フレーミングとは: 人間が状況を理解するために使う思考ツール
リフレーミングとは、新しいフレーミングで物事を改めて考えることである。 |
選挙結果を理解するには国内の力学を見るべきなのか、国境を超えたグローバル規模の力学を見るべきなのか?政治学では大きなテーマであり、もちろん、多くの場合は両方を見る必要がある。でも選挙戦は主に国内の出来事なので、勝敗の分析も国内の要因のみを見てしまうフレーミングが多い。
今回のアメリカ選挙の場合、共和党の大勝を理解するには共和党の戦略がなぜ成功し、民主党はなぜ、どのように失敗し、有権者たちは何にどう反応したのか、など理解する必要がある。次のコラムではこれをもう一歩掘り下げて、「アメリカの不思議な選挙制度の下では、なぜ得票率の差が1.5%未満なのにこれほどまでの共和党圧勝に繋がったのか」という問題意識から解説していくが、その前に大事なグローバル視点のフレーミングがある。
民主主義の先進国で2024年に行われた選挙では全て、与党が敗北したのである。FTによると、これは近代史上初とのことである。グラフは1900年から始まっている。
これを見ると、実はアメリカと日本の選挙結果は世界の大きな潮流に乗った形で、どちらも異色ではないということになる。
ここまで極端な結果は、たまたま全ての先進国民主主義国家で様々な偶発的な事象が発生したことに起因しているのではなく、国境を越えるより大きな力学があったから、という仮説が妥当である。日本もアメリカも「物価高対策、インフレ対策」が有権者の挙げたナンバーワンの不満であり、生活が苦しくなると与党に対して反発が強まることはよく見られる。
物価高はもちろんコロナやロシアのウクライナ侵攻など、世界情勢に影響されている。しかし、多くの有権者から見たらバイデン政権の間にインフレが起きたのだからバイデン政権のせいである、というフレーミングはとても説得力があった。インフレは本来、中央銀行が金利を操作してコントロールするものではあるが、良いタイミングで適切な措置を取っても、すぐには効果が出ない。
アメリカのインフレ状況を通常のフレーミングで見ると、下記のグラフのようなものが一般的に出てくる。
Source: World Economic Forum
https://www.weforum.org/stories/2023/05/us-monthly-inflation-rate-chart/
共和党がSNSなどで拡散したり、有権者に訴えたグラフではインフレをほぼピークの時点で切るグラフも多用された。
そして「生活が苦しくなったのはバイデン政権になってからだ。ほら、インフレが酷いことになった。だからバイデン政権のせいだ」というフレーミングの共和党の政治論戦は非常に効果的だった。
しかし、時間軸をかなり最近の2024年10月まで伸ばすと、実像はこうなる。
Source: https://www.theguardian.com/business/2024/nov/13/october-inflation-increases
別のフレーミングだと、「コロナと世界情勢が引き起こした急激なインフレはアメリカも襲ったが、バイデン政権(と中央銀行)はインフレを下げることに成功した」とも言える。
しかし、上記の主張が多くの有権者に刺さらない大きな理由は、上記のようなグラフはConsumer Price Index (CPI物価高指数)の変化を表しているものであり、実際の物価は上がり続けているからである。インフレ率が下がっても、物価は上がったままなので、インフレ率を下げたという主張は政治的には有権者には刺さらない可能性が高い。
アメリカ人が体験しているのはこちらのCPI(消費者物価指数)の実数である。
Source:https://tradingeconomics.com/united-states/consumer-price-index-cpi
激しいデフレがない限り、物価は下がらない。ただ、有権者の多くはこのことを理解しておらず、仮に報酬が上がっても、体感的には買い物をする度に財布から出ていく金額が数年前に比べて段違いに多いことに敏感に反応する。(日本はデフレを経験していたので尚更である。)
そして下記のようなグラフを見せられると、経済はトランプの方がバイデンより良かったのは明らか、という主張のエビデンスにされてしまう。
もちろん、相関関係と因果関係の違いがあり、バイデンになったからインフレが起きたというわけではなく、インフレがバイデン政権の時に起きたという相関関係なのだ。しかし、もっとインフレ軽減対策で国民の生活を守れたのではないか、というツッコミに対して民主党は民主党支持者ではない有権者に刺さるシンプルな主張を持ち合わせていなかった。
国際比較のフレーミングを用いると、世界のインフレの潮流にアメリカも飲まれたということが良く分かる。こちらのグラフはG7諸国のインフレを表したものである。
日本以外のG7諸国とOECD平均がほぼ同じ動きなので、じっくり見ないとどれがアメリカなのかが分からないほど連動している。
グラフをよく見ると、アメリカはOECD平均よりも低いインフレで、最悪のシナリオを凌いだとも解釈できる。しかし、そんなフレーミングは今回のアメリカ大統領選挙戦には民主党・共和党どちら側からも無く、このようなデータを元にした議論はもちろん行われなかった。
(ちなみに、これを見ると日本のリフレーミングにもつながる。日本のインフレがいかに低かったのかがよく分かるからである。もちろん、長いデフレとゼロ・インフレの後だったので消費者への精神的な衝撃はより大きかったかもしれないが。)
もちろん、選挙戦においては他国よりもインフレが低かったとしても生活に困っている人には関係ない。むしろ、インフレになったのは「不法移民のせいだ!」や、「他国のアンフェアな貿易政策のせいだ!」という論調で、「だからこそアメリカ人のためのアメリカファーストの政策となるべきだ!」という主張が共和党支持者の人気を集めた。
これに加えてインフレが鰻登りになるタイミングでのアメリカ企業の行動は、資本主義的には合理的ではあったが、消費者から見たら、消費者は餌食にされていた感覚を生むものだった。
消費者から見たアメリカのインフレ日本とは決定的に感覚が異なるもう一つの要素がある。それはインフレを理由に色々な小売や外食産業がインフラ以上の値上げを行って過去最高益を叩き出してきた事実である。
日本では、例えば日本ではインフレが本格化し始めた頃、NHKなどの報道では小売業や中小企業が消費者向けに値段をなかなか上げられずに利益を削りながらも渋々値上げをする姿を編集者が選んで放送した。
しかし、アメリカ最大級の小売業者、ウォルマートの利益はインフレ中にも右肩上がりだった。(ウォルマートは低所得層に的を絞っている。)
Source: https://www.statista.com/statistics/555334/total-revenue-of-walmart-worldwide/
アメリカでは低所得層から中流家庭が主な客層のマクドナルドもインフレ以上の値上げを続け、収益はパンデミック後から上がっているが右寄りのメディア、ニューヨークポストはこのようなグラフを掲載している。2014年から2024年までの値上げがいかに極端なのかをアピールしている。
マクドナルドの記事には、消費者の怒りの声と共に、マクドナルドや他のファーストフードチェーンが国のインフレ率の 約3倍の値上げをしているという調査結果が引用されている。こういう主張はもちろんソーシャルメディアで拡散された。マクドナルドの業績はパンデミックまでは右肩下がりだったが、パンデミックとなり、インフレに乗って値上げした効果が収益の増加に繋がった。
石油大手も、インフレ率が最も高いタイミングで最も高い利益を出し、インフレが収まるにつれて利益が減った。これはコスト以上の値段を上げて利益を確保していたわけである。また、石油大手も利益がインフレと連動して急増し、インフレが収まってきたら下がった。これは利益なので、コストが上がってもそれ以上に値段を上げることができたからである。
アメリカの消費者からすれば、インフレを理由に大企業がコスト以上に値段を上げて過去最高益を上げていたのは、自分たちを餌食にしていたからである、というフレーミングがあった。
そこで政権与党へのフラストレーションを溜めていったという側面がある。
もちろん、これは資本主義のフレーミングから見たら、消費者たちが値段を上げても買ってくれるなら上場企業として利益を最大化するという株主への責任があり、多くの人の年金基金などは株からのリターンで成り立っているので、利益の確保は当然である。
ここで興味深いのは、アメリカの消費者の多くは資本主義に対する矛盾した価値観も持っていることである。このような資本主義の動きによって最も生活にダメージを食らう低所得の層が政府からの分配などを最も拒むという力学があるのである。これはアメリカ政治を理解する上で大変重要な力学なので別の機会に紹介する。
経済についての感情は、共和党支持者、独立派、そして民主党支持者とでは大幅に異なる。下記のロイター通信が引用したミシガン大学の消費者世論調査が興味深い。
特に民主党支持者と共和党支持者では経済に対する評価が大きく異なる。共和党支持者はほとんどネガティブだが、民主党支持者はほとんどポジティブだった。そして今回の選挙で大事だった独立派は全体平均よりもややネガティブだった。これらの消費者たちは実際に経験している経済状況が異なっていた可能性が高く、それについてはまた後日、紹介する。
今回のコラムは、アメリカの選挙戦を理解する上でいかにアメリカがグローバル規模の経済力学に巻き込まれ、世界の民主主義国家と同じ国内政治の結果になったのかを紹介した。アメリカ国内の政治経済はアメリカ国内の要因を見ることはもちろん最重要ではあるが、ここまで世界の民主主義国家がそれぞれ異なる国内の政治制度や選挙制度をもちながら与党が一斉に負けたのは国家を超えた大きな力学があることを物語っている。
これを踏まえた上で次のコラムは投票数の差が1.5%以下なのに投票人の票数が17%近い票差となるアメリカの不思議な選挙制度へのディープダイブである。