1 ドイツの風力発電はどうなるのか
ドイツは風力発電先進国であったが、ここに来て異変が生じている注1)。今年2019年の1月から6月までの間、僅か35基しか陸上に建設されなかったのだ。因みに国の目標達成のためには2030年までにあと1400基を建設する必要があるとされている注2)。
異変の最大の理由は、生態系影響、景観、騒音等の環境問題だ。特に最近では、羽根に当たり野鳥が多く死んでいることが重大な問題とされている注3)。理由は他にも、風力発電支援制度の変更、送電線建設の遅れなどもある。しかし、森林や野生生物についての環境保護規制が「風力発電計画にとっての絶対的な障害である」と風力発電事業者が述べるに至っている注4)。
そもそも、再生可能エネルギーが本当に環境に優しいどうか、という点については古くから異論があった。風力発電の場合、同じだけのエネルギーを生産するために必要な面積は火力発電や原子力発電よりもはるかに大きいから、自然生態系への介入の度合いもそれに比例して増える、という側面がある注5)。
風力発電が拡大してきたことで、かかる環境影響が顕在化してきた。どのようなエネルギー生産技術でも、それがスケールアップして、多くのエネルギーを生産するようになった時には、環境問題が顕在化する。風力発電は、はじめは小さな風車が2,3あるに過ぎず、牧歌的な雰囲気があった。しかしそれは、ごく僅かの電力しか生まないときに限られるものであった。
いまドイツでは洋上風力がブームになっているが、これはじつは陸上での行き詰まりの反映でもある注6)。
洋上に行くと、陸上に比べてかなりコストは割高になる注7)。一定のコストダウンは期待されるけれども、基礎工事などの土木工事費用が大きいというコスト構造であるために、大幅なコストダウンには限界があると思われる。また、同じ洋上であっても、環境問題への配慮によって、陸から更に遠く、更に深い場所への立地が求められる、という傾向があり、これは継続的なコストアップ要因になる。浮体式の洋上風力では更にコストが高くなる。
それに、洋上風力も、今後環境問題によって建設が進まなくなる可能性がある。浅い海は、魚も多く、それを餌とする鳥も多い、豊かな生態系である。まだ研究が進んでいないから生態系への影響が解っていないだけで、今後、急速に研究が進むにつれて、そう遠くない将来に環境問題が重要視されることは十分に予想される注8)。
風力発電は、今後どうなるのだろうか? ドイツでこれだけ環境問題がこじれてしまうと、陸上で復権することは難しく思える。洋上も同様になる可能性がある。欧州では今後、風力発電は殆ど進まなくなるのかもしれない。
2 研究者のための追記: ネガティブ・ラーニング(負の学習)
以上で説明した環境コストの増加は、風力発電に特異なことではない。理論的に整理しておこう。
通常、技術は進歩して、出力・環境性能・安全性能などの仕様を一定にするならば、コストは低下する。例えば太陽電池について、横軸に時間をとり、縦軸に発電単価(円/kWh)を取ると、右下がりの曲線が得られる。このような曲線を、コストの学習曲線と呼ぶ。なお、軸の取り方には様々な変化形がある。例えば横軸は累積の生産量(kW)でもよい。縦軸は設備費用(円/kW)でもよい(図1)注9)。
学習曲線に沿ったコスト低減はあらゆる技術で普遍的に見られる。根本的な理由は、技術進歩が不可逆だからだ。例えば研究開発によって新しい製造方法が開発されたり、工場での経験を通じて生産工程が改善されることで、コストが低下する。また設備が大型化したり、大量生産が行われることでもコストが低下する。
その中にあって、原子力発電についてはいくつかの国で時間とともに設備費用が高くなるという逆転現象が観察されて、これはネガティブ・ラーニング(負の学習)と名付けられた。これは安全規制が強化され、対策の費用が嵩むようになったためである注10)。
これを指して、IPCCなどの国際的な場において、原子力発電だけが特異な技術であるかのような主張がなされることがままある注11)。(なおネガティブという言葉には、単純な数学的な意味での負という意味合いと、道徳的に「悪い」という意味合いがある。原子力についてネガティブ・ラーニングを強調する論者は、暗に原子力を悪いものと仄めかしている)。
しかし、風力発電について起きていることもまさに同じ構造であり、このネガティブ・ラーニングは普遍的な現象であることが解る。
より一般的に言えば、どのような発電技術であれ、技術進歩は不可逆なので、基本的にはコストは時間とともに下がる。しかし、大規模に普及してゆくにつれて、環境問題や安全問題が顕在化してゆき、対策が求められるので、これはコスト増の要因となる。その結果、図2のようにコストが増加に転じることがある。また、そこまで行かなくても、図3のようにコストの低減が進まなくなることがある。
例えば、
・火力発電は、出力や環境性能の仕様を一定にすればコストは低下し続けてきた。しかし、公害対策が求められるようになったために、排煙処理設備などの付帯設備が設置されるようになり、これはコスト増要因となっている。
・水力発電の技術自体は古くに成熟したが、その後退歩した訳ではもちろん無い。しかし、開発途上国における水力発電は、大型のダム式の方がコスト的には有利である場合でも、環境問題があるとされて、小規模でダムを伴わない水力発電が建設されるようになっている。これもコスト増加を招いている。
そして、風力発電については、これまでは環境問題はそれほど大きな問題とはならず、羽根を大型化すること等によってコストは低減してきた。しかし、いまドイツでは環境問題が顕在化しつつあり、どうやら陸上ではこのコストが禁止的に高くなったようだ。このため、風力発電は洋上に移行し、これがコスト増要因となっている。今後は、さらに深く遠い場所への立地が求められ、最悪の場合は禁止されてしまうかもしれない。
風力発電は「ネガティブ・ラーニング」の試練を乗り越えられるだろうか?
<脚注>
注1) 風力発電、曲がり角に=建設激減、関連企業破綻も-ドイツ、時事通信、2019年06月24日
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019062200160&g=int
注2) GERMAN WIND LOBBY DEMANDS ENDANGERED SPECIES PROTECTION TO BE WATERED DOWN、Global Warming Policy Foundation
https://www.thegwpf.com/german-wind-lobby-demands-endangered-species-protection-to-be-watered-down/
注3) 風力発電の環境影響について批判的にまとめたものとして、THE IMPACT OF WIND ENERGY ON WILDLIFE AND THE ENVIRONMENT: Papers from the Berlin Seminar、Edited by Dr Benny Peiser、Global Warming Policy Foundation
https://www.thegwpf.org/content/uploads/2019/07/wind-impact-1.pdf
注4) 前注2を参照。
注5) 再生可能エネルギーの環境影響について批判的にまとめたものとして
GREEN KILLING MACHINES: The impact of renewable energy on wildlife and nature、
Andrew Montford、Global Warming Policy Foundation
https://www.thegwpf.org/content/uploads/2019/07/GreenKillingMachines.pdf
注6) ドイツにおける洋上風力開発の経緯と計画については、三好 範英、建設進む洋上風力発電所 国際環境経済研究所
http://ieei.or.jp/2017/07/special201704004/
注7) 欧州における洋上風力発電の動向およびコストについての分析は、欧州洋上風力発電の現況 株式会社 三井住友銀行 2018年11月
https://www.smbc.co.jp/hojin/report/investigationlecture/resources/pdf/3_00_CRSDReport075.pdf
注8) 前注2及び5を参照。この他、風力発電は地上付近の風速を弱め、空気の上下方向を混合が妨げるので、地上付近の気温を最大で0.6度程度高めるという効果も指摘されている。
Lee Miller and David Keith. 10/4/2018. "Climatic Impacts of Wind Power." Joule, 2
https://keith.seas.harvard.edu/files/tkg/files/climatic_impacts_of_wind_power.pdf
直観的に言えば、ビルが林立する東京で潮風が遮られ、ヒートアイランドが起きているのと類似の現象である。
注9) 学習曲線に沿ってコスト低下する現象はエネルギー技術について幅広く知られている。例えばGrubler, A., F. Aguayo, K. Gallagher, M. Hekkert, K. Jiang, L. Mytelka, L. Neij, G. Nemet and C. Wilson, 2012: Chapter 24 - Policies for the Energy Technology Innovation System (ETIS). In Global Energy Assessment - Toward a Sustainable Future, Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA and the International Institute for Applied Systems Analysis, Laxenburg, Austria, pp. 1665-1744.
https://www.iiasa.ac.at/web/home/research/Flagship-Projects/Global-Energy-Assessment/GEA_Chapter24_ETIS_hires.pdf
注10) Lovering, J. R., Yip, A., & Nordhaus, T. (2016). Historical construction costs of global nuclear power reactors. Energy Policy, 91, 371-382.
https://doi.org/10.1016/J.ENPOL.2016.01.011
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0301421516300106
注11) 原子力についてネガティブラーニングという概念を広めた論文としてGrubler, A. (2010). The costs of the French nuclear scale-up: A case of negative learning by doing. Energy Policy, 38(9), 5174-5188.
https://doi.org/10.1016/j.enpol.2010.05.003