フレーミングとは: 人間が状況を理解するために使う思考ツール
リフレーミングとは、新しいフレーミングで物事を改めて考えることである。 |
2024年のトランプ再選で間違いなく世界の不確実性の度合いが上がった。彼が1987年に出した本、「Art of the Deal(和訳:取引の技法)」での言及が象徴的である。彼は「自分の行動を相手に予想不能にさせることは交渉の優位性となる」と主張した。つまり、サプライズを作り出すことで「次に何やるのかが読めない」状態を作り出し、「予想不可能が力」であるとしている。これは今後のトランプの行動や政権運営を理解する上で大事なフレーミングである。
内閣候補に次々と通常の政権運営とは大きく異なる人選を選んでいるのもよく分かる。例えばアメリカ最大の行政機関である国防省のトップには右寄りメディア、フォックスニュースのキャスター・コメンテーターで、組織運営経験がほぼゼロの人を選ぶなどはその模範例である。また、イーロン・マスクが主導する特別機関で前代未聞規模の政府予算カットを行うという発表がされた。その発表と準備も全ての政府機関を予想不能な状態にして弱め、自らの権力を強めるというフレーミングだと考えるとわかりやすい。大臣や側近には無茶な要求や嘘をつくようなことをさせ、従えば他から信頼を失い、従わなければクビにするというマネージメントスタイルも同じフレーミングである。(前回の政権では国家安全保障補佐官を4年で4回入れ替えている。)
著者を含め、多くの人はトランプが選挙開票のほぼ当日に圧勝したことに驚いた。ほぼ全ての世論調査は僅差を示していて、著者を含め、多くの人は開票が出揃うまでの数日間から数週間は結果が分からず、共和党が準備していた「選挙は不正だ!」という主張を中心として選挙戦略の支持者への執拗な煽りと数多くの訴訟に振り回される心の準備をしていた。
しかし、蓋を開けたらトランプの圧勝で、あっさり大統領選が決まったしまった。アメリカの選挙は各州からの選挙人が投票し、270票が勝利のラインであり、トランプはあっさりそのラインを超えた。最終的にはトランプが312票、ハリスが226という結果で、選挙人86票差で、トランプはハリスのほぼ1.4倍。僅差とは言えない。
Source: https://www.nytimes.com/interactive/2024/11/05/us/elections/results-president.html
(11月25日の時点、開票率99%以上)
ただ、選挙後の2週間ちょっとでようやく開票率が99%を超え、投票総数の着地点が見えてきた。開票が2週間以上もかかる理由は、郵便投票や、各州での細かい集計ルールなどがある。通常の票の集計パターンは、最初に共和党票が一気に伸びてから民主党票がジワジワ伸びるものである。なぜなら、民主党支持者の方が郵便投票や事前投票を好むので民主党の票が集計されるのに時間がかかるのだ。(2000年の選挙戦の時にはこの民主党支持者の郵便投票が投票所への到着が遅れると無効にするべきだというルールと、到着を遅らせるためにトランプ政権が郵便公社への予算を減らしてオペレーションを邪魔しようとした動きがあったぐらいである。また、当時のトランプ大統領は「郵便投票には不正が多いので信用できない!」と事前に煽っていた。こちらのCIGSコラムを参照。)
そこで、今に至ってようやく得票率が出揃ったので、細かく見てみよう。これはトランプ圧勝のフレーミングには収まらない結果となっている。
国民投票数の比較 ハリス:74,341,051票 (48.35%) トランプ:76,842,136票 (49.98%) その差、2,501,085票 (1.6%) |
ハリスの74.3ミリオン票に対してトランプは76.8ミリオン票で、その差は約2.5ミリオン(250万票)。得票率はハリスが48.35%、トランプが49.98%で、圧勝したトランプは票数がギリギリ過半数を下回っている。しかも票数は1.6%しか差がない。大統領を決める選挙人票の票数比率の41%対58%の17%近い票差と、文字通り桁違いのコントラストである。図にすると分かりやすい。
投票しなかった人も含めた有権者の数を245ミリオンだとすると、票差の2.5ミリオン(250万)はその1パーセントちょっとである。有権者の票数1%が大統領を決め、選挙人票数226対312の大差を生んだわけである。
これは民主主義の制度として大丈夫なのだろうか?報道で頻繁に落とし所として結論に用いられる「民主主義が問われる」などの大きくて漠然としたものではなく「アメリカの現在の民主主義の制度、すなわち選挙制度のルールやそのインプリメンテーションはどうして今のようになっているのか」そして「現状は誰の声をより大きく反映しているのか」という疑問につながる。
逆説的な問いであまり現実的ではないという指摘があるかもしれないが、アメリカが別の選挙制度だったら実は全く異なる結果になっていたのではないだろうか?そしてアメリカが現在の選挙制度であるからこそ、今の分断を深める政治力学になっているのか?これはアメリカの分断の姿を理解するには役立つフレーミングかもしれないので、また別の機会に深掘りしたい。(逆に、日本がアメリカの選挙制度だったら今よりも分断が深まっているのか、という問いにも繋がる。)
選挙制度の話や理解は、一昔前ならアメリカ政治の専門家が色々議論するだけの領域かもしれなかったが、トランプの当初の当選、そして今回の再選でこれから世界と日本が大きく振り回されるため、一般の人や日本企業のビジネスパーソンも知っておかなくてはいけない時代となっている。
著者は日本育ちで大学からアメリカを拠点として日米の往来を繰り返しているので、アメリカをアウトサイダーの視点とインサイダーの視点から見ている。日本では当たり前すぎてほとんど誰も疑問に思わないことや、アメリカのさまざまな深い分断とそれを生み出すフレーミングの違いを観察しやすい立場である。
また、著者は政治学の博士なので、普通の人よりも政治力学については詳しい。しかし、アメリカ政治や民主主義、選挙制度についての専門家ではないので、それらの専門分野で活躍する学者たちの人生の勝負所であるその分野での理論の前進、専門分野学会参加者との対話、高度な分析手法や難しいデータ集めといったフレーミングなどを、外から眺めて一般向けに役立つものを紹介しやすい立場である。つまり政治学をインサイダーとして見られるが、選挙制度や民主主義、アメリカ政治などの分野ではアウトサイダーなので、一般向けのフレーミングやリフレーミングがしやすい。(著者の専門分野は政治経済であり、構造や制度分析なので、シリコンバレーやスタートアップエコシステム、企業変革に必要な構造分析や「力」の力学、イノベーションに必要なフレーミングやリフレーミング、多文化のマネージメントなどに適していて、これを活かしたキャリアを進めている。)
そこでここからのこのコラムシリーズはアメリカを理解する上でのいくつかのリフレーミングにつながる疑問から入る。
これらの疑問は、アメリカへの理解を深めるだけではなく、日本への理解も深まる。