コラム  国際交流  2023.09.04

『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第173号(2023年9月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない —— 筆者が接した情報や文献を ①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

国際政治・外交 安全保障

猛暑日が続く東京で、内外の知人・友人と海外情勢に関して意見交換を行った。

中国専門家のスーザン・シャーク教授と久しぶりに直接お話する機会に恵まれた。彼女から、7月末に開催されたUC San Diego China Forumに関して話を伺った — La Jollaで開催された会合に、国家安全保障会議(NSC)のカート・キャンベル氏やラッシュ・ドシ氏、そしてHarvardのアリソン教授やMITの黄亚生教授を含む数多くの専門家が集い、活発な情報交換が行われたらしい。また小誌本年1月号で触れた情報満載の彼女の著書(Overreach : How China Derailed Its Peaceful Rise)についても議論出来た事を喜んでいる。

米中関係に関して気になっていた疑問点を、久しぶりにお目にかかった東京大学の高原明生教授から教えて頂き、やっと喉の痞(つか)えが取れたような気分だ —— 疑問点とは小誌150号(202110月)で触れたドシ氏の著書に記載された訪中団の〝最年少の人は誰か?〟だ。高原教授は故エズラ・ボーゲル教授の編著書(Living with China, 1997)中の故オクセンバーグ教授の文章に触れ、〝最年少の人〟の名を教えて下さった。

周恩来総理は1973年、訪中団最年少の人に “Do you think China could ever become a hegemonic power?” と聞いた。その人は遠慮して “I doubt it” と応えたが、周総理は “Don’t count on that. China could embark upon a hegemonic path. But if it does, you should oppose it. And you must inform that generation of Chinese that Zhou Enlai told you to do so” と語った。この時の最年少の人は米中関係全国委員会(NCUSCR)のジャン・べリス氏である。

82日、大企業の2023年版世界ランキング(“Fortune Global 500”)が公表された(最下段添付PDFデータp.4の表12参照)。売上高ランキングの国別企業数で、4年連続トップの中国が142。次いで米国が1363位は2012年以降日本が占めているが、今年は411995年の149から見ると大幅減少だ。米国の友人が「中国は経済が低迷して日本と同じ運命を辿ると思うのか?」と聞いた。筆者は「バブルや少子高齢化は日本と同じ現象に映るが、市場規模や政治体制が違うからね。未だ分からないよ」と答えた次第だ。
中国の対外関与に関し正確な知識を得るため、我々は膨大な情報を慎重に〝濾過〟しなくてはならない。

スイス連邦情報局(NDB)は、626日、同国の安全保障に関する資料を公表した(«Sicherheit Schweiz 2023»、小誌前号の2参照)。資料の中でNDBは、「中国は所謂西側諸国に背を向けた対極の中心に向かっている(China ist daran, sich unter den gegen den sogenannten Westen eingestellten Staaten als Pol zu etablieren)」と語り、また「中露両国は、現在の国際関係における制度、規則、そして規範を変更しようとしている(China und Russland wollen den Status quo der bestehenden Institutionen, Regeln und Normen umgestalten)」と警戒心を高めた事を伝えている。

ニュージーランド政府も811日に安全保障に関する資料を公表した(“New Zealand’s Security Threat Environment 2023”、最下段添付PDFデータp.22参照)。同国の国家安全保障情報局(NZSIS)は、諸外国が国内で怪しい活動を行っている事を指摘し、「特筆すべきは、国内の多様な中国系共同体を標的にした継続的活動(Most notable is the continued targeting of New Zealand’s diverse ethnic Chinese communities)」と記している。

一方、8月開催のBRICSサミットでは、中心的存在として中国が多大なる影響力を持っている事を伝える情報が数多く届いた。例えば英Financial Times紙は、26日、BRICSが中国主導の下、拡大の動きを示している事を報告し、“China’s president given special treatment at gathering that moves the bloc closer to his vision of creating a G7 rival”とやや誇張気味に伝えた。来年のBRICS Summit議長国はロシアだ。中露両国の動きを今後とも多角的・多層的にモニターしてゆく必要性を感じている。

夏はやはり音楽祭だ —— バイロイト、プロムス、ルツェルン、タングルウッド……、我々は音楽で心を清める必要がある。

友人から昨年11月に放映されたドキュメンタリーを教えてもらった(Musik im Dritten Reich - Der Maestro und die Cellistin von Auschwitz)。この作品は、人の心を清めるべき音楽が、悪意に満ちた政権(この場合ナチ政権)により、民衆を誤った方向に誘導し、純真な音楽家達は政権に道具として利用されるという悲しい運命を伝えている。映像の中の中心的人物は、天才的指揮者フルトヴェングラーとアウシュヴィッツのチェリストとして知られるアニタ・ラスカー=ウォルフィッシュ。作品の冒頭、マエストロ・バレンボイムが語る一言が印象的だ —— Propaganda!

フルトヴェングラーが指揮する『未完成交響曲(Die Unvollendete)』の美しいこと!!! これでは誰もが〝ドイツ贔屓(びいき)〟になるはずだ。作品を観つつ、天才的指揮者を利用しようとするゲッベルス国民啓蒙・宣伝相の言葉を思い出していた —— 「演奏会場のバカバカしい2千人の聴衆でフルトヴェングラーは一体何をしたいのだ。我々が必要なのは何百万の人間なのだ。(彼が指揮する音楽を)ラジオで流せばそれが出来るのだ!(Was will denn dieser Furtwängler mit sienen lächerlichen zwei tausend Zubörern in der Philharmonie. Was wir brauchen sind die Millionen, und die haben wir mit dem Rundfunk!)」。音楽を純粋に愛し、政治に(完全に)無関心だったマエストロは、トーマス・マン等から戦後厳しい非難を受ける事になる。

現在はAIの出現でpropaganda活動が一段と巧妙になっている。我々はpropagandaの〝餌食〟にならぬよう〝知的武装〟をしなくてはならない。

823日、プーチン大統領は第二次大戦の激戦地クルスクで80年前の勝利を祝う演説を行った。
彼はこの戦いが〝世界大戦の転換点〟で、赤軍将兵は現在同様勇猛果敢に戦い、特に「プロホロフカでの戦車戦は忘れる事はない(никогда не забудут масштабное танковое сражение под Прохоровкой)」と語った。だが、この戦いはpropagandaと〝史実〟との〝距離〟を残している。

今年6月、プロホロフカの戦車戦に関する優れた研究書が発表された(B. Wheatley, The Panzers of Prokhorovka : The Myth of Hitler’s Greatest Armoured Defeat)。ソ連側資料で独戦車の被害は約400。独側資料に依れば僅か41。即ちクルスクの戦いはソ連側に犠牲を伴う〝ピュロスの勝利(Pyrrhic victory)〟だった赤軍の将兵・車両・航空機の損失は、各々独軍の6倍・6倍・5倍だ。〝大祖国戦争〟の代表的な戦いであるクルスクは、スターリン、そしてプーチンにとり英雄的・圧倒的勝利でないと困る。他方、独側は史実〟に関して沈黙していた —— 「戦後、将軍達は記憶喪失を患った(Die Generäle hätten nach dem Krieg unter Gedächtnisschwund gelitten)」と、或るドイツの研究者は語っている(R. Töppel, Kursk 1943, 2017)。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第173号(2023年9月)