キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2025年2月10日(月)
[ デュポン・サークル便り ]
これを書いているワシントンDC時間の2月9日は、全米最大のプロスポーツ・イベントといっても過言ではない「スーパーボウル」がニューオーリンズで行われた「スーパーボウル・サンデー」。3連覇をねらったカンザス・シティ・チーフスでしたが、2年前のスーパーボウルでチーフスに38対35というわずか3点差で惜敗し、涙をのんだフィラデルフィア・イーグルスが立ちはだかりました。前半終了時はなんと34対0という大差でイーグルスがリード。最後の最後で気を吐いたチーフスがなんとか22点取ったものの、40対22でイーグルスが今年のスーパーボウルを制する形になりました。
ですが、全米がこのスーパーボウルに向けて盛り上がっていた2月3日の週は、ワシントンは大揺れ。内政問題では、
などなど、どれか1つだけでも大きな衝撃が走るようなニュースが4つもほぼ同時並行でワシントンを駆け巡り、先週頭には財務省前でデモが発生。加えて、外交ではイスラエルのネタニヤフ首相がワシントンを訪問、トランプ大統領と会談した後の共同記者会見の席で、トランプ大統領が「ガザはアメリカの管理下において、そこに大きなリゾートを立てる」という、イスラエル・パレスチナ間の和平交渉のこれまでの常識を吹っ飛ばすような仰天の提案。
とこれだけニュースが相次いだあとに、ひっそりと7日(金)早朝にワシントンに到着したのが石破総理でした。トランプ大統領と会談を終えると、その足で帰国、実質12時間も滞在しなかった石破総理、日本では、初の顔合わせとなるトランプ大統領と、個人的に良好な関係が築けるかどうかが注目されていました。
総理には気の毒なのですが、騒然とするワシントンではほとんど注目を集めなかった今回の訪問。ですが、欧州やアジアでは今回の訪米は大きく注目されました。何と言っても、トランプ政権発足後、ホワイトハウスでトランプ大統領と対面での会談に臨んだ外国の首脳は石破総理で2人目。いつもなら日本と競って、死に物狂いで首脳会談のスケジュール設定を目指す韓国が、今回内政の大混乱で全く動けなかったこともあり、アジアの国の中では断トツの速さで会談が設定されたためか、「いったい何を話すのか?」と会談前から注目されていました。
特に着目されていたのは経済・貿易問題を巡る議論。大統領就任前から「交渉の武器として関税を賢明に使う」ことを公言していたトランプ大統領が、カナダ、メキシコ、そして中国に対して効率の関税を発動することを発表、各国が対応に追われる真っ只中で行われた会談だったこともあり、日本製鉄によるUSスティール買収についてどの程度やり取りが行われるのか、対日関税の可能性についてトランプ大統領が何か踏み込んだ発言をするのか・・・などが注目されていました。
ですが、蓋をあけてみると、意外や意外、会談は基本的に和やかな雰囲気の中で行われました。まず、ホワイトハウスに到着した石破総理を出迎えたトランプ大統領が、メディアからの声掛けに対して発した第一声は「we love Japan!」そのあとの首脳会談開始前の記者会見や会談後の共同記者会見でもトランプ大統領は「日本は長い文化を持つ偉大な国」「日本とアメリカは80年もの間、友好関係をはぐくんできた」などと、親日的な発言に終始しました。
また注目されていた日鉄によるUSスティール買収問題については「買収ではない、日本製鉄がUSスティールに投資するのだ」と発表。貿易問題についても「確かに日本に対してアメリカは1000億ドル近い貿易赤字を抱えている。でも、この問題は迅速に解決できるだろう」などとカナダやメキシコをめぐる関税トークとはかなりトーンが違いました。
石破総理も、当初は不安視されていましたが、関係者による当初の予想を上回るパフォーマンスを見せました。記者会見では、トランプが好きな「相互主義」「日本の防衛力強化は米国に言われずとも日本自身が取り組むべきこと」などの発言を連発。「日本は総額1兆ドル近い対米投資を行う」など、日本側で入念に作ったと思われる「お土産」についても発表しました。
また、首脳会談後に発表された共同声明の中では、バイデン前政権時代に日米政府間で合意された内容がほぼノータッチで書かれていました。まだ国務省も国防省も、長官以外は、副長官~次官補クラスが、指名はされていますが議会公聴会まで誰も漕ぎつけておらず、トランプ政権内で通常、この手の案件を日本側と詰める中堅幹部ポストがほぼ軒並み空席の状態の時に、「先手必勝」で日本側としてトランプ政権と再確認したい項目を片っ端から共同声明に入れた日本側関係者の勝利でしょうか。
また、この共同声明のなかで台湾に対するコミットメントが日米両国の共通の認識として書かれたことは、「中国との取引のコマにされてしまうのでは」と不安が高まっていた台湾には朗報だったのではないでしょうか(とはいえ、台湾に対しては既に、防衛費を圧縮しようとする立法院の動きを批判する向きがトランプ政権内で出てきているので、油断は禁物ですが・・・)
ですが、共同記者会見の場では、「あぁ、やっぱり、トランプさんは安倍さんと話せなくなって寂しいんだな」と思わせる場面が多々。共同記者会見のパートナーとして隣に立っている石破総理そっちのけで「偉大なシンゾー・アベ」「前回、大統領だった時はシンゾーと苦労して一緒に頑張った」「(石破総理に対する印象を聞かれて)安倍総理は彼のことを非常に高く評価していた」などなど、口から出るのは安倍総理の話ばかり。しかも、記者会見が終わったら、最後に石破総理と握手もせずに、1人でさっさと退場。式次第が決まっている共同記者会見の場では、なんとか良好な関係をアピールしたものの、やはり2人の歯車はなんとなく噛み合っていないことが、ふとした拍子に出てしまう場面も見られました。ということは、やはり、「石破・トランプ関係」はやっぱり前途多難。そうこうしているうちに、今週水曜日(2月12日)には、インドのモディ首相がホワイトハウスでトランプ大統領と会談予定。アメリカ国内のインド人不法滞在者を、米軍機でインドに送り返した直後の訪米とあって、米印関係は波乱含みのスタートなることが確実ですが、それでも会談では防衛技術協力は通商問題などが議論される予定とか。
不法移民の強制送還に米軍機を使ってみたり、ガザの一大「リゾート地」化をぶち上げてみたり、型破りな言動を連発して、文字通り世界を振り回しているトランプ大統領。今週はいよいよ、国内でケネディ保健福祉長官やパテルFBI長官、ギャバ―ド国家情報官などの「お騒がせ閣僚候補」の上院での承認も控えており、内政は引き続き、波乱含みです。さてさて、今週はいったい、どんな仰天発言がトランプ大統領からは飛び出すのでしょうか・・。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員