謹賀新年。何よりもまず平和が取り戻され、世界に繁栄を享受する日々が再来する事を願っている。
年が明けてもなおウクライナでの悲劇は終わりそうにない。筆者はノーベル平和賞を受賞したアルベルト・シュヴァイツァー博士が、冷戦のさなかに世界の指導者に対して対話の努力を訴えた演説(The Problem of Peace in the World of Today)を思い出している。
FIFAワールドカップで日本がドイツに勝利した日の翌日(11月24日)、独Der Spiegel誌がメルケル前首相のインタビュー記事を公表した。この記事を巡る情報を読んで筆者は複雑な心境に陥っている—首相は、プーチン大統領の基本原則がpower politics(Machtpolitik)である事を知っていたが故に、ロシアの侵攻は“驚きではなかった(kam nicht überraschend)”と語った!! そう予想していたならば、何故、もっと積極的に予防策を実施しなかったのか。現在の悲劇を思うと筆者の疑問は消えそうにない。この記事に関し、独軍出身の政治家であるローデリヒ・キーゼヴェッター氏は、独公共放送番組(tagesschau)の中で次のような厳しい言葉で前首相を批判している。
「メルケル前首相は在任中、プーチンが欧州諸国を弱体化・分断化しようとしている事を知っていた。にもかからわらず間違った結論を出し、“ソフト・パワー”のみで対抗しようとした(Sie habe in ihrer Regierungszeit zwar erkannt, dass Putin Europa schwächen und spalten wolle, aber die falschen Handlungsschlüsse gezogen und nur mit "Soft Power" reagiert)」。
昨年2月以降、ショルツ首相は全世界が転換点を迎えた事を“Zeitenwende (英語でturning point)”で表現している。これに関して、英Financial Times紙は、12月24日に“2022年の言葉”という意味から“Year in a word: Zeitenwende”と題した記事を掲載した。新年を迎えるにあたって、ショルツ首相は米国の高級誌(Foreign Affairs)の新年号(1・2月)に載せた小論(“The Global Zeitenwende”)の中で、「現在の複雑な世界政治に直面する我々は、多種多様な思想・判断基準(mindsets)と政策手段(tools)が必要となった事」を述べている(次の2参照)。
年末(12月27日)、極東情勢に関して、非常に厳しい内容の情報が届いた。
台湾の蔡英文総統が徴兵期間の延長を宣言した。宣言の中で「誰も戦争を望みません。台湾の政府・人々も、そして国際社会も戦争を望んでいないのです。しかし国民の皆さん、平和は天から降って来るものではありません(沒有人要戰爭,台灣的政府與人民是如此,國際社會也是如此。但是,各位國人同胞,和平不會從天而降)」と語り、チャーチルが盟友のウォルター・ギネス卿に宛てた手紙の中で語った言葉に言及して、「チャーチルが嘗て語った如く、戦争と恥辱に直面した時、もし恥辱の方を選択したとしても、その後も依然として、戦争に直面する(就像邱吉爾曾經說過的,在戰爭與屈辱面前,如果選擇了屈辱,但屈辱過後,我們還是得面對戰爭」と述べた。そして、「戦争に対して備える事でのみ避戦が可能となるのです、戦力を持つ事でのみ戦争を止める事が出来るのです(備戰才能夠避戰,能戰才能止戰)」と総統は語った。
筆者は台湾国防部の資料を眺め(p. 4の図参照)、また同時に十数年前に馬英九元総統がHarvard Kennedy School (HKS)を訪れた際、「ハイテク分野における台湾の国際競争力を高めるためには、重要な若者達の訓練期間を奪う徴兵制度が障害となっている」と語っていた事を思い出し、東アジアにおけるZeitenwendeを真剣に認識しなくては、と考えている。
米国ではZeitenwendeを再確認するかのように、12月6日、ホワイトハウスが、12月7日を“National Pearl Harbor Remembrance Day”とする事を発表した(次の2参照)。確かに1941年12月7日は全世界にとりZeitenwendeだった。戦史に詳しい人はご存知の通り、真珠湾攻撃は日本にとって最悪のtimingで行われた—欧州東部戦線でソ連のジューコフ将軍が反撃を開始し、ドイツの敗色が色濃くなったtimingである。即ち当時の大日本帝国は、産官学の各界に優れた専門家がいたにもかかわらず、海外情報の収集・分析・判断に問題があったのだ。
NHKの増田剛氏による優れた著書『ヒトラーに傾倒した男』を読むと、日常会話程度の独語しか話せぬ軍人出身の大島浩駐独大使は、ドイツ外務省の専門家から白眼視されていたリッベントロップだけが頼りで、ベック参謀総長等の優れた軍人達から無視された事が分かる。しかも総統語録とも言うべき本(Tischgespräche)を読む限り、大使が“傾倒した”ヒトラーは、大使には“傾倒せず”、決して本音を彼に語らなかったのだ!!
さて中国の将来を展望する事は非常に難しい。米国の優れた“知中派”であるスーザン・シャーク教授は、近著(Overreach)の中で“I underestimated Xi’s willingness to take political risks”と語った。彼女ですら“見誤る”事があるならば、筆者の“見誤り”は当然の事とした上で、錯誤による損害を最小限にするため、多様な情報ソースと基にして慎重に国際情勢判断をしなくては、と考えている。
昨年12月上旬、3年ぶりにパリを訪れて短い期間であったが数多くの友人達と語り合う機会を楽しんだ。
今回の出張では、フェルナン・ブローデル大先生にゆかりの深い建物で、グラス片手に議論した事が楽しい思い出となった。社会科学高等研究院(EHESS)のセバスチャン・ルシュヴァリエ教授が主催する会合(INNOVCARE Project 2nd Annual Forum: “Care-led innovation: The case of elderly care in France and Japan”)で、日本のロボット開発の現状と問題点に関し、筆者の見解を述べさせて頂いた。これに関して、帰国後、ドイツ経済研究所(DIW)による12月発表の資料等を基に、相対的に緩慢な日仏両国のR&D活動を巡り、意見交換を行っている(p. 4の表を参照)。そしてUniversité Paris VIIIでは、Billecart-Salmonを飲みつつ、ジャック・デリダ大先生の著作(La voix et le phénomène等)に関して、筆者が理解出来ていない部分を、哲学に詳しい友人達に質問する機会にも恵まれた。