その他  グローバルエコノミー  2024.06.11

【山下 in 東大】第7回「食料安全保障と農業政策」講義資料_2024

農業・ゲノム

7回は、食の安全規制とこれについての国際規制を学びます。

食品については、二つの観点からの規制があります。一つは消費者の商品選択に資するための規制、もう一つは人の生命・健康を守るための安全性についての規制です。前者については、国内法では農林水産省所管のJAS法、国際的にはWTOTBT協定があります。後者については、国内法では厚生労働省所管の食品衛生法、国際的な規制はWTOSPS協定です。我が国の食品の表示については、双方がそれぞれの観点から規制していたため、賞味期限など両方の規制が重複・対立するような場合もあったので、これらを統一した「食品表示法」が成立し、2015年から施行されています。

近年食の安全についての不安が高まっている要因として、科学技術の進展によりこれまでなかった食品(遺伝子組み換え食品等)が出現したり新しい生産・加工・流通技術が行われるようになったりしたことや、これがグローバル化や貿易の進展によって世界中に伝播するようになったことが挙げられます。例えば、牛に肉骨粉などの飼料を与えることによってイギリスでBSEが発生し、これが貿易によって世界中に広がりました。さらに、以前であれば腐った食品は食べないという対応で済んでいたのですが、現在の食品は、どれだけの食品添加物や残留農薬を含んでいるかなど、見ただけではなく食べた後も消費者が判定できない食品が多くなっている(こうした財は「信用財」と言われます)という問題があります。この場合、作っている生産者は食品の性質が分かっているのに消費者はわからないという”情報の非対称性”があります。また、雪印が起こした食中毒事件のように、加工・流通段階での微生物による汚染など、生産者も消費者もわからない場合もあります。このために、政府による食品の規制が必要かつ重要になります。

国際的には、関税や輸入割当てなどの貿易制限措置が類似の貿易自由化交渉で削減・撤廃される中で、基準・認証や安全性についての規制が、貿易を制限するための措置として採られるようになりました。例えば、リンゴ生産者を保護するために、ある国からのリンゴには病害虫がいるとして輸入を禁止したり制限したりする場合が挙げられます。基準・認証、動植物の検疫措置や食の安全規制自体は各国の主権的な権利と言えるものですが、これらが”偽装された貿易制限”とならないように規制したものが、WTOTBT協定やSPS協定です。SPS協定は原則として科学的な根拠(scientific evidence)”がないものは偽装された貿易制限として認められないという考え方を採っています。他方でSPS協定は、一定の範囲内で予防原則”(precautionary principle)を認めています。

食の安全規制として、リスクアセスメント、リスクマネジメント、リスクコミュニケーションからなるリスクアナリシスという考え方が採用されています。SPSもこの枠組みを踏まえて作られています。リスクアセスメントは摂取量とリスクの関係という科学的なプロセス、リスクマネジメントはどれだけのリスクまで許容するかという政治的社会的な判断にかかわるプロセスです。リスクコミュニケーションはこのすべてのプロセスにおける関係者(ステイクホールダー)間の意見交換です。このなかでリスクアセスメントについては、図によりわかりやすく説明します。この図はSPS協定を理解するうえで役に立ったとWTO法の専門家に評価されています。

発がん性のある化学物質や微生物を除き、各食品に許容される毒性の量は、動物試験を行い影響が生じる閾値”threshold”を求め、それを人間に適用するための安全係数(通常100分の1)を乗じて許容される一日の摂取量(an acceptable daily intake, ADI)を決め、それを食品の消費パターンを考慮して、各食品に配分します。ある農薬について、アメリカのADIが日本より少なくても、コメの消費量が少ないアメリカでは日本よりコメに多くの許容量が配分されることになります。ある大学の農学部の教授が、クロルピリホスという殺虫剤について、コメの基準がアメリカは日本の80倍なので、TPPに加入するとアメリカ並みに規制が緩和されると主張していましたが、このような仕組みを理解していなかったのでしょう。クロルピリホスのADIはアメリカの方が日本よりはるかに厳しいのです。

SPS協定は、国際基準へのハーモナイゼイションを求めていますが、上の場合は当然許容されるものですし、各国が国際基準よりも厳しいリスク水準を決定し、したがってより厳しい食品の規制を行うことを認めています。

ただし、SPS協定も国内の規制もリスク水準をまず定めてそれから具体的な規制措置を定めるという費用効果分析の考え方に基づいています。費用便益分析を取る場合、許容されるリスク水準と措置は、純便益を最大にする(そこでは限界便益と限界費用が一致する)という見地から同時に決定されます。理論的に望ましいのは費用便益分析です。

最後に、HACCPやトレーサビリティという新しいトピックについても学びます。

なお、この講義資料はベルリン自由大学で開催された"Food Safety and Consumer Advocacy in Japan and East Asia"と題するシンポジウムで行った基調講演と東京大学公共政策大学院主催『リスクマネジメントと公共政策』第3回公開フォーラム『食の安全を考える安全の費用と便益』における発表での資料を基に作成したものであり、英文と和文が混在しています。


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