メディア掲載  エネルギー・環境  2022.10.20

政府が目論む「環境債」の憂鬱、これではイノベーションなど望めない(上)

世界の分断は深刻、CO2ゼロのシナリオを信じると馬鹿を見るだけだ

JBPressに掲載(2022年9月22日付)

エネルギー・環境

2050年に温暖化ガス排出実質ゼロを目指す政府は、「脱炭素」技術の開発を促すため「GX経済移行債」なるものを発行する計画を掲げている。だが、狙い通りの成果が上がるとは到底思えない。非現実的な妄想に囚われては、日本の将来に大きな禍根を残すことになる。


20兆円もの「GX経済移行債」発行を計画

「脱炭素」技術のイノベーションを促し、「経済成長と環境対策を両立させる」ための原資として、政府は国債として「GX経済移行債」(通称、環境債。GXとはグリーントランスフォーメーションの意)を20兆円発行し、将来は環境税や排出量取引などの「カーボンプライシング」で償還するとしている。

参考:政府のGX実行会議ホームページhttps://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/index.html

この背景となる思想が典型的にまとめてある記事があったので紹介しよう。

日本経済新聞電子版(2022915日)
[社説]脱炭素への移行に資金の好循環確立を
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK1557C0V10C22A9000000/

“脱炭素社会を実現するためには、クリーンエネルギーを使った発電を増やすだけでなく、製鉄など二酸化炭素(CO2)を多く出す産業の排出抑制がどうしても必要だ。多額の資金も投じなければならない。国や企業、個人のお金を脱炭素社会への移行に回す仕組みを整えたい。

政府の見通しでは、2050年に温暖化ガス排出実質ゼロを目指すうえで、今後10年間で官民あわせて150兆円の投資が必要となる。再生可能エネルギーの普及や蓄電池の開発などを成長戦略と位置づけ、有効なお金の使い方を検討する必要がある。

採算が不透明で民間が負いにくい投資のリスクは、まずは国が引き受け、民間資金の呼び水としての役割を果たすべきだ。新たな国債の発行も選択肢のひとつとなる。償還財源を確保するためにも、CO2に値付けするカーボンプライシングの議論に早く結論を出し、実行してほしい。”

(以下略)

どうもこの論者は、「環境債発行→イノベーション→経済成長と環境対策の両立」という政府の図式を本気で信じているらしい。

だがそんなに上手くいくのだろうか? 実際に起きることは何か?

売れるはずのない高価な技術が並ぶ

まず、環境債を発行して推進するとされる技術は、その大半が高すぎて使い物にならない。政府資料にある技術のリストを見ると、①水素を海外から輸入して燃料として使い製鉄する、②海外の水素からアンモニアを合成して輸入して火力発電燃料にする、③海外の水素でメタンを合成して輸入して天然ガスを代替する――などとなっている。

だがこれらはいずれも、万事順調に技術開発が進んだとしても、既存技術に比べて大幅に高コストになる。

そもそも、海外で生産する水素は再生可能エネルギーで賄うことになっているが、ただでさえ再生可能エネルギーは高いのに、それで水素を作るとますます高い。

再生可能エネルギーはお天気まかせなので、水素製造装置の稼働もお天気まかせになり、できる水素はますます割高になる(エネルギー産業において稼働率の低い工場など採算が合わないのは常識だ)。

さらに日本に輸入するためとして水素を液化するというが、これには莫大なエネルギーが必要で、これもコスト高になる。液化する代わりにアンモニアやメタンにするというが、この化学反応をさせるにはそのための工場が余計に必要になるし、ここでもエネルギーを使うのでロスが発生する。

政府資料ではこういった「どうやっても高コストにしかならない技術」について、研究開発するための費用、そして社会実装するための費用まで政府が補助をする、としている。のみならず、出来上がったエネルギーや製品はどうやっても既存のものに比べて高価になるので、その価格差を埋めるための補助金まで出す、としている。

もちろんこんなことをすれば巨額の費用が必要になる。その原資として環境債を発行するとしているが、その結果できるものは極めて高コストなものばかりなのだ。これでは日本はますます高コスト体質になるので、経済成長に資するはずがない。

中国に対する競争力をさらに落とす

政府の見解は、「(たとえ国内で高コストであっても)世界中でその技術を売って儲ければよい」ということのようだが、そんな高価な技術など、誰が使うのだろうか。ありうるとしても日本と欧米の一部しか使わないし、それも一時のブームに終わるだろう。

翻って、中国は発電の過半をなお安価な石炭火力が担っているのみならず、原発を拡大しており、2030年には世界一の原発大国となろうとしている。中国が安いエネルギーで勝負してくる中、日本はさらに競争力を失う一方だ。

いま政府は「2050年に世界のCO2排出がゼロになる」という地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」の目標が本当に達成されると愚かにも信じていて、あらゆる政策をその前提のもとで決定している。なので、「どんな高価な技術でもカーボンニュートラルならば売れる」という非現実的な妄想に囚われてしまう。

世界中の工場で石油や天然ガスを使ってモノを生産している。化石燃料の使用をわずか28年後の2050年までにゼロにすることなど、できるはずがない。実現可能性の全くない願望だけで出来上がった「公式の将来シナリオ」に願掛けをして突き進むことほど危険なことはない。現実をよく見て、これからどのような将来になるか、様々な可能性を考えておく必要がある。

いまの国際的な状況はどうなっているか。ロシアと中国は政治システム間の闘争をG7に対して仕掛けている。「独裁主義」対「民主主義」の対決だ。

この戦いは、困難なものだ。先進国以外のほとんどの国(新興国を含む途上国)は対ロシア経済制裁に参加していない。ロシアからのエネルギーの輸入をむしろ増やしている状態にある。肥料や食糧の輸入も続けている。世界の分断は深刻だ。一致協力してCO2をゼロにするなど夢のまた夢だ。

1992年の気候変動枠組み条約合意以来、2015年のパリ協定合意に至るまで「冷戦は終わり国際協力の下で温暖化問題が解決される」という前提があった。野心的なCO2削減目標が設定され、どの国も非常に高いコストを払ってでもそれを実現する、というシナリオになっていた。だがそのシナリオは、いまやほとんど現実感がない。

もっとも、この非現実性は一層あからさまになっただけで、じつはもともと非現実的だったが。

政府が「イノベーション」の阻害要因

そもそもイノベーションを起こすには、「政府」は実施主体として最も向いていない。前例に囚われ、誤りを認めず、責任を取らず、政治家の介入を受けるからだ。そして特に、技術については、政府は専門知識を有していない。

このため技術的なメリットよりも、ますます政治的な思惑や行政の縄張り争いによって、優先順位が決定されがちになる。一部の企業はこの機会に乗じて歪んだ制度を作りだして儲けようとする。どの技術が勝者(winner)となりどの技術が敗者(loser)となるかを政府が事前に決定するやり方は、数々の「政府の失敗」を生み出してきた。

ただし民間だけではできないこともあるのは事実だ。そこで技術政策論の分野における常識としては、①基礎的な研究開発段階については政府が広く薄く予算をつけることは重要であり、また、②技術の実証段階においても一定の補助をすることは有益であるものの、③普及段階に至るまで補助を続けてはいけない、ということだ。

太陽光発電を莫大な再生可能エネルギー賦課金で補助し続けたことは典型的な失敗の例だ。いまこれと同じことを、政府は「環境債」を通じて何倍にもして繰り返そうとしている。

まだ採算の採れる見込みの全くない技術であれば、基礎研究の支援だけに留めるべきだ。あらかじめその技術の普及のための補助金制度を作るなどということをしたら、莫大な補助金が浪費された挙句、それが打ち切られたとたんにすべてが無駄になる。いま日本政府がこの方向に突き進んでいることを懸念している(なおイノベーション政策について詳しくは拙著『地球温暖化問題の探究』を参照されたい)。

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