外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2025年4月14日(月)

デュポン・サークル便り(4月14日)

[ デュポン・サークル便り ]


先週のワシントンは、再び冬に逆戻り。朝の気温が零下まで落ちた日もありました。当然のことながら、ソメイヨシノも散ってしまい、12日(土)はワシントンDC市内で桜祭りのパレードがありましたが桜は残っておらず・・・・ワシントンにきて30年が過ぎましたが、桜の開花時期のピークと桜祭りの時期がドンピシャで一致したのは片手で数えられるほどしかないような気がします。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

さて、4月3日以降、「トランプ関税」による激震は相変わらず続いています。なんといっても、米中二大貿易大国の間では、アメリカによる対中関税が145%(!)、対する中国もこれに対して対米関税を125%(こちらも!!!)まで引き上げて報復するという、まさに前代未聞の展開。中国政府の報道官は、最初にトランプ大統領が対中関税率の大幅な引き上げを発表した時に「我々はアメリカには屈しない。最後まで戦う」と決意表明しましたが、まさに言葉のとおり、デスマッチと呼べばいいのか、チキンゲームと呼べばいいのか・・。日米貿易摩擦が最高潮の時期ですらこんなことはありませんでした。

「有言実行の男、トランプ」と言ってしまえば「それまで」ですが、彼の有言実行に振り回される世界経済はたまったものではありません。4月3日以降、世界の株式市場は連日、乱高下が続き、老後の資金を投資口座に入れているアメリカ国民は毎日、ハラハラドキドキ。それでも、株価が大暴落した数日後に「中国を除く(←ここ重要)全てのアメリカとの交易国に対する関税率増加を90日間凍結する」と発表したあたり、やはり、「トランプ大統領が反応するのは、ウォール・ストリートだけ」というところでしょうか。とはいえ、90日間凍結されたのは4月3日に発表された追加関税分だけで、その前に発表された「一律10%」などは引き続き有効な訳なのですが・・・

日本にとっても当然、頭の痛い問題ですが、ここで日本にとって2つ、すこーしだけよいニュースが。関税をめぐる交渉を主導するのが、アメリカ側ではグリア―米通商代表に加えて、当初予想されていた「一律高関税ごり押し論者」として知られるラトニック商務長官ではなく、ベッセント財務長官になったことです。彼が通商交渉で主導的な役割を果たすことになったこと自体が、トランプ大統領がウォール街、つまり投資家の反応を一番気にしていることの表れと指摘する専門家は多いですが、日本をはじめとする対米貿易国にとって重要なのは、ベッセント財務長官が関税について「穏健派」だということ。

さらに、日本にとってのボーナスは、ベッセント氏が大の親日家だということ。同氏は、本業の投資で大活躍していた1990年代に日本に仕事のために長期出張していたこともあり、「日本は大好き」を公言してはばからない人。出張の際によく利用していたのでしょうか、ホテル・オークラを絶賛していたという話も聞きます。そんなベッセント財務長官は人柄も、誰に聞いてもちょっと「アレ」な評判しか返ってこないラトニック商務長官とは対照的に、誰もが「人格者」「温厚でバランス感覚のある人」と高評価。この人物が交渉の主導権を握っている間になんとか合意にこぎつけたいところでしょうか。

また、このような重要な交渉が始まると、俄然重要になってくるのが駐日アメリカ大使の役割。こちらも4月8日に、上院でジョージ・グラス氏の駐日大使人事が承認され、ジョー・ヤング臨時代理大使は、無事、厳しい通商交渉が始まる前に大使代行業から解放されることになりました(彼も、ホッとしていることでしょう・・・)

このグラス氏は、オレゴン出身の投資銀行家。トランプ第1次政権では駐ポルトガル米大使を務めていましたので、「大使業」には慣れています。しかも、彼の指名承認公聴会の準備などを手伝っていた知人に聞いたところ、グラス氏が常に気にしていたのは、大使館員の士気など、自分を支えてくれる「人」への配慮だそうです。「とにかく紳士でいい人(good human being)」というのがその知人の評価でした。日本は第1次トランプ政権の時も、ハガティ氏という、地元テネシー州での日本企業との付き合いなどから、大の親日家を駐日米大使に迎えるという幸運に恵まれました。ハガティ氏は、駐日大使を経て、上院選に出馬、現在は、テネシー州上院議員として当選回数は少ないながらも、トランプ大統領との良好な関係から、重要な閣僚の指名承認公聴会に向けた準備を手伝うなど、議会で大きな存在感を発揮しています。先月の訪日時に日本でファンを増やしたヘグセス国防長官も、指名承認公聴会前は連日、ハガティ上院議員に1対1でみっちりと指南を受けていたそうです。

通商交渉相手の人選や駐日大使人事で「ツイている」日本、これを生かして日米関係を安定させることができるでしょうか。今週に予定される赤澤経済再生大臣の訪米が重要な「最初の一歩」になりそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員