キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2025年9月30日(火)
[ デュポン・サークル便り ]
ワシントンは、すっかり涼しくなりました。この数日は少しジメジメしたお天気が続いていて、週末まで長引きそうです。毎朝起きるたびに、空が明るくなる時間が少しずつではありますが、確実に遅くなっているのを感じます。日本の皆様、いかがお過ごしでしょうか。
先週末から今週にかけてのアメリカは、外交面では「国連総会ウィーク」という一大イベントがありますが、それを凌駕するような内政上の大きな出来事が怒涛のように続いています。まずは、前回の9月24日付のデュポンサークル便りを仕上げた直後にドーンとやってきた、9月10日に狙撃され亡くなった「若手保守活動家の星」チャーリー・カーク氏の追悼イベント。トランプ大統領はもちろん、バンス副大統領、ヘグセス国防長官、ルビオ国務長官、ノーム国土安全保障長官・・・とトランプ政権の現役閣僚の半分以上が、アリゾナ市でプロ野球チームのカーディナルスの本拠地のスタジアムを借り切って行われた追悼式に出席し、演説。それだけではありません、普段、ほとんど公に場に姿を現さない、ミラー大統領補佐官とワイルズ大統領首席補佐官という「ホワイトハウスのW守護神」まで演説のために登場するという衝撃の事態に。大統領以下、ホワイトハウス関係者だけではなく、ジョンソン下院議長をはじめ、共和党議員も大挙して出席したこの追悼イベント、アメフトのスーパー・ボウルと同レベルの「特別イベント」指定となり、きわめて厳重な警戒態勢が敷かれました。いくら有名活動家とは言え、一民間人の追悼イベントがここまで「おおごと」になったのは、当然、史上初と言っても過言ではありません。
このイベントで印象に残ったことは二つ。一つは、バンス副大統領が、カーク氏亡き後の「若年層保守派」のリーダーとして名乗りを上げたこと。バンス副大統領は、カーク氏が亡くなった直後、カーク氏のポッドキャストの司会を亡くなったカーク氏に代わって、なんと副大統領執務室から放送。追悼イベントでも、カーク氏が自分の信仰の深さを堂々と前面に押し出して活動していたことに触れて、「(カーク氏が亡くなってからの)この2週間が、公職についてから最も頻繁に自分の信仰について語っているように思う」などと話していました。
そしてもう1人、とても印象的だったのが、カーク氏の未亡人のエリカ・カークさん。亡くなったカーク氏の後を継いで非営利団体「ターニング・ポイントUSA」の代表になったエリカ夫人は、金髪・長身で、「ミス・アリゾナ」に選ばれたこともある美人。とはいえ、大学時代に全米大学競技連盟(NCAA)レベルでバスケットボール選手としてプレー、学部は国際関係を選考し、そのあと法律学修士も収め、現在は、2人のお子さんを育てながら聖書学の博士課程に在籍中、という才色兼備の人でもあります。そんな彼女が亡くなったご主人を追悼した演説の中で、時に涙で言葉を詰まらせ、ハンカチで涙をぬぐいながら、「主人は、彼を殺したような若者を救うために活動していました」と語り、「あの若者を・・・・私は許します。なぜなら、それが神、そしてチャーリーが望んでいることだから」「憎しみを憎しみで返すことからは何も生まれない。愛こそが答えです。『汝の隣人を愛せよ』という主の御言葉を実行する時は今です」と語り、場内からスタンディング・オベーションを受けました。彼女が一躍、キリスト教保守派のスターに躍り出た瞬間でした。彼女の演説があまりに立派で、彼女の直後に、イベントの最後を飾る演説のために登場したトランプ大統領も、「チャーリーは決して自分の敵を憎まなかった。そこが彼と私とは意見が違うところ。私は、私の敵は憎たらしい」とジャブは繰り広げつつ、さすがにいつものような扇動的はスピーチは少し封印せざるを得なかったほどです。
これだけでもインパクト十分だというのに、週明けの22日以降、「政府一時閉鎖危機祭り」が一気にクライマックスに近づきつつあり、「連邦政府閉鎖へのカウントダウン(Countdown to Shutdown)」という毎年ほぼ、恒例化したフレーズがラジオで頻繁に聞こえてくるようになりました。今回は、とりあえず感謝祭前まで、今年度の予算支出レベルでの政府支出を継続する「継続決議(CR)」を通して、細部は議論しよう、という共和党と、CRに賛成票を投じる前に「一つの大きな美しい法案(OBBB)」でカットされたメディケアへの支出レベルを一部復活させる、という条件を取り下げないという不退転の決意で交渉に臨んでいる民主党が真っ向から対立、当初、9月25日に予定されていた民主党議会指導部とトランプ大統領の直接交渉も、「民主党の要求は不真面目だ!」というトランプ大統領の主張によりキャンセル。交渉が行き詰まっているのに業を煮やしたのか、トランプ大統領が「連邦政府閉鎖になった場合、追加的に連邦政府職員のさらなる大規模解雇を行う」と宣言し、そもそも大統領にそんな権限があるのかをめぐる議論も沸騰中です。
そんな中、今日は、ヘグセス国防長官が突如、全世界に展開する米軍から将官全員をクワンティコに緊急ミーティングのために召集した、というニュース(なんで会議の開催場所が、国防省ではなく「海兵隊の心のふるさと」クワンティコなのかは不明です)が流れ、アマゾンが「アマゾン・プライム」サービスの解約を意図的にやりにくくしている、という公正取引委員会からの訴えに対して、委員会がこのような訴えを始めて以降、最高額の罰金を支払うことに同意した、とか、米中が若者に人気のソーシャル・メディア・プラットフォームの一つであるティックトックの所有権をめぐる合意に達したという発表など、次から次へと大ニュースが降ってきています。
こういう状況なので、本来なら外交政策一大イベントの国連総会関連ニュースが「1にトランプ、2に予算、3,4がなくて5に国連」レベルの扱い。ただ、トランプ大統領、国連総会の場や、総会出席のためにNY訪問中に行った2国間会談などの場でロシア・ウクライナ問題について「変節」を感じさせる発言をするようになり、これはこれで注目を集めています。こちらについては、また別途、週明けに書けたら、と思っています・・・
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員