外交・安全保障グループ 公式ブログ

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2024年11月8日(金)

デュポン・サークル便り(11月8日)

[ デュポン・サークル便り ]


11月5日、ついにアメリカ全土で大統領選挙の投票が行われました。投票前は7州あるすべての「激戦州」でデッドヒートが予想されていたため、「結果が確定するまで何日かかる?」「トランプが負けたら、ちゃんと負けを認めるのか?」などの憶測が流れ、治安状態が悪くなることを予想したワシントンDCでは、バウザー市長が事前に州兵に待機要請を出すなど、物々しい雰囲気に包まれました。ところが、蓋を開けてみると、数日どころか、翌朝6日の4時過ぎにはトランプ前大統領が当選に必要な選挙人の最低ラインである270人を獲得することが確定し、「次期大統領当確」となりました。トランプ政権が再び誕生することとなり、日本でも大騒ぎかと思いますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

選挙から数日が経った今でも、私の周り、特に職場ではどんよりした雰囲気が漂っています。それもそのはず、未だに結果が確定していない州がいくつかあるとはいえ、現時点でトランプ次期大統領とハリス副大統領が獲得した選挙人の数を比較すると、トランプ295人に対し、ハリスは226人だけ。それだけではありません。「一般有権者票獲得総数(popular vote)」と呼ばれる獲得票数の総数を比べても、7300万票近くを獲得しているトランプに比べてハリスが獲得できたのは約6800万票。獲得選挙人数だけでなく、獲得票総数でも、トランプ次期大統領はハリス副大統領の600万票近い差を付けました。しかも、全7州で「デッドヒート」という事前予想が出ていた激戦州で、獲得票数自体は接戦とは言え、結果だけ見れば7州全部でトランプが勝利。つまり、どこからどう見ても、結果は「トランプ圧勝」なのです。

大統領が一度再選に敗れた後に、再びカムバックしたのが132年ぶりなら、獲得選挙人数と有権者票総数の両方でより勝利したのも、共和党大統領としては2004年(ブッシュ(子)が再選を果たした年です)以来のこと。ひと昔前に幾多のスキャンダルを乗り越えて8年の任期を全うしたクリントン元大統領が持っていた「カムバック・キッド」というあだ名が、実はトランプにこそふさわしいんじゃ?と思わせるほどの「ぶっちぎり」の勝利となりました。

実は、このような結果になることを窺わせる前兆はかなり早い段階からありました。私自身、11月5日は開票が始まってからずっとテレビをつけっぱなしにして、家事をやりながら横目でずっと開票速報を追っていたのですが、夜の8時過ぎには早くも「あれ?」と思うようなデータが次々と出始めたからです。

まずは、投票前には「もしかしたらハリスが勝てるのではないか」という予想も一部では出ていたジョージア州やノースカロライナ州で、開票開始後、いつまでたってもトランプが優勢のまま。また、「接戦州」認定はされていましたが、そこまで激戦にならないはず、と言われていたバージニア州でも、私が住んでいるフェアファックス郡やお隣のアーリントン郡などハリス支持者を多く抱えている「はず」なのに、ワシントンDCのベッドタウン的位置にあることから人口密度も高いこれらの郡の開票が進むにつれ、ようやくハリス優位になりはしたものの、一向に票差が開かないのです。さらに、投票日直前の選挙集会の前座がプエルトリコを「ごみの島」と呼んでしまったことでミシガンやウィスコンシン、ペンシルベニアといったガチな激戦州にかなりの数が住んでいるといわれるヒスパニック系有権者があの事件をきっかけに雪崩を打ってハリス支持に傾く「はず」・・といわれていた州でも、いつまでたってもトランプ優勢が動かなかったのです。

さらにもう少し時間が経ち、ジョージア州で「トランプ勝利」が出たあたりから、私の頭の中には「もしかしたら、事前調査が完全に外れてヒラリーが負けた2016年みたいになるんじゃ・・・」という考えがよぎり始めました。この予感はジョージア州に加えてノースカロライナ州でも「トランプ勝利確定」が報じられて、ほぼ確信に近いものになりました。

それにしても、なんでこんな結果になってしまったのでしょうか?理由は大きく分けて二つあると私は思っています。最大の理由は、有権者の大半の人が「4年前に比べて生活が苦しくなった」という気分で投票所に足を運んだことです。いくらGDPや新規雇用創出数、失業率、インフレ率などのデータが良くなってきていても、一般の有権者は、今でも食費やガソリン代の支出が膨らみ続ける日常を送っています。

そんな中で選挙期間を通じて、選挙運動のメッセージの中心を「トランプみたいな変な奴を大統領にしてはこの国の将来が危ない」「女性が自分の健康について自分自身で決断できる社会を」に据え、有権者が持つ「来年、あなたが大統領になったらどうやって、この経済状況を何とかしてくれるんですか」という疑問には「機会経済(opportunity economy)」などふんわりした答えしか提供できなかったハリス。これでは、今日明日の生活を心配する有権者の心に響くはずがありません。「民主主義の危機」や「中絶を選ぶ権利の危機」をいくら訴えられても「理想を追うだけでは生活できません」というわけです。

そして第2の理由はハリス陣営が「この有権者層は民主党支持の『はず』というステレオタイプに最初から最後まで縛られていた」こと。例えば、「マイノリティの女性」として初の大統領であるハリスは、非白人有権者や女性有権者の間で圧倒的支持を集める「はず」という思い込みです。

移民の数が増えるにつれ、アメリカの非白人層も、白人層と同じように「勝ち組VS負け組」に分かれ始めるなど、多様化しています。一口に「ヒスパニック系」「黒人系」「アジア系」などといっても、価値観や信条は決して一枚岩ではありません。このことは、共和党側にも、古くはエレイン・チャオ元運輸長官(アジア系)、最近ではニッキー・ヘイリー前大統領候補(インド系)、マルコ・ルビオ上院議員(ヒスパニック系)、ヴィヴェック・ラムスワミ―前大統領候補(インド系)、ティム・スコット上院議員(黒人)など、数はまだ少ないとは言え、確実に非白人アメリカ人の間にも共和党支持者の数が増えてきています。また、例えば敬虔なキリスト教信者である黒人やアジア系アメリカ人、ヒスパニック系アメリカ人の中には価値観が保守的な人たちも少なくありません。こういう人たちにとっては、民主党が強く打ち出しているLGBTQ支持のメッセージなどについては、頭の中では正しいことだとわかっていても感情がついていかず、違和感を感じる問題だったりするわけです。

私自身、たまたま、選挙直前に子供のサッカーチームの母親同士のグループで集まった夕食会に参加しました。そこで、人種こそ異なるものの、それ以外は「高学歴」「子供の教育に熱心」「郊外在住」というすべての点で共通する3人のお母さんたちが、大統領選で誰に投票するかについての選択が3人3様だった場面を目撃したのです。ステレオタイプ的な見方からすると「郊外在住」「中産階級」「高学歴」「移民出身」のすべての要素を持っているこのグループは「=民主党支持」という結論が出ます。ところが、この3人のお母さんの間では

母1(レバノン系アメリカ人、息子2人)→「バイデン政権の中東政策はイスラエルに甘すぎる。絶対ハリスになんか入れない。でもトランプにも投票したくないから、投票には行かない」

母2(旧ソ連時代に親がグルジアからアメリカに移民、息子2人)→「プーチンにすり寄りそうなトランプが大統領なんて絶対に嫌だ。ハリスに入れる」

母3(インド系アメリカ人、子供は息子と娘が1人ずつ)→「トランスジェンダーのアスリートが女子スポーツに参加するなんてありえない。トランプにいれる」

私が見たのはほんの一例かもしれませんが、こんな光景が実は、全米のいたるところであるのが現実だとしたら・・・自分たちの「○○なはず」という思い込みをベースに選挙戦略を立ててしまった民主党側の完敗。今回の選挙結果も納得です。

11月6日にはハリス副大統領が「敗北宣言」、これを書いている今日(7日)にはバイデン大統領も演説を行い「選挙の結果を、たとえ自分が望まない結果が出たとしても受け入れるのが民主主義の真髄」であり、「平和裡な政権移行を粛々と進める」意思を表明しました。それに加えて、ハリス副大統領は6日の演説で「一度の選挙に負けたからといってあきらめてはいけない」と自分の支持者に対して「これからも自分の信条に従って政治参画をしていきましょう」とも呼びかけていました。

選挙に大負けしたのがわかってから24時間もたたないうちに、笑顔で支持者の前に姿を現し、力強いトーンの演説を終えた彼女は、凛として立派でした。かならずしもハリス陣営のメッセージに共鳴していたわけではありませんが、演説を終えて退場するときに、演説の間中、舞台の裾で見守っていたご主人に差し出された腕をとって颯爽と退場とする彼女の映像には、思いがけず涙腺が緩みました。

とは言え、そんな感傷に浸っている暇はありません。「チーム・トランプ」による政権移行の動きも加速していきますし、下院選挙は今も民主党と共和党が過半数獲得に向けてしのぎを削っています。これから1月20日の大統領就任式まで、アメリカ政治は、ますます目が離せません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員