メディア掲載  エネルギー・環境  2022.10.21

政府が目論む「環境債」の憂鬱、これではイノベーションなど望めない(下)

国債を発行するなら、「日本製造債」としてモノづくりを復活させよ

JBPressに掲載(2022年9月26日付)

エネルギー・環境

2050年に温暖化ガス排出実質ゼロを目指す政府は、「脱炭素」技術の開発を促すため「GX経済移行債」なるものを発行する計画を掲げている。だが、前回の記事で論じたように、世界の分断により、もはやCO2ゼロシナリオは妄想でしかない。国債を発行するなら、むしろ日本の製造業を復活させるための「日本製造債」の方が良いのではないか


国債は経済成長に資するものであるべき

前回の記事では、「脱炭素」技術の開発を促すため政府が計画する「GX経済移行債」(通称、環境債。GXとはグリーントランスフォーメーションの意)を発行したところで、世界の「CO2ゼロ」というシナリオがまったく非現実的なものであるゆえ、無駄に終わるであろうと述べた。

本来、日本では赤字国債の発行は禁止されている。同じ国債を発行するにしても、例えば建設国債であれば、建設することで「経済成長によって国民全体に利益がもたらされ、税収も増えるから、やがて税金で償還することで辻褄が合う」という前提があるからこそ発行される。

同様に、例えば教育であれば国債を発行してもよかろう。国債ではないが、最近設立された大学ファンドのような方向であれば、公的な資金(この場合、主に財政投融資)を投入しても長期的に国民に還元されるから正当化できる。

だが環境債はどうか。

いまの政府の資料を見る限り、そこから育つことになっている技術の多くは、経済成長に資する見込みがほとんど立っていない。ならば国債として発行することは誤りだ。カーボンニュートラルという理由だけで、どんな高価な製品でも世界がこぞって買ってくれるというなら話は別だが、そんな前提は妄想だ。

工場の国内回帰支援には意義あり

政府資料を見ると、環境債の償還は環境税ないしは排出量取引などの「カーボンプライシング」で賄うことになっている。だがこれは、エネルギー価格高騰などの形で国民負担となる。産業界は無駄な技術開発にリソースを投入した挙句、やがてはエネルギーコスト上昇に直面する。ダブルパンチで経済が疲弊して、イノベーションどころではない。もちろん産業も衰退してゆく。

一部の企業は、環境債によるファイナンスを好機とみて、そこでの事業を取りに行き、実際に利益も出すだろう。だがそれは経済全体の犠牲のもとに成り立っているものだ。特殊利益のために全体利益が犠牲になる。経済全体としては、タコが自分の足を食っているようなものだ。

そもそも財政赤字が膨らんでいるいま国債を追加で発行すること自体にも議論の余地があるが、もし同じ国債を発行するにしても、投資すべきものは、むしろ他に多くある。前述のように教育や基礎研究強化は経済成長に資する。防災投資もこのところ慢性的に不足して各地で被害が出ているので、強化するといいだろう。

では国債を製造業のために発行するとすれば、どのような事由があるか。

いまロシア・中国とG7の「新冷戦」が始まり、世界各国はサプライチェーンの国内回帰を進めている。日本も例外ではない。国債を原資に工場の国内立地のための支援をすれば、経済成長や税収増加に資するだろう。

またいま日本は中国の脅威に対抗して防衛費を増額する必要に迫られている。装備の調達を海外企業任せにするよりも、国内の防衛産業を育てた方が、経済のためにも防衛のためにもいい。

軍事研究はこれまで日本のメディアではタブー視されてきたが、真剣に再考すべきだ。日本はかつては防衛産業大国であったし、今日でも高度な技術力と、潜在的な競争力を有していて、その気になれば一大産業として復活できるだろう。

「何が環境にいいか」はコロコロ変わる

元内閣官房副長官補の兼原信克氏が提案するように、例えば横須賀に1兆円かけて防衛研究開発拠点を造るのもいいだろう。こういった防衛産業の振興のために国債を発行することはいいかもしれない。

あるいは、「出来上がれば極めて有益ながら、規模もリスクも大きすぎて、どうしても政府でなければできない技術開発」もある。

核融合は実現に向けた要素技術のメドはすでに立っているが、あと2兆円をかけて実証炉を造らねばならない。ただしその後は、無限のエネルギーが安定・安価に入手できる可能性を秘めている。地球温暖化問題もエネルギー問題も同時に解決してしまう。

これを国の基幹産業にできるかもしれない。そのためには国債を発行してでも一連の技術開発を推進する価値があるのではないか(核融合の技術開発の現状については次の動画およびそのリンクを参照されたい。https://cigs.canon/videos/20220909_6986.html)。

以上のことは、「環境債」と銘打った中でもある程度はできなくはない。実際に、半導体工場、バッテリー工場、省エネ型工場の国内立地は、いま「環境債」で実施される事業の候補にも挙がっている。

けれども、「環境債」と銘打つと、技術開発のためには、どうしても筋が悪くなる。どう環境にいいのか説明を求められ、そのための手続きがどんどん増える。しかも毀誉褒貶が激しく、何が環境にいいかなどということは2~3年でコロコロ変わる

例えばバイオエネルギーは数年前はもてはやされていたが、最近はずいぶん評判が悪い。だいたい、どの技術が環境に良いか悪いかなどということはよく分からない。

「日本製造債」で経済成長を実現する

太陽光発電にしても、CO2は少ないかもしれないが、土砂災害、景観破壊、廃棄物、森林破壊から始まって、中国での強制労働への関与など、いくらでも問題はある。

バッテリーは環境に優しい? 半導体は環境に優しい? 「環境に優しいかどうか」なる議論は、続けたい人々は無限に続けることができて、しかもそのこと自体に利益を見出すので、始末に負えなくなる。

むしろ、どうせ国債を発行するなら、日本の製造業を復活させるための国債として、「日本製造債」とでもした方が良いのではないか。そうすれば、上述のようなサプライチェーンの国内回帰や防衛産業育成などの経済成長に資する投資のために素直に予算を付けることができる。

もちろん、革新型原子炉や核融合炉など本当にCO2削減にも寄与しつつ経済成長にも資する見込みのある技術についても、その中でファイナンスしてやれば良い。ちなみに中国は、製造業こそ国の経済(と軍事)の根幹だと認識し、「中国製造2025」計画を立て、あらゆる政府支援を実施している。

最後に、環境債の原資としては環境税ないし排出量取引が想定されているようだが、これがまたいけない。

もちろんエネルギーコスト上昇は深刻だが、問題はそれにとどまらない。そもそも現在のエネルギー政策、なかんずく電力政策は破綻している。

電力政策を歪めるカーボンプライシング

2011年の福島第一原発の事故以降、日本の電力政策は毎年改変されて複雑怪奇なものになり、全体の電力需給の調整すらうまくいかなくなって、電力不足が常態化するに至った。排出量取引制度は、EU(欧州連合)でもすでに失敗しているが、一段と電力政策を複雑怪奇にするものだ。

環境税にしても、その減免が政治的に決定されるので、シンプルな制度にはならない。カーボンプライシングは電力を高コストにするだけでなく、ますます電力政策と事業環境を不透明にし、ひいては電力安定供給を妨げる。

以上、2回にわたって縷々述べてきたが、「環境債を国債として発行して、カーボンプライシングで償還する、それによってイノベーションを起こす」という政策は極めて筋が悪い。もしも国債を発行するならば、真に経済成長に資するものに換骨奪胎すべきだ。そのためにはまず名称を「日本製造債」に変えることがよかろう。