キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2025年6月6日(金)
[ デュポン・サークル便り ]
今週のワシントン近郊は、このエリアの「ザ・夏!」のお天気がいよいよ到来。まだ真夏の「3H(hazy, hot, humid)」とまでは行きませんが、確実に「2H(hazy, hot)」は到来しました。それでも、早朝、家から一歩足を踏み出した途端、湿気でメガネのガラスが曇るところまではいっていないので、まだましと言えるでしょう。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
今週2本目の「デュポンサークル便り」となりますが、その理由はただ一つ。先週、政府の公職を辞したばかりの奇才、イーロン・マスク氏とトランプ大統領の関係が、マスク氏が政府から去って1週間もたたないうちに、異次元の世界まで一気に悪化したからです。
「ミスターDOGE」こと、イーロン・マスク氏、一時期は「ファースト・バディ」というあだ名までついていたぐらい、トランプ大統領とは親密だったはずなのに、いったい、何が起こったのでしょうか。
ことの始まりは、「小さな政府」信奉者のマスク氏が、トランプ大統領肝入りの、大型恒久減税や債務上限引き上げを含む「大きく、美しい予算法案(big and beautiful bill)」について「大きな予算案とか美しい予算はあると思うけど、両立させることは無理だと思うけどな」とCBSとのインタビューで批判したことでした。CBSが予告編としてこの部分をインタビューに先駆けて放送したことでメディア各社がこれに飛びつき、「マスク氏、トランプ大統領の予算案に批判的発言」という見出しが躍ったのは、前回の「デュポンサークル便り」でお伝えしましたが、マスク氏の批判は今週にはいってさらにヒートアップ。自分の経営参加にある「X(旧ツイッター)」をフル活用してトランプ大統領が過去に、債務上限引き上げについて「俺は共和党員だが、恥ずかしい!」と書き込んだツイートなどを再掲。さらに現在、議会で審議真っ最中の予算案について「反吐が出る(disgusting)」と形容。「これでDOGEが頑張った政府のムダ削減が台無し」などとこき下ろしたのです。
これに対し、トランプ大統領は、今日、ホワイトハウスで行ったメルツ独首相との首脳会談の際のメディアによる冒頭頭どりで、「イーロンには失望した」「この予算法案を細部まで一番よく知っているのはイーロンなのに」などと応戦。これに対し、マスク氏がリアルタイムで「X」に「嘘つくな。俺はあの予算案を見せてもらったことは一度もない」と反論。さらに、「俺のサポートがなければトランプは負けてた。下院は民主党が過半数をとっていたし、上院だって共和党は51議席しか取れなかったはずだ」「まったく、感謝のかけらもないやつ」と畳みかけるようにトランプ大統領批判、そのあとも立て続けに、トランプ大統領が「大きくて美しい法案」と呼ぶ予算法案を「でかくて醜い法案(big ugly bill)」とあてこすり、「キル・ビル(Kill Bill)」などなど、批判を展開したからさぁ大変。
ブチ切れたトランプ大統領は同じく「X」でテスラ社その他への政府からの補助金や政府との契約を打ち切ることを匂わせるツイートを書き込み。これに対してマスク氏はすかさず「ホンモノの爆弾ネタだぞ。エプスタイン(自分が主催したパーティで未成年女性に売春させたことなどで刑事起訴され、2019年に拘置所で自死)にまつわるファイルが今でも全部公開されていないのは、トランプの名前がファイルに入ってるからだ!」と「X」に書き込み。さらに、その昔トランプ大統領がエプスタイン氏主催のパーティに出席した様子が移っているビデオまで「X」に乗せ、トランプ大統領の「補助金も契約も打ち切るぞ」というツイートに対抗して、「スペースX社は、スペースXドラゴンのプログラムを直ちに打ち切る」と宣言。
しまいには、第3の政党をつくる意向があることや、「トランプ大統領を弾劾してJDバンスに大統領になってもらうべき」と書き込んだ別の「X」ユーザーの書き込みに「YES」と書き込むなど、二人の「X」を主戦場にした直接対決は、全く収束の気配を見せません。
今回のマスク氏とトランプ大統領の決裂を「変人同士の痴話げんか」とあしらってしまうのは簡単。ですが、エスカレートする一方の二人の対決について「単なるエゴが強い男性同士の対決では済まない。共和党にとってマズい事態になりかねない」と警鐘をならし始めた政治アナリストが出てきました。
彼らの主張の理由は二つ。一つ目は、ズバリ、マスク氏の財力。昨年の大統領・議会選挙で、マスク氏が共和党候補にかなりの財政支援をしたのは公然の事実。そんなマスク氏が、無尽蔵な財力を、自分の政党をつくることや、共和党の対立医候補の支援に振り向けたら・・・・と考えると、中間選挙で共和党にとっては真剣に憂慮すべき事態になりかねない、といいます。そして、それより深刻かもしれない要因として彼らが指摘するのが、マスク氏が「ミスターDOGE」だった時期に、膨大な連邦政府各省庁のデータを入手していること。このデータを彼がどのように利用するかによっては、トランプ大統領にとって致命傷になりかねない・・・というのです。
「ファースト・バディ」から一転、ハブとマングースのような関係になったトランプ大統領とマスク氏。果たして、SNSを舞台に現在も進行中の彼らのガチ対決、どのような結末を迎えるのでしょうか・・・
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員