メディア掲載  エネルギー・環境  2022.11.08

核融合も中国が先行、いますぐ決断すれば日本の巻き返しは十分可能だ

[後編]政府のロードマップ作成で主査を務めた岡野邦彦氏に聞く

JBPressに掲載(2022年10月17日付)

エネルギー・環境
岡野 邦彦

次世代エネルギー源として核融合に注目が集まっている。政府でも来年春を目途とした「核融合戦略」の策定が始まった。核分裂反応を用いる現在の原子炉と比べ安全で、二酸化炭素も高レベル放射性廃棄物も排出しない「夢のエネルギー」と言われるが、開発にはハードルの高さも指摘されてきた。実用化に向けたポイントは何か。核融合研究者である慶応義塾大学の岡野邦彦・訪問教授に聞くインタビュー記事の後編をお届けする。

前編「核融合開発は『エネルギーのアポロ計画』、政府は2兆円を投じ実用化を急げ」から読む


核融合炉は地震の多い日本に向いている

杉山大志・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹(以下、杉山):核融合のライバルを考えたいと思います。化石燃料はもちろんライバルです、CO2の問題があるので減らせるならば減らしたい。太陽光発電や風力発電は不安定なので限界があります。革新型原子炉はよきライバルになりそうです。

どこに立地するかが問題ですが、最近、米国エネルギー省が「石炭から原子力へ(Coal To Nuclear、C2N)」という報告を出しました。石炭火力発電所の跡地に原子力発電所を立地するというものです。大型の軽水炉でリプレースしてもよいし、小型モジュール炉(SMR)などの小型の革新型原子炉でもよい。

メリットは、既存の送電インフラなどが使えてコストダウンになること、電力需要が確保されていること、地元の雇用が継続するので政治的支持が得られること、などです。これが進めば、米国、インド、ロシア、中国などの石炭大国では案外と早くCO2が大規模に減るかもしれません。ただし日本では地震や津波もあるので、敷居は高くなります。

岡野邦彦・慶応義塾大学・訪問教授(以下、岡野):C2N」の話は、核融合発電も全く同じことができそうですね。「Coal to FusionFusionは「融合」の意)」なので、「C2F」といったところでしょうか。既存インフラの利用、需要の確保、雇用の継続などのメリットはすべて同じです。

核融合炉は、プラズマを1億度に維持しなければならず、反応を起こすのは大変ですが、その代わり何か異常が起きればすぐに核融合反応は停止します。つまり原理的に安全性が高いので、地震の多い日本の火力発電所のリプレースにも向いているかもしれません。

核兵器製造の隠れ蓑になる懸念は薄い

杉山:安全性について、核融合反応がすぐ停止することは分かりましたが、材料などは停止後もまだ熱いですよね。地震などで核融合炉が止まり、冷却水の循環も止まると、熱いブランケットの中に水が溜まったままになります。水素が発生して爆発したり、水蒸気爆発したりする危険はありますか?

岡野:これは安全解析でいつも分析しています。高温なので水素は発生しますが、「水素がない」と思っているところに水素ができるのではなく、そもそも水素を燃料として反応させている核融合炉の中に水素ができるので、あらためて水素を恐れる必要はありません。

水蒸気発生のほうがより問題になりうるので、これは必ず考えています。逃し弁と放出タンクがあって、そこで冷えて水になり圧が下がります。水蒸気は冷えれば水になって体積が減るので、対策はヘリウムガスなどより楽にできます。

杉山:あとC2Nが直面するのが核不拡散の問題ですね。原子力発電で用いるウランは濃縮度が低いので核爆弾にすぐにはなりませんが、それでも原子力発電の開発を隠れ蓑にして原爆を製造することはできて、イランが実際にやっていると疑われています。

世界中の独裁者が原爆を手にすることがないよう、国際機関などを通じて厳しい監視がなされると思います。核融合については、それが水爆製造の隠れ蓑になる心配などはありませんか?

岡野:その心配はほぼありません。

世界中の火力発電からの置き換えを

岡野:水爆を作るには、1つの容器の中に、原爆と、核融合のためのリチウムと重水素を「重水素化リチウム」という化合物の形にしたものを配置します。原爆からの中性子でリチウムが一瞬で三重水素に変わり、重水素と核融合を起こします。三重水素も威力を増やすために加えてありますが、これは必須ではなく、また半減期が12.3年と短くて維持しにくいものです。威力を強めるだけの三重水素の製造のためにわざわざ核融合炉を作るのは不合理すぎます。

杉山:核不拡散の心配がほとんどないのは世界展開を考えるときには重要なメリットですね。そうすると、ますます原型炉の前倒しをしたくなります。そうすれば、それだけ商用炉も前倒しできるわけで計り知れないメリットがあります。というのは、いま使われている巨額の温暖化予算を節約できるようになるからです。

政府は脱炭素の技術開発のためとして、今後10年で20兆円投資するとして、民間投資と合わせて150兆円の投資を見込んでいます。またこれとは別に、政府系の機関である地球環境産業技術研究機構(RITE)は2050年の温暖化対策費用は年間72兆円にも上ると試算しています。早々に核融合の商用炉が確立する見込みが立てば、このお金の大半が節約できる。わざわざお金をかけてまで、高コストになることが分かっている技術を開発したり普及させたりする必要がなくなります。

岡野:核融合というと夢物語のように思われがちですが、実はもう手の届く所にあります。要素となる技術はすでにできていて、あとは実証を積み重ねれば実現できます。

革新型原子炉はよきライバルですが、核融合はそれを上回る安全性があり、燃料資源も海水から容易に回収可能な重水素とリチウムで、事実上、無尽蔵のエネルギー源になります。核融合炉で世界中の火力発電所をリプレースしてゆけば、地球温暖化問題もエネルギー問題も解決してしまいます。

杉山:現在の日本のロードマップは、2018年に文部科学省が決定したもので、2025年頃に原型炉に向けた準備開始の判断、2035年頃に原型炉建設段階への移行判断、という2つのチェックポイントが用意されています。これを何とか前倒しできないものですか。

漫然としていると日本から人材が消える

岡野:私はこのロードマップを取りまとめたタスクフォースの主査でしたが、当時は脱炭素に向けていま言われているほどの巨額の投資は想定されていませんでした。おっしゃるように状況がまったく変わりました。

核融合関連技術を網羅した技術リストをもとに、原型炉開発全体に目を配って作成したロードマップですから、先に申し上げたように、特定分野のアイデア一発、新技術一つで簡単に前倒せるものではありません。しかし、国としてしっかりと予算をつけて、すべての要素技術を同時に加速していくことなら可能です。

杉山:むしろ、そうであってこそ、民間企業も核融合計画の推進を確信して参画し、投資もしてくれますね。どのぐらいの規模感が適切でしょうか。

岡野:いまから直ちに着手して、累積で2兆円の費用を投入し、原型炉の研究、開発、設計を前倒し、2030年代初めに建設を始められれば、2040年には原型炉での発電実証ができるでしょう。

建設開始の頃には、JT-60SA(量子科学技術研究開発機構の実験装置)の成果はすでにかなり出ているはずです。ITERの実験結果は原型炉の発電実証までには必要ですが、その開発や建設を通じて得た膨大な知見があるので、結果がすべて出るのを待たずに前倒しで建設に入ることは可能と思います。

そうすれば、2050年には商用炉の投入に進めます。いまの日本には、そのための人材が学界・業界にいます。けれども、漫然と時を過ごしていたら、それらの人材も雲散霧消して、元には戻れません。

着々と開発を進める中国

杉山:海外での開発動向はどうですか。

岡野:実は中国がいま先行していて、2030年初頭には原型炉を建設し発電実証をする見込みです。「ITERなどの経験を活かして、2兆円規模の投資をして、原型炉を作る」という王道を着々と歩んでいます。

日本や欧米が尻込みをしているうちに、逆転されつつあります。日本もいますぐ決断すれば巻き返すだけの技術力はあると信じていますが、もう時間はあまり残されていません。

杉山:政府の核融合戦略は、乾坤一擲、大局を変えるものにしてほしいですね。


[参考リンク]
国際環境経済研究所(IEE) 岡野邦彦氏の連載
https://ieei.or.jp/?x=17&y=18&s=%E5%B2%A1%E9%87%8E
キヤノングローバル戦略研究所ホームページ 岡野邦彦氏の講演動画
https://cigs.canon/videos/20220909_6986.html
YouTube
ページ「杉山大志_キヤノングローバル戦略研究所
https://www.youtube.com/channel/UCQTBDqu6j3u4GrPPl2HrS3A


岡野邦彦(おかの・くにひこ)氏 慶応義塾大学 訪問教授 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。東芝R&Dセンター、電力中央研究所、国際核融合エネルギー研究センター(原型炉設計活動リーダー)、慶応義塾大学機械工学科(教授、2020年退職)。文部科学省の核融合科学技術委員会委員、同原型炉開発戦略タスクフォース主査など、1990年代から国の核融合関連委員会に関与。