キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2020年12月11日(金)
[ デュポン・サークル便り ]
ワシントンはここ数日、急に冷え込んできました。つい先週までは、日中、半袖で歩いている人を見かけるぐらいの陽気でしたが、ここ数日は体感温度摂氏0度すれすれの毎日が続いています。
トランプ大統領と彼の周辺がいつまでも選挙で負けたことを認めず、法廷闘争が長引いているため、バイデン次期政権の人事関連ニュースをお伝えするタイミングをつかむのは難しいです。12月9日(水)には、指名が遅れていた国防長官人事がようやく発表され、ロイド・オースティン元中央軍司令官(退役陸軍大将)が黒人として初めて、国防長官に指名されました。これは、多くの人の事前予想と全く異なる大番狂わせとなったので、今日はこの人事について書きたいと思います。
12月1日付の「デュポン・サークル便り」でも少し触れましたが、国防長官人事は当初、「四年毎国防見直し(QDR)の母」と一部で呼ばれるミシェル・フロノイ元国防次官が最有力候補というのがワシントンの常識でした。同氏はハーバード大卒、オックスフォード大学で修士を収めた才女です。1997年、第2期クリントン政権の筆頭国防次官補代理(戦略担当)として同年に発表されたQDR作成に中心的な役割を果たして以降、ブッシュ政権期の2001年QDR作成にも深く関与し、第1期オバマ政権では国防次官(政策担当)に就任。国防省初の女性No.3となりました。ご主人のスコット・グールド氏は海軍大佐(予備役)でオバマ政権期に退役軍人省副長官を務めています。トランプ政権期には、ジム・マティス国防長官が、なんとか党派の枠を超えてフロノイ氏を国防副長官に抜擢しようと、トランプ大統領の政権移行チームと激しくやりあったそうです。彼女を国防副長官にできなかったマティスはそれ以降、トランプ政権側が示す副長官案になかなか首を縦に振らず、国防副長官の指名が大幅に遅れたというのも、ワシントンではかなり多くの人が知っているエピソードです。
すでに国防省でNo.3を務めていること、ブッシュ政権期のQDRにも関わっていることやトランプ政権期のマティスの頑張りが示すように共和党に国防関係者にも幅広く支持されていること、さらに、オバマ政権を離れた後に、バイデン政権の国務長官に指名されているアントニー・ブリンケン氏と一緒にコンサルティング企業を起業するなど同氏とも近いことから、彼女がバイデン政権で国防長官に指名されれば、指名承認がスムーズに行くことは確実と言われていました。12月7日(月)にオースティン元中央軍司令官が最有力候補に浮上しているという報道がされ始めた当日、アダム・スミス下院軍事委員会委員長がフライングで「フロノイ氏ほどバイデン政権の国防長官に適した資質を持っている人は他にいない」と絶賛したことも、彼女が国防長官最有力候補だというのが単なる噂ではなかったことを物語ります。
ところが蓋を開けてみると、9日にバイデン次期大統領の選択はオースティン元中央軍司令官。彼の指名が上院で承認されれば、黒人初の国防長官が誕生することになり、これはこれで歴史的な出来事です。公民権運動に長年関与してきたアル・シャープトン氏などからはこの人事を歓迎する声が上がっているのですが、「初の女性国防長官」に備えてスタンバっていた相当数の人から「え???」という反応が出ていることも確かです。
12月1日付デュポン・サークル便りでも、「国防長官は意外な人選が行われるかも」と書いた私でも、このニュースはびっくりでした。私はフロノイ氏ともブリンケン氏が戦略国際問題研究所(CSIS)国際安全保障部に籍を置いていたのと同じ時期に、当時、この部の部長をしていたカート・キャンベルに誘われて、スティムソンセンターから数年間、CSISに移籍していて、直接の上司ではありませんでしたが、お二人とはほぼ毎日顔を合わせており、その時の経験から、彼らの大ファンなのです。特にフロノイ氏は、ほぼ9割男性の国防問題研究の中でも王道の戦略研究の分野で、並み居るおじさんの尊敬を集める人なのに、プライベートでは3人の子供大好きなお母さん、とても穏やかな人で、私にとっては「自分も、ああいうプロフェッショナルを目指そう」と思わせてくれる数少ないロールモデル的存在です。なので、バイデン氏が当選した時には、「やった!フロノイ国防長官だ!」と一人で盛り上がっていたのです。おそらく、勝手に盛り上がっていた人は、ワシントン界隈では数多くいることでしょう。
大方の予想を大きく裏切ったと思われる国防長官人事。これは、バイデン政権が、政権運営をしていくなかで、民主党内の様々なグループに配慮せざるを得ない状況を象徴しているように見えます。特に、「副大統領は女性を指名する」「自分が大統領になったら、自分の政権は、今のアメリカを反映するような、多様な背景を持った人を政権に起用する」と公言して選挙戦を戦ったバイデン氏、女性の数もさることながら、有色人種の数にも配慮しなければいけません。特に、これまで発表された閣僚クラス人事の中で、黒人の数が圧倒的に少ないことが、民主党の支持基盤である黒人有権者層に配慮するべきだ、という党内外の声につながったことが、今回の意外な人事の大きな要因ではないかと言われています。
フロノイ氏自身がどれだけ国防長官に指名されるのを待ち望んでいたかは知る由もありません。ですが、彼女が国防長官に指名されたら、自分が政治任用職で国防省入りできる!と思っていた中堅・若手の研究者は、キャリアプランが大きく狂ってしまいました。気が早い人だと、現在、籍を置いている職場を離れるための身辺整理を始めていてもおかしくないこの時期、閣僚人事もさることながら、閣僚人事に大きく影響を受ける中堅の政治任用職人事の動向が、これからますます面白くなりそうです。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員