に、自身が持っている価値観について深掘りした研究を紹介したい。
南部及び現在のトランプ政権のコアサポーターの世界観:「ディープストーリー」の視座
現トランプ政権の共和党は、少し前の共和党とは性質も価値観も異なる。オバマ政権時に勢力を強めたティーパーティー(tea party)というグループの思想が強く入っている。トランプ政権は、このティーパーティーの価値観に完全に一致しており、従来の価値観を乗っ取る形となった。
ティーパーティーの思想はどこからくるのかを調べるため、UCバークレーの文化人類学の教授がルイジアナ州に5年ほど潜伏して調査を行った。Arlie Russell Hochschild博士は白人女性で調査を始めた時の年齢が50歳代後半だったため、潜伏調査にはちょうど良い人物像であった。彼女が永らく住んでいたバークレーから見て、どうしても共感できない人たちが存在するが、その価値観を内側から見ようと思ったのである19。
その研究をまとめた著書のタイトルは『Strangers in Their Own Land』(自分の地でよそ者)といい、非常に興味深いので紹介したい。教授は、ルイジアナ州の南部のコミュニティーに入り込み、友達を作ることにより現地の人たちの「ディープストーリー」を抽出した。
「ディープストーリー」とは特定の文化圏の人が持っている根底にあるストーリーで、身の回りの事実関係や世界観を理解し整理するためのものである。新しい情報や自らの行動は、このディープストリーに基づき整理される。
ルイジアナ州は、環境汚染や教育水準が合衆国の中でもワーストである。環境破壊が進む中、満足に教育を受けていない白人労働者やホワイトカラーの従業員が健康を害しながら安い賃金で耐えて仕事をしている様子を直視することがある。
彼らのディープストーリは次の通りである。
こんなに厳しい環境でも耐え忍んで働けば、いずれ報われる。前の世代よりは確実に生活が良くなるはずだと信じて、列を作って待っているのだ。最前列までたどり着いた人たち、すなわち自分の仕事のマネージメント層は、丘の上に立派な家を建てアメリカンドリームを達成している。列の先頭までたどり着けたらどうなるのか、すぐそこに実態として見えているのだ。
このような人たちにとってのアメリカンドリームは、我慢強く文句も言わず耐えて頑張って仕事をし、秩序よく整列していれば必ず報われるはずであるということなのである。
この列の白人労働者の後ろには、黒人、有色人種、貧困層、若者、年寄り、教育を全く受けてない人といった、様々な人たちがいる。そして、白人労働者はこう考える。「長時間労働、リストラ、年金額の低下、職場の汚染物に耐えているのだから、この整列はいつか報いてくれるだろう。この先もう少し我慢すれば、丘の向こうにアメリカンドリームが待っている。」
しかし、一向に列は進まない。進む気配すら見えない。それどころか、自分たちの先に割り込んでくる者が次々に現れてくるのだ。
例えば、大学入試では、統一試験の得点や成績が同じであれば、有色人種の方が合格しやすい。これは「不平等」である。また、先住民の血が1パーセントでも入っていると、大学進学のための奨学金の受領資格が与えられる。非常に高い利子の学生ローンを組まなければ授業料が払えないこの時代に、先住民であれさえすればその特権を活用できるのだ。先住民だったのは何百年も前のことで、彼らはすでに政府から他の補助金ももらっているにもかかわらず、いまさらなぜ奨学金までもらえるのか?自分たちの方が努力しているのに。これは「不公平」である、と。
他にも、移民、難民、そして動物までもがアメリカンドリームへの列に割り込んでくる。移民は低賃金で自分たちの仕事を奪っているのに、なぜ優遇されるのか。不法移民は違法にこの国に来て仕事を奪っているのに、なぜ追い出さずに市民権を与えようとするのか?雇用創出のために新たに工場を建てる必要があるが、その地域がペリカンの居住地であるため、外部から来た環境保護団体が反対して建設ができない。ペリカンまでもが列に割り込んでくるので、もう「ふざけるな!」と感じているのである。
自分たちはルールを守って耐えながら待っているのに、次々に割り込まれるので、列が後退しているような感覚になる。
一体誰がそのような割り込みを許しているのか?それは政府である。特に、オバマ前大統領は割り込みする人を優遇しているようにしか見えなかった。彼も割り込んでいたのではなかろうか?そのように感じている人には「私の大統領ではない」というスローガンがしっくりくる。
こんな境遇にもかかわらず、メインストリームのアメリカの文化からは、南部の人を馬鹿にする傾向が強い。南部の労働者階級の白人は、給料が上がらず職も安定しない。それなのに、白人であることで何も優遇されず、敬意も払われず、むしろ悪者であるかのような扱いの世論にさらされる。敬虔なクリスチャンであることも、アメリカ全体からみると共感されず馬鹿にされる。そのような境遇でも、若者は奨学金等により教育を受ける機会が与えられるが、中年以上になると完全に無視される。
このようなディープストーリーを持つ人を代表する政党がティーパーティーであった。ティーパーティーのメッセージには、「耐え抜いてきたのに、システムがアンフェアであり、エリート層は自分たちだけのために政府を使い努力の成果を吸い上げているので、全てぶち壊すべきだ」という要素の主張が強い。Fox Newsはこのような視座を見事に代弁してくれる。
そして、トランプが大統領候補として現れ、すべての不満と怒り、行き過ぎたエリート志向、自分たちの文化や古き良きアメリカンドリームが存在していたアメリカへの回帰を、痛快なトークで既存の勢力図をすべてぶち壊してくれるという期待を込めて代弁してくれた。
私の解釈だが、彼が出演していたテレビのリアリティーショーである「アプレンティス(見習い)」では、彼が天才ビジネスマンでアメリカンドリームを自ら実現して大富豪になった成功者に見える。「アプレンティス」の設定では、優秀なビジネスパーソンがこぞってトランプ氏のインターンになるためにバトルを繰り広げるが、トランプ氏は彼らに対して「お前はクビだ!」と申し渡し痛快にエリートを跳ね除けることで、この層の人気者となった。
私の周囲の大学関係者や知識層の人たちに尋ねたところ、誰一人としてこのテレビ番組を見たことがある人はいなかった。唯一この力学を私に指摘してくれたの人は、トランプ氏が大統領就任後にこの番組を見て、とても納得できたといっていた政治学者だった。ちなみに、トランプ氏は大統領になる前はビジネスでの度重なる失敗(カジノ、航空会社など)で馬鹿にされていた存在であり、それに対する復讐心が人一倍強いという解釈もできる。
ティーパーティーと白人労働者層の視座の話に戻る。
1950年代以降の数字を見ると、確かにアメリカンドリームは上位10パーセント以下の人には達成できなくなった。前の世代よりも生活の質が下がってしまう世代になってしまったのである。下位の方が下がり、上位の方がものすごく上がるという構図である。産業の自動化、オフショアリング、多国籍企業などの進展により、職に就くことが不安定になっている。そこで、政治的に右寄りの層の観点では、政府は仕事をしていない怠け者の援助を促進して、割り込みさせているという考え方になるのである。
さらに、ティーパーティーはもっと危険な方向へと考えが飛躍する。自由市場こそ、割り込みさせている政府の対極にあるものだという考え方を前面に押し出している。しかし、これは完全な妄想である。自由市場に任せると実際には敗者になってしまう人たちほど、自由競争の原理こそ自分たちにとって利益をもたらしてくれるはず、と考えているのである。
このように白人労働者層は、規制を撤廃さえすれば政府の関与がなくなり、本来のフェアで自由競争となるので、割り込みをする人たちより自分たちの利益が優先されるに違いないという思い込みのイデオロギーになってしまっている。しかし皮肉なことに、このイデオロギー通りに動くと、規制撤廃と政府の関与が減ることで、実はそれらに守られていた労働者が一層の競争にさらされ、労働市場からより早く淘汰されてしまうことになる。しかも、トランプ政権は、教育、医療保険、失業手当、年金など根こそぎ壊しまくっているので、なおさら状況は苦しくなってしまう。
冒頭に述べた負のスパイラルに陥ってしまうのである。
しかし、Fox Newsを主な情報源としている彼らは、Facebookの感情操作と擬似的な世界観を産む情報提供アルゴリズムにより、トランプ氏の演説に大熱狂した。そして、大熱狂し続けている人がまだ大勢いるので、外から見たら明らかにおかしな方向に進んでいるにも関わらず、長い間支持率は4割以上を保っていた。
トランプ政権以前の政策は、このような人たちにより良い希望を与えなかったことで失策であったことが、後から見て明らかになった。
しかし、4年前の大統領選でトランプを強く支持した地域は、彼の当選後2年間で、クリントン氏を支持した地域に比べて、経済状況が一層悪くなってしまったという経済学者の研究があるほど、客観的な良い結果にはつながっていない。 Fox Newsはこのような結果を報道するはずはなく、本当に複数の真実が同時に存在するかのような複数のロジックが続く。
このような時期にシリコンバレーでは、日本の産業だけでなくアメリカの産業をも淘汰するべく、新しいディスラプションを巻き起こす価値や技術、ビジネスが世界選抜の人材の力により推進されている。
2 https://www.politico.com/news/2020/06/23/trump-rally-arizona-336565
3 https://twitter.com/CT_Bergstrom/status/1275910448831795201 (注:この生物学者は著者の従兄弟である)
4 https://www.businessinsider.com/phoenix-could-fine-president-250-for-refusing-wear-a-mask-2020-6
8 https://www.washingtonpost.com/health/2020/06/25/coronavirus-cases-10-times-larger/
11 https://bfi.uchicago.edu/working-paper/2020-44/
14 https://en.wikipedia.org/wiki/Timeline_of_the_COVID-19_pandemic_in_February_2020
16 UCバークレーのSteven Vogel博士の研究がこれを最もわかりやすく分析している。
Vogel, Steven K. Freer markets, more rules: Regulatory reform in advanced industrial countries. Cornell University Press, 1996.
Vogel, Steven K. Marketcraft: How governments make markets work. Oxford University Press, 2018.
17 Wu, Tim. The master switch: The rise and fall of information empires. Vintage, 2010.
Wu, Tim. "The curse of bigness: Antitrust in the new gilded age." (2018).
18 Stefano DellaVigna, Ethan Kaplan, The Fox News Effect: Media Bias and Voting, The Quarterly Journal of Economics, Volume 122, Issue 3, August 2007, Pages 1187-1234, https://doi.org/10.1162/qjec.122.3.1187
19 Hochschild, Arlie Russell. Strangers in their own land: Anger and mourning on the American right. The New Press, 2018.