フレーミングとは: 人間が状況を理解するために使う思考ツール
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「アメリカと言えば民主主義を代表する国」というフレーミングを持っている人が多いはずである。冷戦の時代は、共産主義のソビエトと資本主義・民主主義のアメリカがお互いの存亡をかけた戦いに世界を巻き込んだ。両国合わせてピークでは6万発以上の核兵器を作り、地球上の生命を幾度となく滅ぼせるほどの力を人類は作り出してしまった。そして、ソビエトの崩壊でアメリカは勝利宣言を行った。
後のコラムでグラフにして見せるが、アメリカはその後、日本やヨーロッパ諸国を引き離して経済がナンバーワンとなった。最近になって中国が急速に追いついてきたものの、中国の成長鈍化とは対照的に、ナンバーワンを維持している。経済がナンバーワンというのは国として「成功」と言えるので、民主主義国家であるアメリカは民主主義国家として成功しているというフレーミングを無意識にも使っている人が多いのではないだろうか。アメリカの経済が世界8番目などだったらここまで世界に影響を及ぼさないし、アメリカの国内政治に世界が振り回されるわけではない。
ここで沸く疑問は、「アメリカが経済ナンバーワンなのは、アメリカの民主主義制度がうまく行っているから」なのか、或いは「アメリカの民主主義には大きな問題があるにも関わらず、経済の基盤や政策が良いから」経済ナンバーワンなのか、ということである。
この疑問は簡単には答えられないが、アメリカの民主主義制度は実に不思議な側面が色々あるのでクローズアップしていきたい。
アメリカの民主主義が成功しているというフレーミングを支えている大事な事実は、専門家以外ではそこまで知られていない。それは、アメリカは最初から民主主義として作られた国であるだけではなく、1788年に執行されたアメリカ合衆国憲法は現在使用されている民主主義国家の憲法では最も古い、ということである。
歴史的なタイミングで見ると、フランス革命が1789年で、1791年には王家を残した形での憲法、いわゆる立憲君主制が導入された。そして1799年からナポレオンによる権力の掌握で帝国への道を歩み、3回ほど新しい憲法を書いている。イギリスは一つの憲法があるのではなく、何世紀もかけて積み上がった歴史的な文章や法廷の前例、政治的な慣習などで民主主義が出来上がっている。そしてドイツはそもそも1871年まで1つの国ではなかったのである。
そこでアメリカは近代における元祖、憲法による民主主義国家と言っても良いかもしれない。クーデターや軍による政権の乗っ取り、独裁者によって憲法が廃止になることもなく、南北戦争で国は分断したが勝者はアメリカ合衆国側だったので憲法はそのままになっている。これまで27回改正されているが、その最初の十項目は憲法が執行されてから3年後の1891年で、個人の自由や州の権利を主張した「権利章典」である。それからいくつかの大事な改訂は1865年の奴隷廃止(第13条)、人種や肌の色による投票権の略奪廃止(1870年、第15条)、そして1913年の上院議員の直接投票(第17条)や1920年の女性の投票権(第19条)などがある。
アメリカの憲法は他国と比較すると非常に興味深い側面が多く、日本の憲法についてのリフレーミングとは異なるので別の機会に取り上げたい。何が言いたいかというと、アメリカが民主主義として突出しているのは、この憲法が立法(議会)、行政(大統領と政府)、司法の三権分立を効果的に行なっていて、時代に応じて憲法の改正が可能であり、南北戦争を経験しても独裁国家や軍事国家などに転落していないことである。
では選挙はどうなのか?選挙制度も世界的に見て効果的だと考えるべきなのか、それとも憲法の三権分立などがあるため、選挙制度に欠点があってもこれまで大丈夫だったのか?答えは簡単ではないが、アメリカの大統領選挙制度はとにかく不思議なのである。
一般の報道では「アメリカの大統領選は選挙人団制度というもので行われる」という論調で、選挙人団についての簡単な説明が行われることが多い。
しかし、少しでもアメリカの選挙制度に詳しくなると、アメリカの大統領選挙は極めて不思議な選挙制度を採用していることが分かる。多くの人は民主主義を漠然と「1人1票」という原則で捉えることが一般的だが、アメリカの大統領選における有権者1人の1票はどこにいるのかで大きくウエイトが異なる。日本では一票の格差について叫ばれているが、「アメリカの大統領選挙制度はそもそも1人1票ではない」仕組みであり、もし「1人1票=民主主義の原則」という漠然としたフレーミングで考えていると、「アメリカの大統領選の民主主義度合いは限定的である」としか結論付けられない。
得票数が相手より少ないのに大統領に当選してしまうこととなる制度で、実際にブッシュJrと2016年のトランプはこのパターンで勝った。
というわけでアメリカの大統領選挙に使われる選挙人団制度について分かりやすく解説していこう。日本もこの制度に振り回される側として、知っておくべきだろう。
まず、アメリカの大統領選は直接投票ではなく、州単位での投票結果が集計される。
しかし、この州単位の集計方法が極めて特殊なのである。
まず、各州で有権者が投票を行う。
そこで、投票結果を踏まえて「選挙人」と呼ばれる人たちが大統領候補に投票する。各選挙人の数は、州の議席数と同じである。
そして議会の議席数の総数、538票の過半数を取った方が大統領選挙戦を制す。
ここまでなら分かりやすいが、そこで大きなカラクリがある。
それぞれの州には複数の選挙人(最も人口が少ないモンタナ州などは3人で、人口が最も多いカリフォルニアは55人)がいて、それぞれの州には共和党、民主党それぞれに投票した人がいるわけだ。
では州の有権者の投票はどのようにして選挙人の票の配分に反映されるのか?普通に考えたら、例えば投票の55%が民主党、40%が共和党、その他の5%がマイナーな政党や個人だったら、選挙人の投票はどのようになるのか?選挙人が10人いる州だったら、6人が民主党で、4人が共和党という感じになるのではないかと漠然と考えてしまう。
しかし、全くそうではない。
ちょっとでも票数が多い方がその州の選挙人の票を全て獲得してしまう勝者総取りの構図なのだ。
したがって上記の図のように、得票の3分の2が共和党で、3分の1が民主党だった場合、3人の選挙人は全て共和党になってしまうのだ。[1]
この勝者総取りは独特の政治力学を生み出している。
州の選挙人が勝者総取りであることで、実際の得票数が僅差であっても選挙人投票の数に大きな差が生じることがある。
例えば下記の図では州での共和党の赤がギリギリでしか勝っていないが、勝者総取りの選挙人制度によって州の選挙人投票が全て共和党になるわけだ。
つまり、数多くの州でギリギリ勝っても圧勝に見える構図ができあがる。
同時に、逆の力学もある。下記の絵は2016年にトランプがクリントンに勝った時の人口で見た得票を表したもので、円の大きさが得票数と比例している。
これだけ見たらどっちが勝ったのかが分からない。しかし、青の円がとても大きく、都市部に集中しているのに対して赤の円が小さくても全国各地に散らばっているのが明確である。結局トランプが勝った選挙だったが、この選挙が分かりやすく示した大事な力学がある。
それは、州単位の勝負なので、どこかの州の得票数で圧勝することは票の無駄となってしまうということである。
つまり、数多くの州でギリギリ勝利した方が遥かに得票数を有効に使えるのだ。
特に全国単位で得票数がかなり僅差だった場合、この力学が強烈に効いてくる。
2016年のトランプの勝利は、得票数で上回ったクリントンの票が上記の青色の円の地域に集中していて、そこでの圧勝は結局票の無駄となったわけである。トランプは数多くの州でギリギリ勝ったので、結果として選挙人の数がクリントンを上回ったのだ。
Source: https://www.nytimes.com/elections/2016/results/president
この時の選挙ではトランプの得票率が総票数の2%、300万票近く下回ったのに勝利できたカラクリがある。
そして2024年の選挙ではハリスがトランプに僅差で敗れたが、やはり同じ力学で圧勝した地域では票が無駄となり、トランプがギリギリ勝った州で選挙人票に大差を付けられた。
極端にいうと、人口がカリフォルニアでは少しでも民主党投票が共和党投票を上回った時点で無駄となってしまうのだ。
勝者総取りで不思議な現象も起こる。カリフォルニアは選挙人が、州としては最多の58人もいて、全員が民主党に票を入れるので「ブルーステート」と呼ばれるが、実はトランプ支持者の数はカリフォルニアが他のどの州よりも多いのだ。これはアメリカ人の有権者もほとんど気付いていないリフレーミングである。
トランプが最初に当選した時の選挙結果がショッキングだったので、それまでほとんどのアメリカ人有権者も仕組みを知らなかった選挙人団制度というものに対して多くの人が「なぜこんなことになるのか?」と調べ始めたのである。
そこで、「なぜこんな制度になっているのだ?これは民主主義としておかしいのではないか?」という声も聞かれるようになった。
実は、合衆国憲法にはこの選挙人が州単位で勝者総取りでなくてはいけない、ということはどこにも書いていない。
しかも、合衆国設立当初は勝者総取りではなかったのだ。
いつ勝者総取りが採用され、なぜそうなったのか?
そもそも選挙人団制度は他国にはない独特の制度で、なぜそんなものがあるのか?
これらの次のコラムで紹介していく。
[1] 説明をできるだけ簡単にするためにここでは省くが、メイン州とネブラスカ州だけは選挙人が勝者総取りではない。いきなりその説明に入ると読者を細かい議論に引き込んでしまい、広い視座での説明がしにくくなるため、ここでは省略する。なぜこうなっているのかを理解するには、そもそも選挙人団がどうやって発展したかの説明が必要なので、それは後のコラムで紹介する。
シリーズ①: トランプ圧勝に貢献した「投票しなかった人」の増加 |
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シリーズ②: 僅差でも圧勝を作り出すアメリカ選挙制度の不思議 |
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シリーズ③: アメリカ政治経済は世界の潮流に飲まれたが、 選挙戦は国内に向いた議論が重視された |
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シリーズ④: アメリカの選挙制度の不思議、選挙人団(前編)(当ページ) |