CIGS中国研究センター

現地報道からの情報
ベネズエラ事件を利用する中国の対台湾情報操作:5.5時間で“現地化”されるナラティブ (2026年1月)

米国が1月3日にベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領を逮捕した事件をめぐり、台湾では特定の有名政治評論家11人が一斉に判断や予測を誤る、いわゆる「集団的誤判断(集体翻車)」現象が現れた。なぜ特定のメディアグループ、政治評論家、討論番組、さらにはソーシャルメディアのプラットフォームが、ほぼ同時に同一のナラティブを流布するのか。この点について、台湾の国家安全部門の報告書が、その背景を明らかにしている。

報告書によると、中国は近年、米国とベネズエラの対立を題材に、台湾に対する情報操作のテーマとして利用してきた。2025年10月以降、中国のネットメディアは偽情報を作成し、最短で5.5時間以内に「ナラティブ・ランドリー(Narrative Laundry)」と呼ばれる手法を通じて、台湾の特定の政治評論家や政治討論番組の議題や分析内容へと変換しているという。

国家安全部門は、公開情報の分析および友好国との情報共有を通じて、その背後に高度に組織化された情報伝播チェーンが存在し、中国に有利な視点や虚偽のナラティブが台湾社会に流入している実態を確認したとしている。

報告書は、軍事分野に関する偽情報の伝播チェーンを具体例として挙げている。その起点は、中国の官製メディアである。まず官製メディアが軍事関連の虚偽情報について「定調」、すなわちナラティブの方向性を設定し、これを発信する。次に、その内容は官製メディア自身、あるいは微博(Weibo)の公式アカウント「玉淵潭天」や「中国軍網」、さらにFacebookのファンページ「看台海」「海峡両岸」「紅星新聞」「牛弾琴」などを通じて、徐々に整理・誇張され、より扇情的な形に加工されて拡散される。

最終段階では、台湾で「十一傻」(11人の愚か者)と揶揄される一部の政治評論家や政治討論番組によって、いわば「現地化」された形で再拡散される。番組放送後には、特定のメディアグループのニュースとしても取り上げられ、こうした「赤いナラティブ」は、十分な取材・編集・基本的な事実確認を経ないまま、より高い浸透率と伝播力を獲得していく。

例えば、米軍がベネズエラの麻薬輸送船を撃沈した事件では、新華社系の中国ネットメディア「牛弾琴」が、米国の行動に対して「無差別殺害」「法外処刑」といった強いレッテルをいち早く貼った。これらの投稿は、わずか5.5時間以内に台湾の政治討論番組で取り上げられ、番組内では複数の政治評論家が、中国側のナラティブと極めて近い論調で、米国を「戦争犯罪に違反している」「小国をいじめている」と一斉に非難した。その後、複数の特定テレビ局やソーシャルメディア番組が相次いで追随した。

報告書は、別の事例として、米軍が1月7日にベネズエラ関連のタンカー「ベラ1号」を拿捕した事件も挙げている。この際、中国メディアは、タンカーが「75回の救難信号を発していた」と強調し、「救助を求める船を米軍が拿捕した」という構図を作ることで、米軍の行動を「海賊行為」のように描写した。これに対し、台湾のある番組も最短時間で追随し、特定の政治評論家はさらに「米軍特殊部隊は能力不足である」とする論調まで持ち込んだ。

注目すべきことに、これらベネズエラ関連の情報操作と流通は、実際の事件発生以前、すでに2025年10月から始まっていた。視聴率至上主義のメディアが、事件発生の約3か月前から、台湾社会では関心の低い題材をあえて選び、しかも北京と同一のナラティブで発信していた理由は何なのか、という疑問が浮かび上がる。

国家安全部門は、こうした手法が、欧州対外行動局(EEAS)が定義する「ナラティブ・ランドリー」と完全に一致すると分析している。すなわち、外部勢力が政治目的を帯びた宣伝に中間者を介して流通させ、それを台湾現地の視点であるかのように偽装し、扇動的な言語フレームを用いて発信する手法である。その結果、視聴者は知らぬ間に、意図的に歪められた情報を受け入れてしまう。

国家安全関係者は、これらのナラティブは厳密な意味でのニュースではなく、一見ニュースの形式を取ってはいるものの、実際には精密に設計された「認知ナラティブ操作」であると指摘する。その目的は、レッテル貼りを通じて反米感情や反民主主義的感情を煽り、台湾の政治評論家という「保証」を利用して、中国由来の宣伝を台湾の言論空間に定着させることにあるという。

さらに、中国側は台湾の政治討論番組やニュース内容を再編集し、自国のニュースやソーシャルメディア素材として再利用することも可能になる。これにより、中国国内社会における台湾認識を意図的に歪めると同時に、その情報が再び台湾の世論空間へと還流する構造が形成されている。

国家安全関係者は、このような情報伝播パターンは、中国の無制限ともいえる統一戦線資源を背景としており、台湾および国際的な民主社会に深刻な挑戦を突きつけていると警鐘を鳴らす。台湾の政治評論家が、意図的であるか否かを問わず、検証不十分な中国発の情報操作ナラティブを大量に引用する行為は、従来のニュースにおけるファクトチェックの仕組みを巧妙に回避する結果を生んでいる。

また、台湾社会が長期にわたり、こうした疑わしい政治討論番組やニュースに接し続けた場合、国際情勢や自由・民主主義に関わる課題および価値観について、深刻な誤判断を招くおそれがあると指摘する。軽度であれば社会内部の分断を拡大させ、深刻な場合には国家安全そのものに重大な影響を及ぼしかねないという。

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