外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2025年3月17日(月)

デュポン・サークル便り(3月17日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは相変わらず、気温の上下が激しい毎日が続いています。先週、ポカポカ陽気が続いて桜が少し開き始めてきたと思ったら、昨日までは再び、冬を思わせる寒さ。かと思うと、今日はまた生暖かい風が吹き、「春一番?」という感じです。これでは桜も、咲きたくても咲けないのではないでしょうか・・・。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

ますますエスカレートするトランプ劇場。「DOGE祭り」は相変わらず、連日の大騒動で、先週には、退役軍人省、教育省、国立衛生研究所(NIH)などの前で、突然の大規模人員整理に反対するデモ集会が行われている様子がメディアでは報じられ、話題となっていました。

ですが、私の半径5マイル内の生活圏では、ワシントンDC近郊の政治を中心にして世界が回る独特の空気を称してしばしば使われる「インサイドtheベルトウェイ(ワシントン近郊を取り囲む道路I-495の通称がベルトウェイなので、こう呼ばれます)」とその外側の温度差を感じさせるエピソードを常に見聞きします。ちょっと親しい人同士が集まると「そもそも、教育って州の権限じゃなかったっけ?しかも、コロナの時に、公立学校は教職員組合が対面授業の再開を拒んで1年間、子供の人生が無駄になったよね。ああいう事態を防ぐために介入することもできないんだから、連邦政府レベルの教育省なんて、連邦政府が出している奨学金プログラムの運用をやる人以外、職員、いらなくない?」とか「食品衛生局(FDA)に務めてる友達に聞いたら、コロナの時に、職員で投票して「今後、勤務形態を100%リモートにしよう」って決めていたのに出勤しろ、って言われるなんて」って怒っていて、そんなの、なんで職員の投票で勝手に決めて言い訳?と思ってた。今回、DOGEの人員整理で肩たたきにあってショック受けているから本人の前じゃ言えないけど、あれを聞いちゃったら同情できない。」などなど・・

お断りしておきますが、私が住んでいるバージニア北部は完全に「インサイドtheベルトウェイ」圏内。隣近所には現役の軍人か退役軍人、あるいは連邦政府関係者「しか」住んでいないと言っても過言ではないエリアです。そんなエリアですらこの状態なのですから、ベルトウェイの外の地域の反応が鈍いのは、良し悪しは別にして、十分、あり得るんだなぁ、と思わざるをえませんでした。

とにもかくにも「DOGE」祭りでアメリカ政府全省庁が影響を受ける中、先週はついに、ワシントンの安全保障コミュニティを大きなショックに陥れる事件が発生しました。国防長官直轄の長期戦力評価室であるOffice of Net Assessment (略称ONA)を閉鎖するという決定が下されたからです。

「ONA」と聞いてピンと来る方は、かなりの安保通。Office of Net Assessment (ONA)は国防長官直轄の、小さな組織で、長期戦略評価のみを行う組織です。2022年に国防省監査官が出したONAの監査報告書によれば、2022年時点でONAに属する職員数は10人が文民で4軍からそれぞれ1人ずつ来ている出向者併せて総勢わずか14人の小さな組織です。ONAが一気に名を上げたのは冷戦期間中。ほとんどの人が米ソ間の軍事面での対立のみに注目する中、ONAだけは、「冷戦に勝利する鍵はは、兵力数ではなく経済」と評価、アメリカと対抗するためにソ連に国家予算の多くを軍事費に投入せざるをいけない状況を作り出し、財政破綻でいわば自滅に追いこむーというシナリオを描き出し、「アメリカをソ連との冷戦勝利に導いた」という評価が定着しています。しかも、世界全体が、冷戦後、世界はこれで平和になる!と浮かれる中で「長期的には中国の台頭が世界秩序を脅かす存在になる」と分析、来るべき中国の台頭にどのように対抗するかを考え始めるべきだ、として専門家や、テーマによってはワシントン駐在の外交官などからも意見を聞くなどし、総合的な分析・評価を進めていました。

この組織が発足して以来、室長は現職のジム・ベーカー室長を入れて2人だけ。彼の前任の初代室長は、「国防省のヨーダ(スター・ウォーズに出てくる、あのヨーダです)」というあだ名までついたアンドリュー・マーシャル氏。同氏は、ニクソン政権中(!)の1973年にONAが設置されて以降、2015年1月に引退するまでの42年間に亘りONAによる20~30年先を見据えた長期戦略評価を主導、ニクソン政権からオバマ政権にいたるまでのアメリカの長期戦略評価をリードした稀代の戦略家です。そんな彼の指導のもとONAで勤務し、マーシャル氏から直接薫陶を受けた人の中には、安全保障専門家の間では知る人ぞ知る的存在のシンクタンクである戦略予算評価センター(CSBA)のアンドリュー・クレピノビッチ初代所長や、トム・マンケン現所長(元国防次官補代理)、エリオット・コーエン元SAIS教授、アーロン・フリードバーグ・プリンストン大学教授など、今のアメリカを代表する戦略論の研究家がずらりと名を連ねます。彼らは、ONAから離れ、自分自身が著名な研究者になった後も、常に「自分はSt. アンドリュース予備校卒業生だ」というアイデンティティ持ち、マーシャル氏を定期的に訪れては意見交換をしていたと言います。

ただでさえ、就任早々、「DE&Iは徹底排除する」というトランプ大統領の意思に沿う形で、広く慕われていたブラウン統合参謀本部議長を突然、解任。初の女性海軍作戦部長だったフランケッティ海軍作戦部長も同時に解任、さらに、ミリー前統合参謀本部議長の保全上のクリアランスをはく奪する「政治のあからさまな軍事への介入」と取られても仕方がない措置が次から次へと発表される中での今回のONA廃止決定。「効率化」をお題目にした政府の大幅組織改編と国防専門家の間ではこれまでにない緊張が走っています。後継組織の行方も含め、今後、ONA解体後の国防省が、どのような長期戦略評価組織を立ち上げていくのか、注目されます。

それにしても、毎週毎週、ものすごい衝撃度のニュースが何かしらワシントンを駆け巡るため、ついていくのが大変な一方で、だんだんショッキングなニュースに触れるのに慣れてきてしまっている自分もどこかにおり、それが怖いです・・・。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員