キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2025年8月22日(金)
[ デュポン・サークル便り ]
息子が夏休みもあと数日を残すばかりとなり、いまさらですが、まだ残っている宿題の山に青ざめているのを横目でみながら、私も8月1日から移動した新しい職場になじむべく頑張っています。今週は、東海岸沖をハリケーン・エリン(Erin)が通過中のためか、曇り、ところどころにわか雨のお天気が続き、気温も涼しめです。日本は、相変わらず蒸し暑い天気が続く中、台風も襲来しているようですが、日本の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
オーストラリア出張の時差調整がようやく終わったと思ったころにに私を襲ったのは、ご存じ、アラスカ州で行われた「プーチン対トランプ」対決。DCに州軍を動員することを決めたトランプ大統領の決定をめぐっては、引き続き、ハレーションが起きてはいますが、今週の最大のイベントはやはり、なんといってもロシア・ウクライナ戦争を終わらせるための米欧挙げての外交努力、特にめずらしく「本気度」を感じさせたトランプの動きにほかなりません。
まず、アラスカでの米ロ首脳会談。世界中の関心がこの会談のあらゆる側面に注目する中、私の印象に残ったのは、トランプ大統領の会談前と会談後の表情の変化です。到着するプーチン大統領を待ち受けるトランプ大統領の表情は、「久しぶりにダチのプーチンに会えるぜっ。これから頑張るぞっ」というやる気に満ちた表情で、到着したプーチン大統領を出迎えた際には「よっしゃー。これから仕事だっ」と自分を鼓舞するかのような拍手まで出ていたほど。
ところが、首脳会談が実際に始まってからのトランプ大統領は、プーチン大統領を出迎えたときの高揚感あふれた表情はどこへやら、とても硬い表情になっており、この表情は会談後の共同記者会見でも続いていました。まるで、久しぶりにあった友達と、最初こそ、昔話で盛り上がり、気持ちよく話していたものの、いざ、話が本題に入った途端に「話してるうちに思い出した・・・こいつ、難しいやつだった・・」と思い出したかのようでした。
また、米ロ首脳会談後、週末をはさんでホワイトハウスで行われた米・ウクライナ(+『がんばれゼレンスキー』応援団の欧州諸国首脳)首脳会談も非常に興味深いものでした。いえ、見方によっては「トランプ対プーチン」の頂上決戦よりも興味深いものだったといえるでしょう。ホワイトハウスで首脳会談前のプレスによる冒頭撮りの段階でトランプ大統領とゼレンスキー大統領が怒鳴りあいの口論となり、始まってすらいなかった首脳会談が決裂してしまった前回の会談。今回は、文字通り「背水の陣」で望んでいるゼレンスキー大統領と、「我も我も」と押しかけてきた欧州諸国の首脳に囲まれては、一発、かっこいいところを見せなければいけないトランプ大統領。前回のいわば「リベンジマッチ」となったわけですが、ゼレンスキー大統領がホワイトハウスに到着した時から、今回の雰囲気は違いました。
まず、欧州諸国の首脳に事前に「ウクライナの国運がかかってるんだぞ。服装にこだわってる場合じゃないだろう。襟のある服を着ていけ」とアドバイスされたのでしょうか、ゼレンスキー大統領は、まさかのスーツ着用。そのゼレンスキーをホワイトハウスで迎えたトランプ大統領も、自分から手を差し出して握手を求め、2月とは正反対のにこやかな表情でゼレンスキー大統領をお出迎え。
そのあとの首脳会談前の冒頭撮りでも、2月の会談時に、いつもの戦闘服で首脳会談に臨んだゼレンスキーをのっけから批判した右派メディアの記者に「ゼレンスキー大統領、そのスーツ、すごくお似合いですよ」と声をかけられ、「僕は着替えてきたけど、君は前回と同じ服着てるよね」と笑顔で切り返す余裕を見せていました。ゼレンスキー大統領は、さらに、トランプ大統領に、戦争中にロシア軍に誘拐されたウクライナ人の子供たちを返してほしい、とプーチン大統領に訴える手紙を書いたメラニア夫人の話を持ち出し、「私の妻から、奥様に渡してほしいといわれて、彼女が書いた奥様宛の感謝の手紙を預かってきました」とプレスの見ている前でトランプ大統領に手渡すサービス。チャールズ国王の署名入りの、英国公式訪問招待状を共同記者会見の場でトランプ大統領に渡したスターマー英首相をほうふつとさせるパフォーマンスを見せました。メラニア夫人まで持ち上げるゼレンスキー大統領のサービスに、トランプ大統領は「俺もこんな手紙もらいたいわ」と言いながらご満悦。2月とは打って変わって和やかな雰囲気で冒頭撮りを終え、首脳会談に入っていきました。
ですが、最大のサプライズは、8月18日にトランプ大統領が見せた「本気度」です。なんといっても、午前中にゼレンスキー大統領を迎えた後、トランプ大統領は「ゼレンスキー大統領と米ウ首脳会談」→「自称「ゼレンスキー応援団」としてホワイトハウスに半ば押しかけてきた欧州諸国首脳も交えた全体会合」→「いったん、プーチン大統領と電話するためにトランプ大統領退席」→「戻ってきてもう1回ゼレンスキー大統領と会談」と、首脳外交を展開。「さすが、ワンマン経営者のエネルギーはすごいわ」と100%外野の私などは素直に感心してしまいました。
また、両方の会談を通じてとても印象に残ったのは、ルビオ国家安全保障大統領補佐官兼国務長官の存在感でした。米ロ首脳会談の際は、冒頭撮りが終わったあと、首脳会談に移る前に、ルビオ国務長官は、なんと自分からささっとプーチン大統領に歩み寄り握手を求め、続いてロシア側の首脳会談同席者とも「またよろしくな!」と言う感じでの勢いで固い握手。ホワイトハウスで米ウクライナ首脳会談の際も、目立つパフォーマンスこそありませんでしたが、2月の会談が決裂するトリガーとなる挑発発言をしてしまったバンス副大統領をウィトコフ大統領特使と挟み、「ぜったいにこの会談の雰囲気を壊す発言は誰にも許さない」という気迫がみなぎっていました。トランプ大統領が首脳外交に励んでいる昨今、国家安全保障担当大統領補佐官兼務を始めてからのルビオ国務長官の政権内での存在感がバンス副大統領と比べて増してきている今のトレンドを感じさせれる光景で、どちらの映像もとても興味深く映りました。
気になるのは、最近、口を開けば勇ましいことを言いますが、存在感はどんどん低下してきているバンス副大統領です。中間選挙後は、おそらく2028年大統領選挙に向けた動きが始まると思われますが、いよいよ来年は「ポスト・トランプ」を目指した「バンス対ルビオ」のいわば「跡目争い」もいよいよ、始まるのでしょうか。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員