外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年3月3日(金)

デュポンサークル便り(3月3日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントン近郊は、観測史上3番目に暖かい1月と2月を経て、3月に入りました。過ごし易いお天気が続くようになるのは良いのですが、一方で、通常は4月ぐらいで活動停止している害虫も活動を開始する、というわけで、家の害虫駆除業者を例年より早く呼ばなければいけなるなど、いいことばかりではありません。また、日中は例年以上の暖かさとはいえ、まだまだ朝晩は冷え込む日も多く、せっかく開き始めた桜のつぼみがしぼんでしまわないか心配です。日本の皆様はいかがお過ごしでしょうか。

先週の「デュポンサークル便り」では、共和党の一部の保守派の議員の間で浮上している「national divorce(国家離婚)」という「?」なコンセプトについてご紹介しましたが、今週の内政は、再び、202116日の連邦議会議事堂襲撃事件のネタで揺れています。というのも、議会内に設置されている監視カメラが映していた当日の映像の41000時間分という膨大な量を、ケビン・マッカーシー下院議長が、保守的なFOXニュースのニュースアンカー、タッカー・カールソン氏に提供、同氏が司会を務めるニュース番組で他のメディアに先駆けて放映する許可を与えたというニュースがスクープされたからです。

スクープそのものは先週で、マッカーシー議長サイドは、「FOXニュースに最初に映像を提供しただけで、他局にも段階的に映像の使用を認めていく」「映像を使用する際に、議員の退避経路が分かるような映像の使用はしないなどのガイドラインをしっかりと設ける」「当日何が起きたのかを国民の皆さんに実際に見てもらうという、透明性確保の点からした決定であり、政治的意図はない」などと釈明しています。ですが、カールソン氏が、FOXニュースの数多いニュースアンカーの中でも、16日の連邦議会議事堂襲撃事件を最も深刻にとらえていない感を当時から醸し出している人物であることや、現在に至るまで他のメディアには同じ映像を見る許可を与えていないことが特に問題視され、今週に入っても、一向に鎮火する様子がありません。

事前になんの相談もなくこのニュースに接した民主党は激昂。下院民主党トップのハキーム・ジェフリーズ下院民主党院内総務は、220日に出した声明の中で、マッカーシー下院議長の行動について「この映像が無責任に使用された場合に発生するセキュリティ上のリスクは強調し過ぎることはない」と明言。昨年、報告書を出した下院の「16日委員会」の活動に言及、「この超党派の調査委員会は、2年余りの間、懸案の映像を丁寧に検証してきた。検証に当たっては、この暴力的な反乱(insurrection)の標的になった議員、議会警察、および議会スタッフの安全に細心の注意を払うプロトコールが設定された。今回の映像の引き渡しが、同様のプロトコールに則って行われた形跡はない」と厳しく批判しています。

不満の声が聞かれるのは民主党からだけではありません。マッカーシー下院議長が今回、カールソン氏に映像を引き渡した背景には、1月の下院議長選挙の際に、トランプ前大統領支持派の「自由コーカス(Freedom Caucus)」議員の票をまとめるために行った交渉と、その結果「マ」議長側が行った妥協があると言われています。さらに、「マ」議長が最終的にカールソン氏に映像を引き渡すことを決心した理由の一つに、先週の「デュポンサークル便り」でお伝えした「国家離婚(national divorce)」発案者のマジョリー・テイラー・グリーン下院議員の強い後押しがあった、とも言われているのです。このため、同じ共和党の中でも、「自由コーカス」以外の議員は蚊帳の外に置かれてしまった感があるのです。しかも、「自由コーカス」所属議員以外は、昨年の中間選挙で、トランプ前大統領にまつわるトラブルの影響で苦戦を強いられた共和党下院議員は少なくありません。今回、カールソン氏に対し16日連邦議会議事長襲撃事件当時の監視カメラの映像を見る許可を与えた、というニュースの余波は長く続く可能性があります。そうなると、「反乱を試みた人間に甘い共和党」のイメージが有権者の間に広まり世論の不必要な反発を招いてしまうことを心配する声が共和党内でも出ているのです。

マッカーシー下院議長のチョンボ感が強い今回の動きを、バイデン大統領が見逃すはずがありません。連邦政府予算を固める上で、共和党との債務上限引き上げ交渉がこれから厳しくなることを見据えて、「マッカーシー下院議長の(映像リリースの)決定は、MAGA共和党員(トランプ大統領が選挙で使用したスローガンMake America Great Again (MAGA)にちなみ、トランプ前大統領を信奉する共和党内の勢力を指します)に妥協した結果で、選挙で正当に選ばれた議員の安全を脅かす危険な決定」「こんなことを許す無責任なMAGA共和党員は、絶対に社会保障予算などを削ろうとする」と、国内訪問先の演説で批判のトーンを上げています。これに対し共和党側は、マッカーシー議長の決定がスクープされて以来、この問題の是非をめぐる議論に忙殺され、バイデン大統領のメッセージをうまく切り返すことができていません。

下院議長になりたい一心で、「自由コーカス」所属議員に、本来なら、すべきではなかった妥協をしてしまったマッカーシー下院議長。早くも、その代償を払う時期が訪れてしまったようです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員