キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2024年11月1日(金)
[ デュポン・サークル便り ]
これを書いている今日(10月31日)はアメリカではハロウィン。とは言え、私の住んでいるエリアでは、子供が今やティーンエイジャーになっている家庭も多く、数年前と比べると静かなものです。我が家にも、今のところ「Trick or Treat!!」と訪れたのは数人の子供たちのグループが2組だけ。実は、私の住んでいるエリアでは、子供たちが翌朝、登校するために起きる必要がない先週末の土曜日、既にご近所総出で「プレ・ハロウィンBBQ&お化け屋敷大会」が開催されていたということも影響しているかもしれません。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
さて、アメリカでは11月5日の大統領選投票日までいよいよ残すところ5日。今週末で期日前投票を締め切る州も多く、トランプ、ハリス両大統領候補以下、上下院選で最後の追い込みに入っている候補者の方も、「最後のお願い」にひときわ熱がこもっています。
前号の「デュポンサークル便り」でもお伝えしたとおり、10月29日には、ワシントンDCで、ハリス候補が有権者に向けた「最後のお願い」をしました。当初、演説場所はナショナル・モールになると言われていましたが、蓋を開けてみると、演説場所は、ホワイトハウス前の「楕円広場(Ellipse)」と呼ばれる場所。実は、この場所、2021年1月6日に連邦議員が議事堂で投票結果の認定をしている最中、当時まだ現職大統領だったトランプ氏が、支持者を前にアジ演説を行い、その演説が引き金となって議事堂襲撃事件に発展した因縁の場所。この場所で、ライトアップされて綺麗に浮かび上がるホワイトハウスを背景に「分断ではなく国民みんなのための政治を選びましょう」「アメリカの新しい一章に向けてページを繰りましょう」と呼びかけたハリス副大統領が、トランプ前大統領との対比を狙っていたことは明らかです。
さらに、前回の「デュポン・サークル便り」を出すための編集作業が進んでいる間に、トランプ陣営がとんでもないミスをやらかしました。10月27日夕方、トランプ陣営はニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで最後の大規模な選挙集会を行いましたが、ここに前座で登場したコメディアンのトニー・ヒンチクリフ氏が、プエルトリコを「海に浮かぶゴミの島」と呼んでしまったのです。
カリブ海に浮かぶ島、プエルトリコ。米領で住民は米国市民ですが、米国への納税義務はなく、投票権もありません。また、カリブ海に位置しているため、毎年、ハリケーンの季節になると、かなりの確率で大きな被害に遭うだけでなく、ハリケーンによって打ち上げられたゴミの山の処理にも悩まされ、水道や電気などの基本生活インフラも滞りがちな場所です。ひと昔前は、ミュージカルの「ウエスト・サイド・ストーリー」で、都会に住むプエルトリコ出身のアメリカ人の若者の苦悩も描かれていましたね。
そんなプエルトリコを、全米のお茶の間に配信される一大イベントで「ゴミの島」と表現してしまうなんて・・・控えめにいっても挑発的なこんなジョークを、彼の芸風をよく知っているファンしか場内にいないコメディ・クラブで、彼が主役で登場するイベントで「かます」ならまだしも、メインのスピーカーであるトランプ前大統領の前に何人もいる前座の一人で持ち時間10分程度しかない場所で、かっ飛ばしてしまうなんて。。。「センスがない」の一言に尽きます。
しかも、トランプ陣営にとって具合が悪いのは、より良い職と生活を求めて故郷のプエルトリコから離れ、アメリカ本土を目指したプエルトリコ出身のアメリカ人の多くが、ペンシルベニアやネバダ、ウィスコンシンなど・・そうです、こうした「激戦州」で一大コミュニティを形成しているのです。理由は簡単、夢を求めて米本土に向かう人たちが目指すのは、「手に職」への入り口になる肉体労働系の仕事が多い場所だから・・・。そして、故郷のプエルトリコでは投票できない彼らですが、米国人であることに変わりはありませんから、当たり前ですが、引っ越した先のこれらの州では税金を払う立派な有権者として、貴重な一票を持っているわけです。
そんな彼ら、自分の生まれ故郷がここまでコケにされては、心穏やかなはずがありません。既に、この発言の2日後には、プエルトリコ出身の、ソーシャル・メディアで4千万人以上のフォロワーを持つ有名レゲエミュージシャンのニッキー・ジェイさんが、27日の「ゴミの島」ジョークを理由に、9月に表明した「トランプ支持」を取り下げることを表明。プエルトリコから引っ越してきたばかりの有権者を選挙区に多く持つフロリダ州のダレン・ソト下院議員(民主党)も、「我々はこの発言を忘れない。みんな投票所に足を運ぶだろう」と記者会見で発言。一大ハレーションを全米で巻き起こしています。
つまり、今回のこの事案、トランプ陣営にとって、自分自身の失言ですらない、自分のイベントの前座のコメディアンのKYな発言が、まさかの「オクトーバー・サプライズ」、ヒスパニック系有権者の票の離反を招くトリガーになる可能性満載の、痛恨の「オウンゴール」になる可能性が出てきたのです。
バンス副大統領候補の「猫好き子無し女」発言といい、今回の「ゴミの島」発言といい、身内の発言に足を引っ張られてばかりのトランプ。バンスが10月の副大統領候補討論会でようやく名誉挽回したと思ったら、投票日に向けたカウントダウンが始まったこの時期に、再び身内の「オウンゴール」。表向きは「そんなコメディアンが自分のイベントで話すなんて知らなかった」と責任逃れをしていますが、なかなか苦しい立場ですよね。
そんな中、今週に入って、ついに「ターミネーター」こと、アーノルド・シュワルツェネッガー氏も「俺はハリスに投票する」と宣言しました。奥さんはケネディ家の遠縁のマリア・シュライバー、自分もリベラルなカリフォルニア州の知事まで務めた割には、本人は長年、共和党支持者であることを公言してきたシュワちゃん。そのシュワちゃんまでもがトランプ氏を見放した形です。明確に「ハリス支持」を表明したチェイニー元副大統領父娘や、ジェフ・フレーク元上院議員や「ハリスには投票しないけど、トランプにだけは絶対に投票しない」という意思を既に明らかにしているブッシュ(子)元大統領や、ペンス前副大統領も含めれば、穏健派共和党から保守派共和党まで、「アンチ・トランプ」の空気は、共和党の中でかなり広がっているようです。こうした誰でも知っている共和党政治家や共和党支持者による「アンチ・トランプ」表明をどう理解すべきか。もともとトランプ前大統領の再出馬を冷ややかに見る一方で、「でもハリスに入れるのもちょっと・・」と躊躇っている共和党支持の有権者が「あの人がハリスに入れるなら、私も入れていいんだ」と思える免罪符的な役割を果たすのでは、と分析する政治ウォッチャーもいます。という訳で、こうしたな流れが選挙戦終盤に与える影響も無視できません。
「投票日まであと5日しかない」とみるか「まだ5日ある」とみるか。今回だけは本当に、最後の最後まで何があるかわかりません。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員