キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2025年5月27日(火)
[ デュポン・サークル便り ]
今週末は、従軍中に命を落とした、あるいは戦時に行方不明になったままの軍人の方を偲ぶ「メモリアル・デー」三連休。アメリカで「非公式な夏の始まり」と言われるこの週末は、全米各地で「プール開き」が行われます。ですが、ワシントン近郊は今週末、日が沈むと長袖が必要になるぐらいの気温。湿気もなく、カラリとした晴天に恵まれ、バーベキューやハイキングなどのアウトドアには絶好のお天気ですが、プールはまだ水温が・・・・この週末が過ぎると、次は7月4日の建国記念日に向けたセールが各地で始まります。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
先週のアメリカも、相変わらず話題は盛沢山。連休中に日鉄のUSスチール買収を「パートナーシップ」と呼び、基本認めるという仰天の発表を、お約束通り、ご自身のSNS「トゥルー・ソーシャル」でやってくれたトランプ大統領。一方、また週末が潰れた方もアメリカでは多いのではないかと・・・とはいえ、バイデン大統領が労働組合への配慮から認めなかった案件をトランプ大統領は「承認」しました。これで、不幸にして選挙の年にひっかかったため一時は政治問題化したこの案件、ようやく一歩前進することになりました。とはいえ、詳細はこれからということで、まだまだ油断は禁物。
日米経済関係でも話題豊富ですが、先週は、内政と外交問題がこれまた複雑に絡み合う問題、すなわちアメリカ国内のユダヤ系アメリカ人やイスラエル人の現状を改めて考えさせられる週でもありました。まず、内政面ではトランプ政権と、これに真っ向から対立してきたハーバード大学との関係悪化が頂点に達しました。ここ数か月間、「反ユダヤ運動を学内で煽動する勢力を一掃する」という名目の下、トランプ政権は「補助金の打ち切り」などを盾に、全米各地の大学に「大学の自治」や「学問の自由」原則と真っ向から対立する強硬な要求を突き付けてきましたが、更に今回は、「反ユダヤ勢力取り締まりに対する努力が不十分」であることを理由に、ハーバード大学に全ての留学生の受け入れを禁止する大統領令を出したからです。
ご存じのとおり全米随一の有名校であるハーバード大学は、今上皇后陛下も学生時代をすごされた超名門大学。2週間前に亡くなったジョセフ・ナイ氏も、同大学のジョン・Fケネディ行政大学院で終身、教鞭をとっていましたし、歴史学の大家である入江昭教授や「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で一躍有名になったエズラ・ボーゲル教授など、日本でもなじみのある名前が教授陣にずらりと名を連ねています。世界各地、特に政・官・財・科学などの各界に卒業生を輩出していることもあり、政府から補助金で締め上げられても、とりあえず大学運営に支障のない唯一のアメリカの大学といっても過言ではないでしょう。
そんな安定した財政基盤をバックに、政権側の要求に一歩も引かず、真っ向から対決し続けているハーバード大学の姿勢に業を煮やしたトランプ大統領、なんと、この超名門大学相手に「留学生ビザ発給資格停止処分」を突き付けたのです。しかも、現在同大学で学んでいる留学生に対しては「他大学に移籍しないと米国における滞在資格を失う」としたから、さあ大変。即座に連邦地裁にトランプ政権を訴えたハーバード大学の主張がとりあえず認められ、トランプ政権の大統領令については執行停止判決が出されました。こうして危機的状況は回避されましたが、数千人に上ると言われるハーバード大学への留学生が不安な気持ちを抱えて、卒業式までの最後の数週間を過ごす羽目になってしまいました。
そんな中、先週末には、ワシントンDC市内の「ユダヤ博物館」のすぐ外で、同博物館でのイベントから出てきた在米イスラエル大使館の職員2人が「パレスチナを解放しろ!」と叫ぶ男性に射殺されるという、とんでもない事件が発生してしまいました。しかも、被害者のお2人は、恋人同士で婚約間近だったそうです。「痛ましい」という言葉ではとても表現できないこの事件。これを口実にネタニヤフ政権がガザ地区への武力攻撃をさらに激化させるのは確実です。
トランプ大統領がサウジアラビアの仲介でシリアの暫定大統領と電撃会談した中東訪問。この会談がイスラエルへの事前通報なく行われたことや、そもそも中東訪問で湾岸諸国しか訪問せず、イスラエルを素通りして帰ってきたことで、「ネタニヤフ首相は完全にソデにされた」として大きな話題となっていたのですが、先週末のこの事件で中東情勢はますます、不安定に。
ロシアとウクライナも捕虜の交換は成立したのですが、停戦交渉に近づくどころか、むしろ、相手の国に自軍の捕虜が少なくなったことで安心して攻撃できるようになってしまったのか、ドローンを駆使して互いの首都まで標的に入れた空爆はむしろ激化しています。
「紛争をさっさと終わらせる」どころか、中東、ヨーロッパのどちらの戦線も泥沼化しているトランプ大統領、いったい今後、どうなっていくのでしょうか・・・
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員