メディア掲載  エネルギー・環境  2022.11.07

核融合開発は「エネルギーのアポロ計画」、政府は2兆円を投じ実用化を急げ

[前編]政府のロードマップ作成で主査を務めた岡野邦彦氏に聞く

JBPressに掲載(2022年10月13日付)

エネルギー・環境
岡野 邦彦

次世代エネルギー源として核融合に注目が集まっている。政府でも来年春を目途とした「核融合戦略」の策定が始まった。核分裂反応を用いる現在の原子炉と比べ安全で、二酸化炭素も高レベル放射性廃棄物も排出しない「夢のエネルギー」と言われるが、開発にはハードルの高さも指摘されてきた。実用化に向けたポイントは何か。核融合研究者である慶応義塾大学の岡野邦彦・訪問教授に伺った。

[参考リンク]
政府資料「核融合戦略の策定について」(令和49月、科学技術・イノベーション推進事務局)
朝日新聞記事「核融合戦略を政府策定へ 『協調から競争の時代に』研究を加速


乾坤一擲の計画で実現前倒しを

杉山大志・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹(以下、杉山):政府の核融合戦略の策定が始まりました。政府資料を見ると、大型の実験核融合炉であるITER(国際熱核融合実験炉、国際共同研究で2025年に稼働開始予定、フランスに建設中)やその後の原型炉については既定路線通り進め、加えて、民間投資の呼び込みやベンチャー企業の参加が検討されるようです。

これはこれで結構なのですが、どうも物足りません。というのは、いま世界でも日本でも脱炭素のために莫大なお金が投じられています。核融合の実現時期を大いに前倒しする「乾坤一擲」の計画が欲しいところです。

岡野邦彦・慶応義塾大学・訪問教授(以下、岡野):はい、そう思います。1980年代に計画が始まったITERは、2007年から建設が開始され、もうすぐ完工します。その後の原型炉についても研究が進んでいます。

ITERと同じく磁場を使う「トカマク方式」という原理はずっと同じながら、これまでに大型から小型までいろいろと検討をして、設計の改良を重ねてきました。現在の計画では、原型炉は2035年に「建設の可否を判断する」ことになっています。

杉山:近年の温暖化問題の高まりを受けると、もっと前倒しをしたいですね。

既存発電と遜色ない発電コストになる

岡野:核融合の実現のためには、ITERに続く原型炉を2兆円ほどかけて建設することが必要になります。そこで発電の実証をして、商用炉の建設に必要なデータを取るためです。ところが、この原型炉の資金をどう手当てするかがまだ決まっていないので、メーカーも本気になれないのが現状です。

杉山:こういったリスクが大きくて長期にわたる投資こそ、政府がやるべきことです。いま日本政府の「GX実行会議」は、GX経済移行債(通称:環境債、GXはグリーントランスフォーメーションを意味する)を発行して20兆円を調達し、向こう10年程度で脱炭素技術に投資するとしています。この規模の金額を投じるなら、当然、核融合の原型炉への投資を含めて欲しいと思います。

 率直に言って、いまGX実行会議で列挙されている「グリーンな技術」は、万事うまくいったとしても相当なコスト高の技術になる。環境債といえども国債には違いないのだから、経済成長に資するものに使途は限定すべきです(GX経済移行債に問題点については、2回に分けて詳述した下記記事を参照)。

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(上)政府が目論む「環境債」の憂鬱、これではイノベーションなど望めない(上)
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岡野:核融合発電については、ITERと原型炉にそれぞれ2兆円ほどかかります。けれどもこれは実験のためであり、いわば生みの苦しみです。この後の商用炉は、1kWh発電コスト10円程度を実現できるとみています。これならば、既存の火力発電や原子力発電と遜色がない。

杉山:核融合発電の経済性を考えてみます。まずは先日「東京電力が原発を再稼働することで2000億円分の電気料金を下げる」という報道がありましたので、この話をしましょう。

15年もあれば元は取れる計算に

杉山:いま世界的なエネルギー危機が起きていて、日本の電力の卸売価格も空前の高騰をしていて、1kWhあたり32円になっています。

他方で、原発の燃料費はわずか2円で済みます。すると再稼働すれば収益は差し引きで1kWhあたり30円にもなります。いま停止している柏崎刈羽原発7号機の出力は135.6kWですので、これが1年間稼働すると、135.6万×8760119kWhの発電量になります。ここで8760というのは1年間の時間数です。119kWh30円をかけると1年間の収益は3560億円になります。東京電力がこれより少ない2000億円としたのは、再稼働の見込みなど予測し難い不確実な要因があるからだと推察されます。

さてこんどは核融合の話です。まず、いまの価格高騰はさすがに一時的なもので、やがて卸売価格は昨今のエネルギー危機以前の水準である数円ないし10円前後まで下がるでしょう。しかし「原子力に頼らず、再エネ中心で脱炭素を進める」ならば、発電コストは上昇を続けざるをえず、2050年には25円にも上るという日本エネルギー経済研究所の試算があります。

すると、発電コストが10円の核融合炉は大変に魅力的になる。差し引きで1kWhあたり15円もの収益になるからです。柏崎刈羽原発7号機と同じ出力であれば、年間合計では先ほど計算した3560億円の半分の1780億円の収益になります。時折、定期点検のために停止することを考えても、15年間で優に2兆円を超える計算になります。つまり原型炉2兆円の開発費用も、ひとたび商用炉が軌道に乗れば、すぐに元が取れるのです。

岡野:1980年代に核融合の経済性を検討したときとは全く背景が変わったわけですね。当時は安価な火力・原子力に競合できる価格を目指していました。地球温暖化問題もいまほど言われていなかった。だから核融合は「遠い将来の話」でよくて、巨額の資金負担を正当化できませんでした。

ところが、いまや地球温暖化問題に莫大なお金が投じられるようになったので、核融合の実用化が1年でも前倒しできれば、大きな価値があるように変わりました。

地球温暖化もエネルギー問題も一発で解決

杉山:核融合の魅力は、地球温暖化問題もエネルギー問題も事実上一発で解決できることですね。電力も熱も、カーボンフリーでほぼ無尽蔵に生み出せるようになる。このような技術を英語で「バックストップ技術」といいます。バックストップというのは野球のバックネットのことで、どこに玉を投げてもここで必ず止まる、と言う意味です。

ところで、ITERは国際協力でしたが、原型炉は日本主導でやった方がよいと思います。というのは、かつては実用化も遠く、予算規模からいっても単独では正当化できなかったので国際協力を選んだわけですが、国際協力は調整が面倒なところがある。さていま状況が変わって、日本が予算をつけて主導していくならば、担い手としてのメーカーが必要ですが、日本は十分に技術を有しているのでしょうか。

岡野:以前、私が参加していた委員会で核融合に必要な技術を網羅したリストを作り、「自国で持つべき技術」「国際協力で開発しても大丈夫な技術」「輸入してもよい技術」などのマークをつけたことがありました。

そのとき「これは日本ではできない」と思った技術はなく、重要なものは全部押さえていたと思います。唯一、ITERの建設地が日本ではなくフランスになったために、(核融合反応に必要な)三重水素を大量に取り扱う技術を学ぶ機会が国内になくなる、という問題はありました。

けれどもこれはITERで学んでくることになっています。原材料そのものは国内で産出しないので輸入するしかありませんが、重要な機器については輸入しないと作れないものはないと思っています。もちろん、輸入したほうが安いものは輸入してもよいと思いますが。

杉山:それは頼もしいですね。ほとんど日本メーカーの技術でできるわけですね。特に重要な業界はどこですか?

「アポロ計画」があるから新しいアイデアが出る

岡野:やはり、重電産業ですね。ITERの超伝導コイルを作ったのは三菱電機、三菱重工業、東芝でした。もちろんプラント業界も重要です。あとは意外なところとして、データ処理産業もあります。

杉山:そういった業界の方から知恵をもらって、ぜひ、政府の「核融合戦略」の中に、「日本の国産技術としての核融合」を実現する力強い計画を書いてほしいものです。核融合産業が日本に育てば、経済成長の担い手となり、世界に核融合発電を売って、温暖化問題もエネルギー問題も解決する。いいことずくめです。

ところで、「大型の原型炉など時代遅れの発想であり、新しいアイデアを使えば、あと10年で小型の核融合発電が実現する」といった言説がよく流れていますが、これはどうですか。

岡野:ちょっと困ったものだと思っています。核融合発電を実現するためには、超伝導コイル、プラズマ、排熱部(ダイバータ)、ブランケットといった要素技術すべてが必要です。これらを組み合わせて発電するとなると、どうしてもいまの100kW級の原子炉(核分裂を用いた軽水炉)と同じぐらいの大きさになってしまいます。

よくニュースになる「新しい技術」は、実はたいていは、こういった要素技術の1つについての改善提案なのです。それはそれで結構なのですが、他の要素技術と組み合わせて核融合炉を実現するとなると、まずは大型の原型炉が必要です。ここは避けて通れない。

いわばここは宇宙開発でいうアポロ計画にあたるのです。(テスラ創業者のイーロン・マスク氏がCEOを務める米宇宙開発会社の)スペースXもアポロ計画があったからこそ実現しているのです。核融合についても、大型の原型炉の後は、新しいアイデアをどんどん取り入れて、商用炉のコストダウンを図っていけると思います。

設計、材料、制御などのメドは立っている

杉山:商用炉のコストは必ず下がると思ってよいのですか。

岡野:もちろん、技術開発なので、やってみないと分からないところはあります。そのリスクは国として取らねばなりません。

ただし、設計、材料、制御などの技術についてメドはもう立っていて、ITERや今年稼働する日本のJT-60SA(量子科学技術研究開発機構の実験装置)で確認できる。最終的にできる発電所のサイズや材料投入量は既存の原子炉と同じ程度と見込まれるので、コストも同じ程度に収まると思います。

後編に続く


岡野邦彦(おかの・くにひこ)氏 慶応義塾大学 訪問教授 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。東芝R&Dセンター、電力中央研究所、国際核融合エネルギー研究センター(原型炉設計活動リーダー)、慶応義塾大学機械工学科(教授、2020年退職)。文部科学省の核融合科学技術委員会委員、同原型炉開発戦略タスクフォース主査など、1990年代から国の核融合関連委員会に関与。


[参考リンク]
国際環境経済研究所(IEE) 岡野邦彦氏の連載
https://ieei.or.jp/?x=17&y=18&s=%E5%B2%A1%E9%87%8E
キヤノングローバル戦略研究所ホームページ 岡野邦彦氏の講演動画
https://cigs.canon/videos/20220909_6986.html
YouTube
ページ「杉山大志_キヤノングローバル戦略研究所
https://www.youtube.com/channel/UCQTBDqu6j3u4GrPPl2HrS3A