外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2025年3月4日(火)

デュポン・サークル便り(3月3日)

[ デュポン・サークル便り ]


これを書いている今(3月2日)は、3月3日のひな祭りの前日。これをみなさんがご覧になるころには日本はひな祭りですね。ワシントンDC近郊は、週末にかけて冬に逆戻りしたような寒さで、朝晩は零下です。週明け、とくに後半には、少しずつ春に向かって気温も緩み始めるようですが、実はワシントンは、毎年、その3月、ようやく春が来たと思って油断すると、雪に見舞われることが多いので、まだ油断は禁物です。そんな中、私事ですが、昨日(3月1日)は全米ツアーの一環でDC近郊を訪れているKODO鼓童のパフォーマンスに息子を連れて観に行ってきて、元気をもらってきました。

ここワシントンでは、先週末、「DOGE祭り」も吹っ飛ぶ米外交史上、おそらく初めてと思われる事態が発生しました。トランプ大統領は、218日、ロシア・ウクライナ戦争終結に関する協議を、ウクライナを蚊帳の外に置いて、ロシアと2国間で(しかもサウジで)突然開始し、ゼレンスキー・ウクライナ大統領を「独裁者」呼ばわりするなど大暴走を始めました。その後は、マクロン仏大統領や、スターマー英首相が相次いで訪米、トランプ大統領との首脳会談に臨みました。両首脳はそれぞれトランプ大統領に「欧州はロシアとウクライナの間で停戦合意が成立した場合には、平和維持軍への部隊派遣も含め、全力で支援する」という決意を表明、さらにトランプ大統領を持ち上げまくりました。トランプ氏が大統領に就任する前から、火災の被害に遭い、修繕工事中ずっと閉鎖されていたノートルダム寺院の開院式に合わせてトランプ氏をパリに招待、彼のパリ滞在中は、最大級のおもてなしでトランプ氏を歓迎するなどしていたマクロン仏大統領。2月24日の米仏首脳会談時、トランプ大統領との見解の相違は隠しようがありませんでしたが、それでも、昨年12月にトランプ大統領がノートルダム寺院を訪れた際のエピソードなどに触れてトランプ大統領との友好関係を必死で演出しました。スターマー英首相にいたっては、共同記者会見の席上で、チャールズ2世国王陛下からの直筆の署名入りの訪英招待状を手渡すという、通常、このような派手なパフォーマンスを好まないイギリス人らしからぬサービス精神を発揮、イギリス国内で「ちょっとやりすぎじゃね?」という批判の声が聞かれたほど。

このような欧州2首脳の、プライドをかなぐり捨てた(?)首脳外交の成果か、スターマー英首相との首脳会談の席上、トランプ大統領は「ウクライナのゼレンスキー大統領が今週末にはワシントンを訪問する。そこでアメリカとウクライナはウクライナにとっても良い合意に署名できるだろう」と楽観的な発言。ちょっと前までゼレンスキー大統領を「独裁者」と呼んでいたではないか、というプレスの指摘には「え?俺、そんなこと言った?信じられない。彼のことはすごく尊敬している。はい次の質問は?」とすっとぼけた振りで完全にスルー。しかも「ロシアも妥協しなくちゃいけない。(ウクライナの領土を)できるだけ取り戻すように努力する」とまで発言するところまで事態が前進するなど、合意の内容に若干、不確定要素があることは否めなかったものの、3年目に突入したロシア・ウクライナ戦争にようやく終わりの兆しが見えてきた、という安堵の空気が漂い始めました。

ところがです!その合意が署名されるはずだった米・ウクライナ首脳会談の席上、あろうことかトランプ大統領とゼレンスキー大統領が怒鳴り合いの口論になり、炎上するという、全く想定外の事態が発生。当然、合意署名はなし、会談直後に予定されていた共同記者会見や昼食会も中止、実質、ゼレンスキー大統領一行はホワイトハウスから追い出され、合意署名を終えた後にゼレンスキー大統領が今後の展望を語る予定だったハドソン研究所での演説もキャンセルとなりました。

最初は冷静なトーンだった両首脳の議論のトーンが一点、ヒートアップしたきっかけは、同席していたバンス副大統領の、「ウクライナはアメリカに対して、一度でも『ありがとう』といったことがあるのか」という発言でした。「そもそも論」から言えば、バンス副大統領の発言は、例は必ずしも適切ではないかもしれませんが、まるで「反社」勢力の「若頭」が「てめぇ、うちの親分にちゃんとお礼いったのかよぉ?」と絡んでいるのと大差ない失礼さ。ですが、仏英両首相の体当たり外交のおかげでなんとかトランプ大統領とホワイトハウスでの公式会談に漕ぎつけたゼレンスキー大統領。彼の最大の仕事は、「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び」で、なんとかアメリカとの間に希少鉱物開発をめぐる合意にこぎつけ、アメリカにウクライナの領土保全と安全にコミットしてもらうことだったはず。それがバンス副大統領の挑発に乗って、理性が吹っ飛んでしまい、プーチン大統領を批判しようとしないトランプ大統領の姿勢を批判し始めるという、トランプ大統領との会談の「べからず集」のナンバー1といっても過言ではない「いくら腹立たしくても絶対にメディアの前でトランプ大統領を批判してはいけない」をやってしまったのです。

これにマジ切れしたトランプ大統領は、「アメリカの支援がなければ、この戦争は2週間でカタがついていただろう!」「お前は第三次世界大戦になるリスクを冒してるんだぞ!」などとガチに応戦する・・という収拾不能な事態になってしまったのです。

しかも、日本の皆さんもご存じのように、ことの顛末はトップニュースとして全世界に配信されてしまいました・・・・

ウクライナ国民が「俺たちのゼレンスキーがトランプの横暴に立ち向かった!」とゼレンスキー大統領支持で一気にまとまる一方、アメリカの国内はどうかというと・・・当然、メディアによく登場する外交・安保アナリストや民主党議員はほぼ全員一致で大ブーイング。ですが、肝心の共和党議員は・・・・あろうことか「俺たちのトランプ、とうとうゼレンスキーに物申した!」となんと歓迎ムード。いかに共和党内で「ウクライナの民主主義を守る戦いを支持する」とはいいつつも、終わりが見えない対ウクライナ援助に嫌気がさしていた議員が多かったのかを感じさせる真逆の反応となりました。

これで、せっかく終わりが見えてきたと思ったロシア・ウクライナ戦争の見通しがまたわからなくなってしまったのは事実です。とは言え、つい数日前にホワイトハウスでトランプ大統領に大サービスしたスターマー英首相が、3月2日にロンドンでウクライナ情勢について議論するための欧州首脳会談を主催、その前日にロンドン入りしたゼレンスキー大統領に「英国はあなた方と共によって立つ」と力強く表明したことから見ても分かる通り、今回の事態を受けてさすがの欧州諸国も我慢の限界に達したのか、「和平交渉の主導権は欧州が握らなければ」という当事者意識に俄然目覚めたかのように、事態が急展開しています。

そんな中、日本の石破首相は「両氏とも一日も早い平和ということで一致している」「それぞれの利益を最大限に実現していくためには、忍耐や思いやりもいる」「G7の結束が乱れないように努力する」などと、正直、生ぬるい発言に終始。周回遅れの感は否めません。正面切ってアメリカを批判したくないのは分かりますが(欧州諸国もさすがにそれは避けています)、それならそれで「欧州の和平への主導権を取ろうとする努力を日本は力強く支持する」「ウクライナからの避難民を受け入れている中東欧諸国に一層の支援をする」など他にも意思表明の仕方はあったはず。岸田前総理は「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と、ロシアがウクライナを侵略した当初、煮え切らない態度の東南アジア諸国にはっぱをかけ、「民主主義国を支持する日本」としての存在感を強く示したわけですが・・・


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員