キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2025年9月24日(水)
[ デュポン・サークル便り ]
日本は、秋分の日も過ぎたというのに、まだまだ、残暑の厳しい場所がまだ多くあるようですね。ワシントン近郊は、先週の金曜日、夏の「最後の悪あがき」とでも言えるような暑さが一日だけめぐってきましたが、そのあとはすっかり、秋の気配。日の出の時間が少しずつ遅くなり、日没は少しずつ早くなり・・・と確実に秋から冬に向かっている気配を感じます。皆様、いかがお過ごしでしょうか。
相変わらず「トランプ劇場」が毎週のように(というか、毎日のように)炸裂しているアメリカ。先週も、外交も内政も、「てんこもり」でした。外交では、なんといっても、トランプ大統領夫妻の国賓として二度目のイギリス訪問。そうです、今年の春、わざわざチャールズ国王直筆の招待状を大勢のプレスが見守る中、共同記者会見の場でトランプ大統領に手渡すというパフォーマンスをスターマー英首相が披露した、あれです(もう、あのイギリス人らしからぬパフォーマンスが遠い記憶になっているのが、ある意味ですごい・・)。国賓として二度訪英する、というのは、当然、アメリカの大統領としては、トランプ大統領が初めてです。
この訪英、イギリス人が本気で「おもてなし」をするとこうなる、というお手本のような光景が随所に繰り広げられました。まず、到着したトランプ大統領夫妻を、ウイリアム皇太子夫妻が出迎えて、チャールズ国王夫妻が待つ場所まで案内。その後、王室が用意した2台の馬車に、トランプ大統領はチャールズ国王と、メラニア夫人はカミラ王妃と分かれて乗り込み、いざ出発。しかも、馬車の装飾から、並走する騎馬兵のヘルメットまで金ピカ。出発する馬車をアメリカ国歌演奏とともに送り出した軍楽隊の隊員が来ていた上着も、心なしか金色の刺繍多め。加えてウインザー城でのホワイト・タイのきらびやかな晩餐会・・・と、それはそれはゴージャスな映像が、訪英中の2日間、テレビでは流れました。しかも、2日にわたる訪英のハイライトを、王室のユーチューブ・チャンネル(さすが、ユーチューブ・チャンネルを開設しているところが英王室らしい・・)は2時間超のハイライトの編集、全世界に向けて公開しています。余分なナレーションが一切入っていないこのダイジェスト、かなり見ごたえがあります。
到着初日の夜、ウインザー城に宿泊、イギリス王室が先頭に立った「本気のおもてなし」を受け、さすがのトランプ大統領も終始、ご満悦。ウインザー城で行われた晩餐会でのスピーチは、アドリブなしで用意された原稿をきちんと読み、チャールズ国王のスピーチの際も神妙な面持ちで聞いていました。2日目のスターマー首相との米英首脳会談でも、「技術と繁栄の合意(Tech and Prosperity Deal)」に2人でそろって署名、事後の共同記者会見でイスラエル・ハマス紛争をめぐるスターマー首相の見解の相違について聞かれたときも、「この点については首相とは意見を異にしている」と言った直後に「意見を異にする数少ない点の1つ」と付け加えていましたが、普通の首脳会談後の記者会見であれば、もっと相手を批判する場面だったでしょう。一方、トランプ大統領夫妻国賓訪英の直前に、ピーター・マンデルソン駐米英大使がジェフリー・エプスタイン疑惑に関連していることが発覚しました。スターマー首相は同大使を秒速で更迭したものの、任命責任を問われました。また、同首相は移民に対する厳しい姿勢などもあり、ここのところ集中砲火にさらされていたのですが、今回なんとかトランプ大統領の訪英を乗り切り、ほっとしているのではないでしょうか。
トランプ大統領の訪英関連の雅な映像が流れる中、内政はとんでもない事態が次から次に勃発。若手保守活動家のチャーリー・カーク氏が9月10日にユタ州で狙撃され死亡しましたが、この事件を茶化すようなコメントをしたというだけの理由で、ABC放送は深夜の人気トークショー番組の「ジミー・キンメル・ライブ」を無期限で放送停止の処分を下しました。この処分との関連で、トランプ大統領がイギリスから帰国途中の大統領専用機内で「リベラルのバイアスがかかったメディアは、放送認可を取り消すこともあり得る。まぁ、連邦通信委員会の判断だけどね」という発言をしたからさぁ、大変。昨日からメディアでは「放送の自由が重大な脅威に直面している」という深刻なトーンの報道が相次いでいます。
さらには、予防接種懐疑派のケネディ保健衛生長官が任命した「予防接種に関する諮問委員会」が、過去30年、効果があると認められてきた3種混合ワクチンの接種方法の変更を勧告したことに対し、全米小児科協会は猛反発。加えて、昨年の大統領選期間中に自身の不明瞭会計疑惑を担当した検察官の不正疑惑をめぐる捜査についてトランプ大統領が、「起訴に値する証拠がない」と判断したバージニア州連邦地検の検事を更迭する方針を固めたことも判明。これで「司法の独立」も危ないといった声が一気に広がり、今も米国内政は騒然としています。
また、トランプ陣営は大統領に批判的なメディアをやり玉に挙げて攻撃するキャンペーンの一環として、ニューヨーク・タイムズ紙を名誉棄損で訴えていましたが、この案件について19日(金)、フロリダ州連邦裁が「訴状の書式が全く規則に準拠しておらず、このような訴状は受け付けられない」と却下するとともに、トランプ大統領の弁護士に対し「1か月の猶予期間の間に、再度、訴状を提出せよ」と命令したというニュースが各メディアをにぎわせました。
それだけではありません。もはや、毎年の恒例行事と化した「政府一時閉鎖危機祭り」も今週、佳境を迎えます。かと思ったら、この週末はさらに、アメリカで働く外国人ならだれでもなじみがある「H1Bビザ(高学歴・高技術者用就労ビザ)の申請料金を、申請件数1件当たり、10万ドル(日本円にして約1千5百万円)に引き上げるという仰天の内容の大統領令に署名したというニュースまで飛び込んできました・・・・2001年9月11日のテロ事件以降、ただでさえアメリカの各種ビザ申請の手続きが厳しさを増していたというのに、これは企業だけではなく、病院などにとっても致命的です。おそらく、全米各地でこの大統領令の取り消しを求める訴訟が始まる可能性が高いでしょうね・・・
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員