外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2026年4月14日(火)

デュポン・サークル便り(4月14日)

[ デュポン・サークル便り ]


前回(4月6日)の「デュポン・サークル」で、「トランプ政権、いよいよ学級崩壊か?!」と書きましたが、「学級崩壊」というより、「校長先生も教頭先生もなんかおかしい」という状態になりつつある今のアメリカ。先週末、仕事から帰宅してテレビをつけた私の目に飛び込んできたのは米大統領夫人の姿でした。メラニア・トランプ夫人は、ほんの10日ほど前にトランプ大統領がイラク情勢についての演説をやった同じ場所に立って「私はジェフリー・エプスタインとは無関係」「議会は犠牲者に対して公の場で宣誓証言する機会を提供し、彼女たちの証言が議会の公式議事録に残されるようにしなければならない」などと訴えたのです。いわゆる「エプスタイン・ファイル」は、トランプ大統領と、つい先日更迭されたばかりのパム・ボンディ司法長官が、なんとか話題にならないようにしようと頑張ってきた「厄介案件」。メラニア夫人がどういう意図で記者会見をやったかは、文字通り、本人しか分からないようですが、少なくとも、これでまた、この件でトランプ大統領が悩まされることは決定。トランプ大統領夫妻の間の力学も気になるところです。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

せっかく、人類にとってエポック・メーキングな「アルテミス2号」の地球帰還という素晴らしいニュースがあったというのに、イラン情勢や、トランプ大統領の暴言で、「学級崩壊」というより「溶解」に近い状態になりつつあるトランプ政権。復活祭の当日である4月5日に、「4月7日午後8時までにイランがホルムズ海峡上の航行を再開させない場合、一つの文明が地球上から消えることになるだろう」というアルマゲドンを予告するかのような不吉なステートメントを「トゥルース・ソーシャル」に掲載した挙句、「さっさとホルムズ海峡開けよ、このあほんだらぁ!」という盛大な啖呵を切ったトランプ大統領。交渉に目立った進捗が伝えられないまま4月7日となり、ドキドキしていた人も多いと思います。私もいつになく胸がざわざわしてしまい、出かけるときはなんだかんだ理由をつけて息子を一緒に連れて出歩いていました・・。

が、アメリカ東部時間4月7日午後6時30分、つまりトランプ大統領が勝手に設定した期限の90分前というまさに「ギリギリ」のタイミングで、2週間の停戦が成立。先週末、パキスタンで、イラン側からご指名があったバンス副大統領を首席代表にしたアメリカ交渉チームがイラン政府側と直接交渉に臨むことになりました。しかし、ここでイスラエルが、アメリカとイランで停戦交渉が開始されようとしているにもかかわらず、レバノンを拠点に活動しているテロ組織「ヒズボラ」壊滅を理由にした軍事攻撃を続けるという想定外の事態が発生。おかげで「イスラエルがレバノンへの攻撃を続けていることは、停戦合意に反している」と主張するイランとの間で、危うく、交渉が開始される以前に停戦合意が瓦解するのでは・・・という危機感が広がりました。

とりあえず、「停戦合意が及ぶ範囲についての解釈に違いがあった」ということでなんとか事態は収束、かなり微妙な状態ではあるものの停戦は維持された状態で土曜日に始まった直接交渉。ですが、この交渉、21時間後にあえなく合意に至ることなくして決裂。「わが方は提案しえる最善の案をイラン側に提示して帰国する。イラン側がこれを受け入れることを希望する」と記者会見でかっこよくきめたバンス副大統領でしたが、一日足らずの交渉で、さっさと切り上げてしまうなんて、よっぽど双方の主張に隔たりがあったか、お互い、最初から交渉する気がなかったか(か、あるいは両方?)。

思えばその昔、クリントン政権時代に、アメリカでイスラエル首相(たしか、この時の首相は若き日のネタニヤフ)とパレスチナ暫定政府の首席代表のアラファト議長がマラソン交渉の末「ワイ・リバー合意」に至るという大事件がありました。あの時は、ネタニヤフとアラファトという、「ハブとマングース」みたいな2人に加えて、仲介役の米国を代表してオルブライト国務長官が、1週間近くワイ・リバーというメリーランド州の人里離れた会議施設に缶詰めになり、断続的に交渉しました。この交渉にクリントン大統領は6回(というか、ほぼ毎日)も参加して本気度を見せ、ダメ押しでヨルダンからフセイン国王まで連れてきて合意にこぎつけるという、アメリカ外交の底力が垣間見えた交渉でもありました。当時私は、ワシントンの日本大使館でこの件でほぼ連日深夜まで残業していました。今やアメリカとイランは当面、合意に至る見通しがないということで、これから様々な品物の値段が上がるのではといった分析で溢れていた先週末の報道番組を見ながら私は、当時の自分を思い出し、思わずノスタルジアに浸りつつ、そうか、バンス、たった21時間で交渉、諦めたのか・・・といった思いを巡らせてしまいました。

しかも・・・なんと、交渉決裂後、トランプ大統領は「トゥルース・ソーシャル」に、ホルムズ海峡を「米海軍が封鎖する」というメッセージを投稿。「イランに通行料を払って通過しようとするすべての船を臨検する」と宣言しているということは、「対イラン海上封鎖」という趣旨の宣言なんだとは思いますが、この刺激的な言葉遣いの解釈をめぐって再び、大混乱。

さらにトランプ大統領、いよいよ世俗的世界で喧嘩を売る相手がいなくなってきたのでしょうか。週末にはなんと、第267代ローマ教皇レオ14世を「移民政策に弱腰」「外交はド下手」などと痛烈に批判するツイートを掲載しました。昨年、アメリカ人として初のローマ教皇に就任したレオ14世ですが、就任後は積極的に世界中のキリスト教コミュニティを訪問、シカゴ出身ということで、シカゴ名物の「ディープ・ディッシュ・ピザ」が地元から大量に献上された、など、庶民的話題に事欠かないローマ教皇です。そんなレオ14世はこのところ、名指しこそしないものの、「戦争は最後の手段であるべき」「平和は重要」「人々の苦しみに寄り添うことは重要」「非寛容の精神が世界に満ち溢れていることは遺憾」などなど、トランプ政権の方針を間接的に批判し続けています。トランプ大統領もついに腹を据えかねたのかと思われます。一部にはレオ14世がノーベル平和賞に推挙されるかも?という報道に、ノーベル平和賞が欲しくてしょうがないトランプ大統領が「ついにキレた」という観測も流れており・・・加えて、自分をイエス・キリストに見立てたかのような肖像画っぽいイメージを「トゥルース・ソーシャル」に投稿する、という、文字通り「神をも恐れぬ」行為に出て、全世界を驚愕させました。

実は私、先週、同僚から、レオ14世の発言を問題視したブリッジ・コルビー国防次官が、駐米バチカン大使を国防省に呼びつけ、いかに米軍は無敵で、その気になればバチカンだって支配下におけるんだ、などと中世のローマ教皇庁大分裂事件まで匂わせる発言をするなどして、延々と説教をしたという報道記事が回覧されてきて「えぇぇぇぇぇーーーーーー?!」と仰天したばかりだったのです・・・(当然、当該記事の内容はその後、国防省からもバチカン教皇庁側からも公式声明により否定された訳ですが、真実はまさに「神のみぞ知る」・・・)まさか「聖なる父」がトランプ大統領の「トゥルース・ソーシャル」の餌食になるなんて・・・、ムンクの名画「叫び」ばりの絵文字がピッタリの状況です。

しかし、今度ばかりはトランプ大統領も喧嘩を売る相手を間違えた模様。当のレオ14世は「私はトランプ大統領は怖くもなんともない。そもそも私は政治家ではない。彼(トランプ大統領)と言い争いには与しない」とあっさりスルー。しかも、国防省でのコルビー次官による「お説教」のせいかどうかわかりませんが、当面、レオ14世がアメリカを訪問する予定は「なし」だそう。米国建国250周年に合わせた法王ワシントン訪問を、水面下でトランプ政権は一生懸命働きかけていたと言われていますが、大統領自らバチカンに喧嘩を売ってしまったことで、その可能性を自ら吹っ飛ばしてしまいました。

それだけではありません。「聖なる父」であるローマ教皇レオ14世をトランプ大統領自ら口汚く罵ったことで、これまで共和党の岩盤支持層だったキリスト教保守派にも亀裂が。トランプ大統領に批判的な発言が増え続けるレオ14世にMAGA支持層が憤る一方、週末のトランプ大統領のSNSでの発言についてはトランプ政権の「宗教の自由委員会」の委員でもある保守派のロバート・バロン司教が「完全に不適切」「トランプ大統領はローマ教皇に謝罪すべき」と自身の「X」に投稿。また、この一件で、カトリック信者有権者層の票だけでなく、宗派を問わず、敬虔なキリスト教信者の票が、11月の中間選挙でトランプ大統領やトランプ大統領を何があっても擁護している共和党議員から離れるリスクも一気に増大。共和党にとっては、中間選挙に向けてまた一つ頭痛の種が増えてしまいました。

そして・・・パキスタンからたった21時間の交渉で合意にいたることもなく引き上げてきたバンス副大統領。今回の交渉の事実上の決裂が2028年大統領選挙での彼の立ち位置にどのように影響するか、という観測が政治屋さんの間ではすでに流れ始めました。大統領選に出馬する副大統領が、自分が仕える大統領の手柄も失敗も、全部引き継いで戦わなければいけないジレンマに直面するのは世の常。そもそも今回の対イラン攻撃には控えめにいって消極的、ぶっちゃけ「反対」だったといわれるバンス副大統領の場合、このジレンマがより深いのです。バンス副大統領にとって、自分が反対していた軍事作戦を上司が勝手に始めてしまい、その尻ぬぐいをさせられる羽目になっただけではなく、この軍事作戦が失敗し、物価上昇やアメリカ経済の減速などより国内的に深刻な事態に至った場合には、その責任まで擦り付けられてしまう。こんな最悪の状態で2028年大統領選挙に臨まなければならないかもしれないという「究極の罰ゲーム」がやってくる瀬戸際なのです。

もしかすると、一番、「早くこの戦争、終わらせたい・・・」と思っているのは、ほかでもないバンス副大統領かもしれません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員