外交・安全保障グループ 公式ブログ

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2025年11月21日(金)

デュポン・サークル便り(11月21日)

[ デュポン・サークル便り ]


これを書いているのは11月20日夜。普段は朝早くワシントンDCに行くことは滅多にないのですが、今朝、日本から出張してきた友人と朝食を一緒に食べるために、ワシントンまで車で朝から出かけました。待ち合わせ場所のレストランに車で向かったそんな私を待ち受けていたのは、通称「大使館通り(Embassy row、各国の大使館が立ち並ぶ通りであることからこう呼ばれます)」と呼ばれるマサチューセッツ通りの大渋滞。朝の9時半過ぎ、という普段なら、朝の通勤ラッシュアワーも終わり、渋滞も解消されているはずの時間帯の思わぬ大混雑に「?!?!」と思いながらラジオを付けたら・・・先週、亡くなったチェイニー元副大統領のお葬式が、ナショナル大聖堂で始まる直前だったのでした・・・

というわけで、相変わらず、エプスタイン氏の捜査ファイルの開示問題や、ベネズエラへの圧力をかけるため空母を含めかなりの米軍部隊に動員をかけた大統領、「トランプ和平計画」にハマスが公式に反対の意思表明・・・などなど、話題は尽きないワシントンではありますが、今日は、チェイニー元副大統領のお葬式について書きたいと思います。
チェイニー元副大統領はワイオミング州出身。フォード政権で当時史上最年少の大統領首席補佐官を務めたあと下院議員選に出馬、5期にわたって下院議員を務めた後、ブッシュ(父)政権で国防長官に就任。第1次湾岸戦争で一躍、知名度全国区となります。そしてブッシュ(子)政権では副大統領を2期8年務めました。副大統領時代に、対イラク侵攻を強硬に主張したことや、「アメリカ史上、最も影響力のある副大統領」という評価が定着、明るくて外交的なブッシュ(子)大統領と正反対の物静かで寡黙な人柄から、アンチの人たちからは「ダース・ベイダー」というニックネームを献上されました。彼の副大統領としての影響力の強さにヒントを得た「Veep(副大統領のことを呼ぶスラング)」というコメディが2012年に公開され、2018年には、彼がガチに主人公の「Vice(副)」という映画まで公開。存命中にこれだけ映像作家を刺激した政治家もそういないのではないかと思うほどの大物政治家でした。

ちなみに、チェイニー国防長官(当時)が、パウエル統合参謀本部議長(当時)と一緒に湾岸戦争に関する記者ブリーフを連日やっていたころ、私は高校生。まだ日本に住んでいたそのころの私は、CNNニュースを衛星テレビ番組で見ていました。そんな私は、実はチェイニー国防長官のファンでした。だって、カッコよかったし・・。

これだけのビッグネーム、しかも、「大統領経験者サークル」と同じぐらい小さな「副大統領経験者サークル」のメンバーのお葬式は、ワシントンにとっては一大事。今日も、存命中の副大統領、ダン・クエール(ブッシュ(父)政権)、アル・ゴア(クリントン政権)、マイク・ペンス(第1次トランプ政権)、カマラ・ハリス(バイデン政権)と全員が大聖堂に集合しました。また、バイデン前大統領もオバマ政権で副大統領を2期8年務めていますので、「副大統領経験者サークル」のメンバーでもあるからでしょうか、夫妻で出席していました。そして、チェイニー元副大統領の元上司であるブッシュ(子)元大統領も、当然、夫妻で出席です。その他にも、ペロシ元下院議長や、ベイナー元下院議長、スーン上院院内総務など、大物政治家がずらり。

また、今回のお葬式は、昨年の大統領選の後でハリス前副大統領とバイデン大統領が同席する初めての機会となりました。特に、ハリス前副大統領、今年9月に、昨年の大統領選挙を振り返った「107日間」という回顧録を出版、この中でバイデン前大統領がなかなか再選運動をやめる決心をしなかったことについて批判的な言及をしたあと、初めて二人が顔を合わせる機会とあって、メディアの関心は二人の間にどのような空気が流れるのかにも向いていました。

とはいうものの、お葬式の様子を最初から終わりまで中継したビデオを見たのですが、やはり「副大統領経験者サークル」も「大統領経験者サークル」に負けず劣らず、サークルに入ってしまうと、それまでの政党の違いや政治的信条の違いからくる対立よりも、「何かあったら大統領代行を務めなければならない一方で、普段は大統領に対して忠実でなければいけない」という独特のプレッシャーを感じた人にしかわからない「何か」を共有する政治家同士としての連帯感の方が強くなるようです。特に、ブッシュ(父)大統領の副大統領だったクエールは、当時からもの静かで、寡黙な上司とは正反対の、ネアカで社交的なキャラで知られていましたが、お葬式が始まる前の待ち時間も本領発揮。所在なさげにポツンと立っていたゴア元副大統領や、前列に座ったハリス前副大統領、ペンス元副大統領夫妻に夫妻で話しかけて全員を話の輪に引き込み、会話の中心になっており、クエール元副大統領と話しているハリス前副大統領が、トレードマークの「ガハハ笑い」をしている様子も映像で流れていました。

そして、大統領を退任してからは政治的な発言はほとんどしていないブッシュ(子)元大統領。退任後は、大学の卒業式での来賓としての演説などで、自虐的なユーモアを炸裂された秀逸な演説をしています。今回も故人を偲ぶエピソードをちりばめた演説をしましたが、ここでも

「(リン・チェイニー夫人の『内助の功』について触れた個所で)ディックは大学時代、ちょっと人生の進路に迷い、だれかに性根を入れ替えてもらうことが必要な時期がありました。私も同じでした。まぁ、それが私と彼の共通点と言えば共通点です(←自分がローラ夫人に出会うまでは大学生活を謳歌しすぎていたことにさりげなく言及)」

「実は1978年にはディックも私も下院議員選に出馬しました。一言でいえばその年の選挙では『共和党の波』はテキサス西部までは来ませんでした(←チェイニー元副大統領は当選したけど、自分は落選したという事実に自虐的に言及)」など自虐的なユーモアをちりばめた味のある演説をしていました。この人、現職大統領の時は、こんなに演説が上手な人だという印象がなかったのですが・・・・

そんな中で、その不在がかなり目立っていたのが・・・・そうです、トランプ大統領とバンス副大統領です。報道によれば、チェイニー家がこの二人には招待状を出さなかったとのこと。2018年に8月に逝去したマケイン元上院議員のお葬式の時も、マケイン家は「式の尊厳を保ちたい」というシンディ夫人の意向によりトランプ大統領を招待せず、両家の確執の深さが話題となりました。同年12月のブッシュ元大統領の国葬の際にはブッシュ家はトランプ大統領夫妻を招待し「大人の対応」を見せましたが、チェイニー家がトランプ大統領もバンス副大統領も招待しなかったのは、いわゆる「喪主」がトランプ大統領の天敵のリズ・チェイニー元下院議員であることを考えれば、まぁ、当然といえば当然かもしれません。

それにしても、ブッシュ(子)政権当時は、彼のことを「党よりも国家を優先させた愛国者」という「あの頃はよかった」的なノスタルジアとともに語る日が来るとは想像もつきませんでした。先週の「デュポンサークル便り」でも触れましたが、当時は「ネオコンの元締め」で、共和党の中でも特に保守的と言われていたチェイニー元副大統領。その彼が、昨年の大統領選挙ではハリス前副大統領を支持するという意思を表示して周囲を仰天させ、まさに晩年は娘のリズ・チェイニー元下院議員と足並みをそろえて、共和党内の「反トランプ派」の先陣を走っていたことを考えると、共和党がどれほど変わってしまったのかを感じずにはいられません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員