メディア掲載  エネルギー・環境  2020.04.01

テクノロジー・インクルーシブ・アプローチ:温暖化解決のためには、日米連携で「あらゆる技術の推進」を図れ

NPO法人 国際環境経済研究所HPに掲載(2020年3月17日)
 大幅なCO2の削減を実現するためにはイノベーション、すなわち、新技術の発明と、その大規模な普及の両方が欠かせない。だが現実には、優れた技術が存在するにも拘わらず、反対運動によってその普及が阻まれている。EU、特にドイツではこれが顕著であるが、幸いにして、米国は全技術を推進する超党派の機運がある。日本はこれに連携して、あらゆる技術の推進を図るTechnology Inclusive Approach を採り、国際的なリーダーになるべきだ。




 日本はイノベーションを地球温暖化問題解決のための中心手段に据えており、これは全く適切なことである注1) 。また、IPCCのシナリオ分析を見ても、あらゆる技術を動員することが、経済的・現実的な大幅CO2削減のために必須である、とされてきた注2)

 しかし、現実はどうか。IPCCでも特に注目されている技術として、太陽・風力発電以外に、①原子力、 ②CCS、③バイオエネルギーがある。このうち、原子力発電には反対運動が根強い。CCSについても、とくに近年になって、化石燃料を利用すること自体が「自然」ではない、という理由で反対運動が起きている。バイオエネルギーについても、土地を多く利用するので、生態系保全に悪影響がある、として反対運動がある。

 このような反対運動は一理ある場合もあるが、大半は感情的なものである。つまり運動家が「自然」だと思うものについては是であるが、そうでなければ否、というものである。この判断は主観的であり、合理的なリスク評価の視点が無い。現実にはどのような技術にも何等かのリスクがある。そして、その技術を使わなければ、別のリスクが生じる。そのようなリスクトレードオフを合理的に計算することが求められているのに、一部の運動家はその視点を欠いている。もともと大幅にCO2を減らすということは、既存の社会経済システムに大きく手を加えることだから、何らかのリスクが起きることは避けようがない。それを受容するつもりがないなら、CO2の排出をリスクとして受け入れるしかない。

 最も極端なのがドイツの政策だ。ドイツの方針は、脱石炭と脱原子力を同時に進める、というもので、これだけでも無謀だった。だがここに来て、風力発電についても風当りが強くなり、景観・騒音・野鳥被害のため陸上ではなく遠い洋上に設置する、という方向性だ注3) 。つまり陸上では禁止に近いニュアンスになった。送電線建設も反対運動に遭って進まない。CCSも禁止、バイオテクノロジーにも反対が根強い。これではロシアの天然ガスに頼るしかなくなるのだが、これはドイツのエネルギー安全保障を脆弱にするのみならず、地政学的に欧州におけるロシアの立場が強化されるという別の大きなリスクを背負うことになる。さらには天然ガスですら、CO2が出るからダメだという意見が出てきた。2050年ゼロエミッション宣言を本気で考えると勿論そういう論理的帰結になるのだが、これでは現実的な解が無い。

 だが米国は違うようだ。21世紀政策研究所の招聘で来日した、民主党政権に仕えCOPでの国際交渉経験もあるエリオット・デリンジャー氏と、意見交換をする機会があった(同研究所と有馬研究主幹の厚意に感謝する)。その際、今後の米国政治の担い手が共和党・民主党の何れになるにせよ、あらゆる技術を利用するという「technology inclusive」なアプローチを米国は採ることになる、という見通しを示した。

 氏の分析では、民主党内にはサンダース氏のような「反原発・2030年までに再生可能エネルギー100%」という極端な意見もあるが、これは少数意見である。多くの民主党候補者は、既存の原子力と、革新的な原子力技術の双方を推進する、としている(化石燃料利用については、補助金を無くす、という表現に留まっており、シェールガス開発・輸出も暗黙裡に認めている)。共和党も、ことイノベーションの推進に関しては、温暖化対策に前向きである。

 このように、イノベーションについては超党派のサポートがある。象徴的なのは、トランプ政権下において、大統領は温暖化対策の研究開発費を削減しようとしたにも拘わらず、議会は逆に増額したことだ。これによって、世界においてこれまでで最も先端的なCCSの導入補助プログラムが導入された注4)

 また米国ではバイオテクノロジーが発達している。すでに飼料用のトウモロコシ・大豆などはその殆どが遺伝子組み換え作物になっている。政治力も強い農家は主要な受益者であり、いまさらバイオテクノロジーを否定することはあり得ない状況になっている。そして日本ではまだ殆ど知られていないが、バイオテクノロジーは、じつは、温室効果ガスの大幅削減には最重要な技術である。これには2つ理由がある。第1は、それがエネルギーやプラスチック原料として有望であるところ、その生産性・加工性を飛躍的に高めるためには、遺伝子組み換え・遺伝子編集を含むバイオテクノロジーが要るためだ。第2に、温室効果ガス排出のじつに3分の1が人間の食料供給に付随するものであるところ、その排出量を大幅に減らすためにもバイオテクノロジーが必須なのだ。欧州の影響を受け、日本でも遺伝子組み換え技術への反対運動が根強いが、これは温暖化対策の主要な柱をみすみす潰すことになっている注5)

 米国でももちろんアンチテクノロジー的な反対運動はある。しかし、政策決定者のレベルにおいては、あらゆる技術を推進する必要があることは、よく理解されている、とデリンジャー氏は言う。対象的に、EUでは、「タクソノミー」等の方法で、どのような技術が環境に良いか悪いかという分類を行政が手掛ける傾向が強い。しかし、このようなやり方は米国にはなじまない、との分析だった。企業には情報公開を求めるが、政府が任意に技術を選ぶことはしないだろう、とのことだった。

 日本の環境運動はEUからの強い影響を受けて、アンチテクノロジー色が強くなっている。反原発、反バイオテクノロジー、反化石燃料、反、反、反、・・といった具合である。だがこれはドイツの轍を踏むことであり、そこに解は無い。既に確立している原子力発電とバイオテクノロジーの普及を図ることに加え、あらゆる技術の開発と普及を進める必要がある。

 デリンジャー氏は、仮にパリ協定に米国が戻る場合には、イノベーションを旗印にすることは間違いないだろう、と述べた。バイオテクノジーに関する態度が鮮明に分かれているのと同様、温暖化対策技術についても、米国は「あらゆる技術」を推進するTechnology Inclusiveアプローチであり、対してEUはアンチテクノロジー、という姿勢である。日本がどちらと連携すべきは自明であり、それは米国だろう。そしてこの連携は、日本国内にあるアンチテクノロジーの雰囲気を一変させるのに役立つだろう。米国もそれを歓迎するであろうし、日本も現実的な温暖化対策を出来るようになる。そして、その連携は、現実的な温暖化問題の解決のロールモデルとなって、世界にも福音をもたらすだろう。



注1) 日本がイノベーションを温暖化対策の中心に据えていることについては、例えば、政府資料 革新的環境イノベーション戦略

   https://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui048/siryo6-2.pdf

注2) IPCC 第五次評価報告書 第3部会報告 2014年 政策決定者向け要約

注3) 拙稿 https://www.canon-igs.org/article/20200210_6233.html

注4) 拙稿 https://www.canon-igs.org/article/20181016_5301.html

注5) バイオテクノロジーが世界で広く普及していること、および温暖化対策に寄与することについては以下の講演会の発表資料を参照

   https://www.canon-igs.org/event/report/20191209_6096.html