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現地報道からの情報
国境なき記者団(RSF)が中国企業「無邊界」を追跡 健康情報に潜む認知戦(2026年4月)

「国境なき記者団(RSF)」が、趣味や健康情報を発信する一見無害なFacebookページが、中国政府の政治的ナラティブを巧妙に織り交ぜながら、台湾世論への影響を与えている実態を調査、公表した。調査によれば、これらのページの運営に関与しているのは、中国のデジタルPR企業「無邊界」である。同社は娯楽コンテンツや偽情報、政治的メッセージを組み合わせ、利用者に気づかれにくい形で認知戦を展開しているという。

Facebookページ「50+健康人生」は、一見すると高齢者向けに健康や養生法を紹介する、ごく一般的なライフスタイル系ページである。台湾で一般的に用いられる繁体字中国語を使用しており、政治色はほとんど見受けられない。しかし2026年3月、米国がイスラエルによるイランへの軍事行動を支援した後、このページは「イランは米国に軍事的勝利を収める必要はなく、米国に痛みを与えるだけで十分だ」とする長文を掲載した。その内容は、中国国営メディアが発信していた論調と極めて近いものだった。投稿はその後削除されている。

「50+健康人生」は、生活情報を扱うページから突如として政治的発信に転じた唯一の事例ではない。台湾総統選挙が行われた2024年には、政治とは無関係だった複数のSNSアカウントが、相次いで政治情報の発信源へと変貌した。健康情報や趣味、人生訓など日常生活をテーマとしていたFacebookページが、選挙期間中になると突然、政治的な投稿を相次いで掲載し始めたのである。

台湾では、有名人の話題やアニメ、漫画、生活情報などを扱うFacebookページは、多くの利用者にとって日常的な情報源となっている。DataReportalがMetaの広告データを基にまとめた統計によれば、2025年末時点で、人口約2300万人の台湾には約1730万人のFacebook利用者が存在していた。

RSFの調査では、中国のデジタルPR企業「無邊界」が、こうした数百に及ぶFacebookページを管理していると指摘されている。同社は通常、健康や生活情報など政治色の薄いコンテンツを継続的に発信する一方、政治情勢が緊迫したタイミングになると、中国政府のナラティブを盛り込んだ投稿を断続的に配信し、台湾社会の政策や政府への不信感を喚起しようとしているという。

政治的な投稿は短期間だけ掲載され、その後は再び健康情報や趣味、生活情報など通常のコンテンツ配信へ戻る。このような運営手法によって、利用者は政治的な影響工作に気づきにくくなり、ページ全体に対する警戒心も薄れやすいと分析されている。

「無邊界」の本社は、河北省秦皇島市に置かれている。秦皇島は近年、経済成長の停滞が続く港湾都市として知られる。中国国内ではFacebookへのアクセスが制限されており、台湾とも地理的に隔たっているにもかかわらず、同社は長年にわたり、政治色をほとんど感じさせないFacebookページを通じて台湾社会への影響力拡大を図ってきたとされる。

代表的な事例の一つが、Facebookページ「経典語録」である。同ページは当初、人生哲学や名言を紹介する一般的なライフスタイル系ページだった。しかし2024年台湾総統選挙を前に、その内容は徐々に政治色を強め、中国が好意的な姿勢を示していた郭台銘氏を支持する内容へと変化していった。2023年7月にはページ名を「郭台銘経典語録」に変更しており、ちょうど郭氏が総統選への出馬を模索していた時期と重なっている。

もっとも、このページが郭台銘氏本人や陣営と直接関係していたことを示す証拠は確認されていない。一方で、ページ管理者として表示されていた「秦皇島萊秀文化伝媒有限公司」は、「無邊界」と同じ住所で登記されており、企業サイトの内容も極めて類似していることが確認されている。このことから、「経典語録」は選挙期間中に親中派のナラティブを拡散するための情報発信拠点として利用されていた可能性がある。

「無邊界」による台湾への影響工作は、選挙後も継続していたとみられる。2025年9月には、Meta傘下のSNS「Threads」で、「台北MRTで倒れた子どもを誰も助けようとしなかった」とする投稿が大きな注目を集めた。しかし台湾当局がファクトチェックを実施した結果、投稿に使用された写真は台北ではなく、中国・杭州の地下鉄駅で撮影されたものだったことが判明した。

その後、複数のThreadsアカウントを調査した政治学者で、米ネバダ大学ラスベガス校の王宏恩教授は、この投稿を拡散したアカウントの一部が「無邊界」の運営ネットワークと関係しているとの分析結果を公表した。

台湾政府も「無邊界」の活動を継続的に監視している。台湾国家安全局が公表した「2025年中共対台認知作戦操作手法分析」では、「無邊界」は中国による対台湾認知戦に協力する民間組織の一つとして位置付けられている。

同報告によると、「無邊界」はFacebook、Threads、Xなど複数のSNS上で多数のアカウントを運営し、健康情報やライフスタイル、娯楽といった非政治的なテーマを継続的に発信する一方、政治的に重要な局面では、中国政府の立場に沿ったコンテンツを断続的に投稿しているという。

台湾国家安全局は、この手法を「二段階型」の情報拡散戦略と分析している。まず政治とは無関係なコンテンツでフォロワーを増やし、ページの信頼性や影響力を高めた上で、適切なタイミングで政治的メッセージを配信し、利用者の認識や世論に影響を与えるというものである。

「無邊界」の活動は、政治的メッセージの発信にとどまらない。同社が運営するFacebookページには一定の共通した運営手法が見られる。例えば、投稿のコメント欄にコンテンツファームへのリンクを掲載し、利用者を自社が運営するコンテンツサイトやネット小説プラットフォームへ誘導するほか、性機能障害の治療薬の広告ページへ誘導するケースも確認されている。

こうしたコンテンツファームにおいて、「無邊界」は自らを「ニュースメディア」と位置付けている。広告主向けの資料で同社は、世界規模のメディアネットワークを通じて多くの利用者の関心や反応を引き出し、社会的な影響力を伴う情報拡散が可能だと説明している。

また、同社CEOの出身校である燕山大学に掲載された企業紹介によれば、「無邊界」には163人の編集スタッフが在籍し、761のFacebookページを運営しているほか、総計約6100万人のフォロワーにリーチできるとしている。さらに、約460の提携ページも管理し、追加で約4600万人の利用者への情報発信が可能だという。調査では、同社が運営するFacebookページには、中国語、日本語、英語など複数の言語によるコンテンツが含まれていることも確認されている。

「無邊界」の事業モデルは、以前から台湾でも注目されていた。台湾の経済誌『今周刊』は2018年、同社(当時の社名は「無為科技」)が「副収入が得られる」と宣伝して台湾のブロガーを募集し、生活情報を中心とした記事の執筆を依頼していたと報じた。

その後、同社はコンテンツファーム事業へ本格的に進出し、クリックを誘う見出しや閲覧数を稼ぎやすい記事を大量に制作するとともに、本文中にテーマとは無関係なリンクを埋め込み、Facebookページから自社サイトへの流入を促進する手法を確立した。こうした仕組みによって閲覧数やリアクションを増やし、広告収益を拡大してきたとみられる。

さらに、「無邊界」はソフトポルノを扱うFacebookページを利用してED治療薬の販売を宣伝していたことも確認されており、その事業はコンテンツ制作にとどまらず、広告や電子商取引へも広がっていることがうかがえる。

王宏恩教授は、「無邊界」は中国政府と何らかの関係を有している可能性が高いとの見方を示している。「中国では、政府との一定の関係がなければ、このようなコンテンツや医薬品広告を長期間にわたって運営し続けることは極めて難しい。私は『無邊界』が少なくとも中国当局と何らかの暗黙の了解を持っていると考えている」と王教授は指摘する。

同社と政府との近さは、公的機関との交流からもうかがえる。2020年6月、中国国営メディアの秦皇島広播電視台は、「無邊界」と戦略的パートナーシップを締結したと発表した。地方国営メディアが民間のデジタルマーケティング企業とこのような協力関係を公表する例は多くない。さらにその約4か月後には、河北省党委員会宣伝部やインターネット管理当局(網信部門)の関係者が同社を訪問したことも明らかになっている。

中国企業情報プラットフォーム「愛企査」によれば、「無邊界」は2014年の設立当初、登録資本金10万人民元のスタートアップ企業だったが、その後、登録資本金1000万人民元規模の企業グループへと成長した。同社は複数の関連会社を設立したほか、台湾・新北市にも小売業として法人登録を行っている。(ただし、RSFの調査では、登録住所は実際の運営事業拠点ではなくビジネスセンターだった。)

同社の求人情報によると、「無邊界」は「セルフメディア編集者」を継続的に募集しており、業務内容はユーザーデータの分析、トレンドの把握、話題性の高いコンテンツ制作などである。給与は月額3000~6000人民元とされ、秦皇島における一般的な新卒初任給とほぼ同水準だ。近年は日本語および英語人材の募集も始めており、事業対象を海外市場へ拡大しようとしていることがうかがえる。

もっとも、「無邊界」は中国による対外情報工作を担う唯一の組織ではない。近年、Metaは「協調的な偽装行為(Coordinated Inauthentic Behavior)」対策を強化しており、中国を発信源とする複数の影響力工作ネットワークを相次いで摘発・削除している。

Metaが2026年3月に公表した最新の脅威レポートによると、中国政府寄りのナラティブを拡散しながら台湾与党への攻撃を行い、台湾社会の対立や分断をあおっていたソーシャルメディア・ネットワークが摘発・削除された。同ネットワークは、台湾人を装ったアカウントやAI生成のプロフィール画像を使用するなど、あたかも台湾国内から発信されているように装っていたが、Metaの分析では、その活動実態は中国に由来するものだったという。また、このネットワークは影響力の拡大を目的として、約1万5000ドル相当の広告をFacebookとInstagramに出稿していたことも確認された。

RSFの調査では、「無邊界」が運営するFacebookページの多くはMetaによる大規模な削除を免れたか、あるいは削除後に短期間で再構築された可能性があると指摘している。

中国による情報工作を長年注視している王興煥・台湾基進党主席は、台湾政府に対し、中国発のオンライン世論操作への対策を一層強化するよう求めている。王主席は、「中国は必ずしも明確な政治メッセージを浸透させようとしていない。偽情報工作の本当の目的は社会に混乱を生み出すことであり、最終的には政府やメディアを含むあらゆる公的機関への信頼を失わせることにある」と指摘する。

また、匿名を条件に取材に応じた台湾の情報安全保障当局関係者も、中国による認知戦はすでに台湾社会に一定の影響を及ぼしているとの認識を示した。同関係者は、「中国の偽情報工作は、一部の人々に『民主主義は混乱を招くものだ』という印象を植え付けようとしている。その結果、権威主義体制を現実的な代替案として受け入れさせることが最終的な狙いだ」と分析する。

さらに、このような影響工作は、健康情報や娯楽コンテンツなど日常生活に密着した情報空間へ巧妙に溶け込むことで、従来の監視手法では把握が難しい規模へと拡大しているという。「私たちが目の当たりにしているのは、より巧妙で秘匿性が高く、追跡が難しい新たなプロパガンダの形態だ。一見すると政治とは無関係なSNSアカウントであっても、実際には中国政府と密接な関係を持つ民間企業によって運営されている。そして必要なタイミングになれば、それらのアカウントは世論形成に影響を及ぼす道具へと変わる。国家機関が前面に立つ従来型の宣伝活動とは異なり、このように日常的な情報発信の中へ断続的に政治的メッセージを織り交ぜる分散型の影響工作は、利用者に気づかれにくく、対策もはるかに困難である。」

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