キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2025年4月18日(金)
[ デュポン・サークル便り ]
引き続き寒い日が続いていた今週のワシントン。ですが、今週末は一気に暖かくなるようです。そろそろ、エアコンの季節点検が必要な時期になってきました・・・そして、この季節になると、再開しないといけないのが芝刈り、毎日の芝生への水やり、花壇の雑草取りなどの庭仕事です。実は、帰国便の4時間遅延を乗り越えて、先ほどなんとか東京に到着、この原稿は、日本で書いています。こちらも今日、明日は夏日ですね。
さて、今週は、日本から赤澤経済再生担当大臣が訪米し、いよいよ、トランプ政権との間で関税交渉の幕が切って落とされました。「デュポン・サークル便り」では、この交渉の主導権を握ったのが、穏健派のベッセント財務長官なのが、日本にとっては「ちょっとだけ朗報」と書きましたが、交渉が始まってみると、やっぱり、関税ごり押し論者のルトニック商務長官も交渉に参加。これが常態化すると、なかなか日本にとっては厳しい状況になりそうです。
しかもなんと!初回交渉だというのに、驚くなかれ、トランプ大統領まで交渉に乱入!NHKなど日本のメディアでは、赤の「Make America Great Again」野球帽をテーブルにおいて交渉に臨む赤澤大臣の様子などが既に報じられていますが、これはトランプ大統領の直筆サイン入りとか。また、トランプ大統領は、交渉に乱入(?)後、自身のSNSで「日本の代表団と面談できたのは光栄なこと。良い進展があった!」と、珍しくポジティブな書き込みをしていました。
ですが、当の交渉はやはり厳しいものだったようです。今回の焦点は関税をめぐる交渉が、いわゆる通商交渉の枠にとどまらず、為替や防衛費なども巻き込んだ包括的交渉になるのかどうか。この点について会談後に記者団から尋ねられた赤澤大臣は「為替の話『は』出ませんでした」と答えましたが、ということは、防衛費や日本による米製武器購入、駐留米軍経費負担などのトピックは、交渉の俎上に乗った可能性が濃厚だということ。この交渉、おそらく、いつもの通商交渉と違って、防衛省からもインプットが必要になる可能性が出てきました。こういう時こそ、国家安全保障局の存在感が重要になりますね。
日米間が関税交渉で緊張する中、週明けには悲しいニュースが飛び込んできました。「知日派」のゴッドファーザーといっても過言ではない、リチャード・アーミテージ元国務副長官が79歳で逝去されたのです。実は、このニュースを私が聞いたのは、ワシントン某所で行われていた故岡本行雄さんの追悼イベントでした。というのも、このイベントで、アーミテージさんと某元駐米大使が、岡本さんをしのび、日米関係の今後を議論する、座談会が行われる予定になっていたからです。最近は、ご病気などもあり、あまり公の場に姿をみせていなかったアーミテージさんのお話を久しぶりに聞けると思ってこのイベントに足を運んだ人は多いはず。座談会の相手だった某元駐米大使の方も、急遽座談会から短いスピーチに変更になったお話の中でショックが隠せない様子がありありでした。
アーミテージ元国務副長官の薫陶を受けた専門家は日米にまたがり、多数。日本では加藤良三元駐米大使と親友といってもいいくらい親しくお付き合いされていたことが知られますが、アメリカではカート・キャンベル前国務副長官、マイケル・グリーン元NSCアジア上級部長、ランディ・シュライバー元国防次官補、ビクター・チャ元NSCアジア部長など、今のワシントンでアメリカのインド太平洋戦略を語る時に欠かせない存在の専門家がずらりと名を連ねます。
実は、私も、まだ駆け出しだった20年以上前に、アーミテージ元副長官には、進路相談に乗っていただいていたため、一時期、割と定期的に(といっても2か月に1回とかその程度ですが)事務所に出入りしていた時期があり、これらの有名人の皆さんほど濃いお付き合いがあったわけではありませんが、やはり、逝去の報は他人事ではありませんでした。
日米関税交渉が幕を開ける前に息を引き取られたアーミテージ元国務副長官。日米関係の「一つの時代」の終わりを象徴するような出来事でした。すくなくとも今後4年間は、いままでの常識が一切通用しない時期に入ります。そんな中、残された我々は、次の時代の「日米関係」をどのように描いていけばよいのでしょうか。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員