キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2026年1月5日(月)
[ デュポン・サークル便り ]
新年明けましておめでとうございます。日本の皆様におかれましては、良い年末年始休暇を過ごされたでしょうか。旧年中はこの「デュポンサークル便り」をご愛読いただき、誠にありがとうございました。本年は、アメリカも中間選挙の年、頑張っていろいろな動きをフォローして参りたいと思いますので、よろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。
さて、トランプ大統領、年始からやってくれました。実は私、年末年始を東京の実家で息子とすごし、元旦のフライトでワシントンに戻ってきたので、現在、母子ともに、時差ボケでのたうち回っております。ですが、3日朝、ぼーっとした頭でテレビをつけた私の目に「号外(Breaking News)」として、「米軍がヴェネズエラに対して軍事攻撃、マデゥロ大統領夫妻を拘束、同夫妻をNYに移送」というニュースが飛び込んできました。はい、眠気が一発で吹っ飛びました。
何の予兆もなく、2日深夜〜3日未明にかけて行われたこの作戦、第一報は、ホワイトハウス報道官声明でも、国務省や国防省の報道官声明でもなく・・・そうです、トランプ大統領のSNSプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」によりもたらされました。その後トランプ大統領は、その日11時に記者会見を行う前に、何とFOXニュースのインタビューを受け、その中で、作戦の一部始終を、休暇先のマー・ラー・ゴで見ていたことなどを明らかにしました。
そして「おらおら」感を漂わせて登場した、11時の記者会見では、
米軍はヴェネズエラに対して武力攻撃を行い、法執行当局との緊密な連携の上、マドゥロ大統領夫妻を拘束した。
同夫妻はすでにNY州南部地区検察により、麻薬テロなどの罪状で起訴されている。夫妻はNYで米司法による裁きを受けることになる。
ヴェネズエラ政府に対する権力移譲が秩序立って行われ得ると判断される時期まで、米国は実質的にヴェネズエラの運営(run)を行う。
また、同国の荒廃した石油産業を立て直すため、米国の資本を入れる・・・・。
などと発言しました。この記者会見では、先月に発表されたばかりの「国家安全保障戦略」に言及、同戦略の中で用いた「トランプ修正版モンロー主義」にも言及。中南米、いわゆる「西半球(Western Hemisphere)」がアメリカの安全保障にとって極めて重要である、と改めて繰り返しました。
まさに「寝耳に水」のこの展開に、当然、朝からメディアも、そして米議会も大騒ぎ。特に議会では、民主党議員を中心に、今回のトランプ政権による対ヴェネズエラ武力行使は、議会の承認を得ていないため違法だ!という主張がすでに出ています。
しかし!トランプ大統領は今回の米軍による作戦行動を「法執行当局との緊密な連携とともに行われた」と「トゥルー・ソーシャル」や記者会見で述べています。つまり、トランプ政権側の主張は、今回の米軍による行動はヴェネズエラという主権国家に対する「軍事攻撃」ではなく、マデゥロ大統領夫妻という、2020年にすでに米国で起訴されている「犯罪人」を「逮捕」するための行為=法執行当局への「サポート」だ、と言うのです。この点は、件の記者会見でトランプ大統領及びヘグセス戦争長官に続き作戦行動の詳細をブリーフしたケイン統合参謀本部議長が、「米軍は司法省による支援要請に基づき・・・」という言葉でブリーフィングを始めたことからも明らかです。なので、トランプ政権側としては、今回米軍による攻撃は、「戦争行為」には当たらないので、議会の承認は得る必要がない、という立場だと思われます。
しかも、今日出てきた報道によると、このトランプ政権の主張には、すでに数ヶ月前に伏線がどうやらあった模様。何と去年の7月にルビオ国務長官が自身の「X」への投稿で、「マデゥロは『カルテル・デル・ロス・ソレス(太陽のカルテル)』という麻薬テロ組織の親玉で、ヴェネズエラという国を乗っ取った人間だ」「マドゥロ政権は、ヴェネズエラの正統な政府ではない」などの投稿をしていたというのです。「国家安全保障戦略」で「本土防衛」の一環としての「西半球の安定」の優先度をググッとアップしたのは、キューバ難民を親に持つルビオ国務長官のキューバやヴェネズエラなど、中南米の非民主主義国家に対する強硬な姿勢が色濃く反映されたもの、という見方が有力でした。しかし、まさか去年の時点で、既にルビオ国務長官が今回のトランプ政権の動きを法的に正当化するような投稿を「X」にしていたとは・・・
それでも、いくらなんでも、国境を超えて突如、軍事攻撃してその国の指導者夫妻を「逮捕」といえば聞こえはいいですが、まぁ率直にいって「拉致」してNYに「強制連行」するのはまずいんじゃないの、と思ったのですが、メディアに登場するアメリカの「識者」の反応は必ずしもトランプ大統領批判一辺倒ではありませんでした。例えば、3日朝、CNNのインタビュー番組に登場したジェームス・スタヴリディス元NATO軍司令官・元米南方軍司令官は、今回の攻撃は「大規模な攻撃というよりも、精密攻撃」であり、トランプ大統領がトゥルース・ソーシャルで『法執行当局との緊密な連携のもとに』と言っているのを見て、自分はハッピーだ」などと発言。同じ番組で彼に続いて登場した元NY連邦検事も「2020年の起訴状をみたが、罪状・法的根拠ともにしっかりしている」と述べるなど、完全にトランプ政権の今回の決定を容認しています。
なんでこうなっちゃうの、と思い、調べてみたところ、どうも鍵は、「ケル・フリスビー法理」という法的原則にあるらしいのです。私も今回の件で初めて存在を知ったこの「ケル・フリスビー法理」は1952年に最高裁が下した判断により確立されたそうです。要は「逮捕行動の合法性は裁判には無関係」というもの。今回の件を例にあげると、逮捕→連行に至る過程がどうあれ、今後のマドゥロ大統領夫妻を被告人にした裁判の合法性には影響しないというワケです。このため、今後の裁判の行方次第では、少なくとも国内的には今回のトランプ政権の動きは「違法」ではない、という議論が成立してしまうのです。それにしても、いやはや・・・
さらに、昨年ノーベル平和賞を受賞した、国外避難中のヴェネズエラの反政府運動のリーダーであるマリア・コリーナ・マチャドさんは、何と今回のトランプ政権の行動を称賛。フロリダ州南部のヴェネズエラ系アメリカ人コミュニティは、独裁指導者がいなくなってお祝いムードだという報道もあります。このため、EUをはじめ、海外の主要国は、どの国も「事態を注視している」という奥歯にものが挟まったような声明しか出せていません。国連安保理も再び、麻痺しそうな雰囲気がすでにムンムンしています。
とはいえ、気になるのは、今回のアメリカの行動がロシアや中国にどのような影響を与えるか、ということ。「アメリカがその気になれば、すごいんだぞ、おらぁ!」とトランプ大統領は凄んでみせたつもりなのかもしれませんが、今回の論理と似たようなロジックでロシアのプーチン大統領がウクライナのゼレンスキー大統領を「逮捕」するために特殊作戦群投入を決めたら・・・あるいは中国の習近平主席が台湾の指導者を「謀反人」と位置づけて行動を起こしたら・・・
新年を迎え、まだ三が日だというのに、とんだ「年始」となってしまいましたね・・・・
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員