外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2025年9月12日(金)

デュポン・サークル便り(9月12日)

[ デュポン・サークル便り ]


日本ではすでに日付が変わり912日になっていると思いますが、私がこれを書いている今は、まだアメリカでは911日。24年前の今日、ニューヨークのツイン・タワーとペンタゴンにハイジャックされた航空機が突っ込み爆発して炎上、ツイン・タワーが崩れ落ちる瞬間がテレビで放映され、全世界に衝撃を与えました。さらにその数時間後、ハイジャックされたもう一機の飛行機がペンシルベニア州で墜落。この機体は、もし乗客による文字通り命を懸けた抵抗がなければホワイトハウスか連邦議会議事堂に突っ込んでいただろうと言われています。あの事件を機に、アメリカの国際情勢に対する姿勢が大きく転換したテロ事件。本来であれば、この「9・11の24周年」をトピックに一本書こうと思って、いろいろと思いを巡らせていたのですが、ちょうど前日の910日に、非常にショッキングな事件が発生しましたので、今週2本目の「デュポン・サークル便り」ではこちらを取り上げることにしました。

ショッキングな事件とは、ほかでもありません、「若手保守派論客のカリスマ活動家」チャールズ・カーク氏が、ユタ州のユタ・バレー大学で開催された野外イベントで話していたところを、何者かに狙撃され、首を撃たれて死亡した事件です。「対話することが難しいトピックをあえて取り上げる対話集会を開催することで『異なる意見を持つもの同士が、お互いへの敬意を失わずに意見を戦わせること』の重要性を訴える、という活動目的で全米の大学のキャンパスなどで積極的に集会に出ていたカーク氏、このようなイベントを通じて若年層の共和党支持票の掘り起こしに絶大なパワーを発揮、2024年大統領選挙ではトランプ大統領の勝利に大きく貢献したとも言われています。そんな彼がわずか31歳という若さで、対話集会の最中に、参加者の目の前で銃撃され、死亡した事件は、全米で号外ニュースとして扱われ、以降、実行犯逮捕に向けた捜査当局の動きが常にトップニュースで流れています。

このような事件が起こるたびに、アメリカでは銃規制をめぐる論議が瞬間湯沸かし器的に高まるわけですが、それ以上に今回の事件で改めて深刻に受け止められているのが、政治的動機に基づく殺人や脅迫などの暴力的行為です。今日は、ジョンソン下院議長が、議員や議会委員会などに対する殺人や爆破などの脅迫が、昨年は年間通算で5,000件ほどだったのが、今年は現時点ですでに14,000件を超えている、と発言したことが大きく報じられました。アメリカでは今年に入ってから、すでに6月に、民主党のメリッサ・ホートマン・ミネソタ州下院議員夫妻が保守系活動家によって銃により殺害され、ジョン・ホフマン・同州上院議員夫妻も、銃撃されて負傷する、という事件が発生して全米に衝撃をあたえたばかり。今回、保守派活動家が銃殺されたことで、アメリカ国内での政治的動機に基づく暴力行為が党派を選ばないトレンドであることが明らかになりました。この事件は、民主、共和党問わず、有権者とじかに触れあうことの重要性から、常にリスク覚悟で大小、様々な規模の対面集会をこなさざるを得ない政治家に深いショックを与えています。

当然、トランプ大統領は、凶弾に倒れたカーク氏に最大級の賛辞を送り、故人となった彼に対して、文民が大統領から受け取ることができる勲章としては断トツでトップの「大統領自由勲章」を授与する意図を明らかにしました。また今日は、バンス副大統領がユタ州に飛び、遺族と時間を過ごしたのち、カーク氏の棺を副大統領専用機のエア・フォース2に載せ、カーク氏の出身地であるアリゾナ州まで搬送する予定になっていることも明らかにされました。

トランプ大統領は事件が発生した10日、自身のSNS「トゥルー・ソーシャル」で「偉大な同志であるアメリカ国民の皆さん」という呼びかけから始まる長いビデオメッセージを投稿。今回の事件は「何年にもわたり、政治的な見解を異にする人を悪役にし、悪意のある発言が続いていた結果発生した事件」と位置づけ「そのような行為は、今、終わらせなければならない」と、いつになく神妙なトーンで訴えました。

とは言え、政治の表舞台に躍り出てからというもの、対立候補に悪意MAXなあだ名をつけ、頻繁に彼らを侮辱するような発言を繰り返していたトランプ大統領。そんな彼が今、何をいっても、アメリカ国内では、一定数の人が「お前が言うな」的な反応をしてしまうのでしょう。事実、すでに一部のリベラル系SNSサイトでは、「6月にホートマン議員夫妻が殺害され、ハートマン議員夫妻も負傷した時には、共和党議は誰も何も言わなかったくせに!」という声が広がり始めています。

日本でも、2年前に故安倍元総理が遊説中に凶弾に倒れて以来、「政治的動機による殺人」が注目されるようになってきましたが、アメリカでは、共和党政権期間中に保守派の政治活動家が凶弾に倒れた今回の事件をきっかけに、少しは政治的レトリックの過激化が収束に向かうようになるのでしょうか・・・・。

(了)


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員