外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2025年3月10日(月)

デュポン・サークル便り(3月10日)

[ デュポン・サークル便り ]


今週ぐらいからようやくワシントンは暖かくなりそうです。春といえば、ワシントンDCの春は「桜」。これまでは気温の上下が激しく、その桜もなかななか、いつから咲き始めればいいのかわからなかったと思いますが、ようやく、比較的暖かい日が続くことが予想され始めたので、そろそろ、開花予想がでるかな?というところです。日本では冬の再到来を思わせる天気だったようですが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

ワシントンの先週の最大のイベントはトランプ大統領が3月4日(火)に議会で行った施政方針演説。要は就任一年目の一般教書演説ですが、これがまた異例づくめで、演説後数日間、この演説がニュースで話題になっていました。

なんといっても、まず話題になったのは、演説の長さ。予定より数分遅れの午後9時過ぎから始まった演説が終わったのはなんと午後11時近く。1時間40分余り続いたこの演説は、大統領が米議会合同本会議で行った演説としては史上最長。それまでの記録保持者であったビル・クリントン大統領(当時)の2000年1月の一般教書演説の記録(こちらも1時間29分49秒という長丁場さでした)を10分以上塗り替えました。

しかも、第二期政権も最後の年を迎え「最後におれはこれをやり遂げる」という決意表明を兼ねて延々と話し続けたクリントン大統領(当時)と違って、先週のトランプ大統領の演説は、大統領一家が演説に招待した賓客を巻き込んだ「イベント」が随所にちりばめられた、まさに「ドナルド・トランプ・ショー」でした。これらの「イベント」は

  • 賓客の一人の脳腫瘍を患っている黒人少年(ミュージシャン風の風貌のお父さんと一緒に出席)は、将来の夢が警察官になること。この少年に、わざわざシークレット・サービス局長から「シークレット・サービス警護官任命証」を少年の顔写真付きIDまで作って進呈
  • 不法移民に殺害された若い女性は自然愛好家で、とくに野鳥観察が大好きだったそう。そこで、賓客の一人である彼女のお母さまが見ているその場で、亡くなった女性が好きだった自然保護地域を彼女の名前を冠したものに命名する大統領令に演説している壇上で署名
  • 賓客の一人の軍人一家出身の少年は成績優秀、スポーツでも学校の正規の体育会(Varsity)のフットボールで活躍する文武両道の少年。そんな彼の夢は陸軍兵学校(ウエスト・ポイント)への進学。そんな彼に、演説の中で「君は合格だ!」と聴衆の前でトランプ自ら通知


などなど。「人情のある男、トランプ」を意識的に演出したイベントでした。また、トランプ政権になってから、いわゆる「多様性、公平性、包含性(Diversity, Equity and Inclusion)」制度を片っ端から撤廃したり、不法移民強制送還の「有言実行」で大ブーイングを浴びていることを意識してか、賓客の顔ぶれは女性やヒスパニック系、黒人など、多様性に富んでいたのも興味深かったです。

さらに、演説の内容も異例ずくめ。通常、議会合同本会議場で大統領が演説を行う際には、多少、自分の政党の議員しか拍手しない場面があったとしても、演説では何カ所か、民主、共和両党の議員が総立ちになるような内容をちりばめるのがお約束。また、前任を名指しての批判はしない、どうしても批判したい局面では「私の前任は」とか「あっち側の人たち(the other side)」など、間接的な表現を使うのも、不文律です。しかし、先週の演説では、トランプ大統領は「バイデン批判」「リベラル民主党批判」を全開。あらゆるポイントで「バイデン政権では・・・」「民主党のリベラル達は・・・」など激しく批判しまくり、「バイデンは史上最悪の大統領だった」とまで発言。ここまでこき下ろされた民主党議員は、当然、態度を硬化。議場の反応は見事に共和党サイドと民主党サイドで別れ、民主党議員の中には、トランプ大統領の演説を「嘘だ!」「メディケイドを守れ!」などの不規則発言で遮りまくり、業を煮やしたジョンソン下院議長から退場を命じられる議員まで出ました。それ以外の民主党議員も、多くが演説中に「嘘つき(Liar)」「嘘っぱち(False)」などの言葉が書かれたプラカードをずっと掲げ、演説の途中で「もうたくさん」とばかりに退席する議員も続出しました。

そんな異例づくめだったトランプ大統領による演説。ですが、バイデン前大統領をことあるごとにこき下ろしていたのは大人気なかったですが、「肝心の演説の内容はそんなにひどくないじゃん」と私が思ってしまったのは、私が保守化してしまったからなのでしょうか。

さすがに外交問題に関する部分は「おいおいおい」と思った部分がありますが、国内問題、とくに社会問題や環境問題については「だよなぁ、やっぱり女子スポーツは女子だけのものだよ」「自分の子供のジェンダー・アイデンティに関する問題が、親の知らないところで、学校と未成年の子供の間だけで話が進むとか、おかしいよ」「そうだよね、環境に悪いのはわかるけど、電気自動車とか高すぎるし、そんな急に『脱炭素』は難しいよ」など、聞いていて意外とストンと腹に落ちる内容が多かったのです。

ワシントンでは、毎日、その悪名が轟いているイーロン・マスク率いる「DOGE」チームにしても同じこと。ワシントンDC近郊の経済や生活水準は、連邦政府職員や政府からの契約を受注する業者により保たれているといっても過言ではないため、彼らの生活を根底から揺るがす「DOGE」チームによる大規模な人員整理は、天変地異に等しい一大事です。ましてや、これまで、「とにかくリタイヤするまでなんとか勤め上げると、そのあとは連邦政府職員用の年金が保証されている」という超安定雇用の世界「しか」しらなかった人にとっては、突然のレイオフ、先の見えない将来・・・なんて、恐怖以外の何物でもありません。

ですが、連邦政府以外の世界では、実は、業績悪化を理由にした突然の大規模人員整理は日常茶飯事。リーマン・ショックの時には、つい前の日までウォール・ストリートで一日、数億ドルを稼ぎ出していたディーラーや高い給料をもらっていた証券アナリストたちが一晩にして職を失ったわけです。私のいるシンクタンクでも、プロジェクトのお金が無くなってしまい、代わりの資金源をひねり出せなかった人が給料をカットされる、あるいは解雇される、というのはよくある話。当然、生活の保証なんてありません。つまり、よくも悪くも、いかにこれまで連邦政府職員の雇用がいままで守られていたか、ということです。だからでしょうか。ワシントンでは連日、いろいろな場所で「反DOGE」デモが行われていますが、ワシントン近郊を一歩出てしまうと、そのような抗議活動はかなり下火なのです。

このあたりに、去年、トランプ大統領が選挙で大勝した理由や、そのあと、民主党が対応に苦慮している理由が少し見えたような気がします。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員