キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2025年1月16日(木)
[ デュポン・サークル便り ]
あまり「デュポンサークルだより」では号外や特別号は出さないのですが、先週のワシントンは、大雪で、ほぼ1週間、ワシントンDC全域が機能不全になる中で、一大国家行事が決行されため、これは特別号を出すに値すると思い、これを書いています。その一大行事とは、昨年末12月29日に地元ジョージア州で100歳の大往生を遂げたジミー・カーター第39代大統領の国葬です。
カーター元大統領といえば、私自身、彼が現役の大統領だった時は、まだ子供でほとんど記憶がなかったため、逝去の報を受けてから、改めて彼の一生を調べてみました。そうしたら、なんとまぁ、波乱万丈の人生。ジョージア州片田舎のプレインズという町に4人兄弟の長男として生まれ、コミュニティ・カレッジやジョージア工科大学を経て海軍士官学校に入学。海軍入隊後は、原子力潜水艦乗りとなり、順調に海軍士官としての道を歩むはずが、実父の死去で、家業のピーナッツ農業を継がなければいけなくなり退官。そこから、経営を引き継いだ農場の負債整理をするなど大変な苦労をした後、ジョージア州上院議員を務めた後に、知事を一期、そのあと大統領選に出馬して1976年の大統領選に勝利し、第39代大統領となりました。
大統領在任中は、外交では米中国交正常化や中東におけるキャンプ・デービッド和平合意、国内政策では、航空産業の規制緩和や、環境問題への取り組み、また連邦緊急事態管理庁(FEMA)創設などに取り組みましたが、任期の最後の方は米国経済が低迷していたことにも影響され、大統領在任中の功績についての評価は今一つ。むしろ、彼の本領が発揮されたのは、1980年大統領選に破れて、前(元)大統領になってから、というのが彼のイメージでしょう。中東やアフリカ、中南米、東南アジアなどに特使として趣き、「元大統領」の肩書をフル活用して外交活動に励みます。中でも北朝鮮問題については、クリントン政権の時(1994年)もオバマ政権の時(2010年)も、大統領特使として北朝鮮を訪問したほどです。
また、外交面だけでなく、国内でも、「Habitat for Humanity」という、アメリカで低所得層が住む地域に家を建て、その地域の住む人々に住む場所を提供することを主な目的とした非営利団体の活動に積極的に参加して、自ら汗を流して家を建てている姿が報じられ、話題を集めていました。ですが、2015年に癌であることを公表、2023年2月にホスピスで残された人生に関し緩和医療を受けて生きる、と発表した後は、2023年11月に奥様のロザリン夫人の葬儀で姿を見せた以外は公けの場には一切姿を現さず、静かに余生を過ごしていました。
元大統領の逝去、という一大事に、国葬に向けての数日間は、「やる時はやる」アメリカ政府の底力が感じられました。大雪と、それに続く氷点下の極寒の気温のためにあらゆる道がスケートリンク状態になったため、連邦政府は休み、近郊の学校も9日まで休校、という非常事態の中、カーター元大統領の国葬関連行事だけは、全て予定通り。棺をアンドリュース空軍基地から連邦議会議事堂に輸送する車列のために、30センチ近く積もっていた雪は全て綺麗に除雪され、氷の除去も万全。国葬の9日当日も、棺の移動経路は朝から交通規制が敷かれ、ワシントン市内の交通はほぼ一日、麻痺しました。
そういえば、レーガン元大統領が亡くなった時も、私がよく車で通る道が、10年以上、穴ぼこだらけだったのに、そこをワシントン大聖堂に行くためにレーガン大統領の棺を乗せた車列が通ることが決まったとたん、一晩で綺麗に再舗装されましたっけ・・・
加えて、国葬ともなれば、バイデン大統領夫妻・ハリス副大統領夫妻はもちろん、現在存命の前・元大統領夫妻、前・元副大統領夫妻が葬儀に全員集合するだけでなく、連邦議員や最高裁判事、米軍幹部など、VIPが国葬が営まれるワシントン大聖堂に勢ぞろいするため、警備も、大統領就任式並みの厳戒態勢。日本から政府特使として参列された菅元総理をはじめ、海外からの来賓は、聞くところによると、なんと当日は国務省に朝7時前に集合し、バスでの移動となったとか。
国葬も当然、アメリカのほぼ全てのネットワークで生中継されたわけですが、葬儀前にとても興味深い風景が。「大統領・副大統領経験者サークル」の人が座るエリアは、当たり前ですが、決まっており、席の順番も時系列のため、なんと、大統領就任式を控えたトランプ前大統領とオバマ元大統領の席が隣り合わせ。昨年の大統領選期間中、ものすごい中傷合戦を繰り広げていたトランプとオバマが隣同士の席というのが何ともシュールですが、隣り合った2人が、時には笑みを浮かべながら、葬儀が始まるまでにこやかに談笑していたのには仰天させられました。ワシントンの政治エスタブリッシュメントとは一貫して距離を置き続けているトランプ前大統領の方から、葬儀の式次第を広げてオバマ元大統領に「この人、誰?」「何でこの人がここで話すの?」などと積極的に話しかけている様子だったのが、とても印象的でした。ミシェル夫人が欠席だったため、トランプ前大統領とローラ・ブッシュ夫人に両隣を挟まれ、すぐ後ろにはマイク・ペンス前副大統領夫妻と、アル・ゴア元副大統領、というシチュエーションになったオバマ元大統領は全員に笑顔を振りまきながら、文字通りの「全方位外交」。トランプ前大統領夫妻が座っている方向に目を向けようともしないクリントン元大統領夫妻やブッシュ(子)元大統領夫妻との違いが際立っていました。こんなところも、大統領職を辞してなお、人気が衰えない理由でしょうか。
バイデン大統領夫妻とハリス副大統領夫妻の間でほとんど会話がなかったのも印象的でした。選挙期間中、「ものすごく親しい」感を演出していた2人でしたが、あれは単なるパフォーマンスだったんでしょうか。それとも、やっぱり、ハリス副大統領が「あなたがいつまでも再選運動やめないからこんな結果になったのよっ!」と未だに根に持っているのでしょうか。ちなみに、バイデン大統領は、自分の元上司のオバマ元大統領にすら話しかけておらず、座っている姿は、失礼ではありますが「おじいちゃん、大丈夫?」と声をかけたくなるような逆(?)オーラが全開していました。あれじゃ、ぶら下がり会見とか、カジュアルな記者会見とかは、無理ですね・・・
実際の国葬も、非常に印象深いものでした。特にびっくりしたのは、カーター元大統領は、1976年大統領選挙で壮絶なバトルを繰り広げ、「最大の政敵」といってもいいはずの故フォード元大統領と、お互いが「元大統領」になった後は無二の親友といってもよいくらいの大親友になり、家族ぐるみで付き合っており、なんとお互いの葬儀で弔辞を読み合う約束をしていたということです。とはいっても、既に2006年に亡くなってしまっている故フォード元大統領が弔辞を読むことはできないので、息子さんが代読したわけですが、この内容が、お互いが友情を深めていった個々のエピソードがちりばめられユーモアにあふれ、聴衆を泣き笑いさせる素晴らしいもので、「大統領時代を含め、生前のフォード元大統領のどの演説よりも素晴らしい」と、実況中継をしていたアナウンサーがいうほどの秀逸なできだったことです。また、カーター政権で副大統領を務め、その後駐日大使も務めたモンデール元副大統領も、弔辞を読む約束をしていたようで、2021年に亡くなった同元副大統領が書き残したものを、うり二つの息子さんが代読。こちらも、2人の関係の近さが感じられるとても素晴らしいものでした。
ちょっと長くなってしまいましたが、少しでも当日の雰囲気をお伝えできていれば幸いです。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員