外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2025年2月25日(火)

デュポン・サークル便り(2月24日)

[ デュポン・サークル便り ]


1月の「トランプ2.0」開始後、一日でもニュースをチェックしないと、連日、トランプ大統領から繰り出される行政命令の津波に飲み込まれて、どんどんワシントンの最新ニュースに取り残されてしまうというのに、よりによってこの時期に私事ながら、ちょっと体調を崩してしまい、そのため、「デュポンサークル便り」が滞ってしまいました。まだ本調子にはほど遠いのですが、それでもなんとかコンピューター画面を見ることができるまでには回復しましたので、これ以上、ニュースサイクルに取り残される前に、再開することにしました。すぐにはこれまで通り週一回ペースには戻れないかもしれませんが、ご容赦いただければ幸いです。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、ワシントンは、「DOGE祭り」で連日、大揺れ。トランプ大統領との蜜月状態を武器に、政権発足直後のUSAIDや教育省廃止決定に続き、次から次に連邦政府の規模を縮小するべく大ナタを振るい続けるイーロン・マスク氏。人員整理だけにとどまらず、「政府支出の無駄点検」を名目に、連邦政府職員の給与支払いシステムは、社会保険料支払いシステムのデータまで入手しようとするに至り、さすがに議会でも炎上。そもそも、連邦議会が予算法案の可決により決めている連邦政府予算を、選挙で選ばれてすらいない、見方によっては「一私人」のマスク氏率いるタスクフォースの一存でゼロにしていいのか、という点については、その合法性と、「三権分立」の原則と照らし合わせた合憲性に、疑問が付きまとう問題です。このため、全米各地の連邦地裁でDOGEの動きを止めようと、差し止め命令が出されていますが、当のマスク氏はどこ吹く風。なんど2月22日(土)には、「先週1週間で、あなたが仕事で上げた業績を5つ箇条書きで答えてください」という内容の、連邦人事管理局(OPM)が差出人名義とされたEメールが全連邦政府職員に対して送られ、しかも回答期限が週明けの2月24日(月)とされていたから、さあ大変。

この件については、連日の大統領令やDOGEチームによる大量解雇などで大混乱が続く陰に隠れて、いつの間にか上院本会議で指名が可決され、FBI長官に就任しているカッシュ・パテル長官ですら、全職員に対し「OPMが差出人となって送られているメールには、今は回答する必要はない。人事については、長官室が見直しており、何らかの回答が必要と判断される場合には、後日、連絡する」という通達を出したほど。パテル長官といえば、指名された直後は、2021年大統領選の結果を受け入れないような発言や、1月6日の連邦議事堂襲撃事件で逮捕された人々を擁護するような発言が問題視され、指名承認公聴会でも緊張したやり取りが行われていた人物です。そのパテル長官が異を唱えるのですから、政権内でも対立の火種になりかねない雰囲気です。

さらに23日には、「DOGE祭り」を凌駕する事態が発生しました。ブッシュ(父)政権時代に統合参謀本部議長を務めた故コリン・パウエル元国務長官に続いて黒人として2人目の統合参謀本部議長に就任したCQブラウン空軍大将と、女性初の海軍作戦部長に就任したリサ・フランチェッティ海軍作戦部長が相次いで解任されたからです。

トランプ大統領はかねがねフランチェッティ海軍作戦本部長について、「DEI雇用」、つまり、女性であるという理由だけで、ある意味「下駄をはかされた」形で海軍作戦本部長に任命されたと批判していました。そのため、ご本人には気の毒ですが、彼女の解任は想定内。ですが、ブラウン統合参謀本部議長は、トランプ大統領自身が第1次政権の時に空軍参謀総長に指名した4つ星の将軍、しかも後任に、既に大将となっている幹部を充てるならまだしも、指名が発表されたのは、昨年12月に既に退官してしまっている3つ星のダン・ケイン退役空軍中将。

米軍制服組のトップに既に退役した将官が指名されるケース、どこかで聞いたことがあったような・・・と思い、記憶をたどっていったら、やっぱり、ありました。第1次ブッシュ(子)政権時代の2003年、ラムズフェルド国防長官(当時)が、退官するシンセキ陸軍参謀長の後任に、既に2000年に退役していたピーター・シューメーカー元特殊作戦軍司令官(当時)を充てた、という前例はあります。ですが、この人事は、それまでにイラク戦争の進め方をめぐりラムズフェルド長官との間に軋轢が伝えられてはいたものの、形式としては、退官するシンセキ大将の後任人事として行われたもの。また、シューメーカー自身も4つ星の大将ですので、1986年に制定されたゴールドウォーター・ニコルズ法が統合参謀本部議長有資格者の条件に上げる「戦闘軍司令官経験者、もしくは各軍参謀長経験者」の条件は満たしています。今回のブラウン統合参謀本部議長のケースのように、わざわざ解任した上に、同法の要件を満たしてすらいない退役中将を後任に持ってくるなんて、こんな強引な将官人事は前例がありません。

これまでも「お騒がせ人事」が続いているトランプ大統領ですが、ここにきて、「政治的中立性」が最も重要とされる軍幹部人事にまでいよいよ介入し始めたとあって、国防省内外では衝撃が走っています。特に、ブラウン議長の後任に発表されたケイン退役中将は、第1次トランプ政権時に、トランプ大統領との面会時に「MAGA」のロゴが入った野球帽をかぶっていたという未確認情報がある、つまり、政治的に「トランプ寄り」だから起用されたのでは、と思われる人物。既にロバート・ケネディJr.保健福祉長官や、トルシ・ゲッバード国家情報官などの指名承認が、上院本会議で穏健派共和党上院議員2名が造反して反対票を投じた結果、49対50という僅差でなんとか通過するなど、人事ではギリギリの局面をなんどか経験しているトランプ政権ですが、ケイン統合参謀本部議長指名と、これから発表されるフランチェッティ海軍作戦部長の後任の指名承認公聴会が大荒れになるのは必至です。

かと思えば、外交面でも、突然、ロシア・ウクライナ戦争の終結に関する協議を、何とウクライナを蚊帳の外に置いてロシアと2国間で開始してみたり、トランプ大統領がゼレンスキー・ウクライナ大統領を「独裁者」呼ばわりしたり、と大暴走。こちらについても、ウクライナも、現時点では表向きにはゼレンスキー大統領がトランプ大統領に対して冷静な反論を試みる一方で、アメリカとの間で別途、希少鉱物の対米提供に関する交渉を始めるなど、したたかに対応していますが、今後の見通しは不透明です。

内政に外交に、文字通り連日連夜、あまりに政権発のニュースが多すぎて煙に巻かれたような感じになります。実は、トランプ大統領の狙いはそこにある、という見方をするアナリストもちらほら。ただ一つ確かなのは、トランプ大統領は、中間選挙前に、選挙公約に掲げたアイテムは、可能な限り実現するべく、突っ走るつもりだということ。ということは、これからもっと大変な時期に入ります。中間選挙まで、体力勝負の日が続きそうです・・・。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員