メディア掲載  グローバルエコノミー  2020.04.28

コロナ対策で突出する「和牛」への大盤振る舞い:多くの国民が困っているのに、なぜ和牛農家だけ破格の支援がなされるのか?

論座 に掲載(2020年4月13日付)

 多くの国民が困っているのに、なぜ和牛農家だけ支援されるのか。

 4月11日、NHKは、新型コロナウイルスの感染拡大で和牛の需要が減少し、国産牛肉の在庫が6割増加しているため、農林水産省は和牛の販売促進に500億円を投じるとともに、学校給食で和牛を使う際の補助金交付、農家が出荷する牛1頭当たり2万円の支給を行うと報じた。

 和牛の販売促進策としては、具体的には、和牛を卸売業者が小売業者などに販売した場合に1キロ当たり1000円の奨励金を交付するほか、在庫を保管するための追加的な経費についても補助することにしていて、スーパーでのセールなどを通じて消費の回復につなげたい考えだという。

 私は、これまで『「和牛商品券」という愚策が提案されてしまった理由』および『学校給食で余剰農産物を処理するな!~「高級和牛を給食に」が映し出すもの』の二回にわたり、自民党や国会で検討されている和牛対策の問題点を指摘するとともに、『あなたの知らない農村~養豚農家は所得2千万円!』や『農家はもはや弱者ではない』などで、畜産農家の所得水準が極めて高いことや、畜産農家を保護・支援する理由は、食料安全保障、環境保護、国民の健康維持のいずれの観点からも、存在しないことを指摘してきた。


支離滅裂な対策内容

 ここでは、対策を講じる正当性はさておき、まずは今回報じられた対策の内容について検討したい。結論から言うと、仮に和牛の需要回復や在庫解消という目的が正しいとしても、この対策内容は支離滅裂である。

 もし私が農林水産省の担当者で部下がこのような案を持ってきたら、突き返していただろう。

 まず、奨励金1キロ当たり1000円の水準である。和牛枝肉(和牛去勢A4)価格は今年1月の2300円程度から1700円程度へと600円低下している。1000円の補助はこの価格低下分を大幅に上回るとともに、現在の枝肉価格の半額以上の補助に相当する。

 このような過大な補助は、度が過ぎていないか?

 1キロ当たり1000円が妥当であることを、農林水産省は国民にどのように説明するのだろうか?他のコロナ対策に比べると気前の良い大判振る舞いである。

 次に、学校給食に和牛肉を提供するタイミングの決定的な悪さである。

 今学校は休校になっているので、学校給食も行われない。したがって、いくら和牛肉の購入に補助金を出したからといって、学校給食がない以上和牛肉も消費されない。牛肉在庫の解消には役立たない。

 新型コロナウイルスの感染が収まってくれば、学校給食も再開されるだろうが、そのときにはレストランやホテルでの和牛の需要も回復しているので、学校給食に和牛肉を提供する必要はない。夏に海開きをするつもりが、だれも客がいない冬になってしまったようなものである。

 最後に、在庫を解消しようとしているのに、なぜ農家に出荷奨励金を払って、市場での和牛供給量を増やそうとするのか、まったく理解できない。需要が減っているのに供給を増やせば、在庫がさらに増加するだけである。夏暑い思いをしているのに、暖房をがんがんかけるようなものだ。

 在庫を減らそうとするなら、農家の出荷を遅らせなければならない。そのために、農家は余分な飼料を牛に供給しなければならないので、それにより発生する掛かり増し経費に対して補助または融資を行うべきなのだ。


在庫が積みあがっているのは和牛肉だけではない

 対策の正当性についても、なぜ和牛肉の在庫解消が必要なのだろうか?なぜ和牛肉だけ販売促進の奨励金を出したり、在庫増加による負担増に対する補助金を交付したりするのだろうか?

 新型コロナウイルスの感染拡大で観光業や外食産業が不振となり、在庫が積みあがっているのは、和牛肉を提供する産業だけではないだろう。観光業等に原材料や資材を提供していた他の産業も同様に被害を受けているはずである。和牛農家というより、和牛在庫を抱えているJA全農の負担軽減を考えているからなのではないだろうか?

 今回の休業や営業自粛で外食・レストラン業界などがあまねく被害を受けているのに、すき焼き店だけを政府が救済すると言ったら、他の外食業者などはどのように感じるのだろうか?和牛だけ救済されることに釈然としない事業者も多いのではないだろうか?

 さらに、ガット第3条は、国産品を外国産に比べて有利に扱ってはいけないという「内外無差別」の原則を規定している。これはガット・WTOの基本原則である。

 卸売業者から小売業者への販売であれ、学校給食であれ、和牛肉だけ補助することは、WTOに明白に違反する。補助するなら輸入牛肉も対象としなければならない。

 以前なら、農林水産省の内部でも、内外無差別の原則に反する政策が検討されることはなかった。農協や農林族議員の意向に逆らえなくなっている今の農林水産省は論外としても、これが政府の政策として講じられようとすることに、外務省や経済産業省は何の問題も指摘しないのだろうか。

 WTOの紛争処理手続きは、上級委員の任命を拒否するというアメリカのごり押しによって機能していない。しかし、だからと言って、日本がWTOに訴えられないからよいという態度をとってもよいのだろうか?多国間主義を標榜してきた日本が通商の原理原則を無視するような行動をとることに、やましさや恥ずかしさを感じないのだろうか?

 日本がこのような態度をとれば、中国をはじめとして多くの国がWTO違反の政策を次々に採用するようになろう。そうなれば、通商の多国間主義の崩壊に日本が手を貸すことになる。


畜産業は保護すべきではない

 水田が持つ水資源の涵養や洪水防止という多面的機能(外部経済効果)のため、米作に補助金を与えることは、経済学的には意味がある(もっとも、実際の農政は、そのような効果を持つ水田を減少させるために減反補助金を交付するという真逆な政策を実施しているが)。

 しかし、和牛農家を保護したり、支援したりすることは、経済学的には全く意味を持たない。むしろ経済学的には税金を課して、和牛生産は縮小させるべきなのだ。

 まず、食料安全保障の観点から畜産を保護する理由はほとんどない。

 牧草地で飼育する一部の酪農と肉牛を除いて、日本の畜産はアメリカ等から輸入されたトウモロコシ、大豆、乾草などをエサとして生産している。シーレーンが破壊され、飼料の輸入が途切れると、日本の畜産は壊滅する。食料危機の際に、畜産は何の役にも立たない。和牛で放牧飼育しているのは、肉質面では評価が低い岩手県の短角牛くらいではないだろうか?

 環境面でも、畜産は多くの糞尿を副産物として排出する。アメリカでは、家畜の糞尿はトウモロコシ栽培などに活用されるので、資源は循環して環境問題は悪化しない。しかし、エサを輸入に依存している日本の畜産は、国土に大量の窒素分を蓄積させる一方である。

 ヨーロッパではこれによってブルーベイビー現象が生じた。環境のためには、海外から牛肉を輸入した方がよい。20年前にある著名な農業経済学者からそのような発言を聞いたとき、私はこんなことを言って農業界の中で大丈夫なのだろうかと驚き、かつ心配した。これは農業界にとってタブーの"不都合な真実"である。畜産には、水田のような多面的機能はない。

 また、牛はゲップにより、二酸化炭素より温暖化効果があるとされているメタンを発生させるので、植物由来の肉や細胞培養の肉生産への技術開発など、世界は畜産自体を縮小させるべきだという方向に動いている。これによって牛乳など酪農品への需要が減少したカリフォルニア州では、最も古い歴史を持つ酪農家でさえ、アーモンド栽培に転換している。


健康に悪い和牛肉

 さらに、和牛肉は国民の健康のためにも好ましくない。

 魚の脂やナッツなどに含まれるオメガ3は血液をサラサラにする機能を持っている。これに対し、牛肉、豚肉、バター、大豆油、コーン油などに含まれるオメガ6は、摂取しすぎると、動脈硬化を進行させ、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす。オメガ3とオメガ6の比率が1:2を超えると問題が生じるが、食生活が畜産物摂取の多い欧米型になってしまった日本人では、この比率が1:6から1:10になっている。

 野生動物や牧草を食べさせて肥育した牛肉では、この比率は1:2である。ところが、トウモロコシなどの穀物で肥育した牛肉では、この比率が1:8から1:10に上昇する。輸入穀物で肥育した国産の牛肉を食べていると、心筋梗塞や脳梗塞につながる動脈硬化を起こしてしまう。


なぜ和牛農家だけ無駄な対策が講じられるのか?

 仮に和牛農家への対策が必要だとしても、肉用子牛生産者補給金制度や肥育農家向けのマルキン対策などで、すでに子牛や枝肉の価格低下への対策は十分すぎるほど用意されている『安倍官邸もアンタッチャブルな農業保護政策』参照)。  それなのに、なぜ無駄な和牛対策が講じられてしまうのだろうか?しかも、和牛の売れ行きが鈍化しているだけで、まったく売れていないわけではない。

 和牛農家と異なり、新型コロナウイルスの感染拡大で休業を余儀なくされている事業者や解雇されている労働者は、まったく職を失っている。これらの人の中には家賃を払えなくなって、大家から立ち退きを迫られるのではないかと不安に駆られている人もいる。しかし、政府は休業補償を否定しているし、生活困窮者への手当ても十分とは言えない。

 それなのに、なぜ和牛農家だけ、このような手厚い補助が受けられるのだろうか?

 和牛農家も収入が減少すれば、他の人と同じように30万円の給付金などを受けられる。今回の和牛対策は、それへの上乗せである。

 しかも、和牛在庫が増加し価格が低下するつい最近まで、和牛農家は歴史的な高価格のもとで大きな利益を得てきた。これを考慮すると、今回の価格低下もそれほど大きな影響を持つものではない。和牛農家が、休業した外食業者や解雇された労働者ほど、生活に困窮しているとは思えない。にもかかわらず、和牛農家だけ優遇するとすれば、これは現在の差別ではないか。

 和牛生産者だけが特別扱いされる理由は何なのか?

 それは、今の農林族議員の中の有力者が南九州(鹿児島、宮崎)の畜産地帯出身だということだろう。

 筆頭は、森山裕・自民党国会対策委員長である。彼は、畜産のドンとして長年力を持った故山中貞則氏の後継者として、現在中央畜産会会長を兼務している。また、鹿児島県選出の参議院議員でJA農協出身の野村哲郎氏は、農林族議員を束ねる自民党農林部会長の職にある。同じく鹿児島県選出の小里泰弘衆議院議員も、自民党農林部会長、衆議院農林水産委員長、農林水産副大臣を歴任している。江藤拓・農林水産大臣自身、宮崎出身で自民党農林部会長、農林水産副大臣を歴任している。

 これだけ有力議員が多いと、彼らが何も言わなくても、農林水産省の役人は忖度してしまうだろう。特に、安倍首相と江藤農林水産大臣の個人的関係もあって、農林関係の政策は、官邸から農林水産大臣に丸投げされているのではないだろうか。財政当局も外交や通商の担当部局も、官邸の覚えがめでたい農林水産大臣の提案にノーとは言えない。今回の和牛対策の背景は、このようなものだったのではないだろうか。