キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2024年10月28日(月)
[ デュポン・サークル便り ]
ワシントンDC近郊はハロウィンの季節真っ盛り。でも、最近の物価高の反映でしょうか、今年は、ハロウィンのコスチュームを手作りする人が激増しているのだとか。おかげで、この数年、ずっと斜陽産業だった「庶民の東急ハンズ」的なお店の「マイケルズ」というお店が久々に繁盛しているのだそうです。それにしても、今日買いものにでかけた地元のスーパーでは、既にクリスマス商戦が全開。感謝祭もまだ終わってないのに・・・日本も総選挙後、政治が突如、流動化していますが、日本の皆さんは、いかがお過ごしでしょうか。
こちらアメリカでは、いよいよ、11月5日の大統領・連邦議会選挙投票日に向けて追い込み。連日、ハリス副大統領もトランプ大統領も、ものすごいペースでジョージア、ノースカロライナ、ウィスコンシン、ペンシルベニア、といった、いわゆる「激戦州」で「最後のお願い」行脚に勤しんでいます。
ハリス副大統領がマスコミへの露出を増やしているということは既にお伝えしましたが、その傾向は相変わらず。先週は、CNN主催のタウンホール形式の対話集会に登場しました。それだけではありません。2週間前ぐらいからオバマ元大統領夫妻が応援演説に登場しはじめたのに加えて、さらに先週は、「セレブ度」がパワーアップ。ジョージア州の選挙集会では国民的人気のロック歌手ブルース・スプリングスティーンさんがオバマ元大統領と一緒に登場。数日後のテキサス州の選挙集会には、その人気の凄さから「女王バチ(Queen bee)」に例えて「B女王(Queen B)」というニックネームまでついている黒人歌手のビヨンセさんが登場しました。ちなみに、ブルース・スプリングスティーンさんは、今週のペンシルベニア州での集会に、再び登場するのだとか。さらに、10月29日には、ワシントンDCの観光名所の一つナショナル・モールで大きな演説会を行う予定だそうです。
これだけ、あらゆるセレブを投入して選挙集会を行っているのは、ハリス陣営が感じている危機感の裏返しでもあります。というのも、9月末の大統領候補者討論会で完璧なパフォーマンスを見せた後、ハリス支持はジリジリと下がっており、トランプ前大統領が猛追中。経済、移民、安全保障といった分野では、トランプ前大統領の政策を支持する人の方が多いという厳しい状態が続いているからなのです。
しかも、ここにきて、再選活動を行っている民主党議員の間で非常に興味深い現象が。再選活動の見通しが厳しい議員であればあるほど、ほぼもれなく、ハリス副大統領とは距離を置く傾向が強いのです。ペンシルベニア州やウィスコンシン州など、接戦が予想されている州の民主党の上下両院の議員候補のほぼ全員が、民主党候補としての自分ではなく、「民主党からも共和党からも影響をうけずに意思決定をすることができる」候補だという点を強調しているのです。私の住んでいるバージニア州でも状況は同じ。今年、再選活動をしているティム・ケーン上院議員(元バージニア州知事)の選挙広告に出てくるメッセージは「あなたが民主党支持者でも共和党支持者でも、私には関係ありません。私は皆さんのために働きます」というもの。つまり、ハリス陣営は投票日まで1週間を切った今でも、接戦が予想される民主党議員の間では、「選挙の顔としてはマイナス」だと思われているということなのです。
必死に巻き返しを図るハリス陣営にとって最近の唯一の朗報(?)は、ニューヨーク・タイムズ紙が、トランプ前大統領が7年前に政権を発足させた時の初代首席補佐官だったジョン・ケリー退役海兵隊大将との電話インタビューの内容を報道、ケリー退役海兵隊大将がトランプ前大統領のリーダーシップのスタイルを「ヒットラーっぽい」と描写、さらにトランプ前大統領の資質は「ファシスト」とされる人々がもつ要素と近いものが多いと語っている肉声が公開されたこと。ですが、これがどのような影響を有権者に与えるかは微妙です。
実は、ジョージア州でオバマ元大統領が行った応援演説をビデオで聞いていて、ハリス副大統領とオバマ元大統領では、候補者としての質が全然違うのでは、と思わざるを得ませんでした。オバマの一般の有権者に伝わりやすい言葉でメッセージを伝える能力が、ハリスとは比較にならないぐらい、とにかく、ずば抜けているのです。
例えば、トランプ前大統領の大統領としての資質批判を展開した時。トランプ前大統領の度重なる不規則発言に触れオバマ元大統領は、「皆さんのおじいちゃんが、彼みたいなこと言い出したら、親戚の間で『最近、おじいちゃん変だけど大丈夫?』って話になりますよね?大統領が同じことして良い訳ないでしょう」と発言。また、大統領討論会の時に、国民皆保険制度について聞かれたトランプ大統領が「計画についての構想はある」と発言したことに触れた時も「男性の皆さん、奥さんに『あなた、ゴミ出ししてくれる?』と言われたあとしばらくして『ゴミ出してくれた?』と聞かれた時に『まだだけど、ゴミ出しするための計画についての構想はあるよ!』なんて答えたら、どうなります?一般家庭で通じない言い訳を、ましてや大統領が使って良い訳ないでしょう!」と発言。ユーモアを交えつつも、言いたいことはしっかり伝わっています。
さらにオバマ元大統領は演説終盤に、「トランプ政権が発足した時は、景気が良かった?当たり前です、私が大統領だった時に、8年間かけて経済を立て直して、昇り調子の経済を彼に引き継いであげたんだから!」と喝破。この時には、聴衆から、誰からともなく「あなたに出馬してほしい(we want you)!」という声が沸き起こる状態まで生まれました。有権者の間にここまでの熱狂を引き起こせないハリスの候補者としての限界を見せつけられた瞬間でもありました。実は、2008、2012年の大統領選挙の時に、ドナーの支持を固めるために、野球の勝ち試合で最後に投入される投手にたとえて「クローザー(closer)」という異名をとっていたミシェル夫人の演説も、負けず劣らず凄いのですが、その話はまた、別の機会に。
泣いても笑ってもあと1週間。私の周りは、既に「どうせ、当日に結果、確定しないよね」ムードが充満していますが、どうなるでしょうか。。。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員