CIGS中国研究センター

担当者のつぶやきとは

日々、中国の情報に接している中で、ふと気になった、何かが変だと感じた、驚いた、納得した・・・言わずにいられなかった様々な思いを率直につぶやいていきます。​

2025年11月18日

10月下旬、国民党主席選挙が行われた後、長年にわたり台湾政治や選挙を研究してきた小笠原欣幸教授が、鄭麗文氏の主席当選についての分析を発表した。文章内容が歪曲されることを防ぐため、教授は日本語原文だけでなく中国語訳も同時に公開した。しかし、台湾メディアの中国時報がこの分析を引用した際、本文の多くを改ざんし、原文には存在しない評論まで付け加えた。小笠原教授は、これは単純な誤訳ではなく意図的な歪曲だと判断し、中国時報に訂正を求めた。

中国時報は旺旺グループに併合されて以降、長年「親中メディア」と見なされていて、国台弁が報道内容をコントロールしている、さらには社説掲載前に中国側の審査を受ける必要があるという報道さえ存在する。また、台湾のもう一つの主要メディアである聯合報も、かつて「南シナ海工作会議記録」と呼ばれる、台湾政府とアメリカ政府が化学兵器を共同研究していたという捏造報道を出したことがある。

多くの人は、これらは台湾内部のフェイクニュース事件にすぎず、中国の認知戦とは関係ないと思うかもしれない。しかし、実際には中国の認知戦手法の進化と密接に関わっている。中国の対台認知戦が初めて台湾社会に大きな衝撃を与えた「関西空港事件」では、「中国がバスを派遣して関西空港の旅行客を救出した。中国人として自認すれば台湾人でも乗車できる」という完全な虚偽情報が、Weiboアカウント「洪水猛獣baby」によって捏造された。この単純な偽情報が台湾に莫大な影響を及ぼし、駐大阪の台湾外交官の自殺、さらには民進党の2018年地方選挙での惨敗を招いたとも指摘されている。これは中国の対台認知戦の最も成功した例といえる。しかしその後、中国の認知戦手法はより複雑化し、真偽の判別が難しくなっていった。

例えばコロナ禍の期間、中国はワクチンや感染対策に関する大量の偽情報を用いて台湾に対して認知戦を仕掛けた。関西空港事件のような単純な偽情報とは異なり、これらは明らかに精密さが増している。完全な捏造だと判断しやすい偽情報(例:「台湾では遺体が山積みになっている」)だけでなく、真実の情報に偽情報を混ぜて加工したものも多く見られた。パンデミック初期には、台湾のワクチン不足をめぐる問題が中国によって脱文脈化され、ワクチン不足の背景にある中国の国際的圧力を無視し、あたかも台湾政府が特定企業に利益を与えるため、あるいは国民の健康を軽視したかのように歪曲された。また偽情報の流布方法も進化し、中国内部で捏造した内容を直接台湾に流すだけでなく、台湾の政治家や有名人の発言を引用して揚げ足を取ったり誇張したりする手法、さらには小笠原教授のケースのように、台湾で信頼されている専門家の名義を利用して虚偽情報を拡散し、信憑性を高める手法も用いられている。

さらに台湾社会には、中国に対する警戒心が比較的弱い群体も存在する。これらの人々は、偽情報を目にすると自らの政治的・経済的利益のために政府攻撃の材料として利用する。しかし、中国側はその動きを逆手に取り、これらの台湾内部の言論を再び引用して自らの認知戦の素材として用いる。このようにして、偽情報が台湾社会内部で循環し続ける閉鎖的サイクルが形成され、同じ偽情報が何度でも台湾に影響を与える構造が生まれている。

最近でも、CNNによる台湾外交に関する報道、副総統・蕭美琴氏のヨーロッパ訪問などの事例において、前述と同様の操作手法が確認できる。中国の認知戦技術が高度化するにつれ、偽情報はますます判別が困難になっている。こうした状況にどう対応すべきかは、現在最も重要な課題である。しかし、一般市民のメディアリテラシー向上以外に具体的な解決策が何かあるのか、筆者自身もまだ明確な答えを見いだせていない。(W)

2025年11月12日

中国への旅行招待・中国のプロパガンダ協力

近年、館長や鍾明軒などの台湾のインフルエンサーが中国を訪問し、交流活動を行っている。彼らは「両岸一家親(中台は家族)」という理念や、中国の現代化の進展を称賛する内容を発信しており、その背後には一定の意図がうかがえる。これらのインフルエンサーに共通するのは、蔡英文政権期において民進党政権の政策を支持し、本土派への共感や民進党支持を公に表明した経緯がある点である。筆者は2025年7月、上海国際問題研究院および中国社会科学院の学者らと交流したが、その際、彼らも館長や鍾明軒らの行動を肯定的に評価していた。

また、館長が中国滞在中に行ったライブ配信の様子を見ると、撮影が制限されている場所での配信が可能であったことや、中国政府関係者および旺旺中時メディアグループ(親中派の台湾メディア)の記者が同行していたことなどから、中国政府が少なくとも黙認し、場合によっては積極的に支援していた可能性があると考えられる。
このことから、館長自身が中国政府の協力者として直接的に行動していなかったとしても、結果的に「統一戦線」のモデルケースとなったといえよう。

一方、2024年には、多くの台湾のインフルエンサー、たとえばYouTuberの「寒国人」や、実践大学教授の頼岳謙、中天テレビのアナウンサーである周玉琴などが、ほぼ同時期に新疆を訪問し、現地の様子を撮影した。アジア・ファクトチェック実験室によると、彼らの動画には共通したナラティブが見られるという。それは、①新疆には収容所が存在しない、②ウイグル語は消滅していない、③モスクは破壊されていない、④台湾政府は中国への渡航警報を出しているが、現地は平和で繁栄している――という四つの主張である。現時点で、これらの活動の背後に中国政府の統一戦線工作があるという直接的な証拠はない。しかし、彼らの発言内容がしばしば中国の官製メディアや政府系アカウントによって引用・拡散されている点からも、中国政府が少なくとも肯定的な態度を示していることは明らかである。また、一般に「親中派」と見なされる人物以外にも、普段は政治的発言を行わないインフルエンサーたちが同様の言動を示していることも注目に値する。

さらに、中国旅行をめぐる議論において、台湾の学生を対象とした「中国交流・訪問団」の存在も無視できない。中国側はしばしば市場価格を大きく下回る費用で、特に大学生を対象に中国旅行を促している。その背後には明確な政治的意図がある。実際、これらのツアーでは必ずといってよいほど政治教育や歴史観に関する講義が組み込まれており、台湾の若者の思想形成に一定の影響を与えていると考えられる。統計的なデータは存在しないものの、中国の目的が若者の認知に影響を与え、最終的に統一を推進することにあるのは明白である。

では、これらの統一戦線的手法は新しい現象なのだろうか。筆者の見解では、むしろ歴史の繰り返しである。中国は過去の経験を踏まえ、同様の手段を用いて政治目標の達成を図っている。たとえば、国共内戦期の北平(現・北京)では、共産党が高校生や大学生を対象とした視察団を組織し、張垣(現・河北省張家口)の「解放区」への訪問を通じて政治教育や体力訓練を実施した。こうした活動を通じて、協力的な学生を発掘し、党への参加や協力を促していたのである。このことからも分かるように、この約百年間、中国(共産党)は一貫して同様の方法で統一戦線活動と認知戦を展開してきた。しかし、台湾側を含む自由民主社会は、長年にわたって体系的な対抗策を十分に構築できていない。

権威主義体制にとって、自由民主社会に生きる人々がその価値観や論理を基準に相手を理解しようとすることは、むしろ弱点をさらけ出す行為となる。権威主義国家はその隙を巧みに利用する。我々自由民主社会は、もはや安易な楽観を捨て、真剣に対抗策を考えなければ、現在享受している自由な生活を維持することは難しくなるだろう。(W)

2025年11月05日

最近、中国国台弁が2016年から閉鎖していたFacebookのアカウントを復活させて、本格的に再始動させた。その目的は、正式に、最も台湾人が使っているソーシャルメディアを通じてプロパガンダ活動を行うことのようだ。

この件に対して、台湾の大陸委員会副主任委員兼スポークスマンの梁文傑氏は、「中国はFacebookでプロパガンダができるが、我々は中国のプラットフォームを利用できない。例えばWeiboなど。これは、どこに言論の自由があるのかを示している」とコメントした。一方で、梁氏は「Meta社はこの件をどう見ているのか」とも疑問を呈した。

これを見ると、台湾では、言論の自由(特にネット上では)は、ソーシャルメディアプラットフォームの所有企業によって管理されており、過激な事件が起きたときや捜査対象となったとき(例えば、台湾のインフルエンサーである館長による頼清徳首斬り発言事件)以外は、政府機関が言論の自由の議題にあまり関与しないように見える。

筆者は、このような現象を見ると、国共内戦時代の中国の状況を思い出す。当時、中国(中華民国)は主に国統区(国民党政府統治区)と紅区(匪区、解放区)に分かれていた。紅区、すなわち共産党統治区では、国統区の新聞や雑誌などは一切流通しなかった。反対に、国統区では、ある程度の言論の自由があったため、紅区からの新聞や雑誌の多くが流入していた。

当時インターネットはなかったが、共産党はさまざまな情報流通手段をうまく利用して、プロパガンダや偽情報の流布を行っていた。共産党は地下党員や工作員、スパイを派遣し、現地住民を吸収して活動させる形で、新聞や雑誌を発行したり、読書会などのイベントを開催したりして、一方で国統区の住民の支持を集め、他方で偽情報によって人々を洗脳し、いわゆる「認知戦」の手法で政権を奪おうとした。

その結果、当時、多くの知識人が共産党のプロパガンダを信じたり、偽情報に騙されたりして、共産党を支持するようになった。そのおかげで共産党のネットワークは次第に拡大し、直接的あるいは間接的に国民党の統治に影響を与えた。最終的に、国民党は内戦に敗れて台湾へと撤退した。

この歴史的な出来事と、現在中国が台湾に対して行っている作戦を重ねてみると、その流れはけっこう似ているように思える。簡単に言えば、認知戦とは「民主的な手段で民主主義を破壊すること」である。そして、道徳的・法的な制限があるため、民主社会が権威主義社会に対して認知戦の面で対抗するのは、あまりにも難しい。これは、今すぐにでも解決しなければならない問題だと思う。(W)

参考情報

2025年10月30日

会議から3日たつが中国・ASEAN首脳会議の共同声明や議長声明などが1本も出てこない。何か揉めているのかすり合わせをしているのだろうか。
ちなみに、ASEANは米国、日本、豪州、インドなどとの間では何らかの共同声明を直後に出しているから、ASEAN全体の方針ではないはずだ。やはり中国との間で何かが起きている可能性があるかもしれない(H)

2025年10月28日

中国・ASEAN首脳会議で李強が見せた歴史観が特殊だ。「世界反ファシズム戦争の勝利から今年で80年になる。あの戦争において、中国と東南アジア諸国は互いに支え合い、肩を並べて戦い、最終的に独立と解放を勝ち取った。」そんな史実、あったっけ?また一つ、クリエイティブなナラティブが生まれたか。(H)

2025年10月22日

9月と10月に12名の解放軍高官の失脚が明らかとなった。9月の発表と10月の発表では武警司令の王春寧上将の発表が重複しているため、9名の上将(うち8名は中央委員)と3名の中将が失脚した。9名の上将のうち何宏軍(中央軍事委員会政治工作部常務副主任)を除く8名の上将は何らかの形で南京軍区/東部戦区での勤務経験がある。このうち、何東衛(中央軍事委員会副主席)、苗華(中央軍事委員会政治工作部主任)ら5名は習近平との関係が深いとされる旧第31集団軍での勤務経験がある。また、9月に失脚した3名の中将も何、苗と関係が深い。9名の上将はいずれも習近平が抜擢し、重用してきた将官たちであり、単なる反腐敗闘争ではなく、習近平の軍掌握に大きな影響を与えるものである。また、何衛東、林向陽(東部戦区司令員)、王厚斌(ロケット軍司令員)は台湾を睨んだ人事であったことから、今後のプロセスに少なからず影響を与えるだろう。
また、戦勝80周年記念パレードでは閲兵総指揮が、慣例である中部戦区司令官ではなく、中部戦区空軍司令の韓勝延が務めた。人民日報は従来のパレードでは総指揮を明示していたが、今回については省略していたことから、本来あるべき状況でなかったことが推測される。中部戦区司令の王強、政治委員の徐徳清は、7月末の建軍記念の「八一」招待会を欠席しており、中部戦区の代表者も不在であった。また、欠席者と失脚者の高い相関性を考えると、失脚者は今後も出てくる可能性がある。
その他、習近平肝いりで実施したチベット、新疆訪問では、陸軍総部直轄の西蔵軍区司令員が接見式を欠席し、同じく陸軍総部直轄の新疆軍区では司令員と政治委員の両方が欠席した。
以上の動向を踏まえると、軍内には何らかの抗争が生じており、習近平は事後的に対処を迫られているように見える。軍の掌握に不安があるというほどではないにせよ、盤石とは言い難い局面に差し掛かっていると見るべきか。

2025年07月16日

トランプ政権の多国間主義離れは、本当に中国に勢力拡大の絶好のチャンスを与えているなあ。中東への武力介入や関税政策など米国側につけこまれる隙が多すぎる。文面だけ読めば、正直、中国が主導する多国間枠組みや「国際社会」の声の方が正しいことを言っているように響く。SCOやBRICS加盟国に対して、トランプは例によって関税一本鎗の対応で芸がない。弱きエンジェルス時代の大谷の「なお、エ」じゃないけど、文章はいつも「タホト(他方、ト)」で終わったわ。​

2025年07月07日

秩序再編に動く中国は今、2つの懸念を抱えているだろう。一つは、党人事や経済状況などの国内問題。習近平(BRICS首脳会議)、董軍国防相(シャングリラ会合)の相次ぐ欠席は極めて意外だった。何か切羽詰まった事情を抱えている可能性がありはしないか。もう一つは、インドやブラジルなど必ずしも反米ではない中立的な途上国のリーダーシップ。特にインドは、BRICSでも積極的に加盟国に接近して2国間会談をしていたらしいし、SCO外相会議の前には王毅が水面下でインドとの交渉を特別に求めたという。中国との政治的関係も微妙だし、北京のイニチアチブを内部から揺さぶり阻止できる唯一の存在に浮上した。​