キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2025年11月7日(金)
[ デュポン・サークル便り ]
ワシントン近郊はすっかり寒くなり、朝晩の最低気温は摂氏でひとけた台になる日も出てきました。日中はからりと秋晴れの日が続いていますが、夕方は5時半を過ぎるとすっかり暗くなってしまい、一気に気分は冬。なんとなくどんよりしてしまいます。朝のウォーキングにも、手袋が必要な感じになってきました。日本の皆様はいかがお過ごしでしょうか。
先月からお伝えしている連邦政府一時閉鎖は、引き続き、最長記録更新中。先週の「デュポンサークル便り」で全米各地の空港で飛行機の便の数を制限したり、キャンセルしたりしなければならなくなる事態が増えてきた、とお伝えしていましたが、なんと11月6日には、ダフィー運輸長官が、航空輸送安全の観点から、全米40か所の空港でフライトの量を10%削減する!と宣言。このまま連邦政府再開のめどが立たないまま週末を迎えた場合、フライトの量を削減する対象になる空港が11月7日(金)(日本時間の7日夕方)に発表されることになりました。感謝祭まで3週間を切っている最悪のタイミングで出たこの宣言、航空会社もそうですが、感謝祭に備えてすでに飛行機の予約を済ませてしまったかなりの数の人たちも、大混乱。私も、フロリダ州の友人のところには車でいくことを、このニュースを聞いて決心。目的地まで13時間、つまり半日以上かかるので、往復ともに途中泊する中継地点を選び、ホテルも予約。あとは、走行距離が14万マイルを超えた愛車でいくか、レンタカーで行くかを決めるのみ。
そんな中、11月4日(火)は全米各地で州知事選挙をはじめとする地方自治体の選挙が行われました。この選挙で最も注目されていたのは私が住んでいるバージニア州知事選挙とニュージャージー州知事選挙でした。この2つは所謂「パープル・ステート」、つまり、選挙のたびにどちらの党から知事が出てもおかしくない激戦州とされています。このため、この2つの州知事選は、来年の中間選挙に向けた前哨戦として位置づけられていたのです。加えて、ニューヨーク市長選挙も、「民主社会主義者」を自認するイスラム教徒のゾーラン・マムダニ氏が民主党候補として出馬。予備選でこのマムダニ氏に敗退したため民主党の公認候補になれなかったアンドリュー・クオモ前ニューヨーク州知事が「無所属候補」として出馬して市長の座を争ったため、こちらは民主党内の路線抗争の象徴的な選挙として注目されていました。
この選挙、結論から言うと「青の波」つまり、民主党が大勝という結果になりました。最も注目されていたバージニア、ニュージャージー両州知事選挙では、スパムバーガー次期知事(バージニア州)とシェリル次期知事(ニュージャージー州)がそれぞれ、共和党の対立候補に10ポイント以上の大差をつけて圧勝。特にバージニアのスパムバーガー次期知事は、2017年に連邦下院議員に初当選した時も、それまで共和党候補が連勝を重ねていた選挙区から出馬し、現職だった共和党議員に大差をつけて圧勝しており、今回も、共和党から知事職を奪還。「共和党キラー」といっても過言ではない政治経歴の持ち主で、今回もそれが証明されました。
このお二人に共通しているのは、
という3点です。「ごつい経歴」という点では、スパムバーガー知事に大差で敗れはしましたが、共和党の対立候補だったウインサム・アールス-シアーズ現副知事も、ジャマイカからの移民一世で、元海兵隊員、バージニア州の歴史で史上初の女性(当然、史上初の有色人種女性)副知事に当選しており、こちらも苦労人としてかなり立派な経歴の方。実は、今年のバージニア州知事選は、民主党候補も共和候補も女性、というバージニア州史上発の「女性候補同士のガチンコ対決」が実現していたのですね。こうやって女性候補がどんどん議会選挙や州知事選挙に出馬しているという現実を見ると、なんだかんだ言ってやっぱり、アメリカの方が女性政治家の層は厚いよね、と思わざるを得ません。
このお二人と対照的なのはゾーラン・マムダニ次期NY市長。NY市初のイスラム教市長、というだけではありません。民主党の中でも左派も左派、自称「民主社会主義者」なのです。その言葉どおり、選挙戦では「市営バスの無料化」「家賃上昇の凍結」「保育の無料化」などを公約に掲げて支持を伸ばし、民主党内でかなりメジャーな政治一家の出身のアンドリュー・クオモ前ニューヨーク州知事今年の夏の予備選で12ポイントの大差をつけて圧勝。その後11月4日の本選挙でも、クオモ前知事に9ポイントの大差をつけてあっさり勝利しました。ただ、いろんなものを「無料にする」という公約を本当にどこまで実現できるのか不明(無料にするためには財源が・・・)。バーニー・サンダース上院議員は大喜びしていますが、弱冠34歳のマムダニ次期市長、来年から行戦手腕を問われるのは確実で、なかなか大変そうです。
ちなみに、このNY市長選挙、投票日直前にマムダニ氏を「共産党主義者」と呼ぶトランプ大統領が「別にクオモがいい候補だってわけでもないが、ひどい民主党候補と共産党主義者の候補だったら、俺だったらひどい民主党候補の方がましだと思うなぁ」と、クオモ前知事をサポートしているのか、貶しているのかが不明のコメントをつけていました・・・
これだけ片っ端から民主党候補が注目の選挙に勝利したとあって、民主党側に俄然、勢いが出てきたのは確かです。が!民主党にはここでもジレンマが。つまり、注目された知事選で当選したのは民主党内でも穏健派の候補、対してNY市長選挙で勝利したのは、急進左派の候補。民主党が来年の中間選挙で目指すべき路線はどちらなのでしょうか。そして、今回の対象をてこに、現在連邦政府再開に向けて共和党と始めている交渉で、強気で突っ張りとおすのか、それとも「統治能力」をアピールするため、いったんは妥協するのか。勝てば勝ったで、悩ましい民主党なのです。また、応援演説の弁士としては、やはりオバマ元大統領が引き続きで断トツの1位。ですが、ここにきてメリーランド州のウェス・ムーア知事もさりげなく「人気応援演説弁士」上位にランクインしてきました。2028年大統領選予備選を考えるといろいろ面白い材料が出てきました。
このようにニューフェースが11月4日の選挙で次々と脚光を浴びる中、「一時代の終わり」を告げるような出来事が民主党側にも共和党側にもありました。共和党側では何といってもチェイニー元副大統領の死去。下院議員、フォード政権時の大統領首席補佐官、ブッシュ(父)政権時の国防長官などを歴任し、ブッシュ(子)政権では副大統領に。今やすっかり死語となった「ネオコン」の総大将的存在だったチェイニー元副大統領、イラク戦争を強硬に主張したことで民主党支持者からは「ダース・ベイダー」というあだ名まで献上されました。歴代の副大統領の中で、間違いなく最も影響力があった副大統領の一人でしょう。ですが、晩年は、娘さんのリズ・チェイニー元下院議員ともども、トランプ大統領批判の先陣に立ちました。故チェイニー元副大統領が当時は「共和党保守派」の権化みたいな立場だったことを考えると、今の共和党は・・・隔世の感があります。
そして民主党側も11月6日(木)にナンシー・ペロシ元下院議長が、来季の再選は目指さない意思を発表、実質上の「引退宣言」をしました。御年85歳ということで、まぁ、そろそろ、余生を楽しまれてもよいのではないか、と思うわけですが、ペロシ元下院議長と言えば、女性初の下院議長というだけではありません。下院議長を務めていたトランプ政権時に、トランプ大統領の一般教書演説が終わった直後に、テレビカメラがまだばっちり回っているときに、大統領から渡された演説原稿をビリビリと盛大に破り捨てる姿が全国区で放映されて物議を醸したり、下院議長任期の終わりに、突然台湾を訪問してみたり、とエピソードには事欠きません。極めつけは、昨年の大統領選挙期間中に、「まだらボケ説」「体力不安説」などを物ともせずに再選活動に邁進していたバイデン大統領に撤退を促すような発言をわざとメディアの前でして、バイデン勇退への端緒を作りました。民主党の歴史の中で間違いなく、最も政治的影響力のある政治家の一人であることは間違いないでしょう。
このような二人の政治の大ベテランの退場を見届けることになった余韻に浸る間もなく、明日も「連邦政府再開交渉ウォッチ」は続きます・・・
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員