第11・12回は日本の食料・農業政策の問題点と改革の方向について説明します。
定量的な分析は困難な場合が多くても、政策の立案や評価に当たっては、費用便益分析的な考え方を採るべきです。費用便益分析とは便益から費用を差し引いた純便益を最大にする政策を採用するというものです。しかし、費用便益分析によって政策が立案されることはまれです。公共事業のように一見費用便益分析を採用しているように見えるものも、費用を少なく、便益を過大に見積もるため、事業開始後どんどん事業費が増えてしまうという問題があります。
今の農政は農家所得の増加を目的に挙げていますが、農家所得は国民の平均所得を大きく上回っています。今回の種苗法改正に見られるように、国民の農業に対する古い固定観念が正しい政策の実現の妨げになることも指摘します。
本来、具体的な食料・農業政策は、農政が目的とすべき食料安全保障や多面的機能から(費用便益分析を通じて)導かれるべきものです。しかし、実際には、農業が食料安全保障や多面的機能という役割を果たすからという後付けの理由で、現実の政策が正当化されています。減反政策を例に取り上げ、この政策が食料安全保障や多面的機能を大きく損なうという性格のものだったことを説明します。手段である政策が目的と化しています。本末転倒です。
農産物輸出が増えないことを例にとり、政策が目的を達成できない理由が、問題の根本を解決しようとしない農政にあることを説明します。また、2008年に起きた汚染米事件の本質は、業者が悪いのではなく、一物多価という農政が起こした歪みに根本的な原因があることを説明します。減反・高米価政策は、本来退出するはずの零細な兼業農家を米産業に大量に滞留させてしまいました。また、米価を麦価よりも上げたために米の消費は減少、輸入主体の麦の消費は増加、食料自給率は低下しました。それをそのままにして、食料自給率を上げようという目標を掲げています。農政には、こうした政策の歪みが見られます。
戦前農政の二大課題は、小作人の解放と零細な農業構造の改善でした。前者は農地解放によって解決しました。後者を解決するために柳田の思想を取り入れた農業基本法が作られましたが、これは政治的な力によって葬られました。農林水産省でも、零細な農業構造を改善しようとして、様々な立法や政策が実施されてきました。しかし、思ったような結果を残すことはできませんでした。これをアメリカやEUの農業政策改革と対比します。
高米価政策、農協制度、農地制度の問題を指摘します。そのうえで、食料安全保障や多面的機能という農政の目的に立ち返り、どのような改革が必要なのか(減反廃止による米の輸出、農協の地域協同組合化、ゾーニング徹底による農地法廃止等)について提案します。参考として、TPPや日米交渉における農業・農政の問題に触れます。
しかし、改革を妨げるのは政治の力です。農業票が減少するのに、農業の政治力がなぜ増大するのかを説明します。
最後に、高齢化の進行による農業人口の減少、兼業農家戸数の減少など、日本農業の規模拡大や収益の向上に資する要素が出現していること、農協、族議員、農水省の農政トライアングルに綻びが出てきたことを指摘します。故事に倣えば、「衣の館は綻びにけり」、「年を経し糸の乱れの苦しさに」でしょうか。Every cloud has a silver lining!
参考までに、高度成長期に成功した工場分散という地方活性化政策が現在機能しないのは、GDPの太宗をサービス産業が占めるようになったこと、生産と消費が同じ時・場所で行われるサービス産業発展の条件は人口の集積であることを指摘します。アメリカに例をとり、デトロイトが衰退し、ピッツバーグが繁栄した理由を探ります。
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