外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2025年4月7日(月)

デュポン・サークル便り(4月7日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは、先週から今週にかけて初夏を思わせる気温が続いた結果、桜は満開となりましたが、さらに今週頭にワシントン一帯にやってきた風と雨で、せっかく綺麗だった桜が、もう半分は散ってしまったでしょうか。「花の色はうつりにけりないたづらに」という上の句で始まる小野小町が詠んだ和歌はあまりにも有名ですが、本当に、このあっという間に咲いては散ってしまう桜の様子をうまくとらえた歌だなぁと思います。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

先週のワシントンは、「シグナルゲート」や国家安全保障会議と情報コミュニティの両方にまたがって実施された粛清人事と、ついに発表された「トランプ関税」で大揺れの1週間でした。

「シグナル」という、ちょっと機微なやり取りをする人によく使用されているアプリを介して、「ちょっと機微」どころか、ガッツリ軍事作戦計画に関するやり取りが、あろうことか、アプリのチャットグループを使ってウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官、ルビオ国務長官、ヘグセス国防長官などなどの主要閣僚の間で行われていたという仰天の報道に端を発した「シグナルゲート」。なんと、先週は、マイク・ウォルツ国家安全保障問題担当大統領補佐官が、公務に関係するメールのやりとりを彼の個人のGメールのメルアドを使って行っていたことも判明してしまい、事態は収束するどころか拡大の一途をたどっています。

たしか、2016年大統領選前に、ヒラリー・クリントン国務長官(当時)が、私用メールで公務のメールをやり取りしていたという報道が浮上し、これを絶好のチャンスと踏んだトランプ共和党大統領候補(当時)はこのスキャンダルに言及して「彼女を牢屋に入れちまえ(lock her up)!」とぶち上げていた記憶がありますが、それと大差ないことを2期目に入った自分の国家安全保障担当大統領補佐官がやらかしていたという事態になってしまいました。

この件について、トランプ大統領は、2週間前にこの話題が、件のチャットグループになぜか間違って入ってしまっていたジャーナリストのジェフリー・ゴールドバーグ氏率いる政治・外交専門誌である「ザ・アトランティック」誌にすっぱ抜かれた当初、ウォルツ氏を擁護する発言をした以降はずっと沈黙を守っていますが、この騒動から関心をそらしたいのでしょうか、先週後半に、唖然とするような粛清人事を相次いで発表しました。

まずはサクッと、NSCの情報部門に関連する部署の上級部長を含む6名が何の前触れもなく突然更迭。さらに盗聴・通信傍受などを専門に扱い、「そんな役所は存在しない(No Such Agency)」というフレーズで言及されたこともあるほど、その存在の全貌はなぞに包まれている国家安全保障局(National Security Agency, NSA)の長官兼サイバー軍司令官を務めるハウ(Haugh)空軍大将と彼の次席の二人が、こちらも突然、明確な理由もなく更迭。国家安全保障コミュニティ、とくに情報コミュニティを震撼させる事態となりました。

この人事、報道によると、発端は、トランプ大統領が極右の活動家ローラ・ルーマー氏と大統領執務室で会談した際に、ルーマー氏がハウ将軍を含む数名の政府関係者の名前を上げて、彼らの大統領に対する忠誠心に疑義を呈したこと。ですが、政権の人間、とくに上院の指名承認手続きを経てその職務についたハウ大将のような人たちの忠誠心は、大統領という個人ではなく、アメリカ合衆国に対して誓われるもの。「俺に忠実じゃないから」という理由で更迭人事が行われることは本来、許されることではありません。特に、政治的中立性がどの部局よりも求められる情報コミュニティにおいては尚更のこと。こんな人事が許されてしまう状態は、反体制勢力がつぎつぎと「無茶ぶり」の口実で粛清される独裁国家とほとんど変わりません。

さすがに議会は黙っていません。特に民主党の上院軍事委員会や情報委員会の委員を務める上院議員の間から、強い批判が起こっています。共和党も、現在のところ、まだほとんどの議員がこの件については口を開いていませんが、「シグナルゲート」で誰も政権関係者が責任を取らされることなく今に至っている中でのこのような強引な更迭人事・・・となると、共和党議員からも声が上がり始めるのは時間の問題かもしれません。

そんな中、満を持して(?)ついに4月2日に発表された「トランプ関税」。トランプ大統領本人は「アメリカを他国経済との貿易への依存から解放した記念すべき」ということで「解放記念日(liberation day)」と名付けてご機嫌です。10%の関税率引き上げベースに加えて、対米貿易黒字の割合に応じた追加の関税引き上げ、という、「20世紀初頭以来、こんな高率の関税が輸入品に対してかけられるのは初めて」という未曽有の事態。この非常に分かりにくい、世界貿易にとっての非常事態で市場は大反乱。この関税率引き上げが発表されて以来、株価はリーマン・ショックを彷彿とされる下落を続け、「ここで下げ止まるか?まだまだ下がるか?」という不安が一杯の中で、金曜日、市場取引が終わりました。

当然、日本も例外ではありません。2月に石破総理がいい感じで首脳会談を無事にこなし、さらに、3月29~30日にかけて初訪日したピート・ヘグセス国防長官もうまくやりました。中谷防衛大臣と並んで硫黄島の慰霊式に出席しただけでなく、日米防衛大臣会談や石破総理への表敬を通じて「日本はアメリカにとって一番大事な同盟国。一緒に中国の脅威に立ち向かうために頑張ろう」と発言する一方、「駐留米軍経費負担増要求」や「在日米軍司令部強化キャンセル」は完全に封印して心強いメッセージを出したからです。日本政府内でも数多くのヘグセス・ファン(?)を作って帰国したのに、この関税騒ぎで「安保はがっちり、でも通商はあまりにも大変」という状況があっさり生まれてしまいました。

よく考えてみれば、第1期政権であれほどトランプ大統領と親しくお付き合いしていた故安倍元総理も、当時、日本をアルミ・鉄鋼関税から守ることはできませんでした。しかも、この問題、米政府と「関税率もう少し下げてよ」と交渉しようにも、通常、この手の交渉をする窓口のはずの通商代表部の中堅幹部は、すべからく1階級、どうかすると2階級上のポストを代行中。彼らにはこんな重要案件を交渉できる権限なんてありません。かといって、いきなり「米通商代表VS経済産業大臣」の頂上決戦ができるほどの政治的体力も現在の石破政権にはなさそうな気配。日本にとっては試練の時期が続きそうです。

これだけでも、十分、大変だというのに、さらに4月3日には、お隣の韓国で憲法裁判所が、尹大統領の弾劾は妥当という判決をついに発表、予想されていた結果とは言え、これで尹大統領の罷免が確定し、韓国内政は当面、混乱が続くことが確実な状況になってしまいました。

アメリカ国内外で、既存の枠組みを壊しまくり、「世界最強の壊し屋」と化したトランプ大統領、壊すだけじゃなくて、何かそのあとにちゃんと作ってくれるのでしょうか・・・・来年の中間選挙で共和党に鉄槌を下すのが待ちきれない、という人が週を経るごとに増えていくような予感です。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員