外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2025年6月3日(火)

デュポン・サークル便り(6月3日)

[ デュポン・サークル便り ]


アメリカで「非公式な夏の始まり」と言われる「メモリアル・デー」三連休が終わったかと思いきや、先週のワシントン近郊は季節外れの涼しい日が続きました。ですが、今週は夏本番さながらの暑さが週の後半に到来するとか。とはいえ、今週末は、雷雨で停電する世帯が多数出て、さらに嵐が過ぎ去ったあとは、気温も日中は気持ちよく晴れて暖かく、でも蒸し暑くはないという、絶好のアウトドア日和。既にスーパーの店頭には、屋外バーベキューを意識した商品が「これでもか」というくらい並んでいます。既に独立記念日のお祝いに備えて、花火売り場の場所取りが始まった駐車場もちらほら。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

先週から週末にかけては、外交ネタが賑やかでした。シンガポールで開催されているアジア太平洋安全保障会議、いわゆる「シャングリラ会議」が行われていたこともあり、ヘグセス国防長官による基調講演、とくに中国に対する直球な発言などが大きな注目を集めていましたね。また、この1,2日は、今週に和平交渉を控えたこの時期、ウクライナがゼレンスキー大統領の指揮のもと、準備に1年半の期間を費やしたと言われる無人機による数か所のロシア空軍基地に対する爆撃が行われました。その結果、ウクライナ側はロシアの戦略爆撃機や偵察機など、多数の空軍機が爆破もしくは大破するという、3年前ロシア・ウクライナ戦争が始まって以来、最大の被害をロシア側にもたらしたという大ニュースがテレビやラジオを賑わせています。

ですが、先週のアメリカの「本気ネタ」は、やはり国内問題です。週末直前の5月30日にトランプ大統領がピッツバーグで開催した政治集会での演説は大きな注目を集めました。その一週間前には日本製鉄によるUSスチール買収を「パートナーシップ」と呼び、基本認めるという仰天の発表をしましたが、それ以来初めてアメリカ鉄鋼業の象徴であるピッツバーグで行う演説となったからです。

バイデン前大統領が一旦は「申請却下」の決断をし、大統領選挙期間中は自分の「反対」の意向を示していたトランプ大統領が、対応を180度転換したこの案件ですが、前回の「デュポンサークル便り」でも、「まだまだ油断は禁物」と書きました。案の定、今回のピッツバーグでの演説や、その前後のメディアとのぶら下がりでのやりとりを聞くと、「やっぱり、詰まってない・・・・」と感じた方が殆どなのではないでしょうか。というのも、トランプ大統領は、演説の中で、日本製鉄を「偉大なパートナー」と呼び、自分が基本的にOKしたこの案件を「ディールの超大作(blockbuster)」と述べ、「今回のディールで、アメリカの鉄鋼業史上最大の投資がやってくる」と自画自賛のスピーチをする一方、この案件が日本製鉄による「買収」ではなく、あくまで「アメリカ側が100%コントロールできる連携」であることを強調。さらに、「最終的な取引内容は自分が承認する必要がある。その内容はまだ見ていない。」とメディアとのぶら下がりではコメントしていました。要するに、一体全体、この案件はどこまで「詰まって」いるのかが、いまだもって不明瞭なのです。とは言え、日本製鉄からは、6月5日に米政府との間で「国家安全保障を担保する」ための合意に署名することを目指して鋭意交渉中であることも発表されています。どうやら全貌が明らかになるまでにはもう少し時間がかかりそうです。

そんな中、これからの内政案件の「主戦場」は2025-26年度連邦政府予算案に移ります。大規模な減税の恒久化や政府支出の増加などを含む同予算案を、トランプ大統領やジョンソン下院議長は「大きな美しい一本の法案(one, big beautiful bill)」と呼んでいます。ですが、共和党の、特に政府による債務の削減を至上命題に掲げる保守派議員の間では「歳出削減が足りなすぎる」と大ブーイング。「政府のムダ削減」を掲げて当選したこの議員たち。トランプ大統領の岩盤支持層である「MAGA」の人たちは彼らの岩盤支持層でもあります。というより、彼らの岩盤支持層がトランプ大統領「も」支持しているというのが正確でしょう。このため、この債務削減を求める議員たちはトランプ大統領の圧力にも全く屈しないのです。

そんな状況でなんとか過半数の賛成票を取りまとめるべく奔走したジョンソン下院議長の努力もあり、この予算案はわずか一票差という文字通り「薄氷を踏む」僅差で下院を通過し、今週から上院で審議が始まります。が、既に上院でも、「MAGA」的な有権者の堅い支持をバックに当選してきた保守派議員が、さらに歳出削減を目指そうと腕まくりをしている状態。しかも、下院と同様、上院でも共和党は、3人が造反すれば法案は可決できないという厳しい状況。さて、どうなりますことやら。

そんな中、5月30日は、第2次トランプ政権発足後、トランプ大統領以上の「お騒がせ男」となった「ミスターDOGE」こと、イーロン・マスク氏が、政府を去った日でもありました。就任早々、米国際開発援助庁の閉鎖と国務省への統合やアメリカ国立衛生研究所をはじめとする連邦政府各機関での大量解雇・早期退職奨励制度などで連日メディアを賑わせる一方、ホワイトハウスでトランプ大統領が会見を行う時にはいつも同席し、「ファースト・レディ」ならぬ「ファースト・バディ」というあだ名がついていたマスク氏。この彼がCBSニュースとの間で行った単独インタビューが、彼が政府での勤務を終えた直後の週末の日曜日(6月1日)に放映されました。ここでも「マスク節」がさく裂。インタビュー冒頭は「取材依頼にあった宇宙方面での事業に関する質問にしか答えない」といっていた割に、インタビューが進むにつれて口が滑らかになり、自分からトランプ政権のことなどについて問わず語りを始めました。そこで最も注目されたのは、連邦予算案についての言及です。「小さな政府」信奉者のマスク氏は、なんと「大きな予算案や美しい予算はあると思うけど、2つを両立させることは無理だと思うけどな」と発言。CBSが予告編としてこの部分をインタビューに先駆けて放送したことでメディア各社がこれに飛びつき、「マスク氏、トランプ大統領の予算案に批判的発言」という見出しが躍ったのでした。

たった1週間でこれだけの密度の濃さ。これからも当面、外交では中東やロシア・ウクライナにおける和平交渉やイランの核問題、内政では連邦政府予算案や、まだまだ続く不法移民の取り扱いをめぐるトランプ政権と司法の対決など、盛沢山の日々が続きます。今年は、夏休み中も気が抜けない年になりそうです・・・・


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員