コラム  国際交流  2020.11.02

大統領選直前に当たり、日本にはあまり伝わっていない投票権に関する動きとその裏にある合衆国の本質的な力学|米国コロナ最前線と合衆国の本質(11)

国際政治・外交 経済政策 米国

<CIGS International Research Fellow 櫛田健児 シリーズ連載>

米国コロナ最前線と合衆国の本質
(1) 残念ながら日本にとって他人事ではない、パンデミックを通して明らかにするアメリカの構造と力学(2020年6月9日公開)
(2) 米国のデモや暴動の裏にある分断 複数の社会ロジック(2020年6月11日公開)
(3) 連邦政府vs州の権力争いの今と歴史背景:合衆国は「大いなる実験」の視座(2020年6月25日公開)
(4) アメリカにおける複数の「国」とも言える文化圏の共存と闘争:合衆国の歴史背景を踏まえて(2020年7月1日公開)
(5) メディアが拍車をかける「全く異なる事実認識」:アメリカのメディア統合による政治経済と大統領支持地域のディープストーリー(2020年7月8日公開)
(6) コロナを取り巻く情報の分断:日本には伝わっていない独立記念日前後のニュースの詳細および事実認識の分断の上に成り立つ政治戦略と企業戦略(2020年7月22日公開)
(7) 「国の存続」と「国内発展」のロジックにみる数々の妥協と黒人の犠牲(2020年7月29日公開)
(8) Black Lives Matterの裏にある黒人社会の驚くべき格差を示す様々な角度からのデータ、証言、そしてフロイド氏殺害の詳細を紹介(2020年8月7日公開)
(9)投票弾圧の歴史の政治力学(2020年9月3日公開)
(10)AIの劇的な進展と政治利用の恐怖(2020年10月1日公開)
(11)大統領選直前に当たり、日本にはあまり伝わっていない投票権に関する動きとその裏にある合衆国の本質的な力学(2020年11月2日公開)
(12)日本に伝えたい選挙後の分析、近況と本質的な力学(2020年11月20日公開)
(13)深刻化するコロナ、拡散する陰謀説とその裏にあるソーシャルメディアの本質(上)(2021年1月6日公開)
(緊急コラム)米国連邦議会議事堂制圧事件の衝撃と合衆国の本質:これまでのコラムの要素に基づく解説(2021年1月12日公開)
*続編は順次、近日公開の予定

10月23日以降、アメリカでは1日当たり約8万人のコロナ感染者数を記録しており、夏のピークを超える勢いで感染者が急増中である。死者は公式な数だけで23万人に上る。今度は地方のエリアと州に広がっており、多くの小・中規模の街ではすでに病院がいっぱいで、本来は子供やその他の患者に使う病棟を急ピッチでコロナ感染者用に切り替えている。しかし、それでも間に合わないところが多く、10月27日時点では4万4千人以上がコロナで入院中であり、緊急事態に突入している1。 テキサス州では最も大きな都市の市長が自治体単位でロックダウン命令が出せるようにする措置を州知事に求めた2

このタイミングでホワイトハウスが10月28日に発表した「トランプ政権の成功」には、「コロナを終わらせた」と書いてある。一週間で50万人感染したその週にである3

このコラムが出るのは米国大統領選挙直前になるので、政局だけではなく、構造的にこれからもアメリカ型の民主主義に影響する現状を伝えたい。前回のコラムではGTP-3や自然に近い文章を書けるAIが選挙戦に与える影響を懸念したが、実際の出来事の方が予期せぬ衝撃の連続だったので、AIの脅威は選挙後の統治とこの後の世界に留まりそうである。

まさかの大統領コロナ感染、ホワイトハウスの3蜜マスク無し会合直後のクラスター、大統領と候補者の第一回討論で大統領がおよそ128回もバイデン氏とモデレーターに割り込む驚くべき言動、ニューヨークタイムズによってリークされてからその後のタウンホールミーティングで大統領が何度か認めるような発言を行った約4億ドル(420億円)の個人負債など、 フェイクニュースでも思いつかないような事実が露呈した4

FacebookやSNSの本質については次のコラムに譲るとし、今回は恐らく日本に伝わっていないアップデートとして、これまで書いてきたコラムに含まれる、アメリカの民主主義の本質に関わるものをいくつか手短にピックアップしたい。一見、政局の話に見えるかもしれないが、実はこれまであまり理解されていない制度の抜け穴や法的なグレーゾーン、及びアメリカの根本的な制度の盲点をついたものである。


投票の弾圧に対する対抗策


大富豪が投票権を失った国民の選挙権確保のために多大な資金を投入

ニューヨーク市の元市長で大富豪のブルームバーグ氏はフロリダ州の選挙戦に民主党候補のバイデン氏をサポートするために1億ドル使うと発表した。9月22日の週には、フロリダの元囚人で、州への未払金が残っているために選挙権を失っている人々を救済するために財団や個人から1600万ドルを集めたと発表した。フロリダでは囚人が釈放されても、州への税金や罰金の支払い残高が残っていると選挙権を奪われる制度となっており、フロリダは今度の選挙戦で極めて重要な位置づけだからである。プロバスケのスター選手のレブロン・ジェームスもNPOと組んでこのための資金を提供している5。 これに対し、フロリダ州の共和党知事が任命した法務長官はこの行為が違法かどうか調査に乗り出した6

フロリダではすでにいくつかのNPOが元囚人の投票権を復活させるために、罰金の支払いを代行するための資金を一般から募集している。Florida Rights Restoration Commissionなどの団体である。元囚人がそもそも低所得で、釈放後に職につくのは難しく、しかも罰金が新しく就いた仕事の収入に近い額に設定されることもあるため、 釈放されても普通に仕事をしても生活できない人が多く、犯罪に走る以外の選択肢が残されていない人が大勢いるという、刑事司法制度にそもそも構造的な問題があるという指摘がされている。実質的に二流階級の国民が数多く生み出されているという主張で、この「罰金地獄」に関連して、投票権も奪われているのは人口比率に対して黒人が圧倒的に多い7。 アメリカの刑事法制度についてはまた後のコラムで述べる。


「予算不足で閉鎖」の投票所を再開させるため、「ターミネーター」が出動

映画『ターミネーター』でお馴染みの映画俳優でカリフォルニア州知事も務めたシュワルツェネッガー氏は、予算不足を理由に閉鎖された投票所を再び開くための資金提供を、南カリフォルニア大学経由のグラントという形で行うと発表した。南部では2013年の最高裁判所の判決後、1,500もの投票所が州の裁量で閉鎖され、その理由には予算不足が挙げられた。

歴史的にはこれら南部の州は黒人に対する投票の弾圧を行っており、今回の投票所閉鎖も主に所得が低く、黒人が多く住む地域が多いため、シュワルツェネッガー氏の発言の行間を読むと「投票所閉鎖の理由が予算不足というのは口実だろう。それならば財政援助を与えるので投票所を閉鎖する口実はもうないだろう」と主張しているのだ。ちなみに彼は共和党として州知事を務めたが、個人として投票には強い思いがあると述べた8

ちなみに、2013年の最高裁判所の決定は、1965年に決められた投票権法の一部で「州は選挙制度を変更する場合、マイノリティーに対して公平性が確保されることを連邦政府が認可しなくてはいけない」という部分を打ち消した。つまり連邦政府vs州の戦いで、州に任せるべきだという結論だが、現実的には州によって投票の弾圧に積極的な南部とそうで無いところとでは大きな違いがある。最高裁判所の陪審員が「投票権の平等」(アメリカでは左寄り)というロジックで動くのか、「州の独立性と自由を確保」(アメリカでは右寄り)というロジックで動くのかで、これからもこの動きは投票率と選挙結果に大きな影響を与えうる。

この2013年の判決前とその後の状況を捉えた2012年から2016年の間に投票所がどう変わったかを、全体の投票所の割合に対して示しているチャートをワシントンポストの記者が作成した。そこでは見事にトランプ支持が強い州に加え、2016年に民主党から共和党にひっくり返った中西部、ラストベルトの州も含まれている。

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Source: https://www.washingtonpost.com/business/2018/10/26/thousands-polling-places-were-closed-over-past-decade-heres-where/

地図に載せると、下記のようになる。

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Source: https://www.washingtonpost.com/business/2018/10/26/thousands-polling-places-were-closed-over-past-decade-heres-where/

これは2016年までで、それ以降数千の投票所の閉鎖は含まれていない。州から集めたデータによると、2016年以降、つまり共和党政権になってから、この時点よりもさらに40の州で2万1千箇所も閉鎖された。投票所の閉鎖は、主に有色人種や低所得層に最も影響を与えるので、いまや政治戦略になってしまっている9


テキサスでドロップオフ投票ボックス、1カウンティーに1つと制限、裁判所が差し止め

10月の初頭、テキサスの州知事(共和党)は投票のドロップオフボックスを、1カウンティー(郡)につき、1つに制限するという知事命令を発した。これは郵便投票を選んだ際、住居に送られてくる投票用紙を郵送で送るのではなく、自分で投票受け入れボックスにドロップオフするという選択肢に対しての抑圧である。最近は日本でも報道されているトランプ大統領、及び共和党の郵便投票弾圧作戦の次の一手である。まさに郵便局が予算カットや設備削減、従業員の残業禁止にもかかわらず、複数の州では消印に関係なく、投票日後数日の期限内に届かない郵便投票は無効とされる制度があるため、自らの手で投票用紙をドロップオフしたいと考えている人は少なくない。しかし、ドロップオフするところを制限しようというのである。

テキサス州は巨大な州で、日本の国土の1.8倍もある。人口が最も多いハリスカウンティーは人口が470万人、2番目はダラスで、260万人である。ハリスカウンティーの面積は4600平方キロメートルで、京都府と同じぐらいである。京都市ではなく京都府である。この面積でドロップオフのボックスが一つということになる。逆にテキサス州で人口が少ないカウンティーにはエドワーズなどがあるが、人口は1,800人でありながら、面積が5490平方キロメートルもある。愛知県よりも大きく、三重県の面積に近い。この広大な土地で一カ所だけである。

ちなみに著者が住むシリコンバレーの地域はいくつものカウンティーで構成されているが、どのカウンティーでも複数のドロップオフのボックスが設置してあり、車で10分も走れば最寄りのボックスに辿り着ける。流石にこれはおかしいと、テキサス州の裁判官はこの制約について差し止めを行った10。あの手この手で投票の抑圧と戦わなくてはいけないのである。


カリフォルニア州でニセ投票ドロップボックス

しかし、これだけでは終わらず、フィクション作家でも思いつかないような手口がカリフォルニア州で明らかになった。

共和党支持者グループによる、「ニセ投票ドロップボックス」の設置である。いかにももっともらしい投票ドロップボックスが、実は政党が勝手に置いたものだったわけである。これらはロサンゼルスや南カリフォルニアの複数のカウンティーで発見された。カリフォルニア州は党的に、州が設置する公式のドロップボックス以外は設置禁止となっている。それてこれらのボックスには「official(公式)」と書いている写真がいくつも公開された。

これに対してカリフォルニア州の国務長官と州の司法省は非公式ボックスの設置差し止めを命じた。11月3日の投票日から三週間前の10月12日のことである。その直後、カリフォルニア州の共和党本部はこの差し止めに従わないと公言した。罰則がない違法行為なので、グレーゾーンをついた戦略である。もちろん、ニセボックスに投函された投票の行方は分からない11

カリフォルニア州の本物の投票ドロップボックス

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Source: https://abc30.com/ballot-boxes-fake-california-unofficial/6970956/

カリフォルニア州で発見された偽ドロップボックス

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Source: https://abc30.com/ballot-boxes-fake-california-unofficial/6970956/
https://laist.com/2020/10/12/fake-ballot-boxes-churches-los-angeles-orange-ventura-counties-california-gop.php

10月末、今度は本物の投票ドロップボックスが放火され、これが2件目になるのでFBIは捜査に乗り出した12。 こちらの方は直接的な選挙戦略という証拠はないが、大統領が執拗に郵便やドロップボックスによる投票を不正投票の温床として広くアピールするのは前代未聞で、共和党は投票率が高いほうが不利になるので、投票プロセス自体に疑心を植え付けるのが戦略である。一度壊れた選挙制度への疑心は今後も引きずる可能性がある。


投票所での不正防止を見張る団体、共和党関与の40年間の同意判決が解除

今回の選挙で投票所における不正が無いようにとトランプ大統領は市民による見張りを促した。大統領候補の討論会でも、Twitterでも促している。しかし、実はこの「見張り」団体は、南北戦争後、南部で黒人の投票率が(ゼロから90%台に)激増してから、投票の弾圧手段として、白人の武装グループが黒人たちの投票をバイオレンスで妨げてきたという歴史がある。南北戦争終了後の1865年から1880年代までは連邦政府が州の選挙を見守る体制として連邦政府レベルの治安部隊が南部の投票所に送り込まれてきたが、このタイミングで「州に任せる」という方針で引き上げたのである。その後、黒人の投票登録率は激減した。元奴隷が人口の半分以上を占めたミシシッピ州では、ピークで黒人の投票登録が90%を超えていたレベルから、1892年にはなんと6%まで落ち込んだ13。以前のコラムでも述べたとおり複数の投票弾圧の手段があったが、投票所での弾圧はその大きな部分でもあった。

そして実は100年以上前の話ではなく、つい最近まで共和党は裁判所との同意判決により、党が管理する団体が投票所の「見守り」や「護衛」を禁止されてきたという事実がある。これは1981年にニュージャージー州で訴訟されたNational Ballot Security Taskforce (国民投票セキュリティータスクフォース)という、一見、国民の投票の権利を守るのが目的のような、共和党が作った組織に対するものだった。実際にはこの組織は有権者の投票を弾圧する組織で、主に有色人種、特に黒人を標的にして投票させまいという暴力や脅しを行っていたとして裁判所が共和党に同意判決を認めたのである。完全に無実なら最高裁まで持ち上げて戦い続けられるが、同意判決に応じたのである。その同意判決は40年間続き、2018年の時点で解かれた。これも不思議なロジックで、「投票所での投票の弾圧は見られないので、この同意判決は必要ない」というもので、これは麻酔を打った患者に対して、「痛みは見受けられないのでそもそも麻酔の必要は無い」と言うのに等しい。麻酔を打っているので痛みがないのは当たり前で、麻酔の必要性を、麻酔を打った後の痛みの有無で判断するのはおかしいということと同じように、この同意判決があったからこそ共和党が組織的に投票の弾圧グループを作らなったので、そういう行動が見受けられないから同意判決は必要ないというロジックはおかしい。

共和党も、それに対して防御策として黒人や有色人種の投票権を守りたい民主党支持者も、色々なところ(特に南部)で、人々を動員しようと動いている。多くの州では公に武装しても良いという法律があるので、投票日には機関銃や武器を持った市民武装グループが数多くの投票所に出向く映像が流れるだろう。


郵便局の経営改革とオペレーション変更に対して裁判所が差し止め

郵便局の再編で意図的にオペレーション能力を低下させている疑いがあり、これに対して連邦政府の裁判官は郵便局内の制度変更に対して異例の差し止めを命じた14

2020年5月にトランプ大統領によって郵便局トップのポストに任命されたルイス・デジョイ氏は1980年代からノースカロライナ州のロジスティクス企業の社長を務めていた。同時に、共和党への「メガ・ドナー」と呼ばれる大型寄付金提供者でもあった。政治経験がなかった妻は、ブッシュ政権への寄付後、2000年代前半にエストニアへの大使に任命された。そしてデジョイ氏は2016年からトランプ氏の選挙運動や共和党にそれぞれ、少なくとも120万ドル(約1.3億円)寄付していて、彼の妻はカナダへの大使のポストの候補として6月にトランプ大統領に挙げられた。

もちろん、寄付をしてから選挙前にポストに付き、そのタイミングで業務改革に乗り出して選挙直前に郵便局のオペレーション能力を低下させたことは意図的では無いかもしれないが、共和党とトランプ大統領の郵便投票に対する猛反対のスタンスは偶然にしては都合が良すぎる。同時に、デジョイ氏が長年率いてきた会社は、彼が郵便局長になってから10週間で140万ドルの契約を勝ち取っていて、これは例年の平均340万ドルを大きく上回る。しかもデジョイ氏はまだ会社の株を大量に保有している15

「回転ドア」といわれる政府への民間からの人材の活用はプラスに働くこともあるが、このように癒着や政治的な意図による行政への異常な介入も可能としている。


最高裁が郵便投票の有効、無効を判断。保守派は無効へ

大統領が郵便局を攻撃している大きな理由は、郵便による投票の結果を集計の期限に間に合わないようにして無効にする意図があると断言できるが、郵便投票についてのルールは州によって異なる。郵便局の消印が投票日であっても、ある一定期間内に集計所に届かないと無効になるという州が数多くある中、この事態を憲法違反であると裁判所に訴えかけ、最高裁判所の判決で決めるという動きが広まっている。

まずは10月中旬にペンシルバニア州で行われた訴訟では最高裁判所は州の裁判に立ち入ることを却下した。もともと州の最高裁判所が民主党の訴えにより投票日よりも三日遅れて郵便投票が到着した場合、その三日以内に到着した郵便投票を選挙集計に含めるということを認めた。そこで共和党は、連邦政府の最高裁判所に介入を求めて訴訟を起こしたが、最高裁判所は介入を拒んだ。しかし、当時の連邦最高裁判所は4対4の引き分けで、ルース・ベーダ・ギンズバーグ連邦政府最高裁判官が亡くなった後だったので空席の状況になっていた。そこで10月26日に新たな連邦政府最高裁判官がトランプ大統領の推薦により上院で過半数をしめる共和党に認可され、リベラル寄りと保守寄りの4対4で対立していた最高裁判所は4対5で保守派が過半数を締めることになった。この状況を踏まえて、共和党は再び連邦最高裁判所に訴える動きを始めた16

実際に新・連邦最高裁判官が任命される当日に連邦最高裁判所は、ウイスコンシン州の郵便投票は選挙日の当日の午後8時までに集計所に届いていなければ無効となるという制度を改定し、集計には6日間かけても良く、その間に郵便に届いた票を集計に含むという訴えを却下した17

ウイスコンシン州は民主党に振れるか共和党に振れるかが事前にわかりにくい「スイングステート」であり、大統領選に大きく影響する。州に住む人々は、郵便の配達がここ数ヶ月で明らかに遅くなっていると実感しているというインタビューが続出しており、投票日の一週間以上前に郵便投票を郵便局に預けないと届かないリスクが高い、と民主党関係者は慌てながら有権者たちに訴えかけている。

郵便投票が間に合わなさそうなら自ら投票所に行く必要があるが、そこでは投票所の度重なる閉鎖で長蛇の列が予想される。しかもコロナ感染者は、現在共和党が握る多くの週で過去最高記録のペースで急増中である。


投票所で長蛇の列、投票所での不正や警察官がトランプ支持を訴えかけて解雇

各州では特定の投票所が早めの投票を可能にするための「アーリー投票(早期投票)」をオープンさせた。そこには、想定内だが、長蛇の列が見受けられるエリアが多数あった。記録的な人数が様々なところで観測され、場所によっては最長で8時間も待つ人がいたと報道されている18

そこで、いくつかの投票所でのイレギュラーな出来事がニュースで取り上げられる。まずは、特定の政党を支持する看板や服装を着た状態で投票所には入ってはいけないという法律が多くの州で存在する。そこで南部のテネシー州では、Black Lives Matterのシャツを着た有権者を、投票所を管理する担当者が投票所への入館を拒否し、送り返した。しかし、BLMは政党ではないので、これは投票の弾圧に当たるとしてその担当者は解雇された19

また、今度はフロリダ州のマイアミで、警察官が公務中に、投票所の近くでトランプ支持のマスクをしていたことが取り上げられた。投票所の150フィート以内は選挙運動を行ってはいけないという規定があるが、この警察官はそれよりも投票所の近くにいた。しかも警察署の規定では警察官は中立でなくてはいけないので、マイアミ警察署の長官はこの警察官に対して何らかの処分を行うと約束した。フロリダ州は選挙を左右する激選区である。 20

ニューヨークでは停車中のパトカーのスピーカーから「トランプ2020」と何度も大声で訴え、近くにいる人々に対して「写真と取れ、ユーチューブに載せろ、フェイスブックに載せろ、トランプ2020!」と、SNSでの拡散を促した。この警察官はその後、無給の業務停止処分になったと発表された21


共和党議員が「民主主義が目的ではない」と発言。その裏にあるかなり広範囲な思想、価値観

一見、ただの政局の話に見えるかもしれないが、それなりに多くの有権者のマインドを捉えた発言を共和党の上院議員が10月上旬に行った。ペンス副大統領とカマラ・ハリス副大統領候補が行った討論の終盤に、ちょうどハリス氏がバイデン氏はアメリカの民主主義のために戦い、「誠実な民主主義とホワイトハウスの回帰のために戦う」という発言を行った直後のことである。彼は「我々は民主主義ではない。」とツイートした。そして「民主主義が目的ではなく、自由、平和、繁栄が目的である。我々は人間の状態の向上を目指している。過度な民主主義はその妨げになる。」とフォローアップした。

「憲法のどこにも民主主義という言葉はなく、それは我が国が民主主義ではないからではなかろう。実際には憲法共和国である。」「私にとってこれは重要である。少なすぎる少数に過大な権力が与えられることを心配する全ての人にとって重要なことである。」と述べている。これはユタ州の上院議員のマイク・リー氏の発言で、この人は上院の司法委員会の委員でもある22

一見、何のことかさっぱり分からないと思いきや、実はこれは多くのトランプ支持者には共感できる考え方である。彼らの多くは価値観がアメリカではマイノリティーになっている状態を恐れ、全く別の価値観を持った中央から左寄りの人たちが政権を取ることを危惧している。従ってストレートな民主主義だと負けてしまうのである。

米国立科学アカデミーが出版したバンダベルト大学教授の論文に掲載された共和党支持者及び共和党寄りの国民に対するアンケート調査の結果が非常に興味深い。

教育のレベルや政治への興味、及び住居が都会なのか田舎なのかなどのパラメターを取りつつ、反民主主義的な考えをどれだけ持っているかという調査である。その結果は、驚くほど多くの右寄り有権者は「反民主主義的」な考えを持っているというものである。「選挙結果を信用できない。」と答えているのが実に全体の4分の3である。そしても半分強の人が「伝統的なアメリカンな生活はあまりにも早く消えているので、武力で救う必要が出てくるかもしれない」と答えている。40%以上が「愛国心あるアメリカ人は法を自らの手で実行することが必要となる時期がくる」という考えに賛同し、47%が「強いリーダーは時には物事を実行するためにルールを曲げなくてはいけない。」に賛同している。しかも賛同しない人の圧倒的多数は「分からない、どちらとも言えない」と回答し、明確に反対しているのは1割から2割に留まっている。(このアンケートは千人強を対象にしているが、学術的な分析に耐えられるよう、極力サンプルのバイアスを取り払い、生じているバイアスを明確にし、元データも公開している。)

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Source: Bartels, Larry M. "Ethnic antagonism erodes Republicans’ commitment to democracy." Proceedings of the National Academy of Sciences 117.37 (2020): 22752-22759.
https://www.pnas.org/content/117/37/22752/

この研究の一番の発見は、これらの非民主主義的な考えを抱いている人の思想の強さは、黒人やラテン系の有色人種が不当に多くの政府の助成や援助を受けていて、「取り分が不公平」と感じている人と強い相関関係があるということである。

要するに、現在の民主主義で自分たちは報われず、有色人種の人たちが不公平に良い待遇を受けているので、現状を打破して「本当のアメリカ」を取り戻すために武力を使ってでも取り戻さなくてはいけないという考えである。そもそもアメリカはイギリスの植民地から始まり、不公平で不当な弾圧に立ち上がって自らの自由を勝ち取った、という歴史的な神話もこの考えを後押ししている。

認知言語学者として脳の働きについて研究を行い、哲学者としても有名なUCバークレーのジョージ・レイコフ博士による分析だと、多くのアメリカ人は「強いリーダー(厳しい父親)」という思想を持った家庭で育っており、人口の約4割の人はこの考えを持っているため、強いリーダーを演じ、王族のように振る舞うトランプ大統領やその政策立案に家族を持ち込んでいるファミリーを受け入れている。この強いリーダー像は、民主主義的な考えとはかなりの乖離があるが、この価値観の人たちはこれを気にならないのである。

熱狂的なトランプ支持者が投票で戦うだけなら問題ないが、自ら武装して立ち上がるという思想は非常に危険である。

実際、10月中旬にミシガン州の州知事を誘拐しようという計画をFBIが阻止し、14名もの極右武装団体の人たちを逮捕した。全員、白人だった。ミシガン州の州知事は民主党の女性、グレチェン・ホイットマー氏である23。 この州知事拉致計画に対して、これは普通に考えるとテロ未遂だが、この事件に対してミシガン州の演説でトランプ大統領は「あなた方の州知事は私のことをあまり好きじゃないようだ。」という発言から始まり、「これは問題だったかどうかは様子を見ないと分からない。でしょ?人はこれを『問題だった』或いは『問題じゃない』と述べる自由はある。しかしこれは我々の人、いや、私の人が彼女を手伝ってあげたんだ。それなのに彼女は私のせいにしている。私のせいにしているのに我々の人が手伝ったんだ。意味が分からない。どうしてこんな人をここに置いたんだ?」と述べた。ホイットマー氏がメディア向けに寄せた文章によるとトランプ大統領はTwitterや演説で彼女を攻撃する度に、彼女と彼女の家族への犯罪予告やそのほかの攻撃が激増するという24

これでトランプ氏が選挙に負けたら、その後、新大統領が着任する1月上旬までの2ヶ月間、国内はどうなるのかが非常に心配である。


選挙人団の廃止を巡る意見の大きな対立

2016年にトランプ大統領が選挙戦に勝利したが、国民投票を300万票下回っていた。これは以前のコラムで述べた選挙人団という仕組みがあるからである。

驚くことではないかもしれないが、ギャロップ社が9月下旬に行った世論調査結果によると、この選挙人団を廃止するべきだという意見がアメリカ国民の61%に上っている。選挙人団の制度を廃止するためには憲法改正が必要だが、これを行うべきだと意見は、支持者別に分けると共和党支持者は22%に対し、民主党支持者が実に89%である。ここで驚くべきことは、無所属系の人の廃止賛成意見が68%もあることである25

もし選挙人団が廃止され、大統領が直接投票になったら、現在の共和党の構成では勝利が非常に難しくなる。そうなると、大規模な支持層の入れ替えという作戦に走る可能性がある。

実は、歴史的には民主党と共和党は大きく支持層を入れ替えているのだ。歴史的な詳細は選挙後にじっくり述べたいが、この地図を見て欲しい。思い出すべきことは、南部が合衆国から離脱し、南北戦争を戦って北部が勝利し、奴隷を解放したのは共和党政権のリンカーン大統領だったということである。リンカーン大統領は合衆国初の共和党の大統領だったのである。そして南北戦争後、猛烈な人種差別が行われた南部は民主党が一党独占状態になり、共和党は都市部を含めた南部以外を圧倒していた。しかし、1960年代の人権運動の時代に共和党は南部の白人層を取り入れ、北部や都市部の大部分を手放した。民主党は逆に南部の白人やエリートを手放し、都市部と有色人種を取り込んだ。

1920年の大統領選挙、政党勝利別(民主党、初の南部出身大統領、ウッドロウ・ウィルソン勝利)

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Source: https://www.socialexplorer.com/477a5b7721/view/

驚くほど綺麗に分かれている。

参考までに2016年の選挙結果である。

2016年の大統領選挙の政党、政党勝利別 (共和党、トランプ大統領勝利)

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Source: https://en.wikipedia.org/wiki/File:2016_Nationwide_US_presidential_county_map_shaded_by_vote_share.svg

今回の大統領選挙結果が大きな制度変更をもたらせば、政党の構図や支持基盤を取り込む作戦が大きく変わる可能性が高い。そうなるとこれまでに述べてきた様々な力学が影響を受けるだろう。

次の地図は果たしてどうなるか。事前の世論調査では測れない様々な力学が働くので、事前予想は極めて難しい。


1 https://www.npr.org/sections/health-shots/2020/10/27/928062773/u-s-cases-surpass-summer-peak-and-are-climbing-higher-fast

2 https://www.everythinglubbock.com/news/state-regional/texas-leaders-warn-of-hospital-capacity-ask-for-lockdowns-ap/

3 https://www.cnn.com/2020/10/27/politics/white-house-ending-covid-19-pandemic-accomplishment-record-cases-spike/index.html

4 https://slate.com/news-and-politics/2020/09/trump-interruptions-first-presidential-debate-biden.html

5 https://www.washingtonpost.com/politics/mike-bloomberg-raises-16-million-to-allow-former-felons-to-vote-in-florida/2020/09/21/6dda787e-fc5a-11ea-8d05-9beaaa91c71f_story.html

6 https://www.cnn.com/2020/09/23/politics/florida-michael-bloomberg-investigate-felon-voting-rights/index.html

7 Alexander, Michelle. The new Jim Crow: Mass incarceration in the age of colorblindness. The New Press, 2020.

8 https://www.forbes.com/sites/mattperez/2020/09/23/schwarzenegger-offers-local-election-officials-funding-to-reopen-polling-places/#35603408443b

9  https://www.vice.com/en/article/pkdenn/the-us-eliminated-nearly-21000-election-day-polling-locations-for-2020

10 https://www.msn.com/en-us/news/politics/judge-puts-on-hold-texas-limit-on-drop-boxes-for-absentee-ballots/ar-BB1a4y4a

11 https://www.cnn.com/2020/10/14/politics/california-republicans-ballot-drop-boxes-cease-and-desist/index.html

12 https://www.newsweek.com/fbi-probe-boston-ballot-drop-box-fire-1542018

13 https://www.crf-usa.org/black-history-month/race-and-voting-in-the-segregated-south

14 https://www.cnn.com/2020/09/17/politics/usps-policy-changes-injunction/index.html

15 https://www.nytimes.com/2020/09/02/us/politics/louis-dejoy-usps-paid.html

16 https://www.cnn.com/2020/10/20/opinions/supreme-court-pennsylvania-mail-in-ballots-douglas/index.html

17 https://www.nytimes.com/2020/10/26/us/supreme-court-wisconsin-ballots.html

18 https://www.cnn.com/2020/10/14/politics/voting-lines-election-coronavirus/index.html

19 https://apnews.com/article/race-and-ethnicity-elections-tennessee-us-news-memphis-24ac281ba917167d1483968b64e649c6

20 https://www.miamiherald.com/news/politics-government/article246576948.html

21 https://www.washingtonpost.com/nation/2020/10/26/nypd-cop-suspended-trump-2020-video/

22 https://www.reuters.com/article/us-usa-election-lee-democracy/democracy-isnt-the-objective-republican-u-s-senator-draws-democrats-ire-idUSKBN26T2YX
https://www.businessinsider.com/gop-sen-mike-lee-says-rank-democracy-bad-for-america-2020-10
https://twitter.com/SenMikeLee/status/1314089207875371008

23 https://www.cnn.com/2020/10/15/us/michigan-governor-plot-charge/index.html

24 https://www.cnn.com/2020/10/27/politics/trump-gretchen-whitmer-kidnapping-michigan/index.html
https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/10/plot-kidnap-me/616866/

25 https://news.gallup.com/poll/320744/americans-support-abolishing-electoral-college.aspx