メディア掲載  エネルギー・環境  2022.06.28

脱炭素がエネルギー・ドミナンスへ変わる日

Japan In-depthに掲載(2022年6月18日)

エネルギー・環境

【まとめ】

・エネルギー政策の優先順位はウクライナ戦争で脱炭素から安全保障へと根本的に変わった。

・だがG7諸国政権は昨年まで掲げていた脱炭素という看板を下ろしていない。

・アメリカ共和党が原動力となって「エネルギー優越」を目指し、脱炭素の風潮が変わるのではないか。


ウクライナ戦争の直前まで、欧米諸国は「脱炭素」に邁進し、エネルギー安全保障をなおざりにし脆弱性をつくりだしてきた。そのせいで、いま世界中が酷い目に遭っている。

EUはガス輸入量を4割もロシアに依存してきた。ドイツなどの脱原発に加えて、脱炭素のせいで石炭火力は縮小された。足元に埋まっていたシェールガスの開発は行われなかった。その結果、風力発電とロシアからのガス輸入が拡大し、「風とロシア頼み」の状態になった。だが昨年は風が吹かず、ロシアのガス頼みとなり、これではガスの禁輸など出来ないと欧州の足下を見たプーチンはウクライナに侵攻した。

慌てた欧州は、脱ロシアを進める為として、あらゆる化石燃料の調達に奔走している。

イギリスは新規炭鉱を開発する。ドイツは石炭火力のフル稼働を準備している。天然ガスの採掘もする。イタリアも石炭火力の再稼働を検討中だ。

欧州は南アフリカ、コロンビア、アメリカからの石炭購入を増やしている。ボツワナからも輸入しようとしている

欧州の大失敗のせいで、世界中のあらゆる化石燃料エネルギーが品薄になった。日本も米国も煽りを受けたが、開発途上国はもっと大変だ。

インド政府は燃料輸入に補助金をつけた上で石炭火力にフル稼働を命じた更に100以上の炭鉱を再稼働し、今後2〜3年で1億トンの石炭増産を見込む。炭鉱の環境規制も緩和した。ベトナムも国内の石炭生産を拡大する。中国は年間3億トンの石炭生産能力を増強する。これだけで日本の年間石炭消費量1.8億トンの倍近くだ。

欧州発の大問題のせいで、途上国はみな化石燃料と電力の確保に必死だ。

ところが欧州諸国の政府は、脱炭素政策という誤りで世界に迷惑をかけたことを認めない。

ドイツは「エネルギーベンデ(転換)」と言って、脱原発と脱炭素を同時に急進的に進めてきたが、これが間違いだったとは言わない。ウクライナ戦争を受けて安定供給のためエネルギー政策を見直すと一時報じられたが、CO2目標は頑として変えないし、原発も結局全て予定通り停止する。それどころか風力発電を更に増強するとしているが、風任せではエネルギー安全保障が担保されないことをまだ学んでいないようだ。

イギリスもボリス・ジョンソン政権の下でネット・ゼロ政策(日本でいう脱炭素政策のこと)を進めてきて、北海油田・ガス田の開発や石炭の開発は停滞し、その一方で輸入天然ガスと風力発電に頼ってきた。ドイツ同様これが仇になり、ガス・電気代が高騰するエネルギー危機にウクライナ戦争以前から見舞われていた。いまはこれが更に悪化している。

さすがにこれはおかしいということで、イギリスの場合は与党保守党内に「ネットゼロ精査グループ」が立ち上がり、数十人の議員がこのままでは選挙に勝てないとして公開で異議申し立てをして、国産エネルギー開発や電気自動車・省エネ推進のコストの問題を訴えてきたが、ジョンソン政権はあまり変わらない。

G7としても「まず脱ロシアだが、その後は予定通り脱炭素」という建前を崩していない。あろうことか、先日ベルリンで開催されたG7エネルギー環境相会合では、今年末までに化石燃料事業への海外融資を停止すると合意してしまった。その一方で欧州が化石燃料の調達に世界中を奔走しているのだから、完全に偽善だ。

なぜG7諸国の政権は、脱炭素という方針を見直せないのか。それは昨年末のグラスゴーでの国連気候会議(UNFCCC COP26)までは脱炭素一本槍だったからだ。そのせいで、エネルギー安全保障が危機的状況にあることをウクライナ戦争で思い知らされ、実態としては化石燃料の調達に奔走しているにもかかわらず、前言をまるきり翻すわけにもいかず、レトリックを変えられないのだ。政府の無謬性は日本固有の病ではないようだ。

なお、フランスや東欧諸国はこの機会に原子力を推進する構えであり、これならばエネルギー安全保障と脱炭素を両立することが出来る。だがドイツやイギリスでは相変わらず脱炭素政策がエネルギー安全保障を損なっている。これがいつまでも続けられるとは思えないが、彼らには自ら脱炭素のレトリックを変える力は弱そうだ。

では世界の脱炭素の風潮を変える原動力は何処にあるか。それは米国共和党だ。

共和党は、ウクライナ戦争を招いたとしてバイデン政権を猛烈に批判している。大統領候補だったマルコ・ルビオ上院議員やテッド・クルーズ上院議員、ポンペ国務国務長官ら大物が口を揃える。脱炭素を最優先して自国のエネルギー産業を痛めつけ、トランプ政権が目指した米国による「エネルギ-・ドミナンス(優越)」を棄損したことが、米国と欧州を脆弱にし、プーチンに付け入る隙を与えたのだ。

エネルギー・ドミナンスとは、エネルギー・インディペンデンス(独立)を上回る概念だ。エネルギーを増産し、自国は固より、同盟国・友好国に十分に安定安価な供給をすることで、敵を圧倒するということだエネルギーは国家の兵站だという発想だ。このためには、実力のある化石燃料と原子力が主力となる。

さて、この11月に米国では中間選挙が控えており、その後は次期大統領選挙も迫る。今のところ共和党が優勢の模様だ。共和党は「気候危機説」も信じておらず、マルコ・ルビオはバイデン政権の「愚かなグリーン・ディールを止めろ」と批判している脱炭素一本槍だった現民主党政権に代わって、米国は「エネルギー・ドミナンス」政策に移行していく可能性が高いのではないか。

米国は世界一の石油・ガス産出国であり、世界一の石炭埋蔵量を誇る。民主党議員であっても、化石燃料産業で潤う州の議員は、共和党と共にエネルギー・ドミナンスを支持する。

上院エネルギー資源委員長であるジョー・マンチン議員は、民主党員でありながら、バイデン政権肝いりのグリーンインフラ整備計画であるビルドバックベター法案に反対して共和党と共に潰し、ウクライナ戦争への対応として「空前のエネルギー増産が必要だ」と発言している。

ロシアとの、更には中国との新冷戦を勝ち抜くために、日本も米国と共にエネルギー・ドミナンスを目指す日が近いかもしれない。

そのときは、原子力発電を再興し、安定供給に優れた火力発電を活用するのみならず、更にはアジアの友好国の化石燃料・原子力事業を支援することで、米国と共にアジア太平洋地域におけるエネルギー優越を目指し、中露に対抗することになる。